論説−私論・公論 - 栗原耕平さん 4割超の人が最低賃金水準で働く現実。最賃はもはや家計補助賃金ではない (7/8)

栗原耕平さん 4割超の人が最低賃金水準で働く現実。最賃はもはや家計補助賃金ではない (7/8)

2019/7/9 5:54

 4割超の人が最低賃金水準で働く現実。最賃はもはや家計補助賃金ではない

HARBOR BUSINESS 2019.07.08
 
栗原耕平
  
最低賃金をめぐる従来の「常識」
   この間、最低賃金をめぐる議論が活発化している。政府は全国平均で時給1000円を早期に達成することを目指すとしており、また今年に入ると自民党内部で最低賃金の全国一律化を検討する議員連盟が発足した。さらに労働運動のなかでも、数年前から最低賃金1500円を目指す動きが出てきている。   そんな中、2019年6月13日の日本経済新聞「最低賃金『早期に1000円』の是非」と題する記事中で日本商工会議所会頭・三村明夫氏のインタビューが掲載された。三村氏はそこで、最低賃金の全国平均時給1000円の早期達成という政府方針のためには年5%の引き上げが必要だろうとしながら、2018年度の名目GDPの成長率や物価上昇率が1%未満であること、ここ数年の中小企業の賃上げ率は1〜1.4%であることをあげながら、政府方針の引き上げ幅は大きすぎるとして批判している。   また、その中で最低賃金は一部の労働者にしか影響せず労働者生活に大きな影響を与えないといった趣旨の発言もしている。  「最低賃金で生計の全てを賄っている家庭はあまりいないだろう。例えば一家で主婦がパートで働くときに最低賃金の対象になることがある」   本記事で問題にしたいのは三村氏のこの発言である。これは、最低賃金の従来の「常識」を見事に反映している。   ところで、筆者は2000年に結成された首都圏青年ユニオン(以下青年ユニオンという)という労働組合の事務局次長として不安定な労働者の労働問題の改善に取り組んでいるが、三村氏の発言が表現するような「常識」的な最低賃金観は、筆者が青年ユニオンのなかで出会う労働者の日常と著しく乖離している。本記事では、三村氏の上記の発言を切り口として、従来の「常識」的最低賃金観と現実とのズレを明らかにしたい。  
 
「常識」的最低賃金と最低賃金付近労働者の激増
   三村氏の発言では以下のことが前提されている。  (1)男性正社員である夫とその夫に養われる主婦パートという家族構成は標準的である (2)男性正社員は最低賃金に影響されない高い賃金をもらっている (3)最低賃金に影響を受ける労働者は、男性正社員の高賃金を補助するために、すなわち「家計補助」のために働いているに過ぎない。   まとめれば、最低賃金の影響は、男性正社員に養われており家計補助として働く主婦パートなどに限定されるというものである。これは従来の「常識」的な最低賃金観であった。この「家計補助賃金としての最低賃金」という「常識」的な最低賃金の位置づけは、最低賃金を生計費(人並みの生活を送るための費用)以下の水準に抑制し続けている。   しかし、「最低賃金=家計補助賃金」という図式は何重にも実態と不適合なものとなっている。その不適合を最も明白に示すものは、最近の最低賃金付近労働者の激増である。  
 
出典:後藤道夫「最低賃金1500円は社会をどう変える」、後藤道夫他編『最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし』大月書店、2018年、17頁
 
 図表1は、5人以上の企業で働く労働者における最低賃金付近労働者の割合を見たものである。これを見ると、最低賃金5割増しの賃金水準未満で働く労働者の割合は、2001年には20.3%であったが、2017年には40.5%に激増している。   また、図表2は最低賃金の改定額の目安を審議する中央最低賃金審議会「目安に関する小委員会」に提出された資料である。東京で働く労働者の賃金分布と最低賃金額との関係が分かるようになっているが、2006年から2017年にかけて最低賃金額が多数の労働者の賃金に影響する位置に移動していることが明白である。  
 
出典:「中央最低賃金審議会目安に関する小委員会資料」2018年、2007年
 
 三村氏は「例えば一家で主婦がパートで働くときに最低賃金の対象になることがある」など一部の労働者にしか最低賃金が影響しないかのように言うが、いまや最低賃金付近で働く労働者は「標準」となったと言ってよく、多くの労働者の賃金水準に影響を与える制度となっているのである。   このような最低賃金付近労働者の激増は、最近の最低賃金額の引き上げに加えて、(1)最低賃金付近正社員の増加と、(2)非正規労働者の増加によって引き起こされている。これによって、労働者の家計と最低賃金との関係も大きく変わっている。以下では、その実態をやや詳しく見てみよう。 
 
 
「正社員は最低賃金と無関係」は誤り
   青年ユニオンの組合員であり埼玉県で美容師として働く金島さん(仮名)は勤続4年目の男性正社員だが、給与は額面で月22〜23万円程度。月23万円だとしても、その中には24時間分の残業と2日の休日出勤が含まれており、月給を時給換算すると950円未満となる。埼玉県の現在の最低賃金は898円であり、最低賃金付近労働者であるといえる。   金島さんは現在パートナーと同居中だが、パートナーも同様の給与水準の正社員であり、最低賃金が彼ら彼女らの生計を支えているのは明白だ。   最低賃金制度自体はもちろん月給制の正社員にも適用される。月給を実労働時間で割って時給換算したものが最低賃金を下回っていれば最低賃金法違反となる。しかし従来、「常識」的には、正社員は年功賃金と長期雇用が保障され、最低賃金には影響されないほど高水準の賃金をもらっていると考えられてきた。しかしこの間、金島さんのように最低賃金付近で働く正社員は増加している。  
 
出所:就業構造基本調査より作成
 
 図表3は、30代前半の男性正社員の所得分布であるが、1997年の段階では400-499万円のところに最も多くの労働者が集中しているのに対して、2012年には300-399万円にピークが移動しており、また200-249万円にも小さな山ができている。全体として左側に分布が大きく移動していることが分かる。   その結果、最低賃金付近の正社員が増加している。正社員の中で、東京の最低賃金3割増し水準以下の賃金で働いている労働者の割合は、2007年には5.7%であったが、2017年には17.8%と3倍以上となっている(後藤、同上、18頁)。正社員のうち6人に1人以上が最低賃金付近の賃金で働いているのである。こうした最低賃金付近正社員は、最低賃金の大幅な引き上げに応じて賃金が引きあがる可能性が高い。最低賃金は正社員と無関係であるとは到底言えない状況が広がっているのだ。  
「非正規労働者=家計補助的労働者」は誤り
   青年ユニオンの組合員である黒田さん(仮名)は、一人暮らしの30代女性だ。契約社員として最低賃金水準の時給をもらいながらフルタイムで働くが、それだけで生活を送ることは困難であり、他に2つの仕事を掛け持ちしていた。トリプルワークをしていたことになる。   結果として超長時間労働となり、ある日突然布団から起き上がることができなくなった。病院にかかると精神疾患にかかっていると診断された。   黒田さんは非正規労働者であるが、誰かに養われながら家計の補助のためだけに働く「家計補助非正規労働者」ではなく、生計の主たる担い手である「世帯主非正規労働者」だ。しかし、最低賃金が「家計補助賃金」として生計費以下に抑制されているため、黒島さんはトリプルワークをしないと生活費を捻出できず、その結果としての超長時間労働が黒島さんの身体・精神に大きな負担を強いたのである。  
 
出典:後藤、前掲書、22頁より
 
 その多くが最低賃金付近で働いていると思われる非正規労働者は90年代後半から激増しており、現在では4割弱の労働者が非正規労働者である。それに伴い、非正規労働者のなかで「主婦パート」はもはや少数派となっている。   図表4は、学生アルバイトを除いた非正規労働者のうち、有配偶女性(「主婦パート」と考えられてきた労働者層)とそれ以外(無配偶女性+男性)の推移を見たものである。1997年には有配偶女性非正規が636万人でありそれ以外の非正規が596万人であったが、2017年には有配偶女性は940万人であるのに対し、それ以外の非正規は1012万人と有配偶女性の非正規労働者とそれ以外の非正規労働者の数が逆転している。非正規労働者の多くが最低賃金付近で働いていると考えられるが、その非正規労働者の多数派はもはや「夫に養われている主婦パート」ではないのである。   さらに付言すれば、正社員の低賃金化と非正規労働者の激増は、いわゆる「主婦パート」や学生アルバイトなど従来の「家計補助労働」の家計における位置づけを著しく高め、家計にとって欠かせない収入源となっているケースは増えている。もはや「家計補助労働」ではなく、労働者の家計の大きな部分を支えるものであると認識すべきだろう。   したがって、(1)最低賃金付近正社員の増加、(2)家計補助型でない非正規労働者の増加によって、「最低賃金=家計補助賃金」という位置づけは何重にも現実と合致しなくなっているのである。 
 
「正社員男性に養われる主婦パート」家族モデルの危険
   三村氏は「正社員男性に養われる女性」という家族モデルを標準的なものとみなしているように思われる。これは、女性労働者を「男性に養われている/養われるであろう労働者」としてその雇用を不安定にし、また賃金を抑制してきた。その結果、シングル女性をワーキングプア状態にするとともに実質的に男性に養われることを女性に強制した。   例えば、AEQUITAS(エキタス:ギリシャ語で公正・正義という意味)という最低賃金1500円を目指す市民運動団体がツイッター上で「最低賃金1500円になったら」というキャンペーンを行った際には「最低賃金1500円になったら離婚する」という声が見られた。シングル女性として生きることが黒田さんのような低賃金過重労働の生活を意味するとすれば、男性に養われることを選択することへの強制力が働かざるを得ない。女性が自由になるには、また両性の平等のためには、「家計補助賃金としての最低賃金」という「常識」を打破し、「生活賃金としての最低賃金」を実現していく必要があるだろう。  
 
「生活賃金としての最低賃金」を
   これまで「最低賃金は主婦パートなど限定的な労働者にしか影響を与えない」「最低賃金=家計補助賃金」といった「常識」について検討してきた。明らかになったのは、正社員の低賃金化と非正規労働者の激増により、最低賃金が労働者生活にとって非常に重要な制度となってきているという実態である。にもかかわらず、最低賃金の金額はいまだ「家計補助賃金」の水準を出ておらず、労働者生活に様々な困難を生み出している。求められるのは、「生活賃金としての最低賃金」、すなわち、「最低賃金によって人並みに生きていく」ことを可能とするための最低賃金制度の改良である。   では「生活賃金としての最低賃金」の水準とはどの程度のものになるべきであろうか?   このような疑問に答えるため、現在労働組合によって生計費調査が行われている。都道府県ごとに単身者の生計費を明らかにしようというものである。そこでは、全国どこでも、単身者の労働者の生計費は公租公課など含めて月額22〜25万円となっており、月の労働時間を155時間とすると時給は1400〜1500円必要であるという結果が出ている。また、AEQUITASは「最低賃金1500円」を求めて路上での活動を行っている。筆者もこうした主張に賛成である。「全国一律最低賃金1500円」の実現を本気で目指すべきだろう。   また、賃金の引き上げの方法としては、最低賃金制度の引き上げなど法律に定められた制度によるものだけでなく、労働組合と使用者との「団体交渉」(使用者と労働組合・労働者との話し合い。労働組合には団体交渉権が保障されており、使用者は労働組合からの団体交渉の申し入れを原則として断ることができない)による引き上げという方法もある。最近、首都圏青年ユニオンの組合員から「いまの賃金は安すぎる」と言う不満が相次いでおり、使用者との団体交渉によって賃上げを実現した例もある。筆者としては、最低賃金制度と団体交渉による最低賃金付近労働者の賃上げが急務であり、またそれは不可能ではないのだということを強調したいと思う。  <文/栗原耕平>
 
栗原耕平
1995年8月15日生まれ。2000年に結成された労働組合、首都圏青年ユニオンの事務局次長として労働問題に取り組んでいる。
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