論説−私論・公論 - 損保大手・三井住友海上社の巧妙な「もぐり残業」

損保大手・三井住友海上社の巧妙な「もぐり残業」

2017/1/17 0:58
              大阪損保革新懇世話人、
              兵庫県立大学客員研究員、 松浦 章
 
電通事件での同社幹部社員の書類送検と社長の引責辞任は、違法な労働実態を会社が把握しながら、それが常態化していた場合、もはや知らぬ存ぜぬは通用しないことを明らかにしました。しかし、現実には電通のように法違反残業が蔓延しながらも、あるいは会社自身がそれを推進しながらも、現場の労働者の自己責任として放置している例が少なくないと思われます。
 
筆者がかかわる損害保険業界の実態を取り上げてみます。損保業界は2010年から金融持ち株会社のもとに経営統合され、三メガ損保グループがマーケットシェアの90%を占めるという、先進国にはまれな寡占体制となっています。MS&ADインシュアランスホールディングス(三井住友海上、あいおいニッセイ同和損保)、東京海上ホールディングス(東京海上日動、日新火災)、SOMPOホールディングス(損保ジャパン日本興亜)の三グループです。これらの大手損保会社には共通して「みなし労働時間制」が導入されており、長時間労働とサービス残業の隠れ蓑となっています。

「みなし労働時間制」とは、実際の実労働時間にかかわらず、あらかじめ労使で決めた「所定の労働時間」を労働したものとみなして定額の賃金を支払う制度で、「企画業務型裁量労働制」、「専門業務型裁量労働制」、および「事業場外労働制」がこれにあたります。損保各社では企業が一定額の「みなし労働時間手当」を労働者に支払うことによって、残業料支払い義務を免れています。
 
その中の一社、三井住友海上を例にあげてみましょう。同社は、2013年度から、転居を伴う転勤のない「地域社員」(主に女性)にも「みなし労働時間制」を導入しました。営業・損害サービス部門全員に適用したのが「事業場外労働制」です。この制度は「事業場外で業務に従事した場合、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものと」(労基法第38条の2)みなすものです。事務所外で勤務した時間は労働時間の算定が困難とされ、事務所内外での業務が混在する日はどれだけ働いても1日の労働時間は「みなし労働時間」勤務したものとされます。たとえば朝9時に出社、すぐに外出し、夕方17時に帰社、その後4時間デスクワークを行い21時に退社したとします。この場合、昼休みの1時間を除いた実労働時間は11時間ですが、同社のみなし労働時間である8時間33分働いたものと「みなされる」のです。
 
ここには根本的な問題があります。損保の営業や損害サービスの仕事は、けっして労働時間の把握が困難なものではありません。営業であれば代理店や得意先の会社などを訪問することが中心業務ですし、損害サービスの場合は被害者宅や事故現場、病院等が主な外出先となります。いずれも行き先ははっきりしており連絡も簡単に取れる状況にあります。また出先での業務終了後は原則帰社し、デスクワークを行って1日の仕事を終えるというのが一般的です。こうした損保の対外業務がおよそ該当するとは考えられません。

さらに大きな問題は、ほとんど外出することのない、すなわち、そもそも「事業場外労働制」そのものの対象とはなりえない職場の労働者にまで、この制度が適用されていることです。同社では、労働者自身が自らのパソコンで「事業場外労働制」を選択することで、労働時間管理を外れ「みなし労働時間制」が適用されることとなります。つまり、労働者が与えられた仕事をこなすために「三六協定」(時間外労働の延長に関する労使協定)を超える残業を余儀なくされたとしても、「みなし労働時間制」を自ら選択する、つまり「勤務時間入力を行わない」ことで「三六協定」をクリアし「合法」になってしまうという仕組みです。
 
ある労働者は、外出することがない自らの職場で「事業場外労働制」が適用されることはおかしいと、通常の労働時間管理を選択しています。ところが膨大な仕事量のために恒常的な残業が続き年間の「三六協定」時間を超えてしまいそうになりました。すると、上司から「早朝出勤はするな、18時には帰りなさい」との指示が出されたとのことです。では「事業場外労働制」を選択している他の労働者たちに対してはどうなのか。そういった指示はありません。彼女たちはいくらでも「合法」的に残業ができるからです。もちろんみんな喜んで長時間働いているわけではありません。

問題の根本に、職場の人員をはるかに超える膨大な仕事量と、それを違法な労働時間制度でこなそうとする会社姿勢があることは言うまでもありません。しかし労働現場でこの状況に直面している労働者にとって事はそう単純ではありません。ともすれば「おかしいことをおかしい」と主張する労働者がわがままだとみなされてしまいかねないからです。現実に「なんであの人だけ」といった声があり、毎日悩みながら職場を後にしていると言います。しかし一方で「あなたが正しい。私もそうします」と共感してくれる労働者も生まれているとのことです。

許せないのは、法違反労働を行う責任を労働者に転嫁し、労働者を分断する会社のやり方の巧妙さです。森岡孝二氏がASU-NETのコラム(「電通事件の根深さを示す『もぐり残業』の是正措置と公表制度」2016/12/31)で指摘していますが、電通の書類送検は、業務による過労とストレスで高橋さんを死に追いやった電通の責任を直接に問うものではありません。直接の容疑は、電通が社員に「三六協定」で定めた限度時間を超えて残業させ、それが常態化していることの違法性を問うものでした。

それでは、三井住友海上の場合どうでしょうか。本来「事業場外労働制」の対象とならない業務にこの制度を導入する。しかも、外出することがほとんどない職場にもこの制度を適用する。そして「三六協定」を超える「違法」残業の抜け道として制度を活用する。さらにその「違法」残業を労働者の自己責任とする。まさに三重四重の法違反労働と言わなければなりません。もちろんその結果生まれるのは長時間労働とサービス残業の常態化です。こうした状況を会社自体、あるいは幹部社員が知らないはずはありません。そうであれば、電通や三菱電機と同じように刑事責任が問われなければならないでしょう。

森岡孝二氏は前述のコラムで次のように述べています。
 
「今回の電通の事件は、長時間残業の削減と過労死の防止のためには、労基 法を改正して残業の上限を法的に規制するだけでは十分ではないことを示唆しています。規制逃れの『もぐり残業』をなくすためには、労働時間の適正把握に関する指導監督の強化と、違反企業に対する罰金と懲役の両面にわたる罰則強化とが必要です。現行の6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金ではあまりに軽すぎます」
 
損保大手三社は、大学生の就職人気ランキングでいずれもベスト10に入っています。「働きやすい会社」ランキングに選ばれることすらあります。長時間労働や過労死をなくすためには、こうした名だたる大企業のブラック化の現状を明らかにすることも必要ではないでしょうか。
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