論説−私論・公論 - 稲葉剛さん「台東区『路上生活者拒否』の歴史的背景 小田原市の経験に学び、徹底検証と体質改善を」 (10/25)

稲葉剛さん「台東区『路上生活者拒否』の歴史的背景 小田原市の経験に学び、徹底検証と体質改善を」 (10/25)

2019/10/26 12:20

台東区「路上生活者拒否」の歴史的背景 小田原市の経験に学び、徹底検証と体質改善を
https://webronza.asahi.com/national/articles/2019102300004.html?iref=pc_ss_date
稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

論座 2019年10月25日

 10月12日から13日にかけて東日本を縦断した台風19号は各地で甚大な被害をもたらし、死者は80人を超えた。

 東京都内の死者は当初、ゼロとされていたが、10月14日、日野市の多摩川河川敷で男性の遺体が見つかった。河川敷でテント生活をしていた70代の男性と見られている。

 身を守る家を持たない路上生活者は、災害時に最も被害を受けやすい立場にある。

 その点を踏まえ、世田谷区や川崎市では多摩川河川敷に暮らす路上生活者に事前にチラシを配布し、台風の接近と避難所の場所を知らせるという対応を取っていた。

〔写真〕台東l区役所 https://image.chess443.net/S2010/upload/2019102300004_2.jpg

 その一方、台東区の自主避難所では救助を求めた路上生活者が区の職員によって受け入れを拒否されるという事件が発生した。

 問題が発生したのは、10月12日(土)の午後。台風19号が関東地方に接近し、気象庁が「ただちに命を守る行動を」と呼びかける中での出来事だった。

 その日、都内のさまざまなホームレス支援団体は、それぞれの活動エリアにおいて路上生活者に台風への警戒を呼びかけ、避難所など安全な場所に誘導する活動を行っていた。

 東京の東部地域で路上生活者への医療支援活動やフードバンク活動を展開してきた一般社団法人「あじいる」は、上野公園に近い台東区立忍岡小学校に自主避難所が開設されたのを確認。同小学校の場所を伝えるチラシを作って、上野駅周辺で野宿をしている人たちに避難を呼びかけていたという。

「住所不定者は受け入れない」は台東区災害対策本部の決定だった

 「あじいる」のブログは、その時の状況を以下のように伝えている。

 乾パンやタオルと一緒に、忍岡小学校の場所を示す地図のチラシを配り、避難を呼びかけました。
みなさんのところを回り、あと数人というときに、一人の男性が「その小学校に、行ったけど、自分は●●に住民票があるから断られた」と消沈して教えてくださいました。

 告知には、住民票についての情報など書かれていませんでした。「身の安全の確保を求めて避難所に行ったのに断られるとは!」…信じられない思いでしたが、その方は仕方なさそうに「ダメだって…」とあきらめたような微笑を浮かべていらっしゃいました。

 私たちは、確かめるために、もう一度、忍岡小学校に戻りました。現場の区の職員の方々は、住所の無い人は利用させないようにという命令を受けていました。そこで、その場で台東区長が本部長となる台東区災害対策本部に問い合わせをしました。台東区で野宿をしている人々は避難所を利用できないという規則が本当にあるのか尋ねたところ、「台東区として、ホームレスの避難所利用は断るという決定がなされている」と、明確な返答でした。

 すぐに、チラシを配ったエリアに戻り、事情を説明して皆さんに謝りました。中には、「あのあと、すぐに小学校に行ってみたけど、断られた」とおっしゃった方もいました。ずぶぬれに濡れて、私たちの謝罪に「いいよ。ありがとう」と片手をあげて答えていたその姿が脳裏に焼き付いています。

 行政用語で言うところの「住所不定者」を受け入れないという決定は、現場の職員の判断ではなく、台東区災害対策本部としての決定であった。当日、台東区内の避難所で拒否された路上生活者は計3名いたという。

 このことが「あじいる」のTwitterアカウントから発信されると、すぐさま台東区の対応を非難する声がSNS上で沸き上がった。

 台東区議会の秋間洋議員(日本共産党)は、12日当日、台東区災害対策本部に抗議と改善を申し入れたが、区側の回答は「今回は受けられない」、「今回のことを教訓に、次回は対策を講じる」という内容だったとSNSで報告している。台東区の共産党区議団は後日、改めて文書で申し入れを行った。

路上生活者の排除は究極の差別

 屋外にいることが生命の危険を伴うという緊急時において、安全な場から路上生活者を排除する行為は、行政による社会的排除であり、究極の差別だと言わざるをえない。

 また、災害救助法では、その自治体の住民だけでなく、その地に一時的に滞在している者を含めたすべての被災者を救助する義務を自治体が負っているとする「現在地救助の原則」が定められている。台東区の対応は法律に違反していると言えよう。

 台東区への批判の声は大きく広がり、新聞やネットメディアも避難所から排除された当事者の声を取り上げた。

 10月15日には国会でもこの問題が取り上げられた。参議院予算委員会での森ゆうこ議員(国民民主党)の質問に対し、安倍首相は「各避難所では、避難した全ての被災者を適切に受け入れることが望ましい。ご指摘の事例は自治体に事実関係を確認し、適切に対処したい」と答弁。武田防災担当大臣も「台東区に事実関係を確認し、適切に対処したい」と答えた。

区長が謝罪コメント

 こうした事態を受けて、台東区は15日午後5時過ぎ、ホームページに次のような服部征夫区長の謝罪コメントを掲載した。

 「この度の台風19号の際に、避難所での路上生活者の方に対する対応が不十分であり、避難できなかった方がおられた事につきましては、大変申し訳ありませんでした。また、この件につきまして区民の皆様へ大変ご心配をおかけいたしました。台東区では今回の事例を真摯に受け止め、庁内において検討組織を立ち上げました。関係機関等とも連携し、災害時に全ての方を援助する方策について検討し、対応を図ってまいります」

 事件発生から3日という短い時間で台東区が謝罪に追い込まれたのは、行政担当者の予想を超えて批判の声が広がったからであろう。

 Twitter上には、抗議への反論や路上生活者への差別や偏見を煽るツイートも多数見られたが、ふだんはホームレス問題や貧困問題に関わっていない人も含めた多くの人たちが、「いのちの選別を許さない」という意思を表明したことの影響力は大きかったと私は考えている。

 10月21日に開催された台東区議会決算特別委員会の冒頭、服部区長は改めて、「台風19号の際に、路上生活者の方に対する対応が不十分であり、避難できず、不安な夜を過ごされた方がおられたことにつきましては、大変申し訳ありませんでした」と陳謝した。

 だが、対応が不十分で避難できなかった人がいた、という表現は事実をぼかしている。先に指摘したように、路上生活者は職員のミスで避難できなかったわけではなく、災害対策本部の意思決定により意図的に排除されたからである。

「住所不定者」が助けを求めて来るという事態を想定せず

 なぜそのような決定がなされたのだろうか。台東区は報道関係者に「事実として、住所不定者の方が来るという観点がなく、援助の対象から漏れてしまいました」と説明している。災害時に「住所不定者」が助けを求めて来るという事態を想定していなかったと言っているのだ。

 台東区は、区内に山谷地域や上野公園があり、東京23区の中でも路上生活者数が特に多い区の一つである。今年1月に東京都が実施した路上生活者概数調査では、区内の路上生活者数は61人で、新宿区、渋谷区に続く第3位となっているが、過去には上野公園だけで数百人が暮らすテント村が存在した時期があった。

 また、山谷地域の簡易旅館(ドヤ)や上野・浅草のカプセルホテルやネットカフェ等に泊まっている人も多く、こうした場所に暮らしている人も含めると区内の「住所不定者」数はかなりの数にのぼるであろう。

 数多くの「住所不定者」が区内にいるにもかかわらず、台東区はなぜ災害時の対応を想定していなかったのだろうか。私はそこに歴史に由来する根深い問題があると考えている。

多数のドヤが存在、東京都が山谷対策を主導

 台東区と荒川区にまたがる山谷地域は、大阪・釜ヶ崎、横浜・寿町と並ぶ「寄せ場」の一つである。「寄せ場」とは、日雇い労働者が仕事を求めて集まる場所のことで、早朝に求人業者が労働者を募集する青空労働市場と、一日の仕事を終えた労働者が宿泊する多数のドヤが存在するのが特徴である。

 1960年以降、山谷では劣悪な労働環境や警察の暴力が発端となって暴動が頻発した。1965年、東京都は、労働者への生活相談事業、応急援護事業などを実施する城北福祉センターと、無料の職業紹介事業及び労働相談を実施する山谷労働センターを開設(2003年に両センターは合併し、城北労働・福祉センターが発足)。1969年には東京都民生局内に山谷対策室(2001年に閉室)を設置して、日雇い労働者への総合的対策を実施してきた。

 当初の山谷対策は治安対策としての性格が強かったものの、区を飛び越えて都が前面に出る形で山谷の労働者への福祉や就労の支援をしてきたのである。

 1990年代前半、バブル経済崩壊がきっかけに不況が深刻化すると、山谷の日雇い労働は激減。仕事を失った労働者が山谷の中だけでなく、上野公園や隅田川河川敷など周辺地域に野宿をせざるをえない状況が広がった。

 日雇い労働者の労働組合や路上生活者の支援団体は、仕事に就けずに生活に困窮した労働者への生活保護を求める活動を活発化させたが、台東区の福祉事務所は路上生活者への生活保護適用に積極的ではなかった。東京都が山谷対策を主導した経緯から、台東区には「山谷対策やホームレス対策は東京都任せにすればよい」という意識が強かったのではないかと思われる。

ホームレスに関わる福祉行政、教育行政に消極的な台東区

 2002年、国会でホームレス自立支援法が成立。同法に基づいて、東京都はホームレスの自立支援策に関する実施計画を策定した。区レベルの計画策定は義務ではなかったものの、路上生活者の多い新宿区や墨田区は独自に計画を策定。それに対して、台東区はホームレス支援のための計画を策定しなかった。

 個別には生活保護法に基づき、ホームレスの人たちにも適切な対応を行う職員もいることを承知しているが、全体として台東区の福祉行政はホームレス支援に消極的と言えよう。

 福祉行政だけでなく、教育行政においても、路上生活者問題に関する台東区の消極的な姿勢が見られる。

 1990年代半ばから全国各地で若者による路上生活者襲撃事件が多発し、都内でも襲撃によって路上生活者が命を落とす事件が相次いだ。私たち支援団体関係者は、学校教員など教育関係者とともに「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」を作り、全国各地で襲撃事件をなくすための授業実践に取り組んでいる。

 2012年から2013年にかけて、東京都墨田区内で襲撃事件が多発。支援団体が墨田区教育委員会に申し入れた結果、2014年には区内の全ての小中学校で「ホームレスの人権」に関する授業が実施され、襲撃事件が激減する成果が出た。その隣の台東区でも襲撃は散発的に報告されているものの、台東区教育委員会が動いた形跡はない。

 このように福祉行政でも、教育行政でも、台東区にはホームレス状態にある人たちの命や健康、安全を守るという意識が平常時から欠如していたのではないか、という疑念を私は抱いている。

 台東区が歴史的に区内の「住所不定者」の問題に向き合ってこなかったことが職員の意識にも影響し、その問題が災害時に露呈してしまったのではないだろうか。

支援団体が区長宛てに要望書

 10月21日、一般社団法人「あじいる」は台東区長宛ての要望書を提出した。私も要望書の作成に協力し、提出にも立ち会った。

〔写真〕台東区役所への要望書提出
https://image.chess443.net/S2010/upload/2019102300004_3.jpg

 要望の項目は以下の5点で、10月末までの回答を求めている。

 1、台東区は、避難所にホームレスの人々を入れないという今回の決定について、被害者に届くように、謝罪をしてください。10月15日付の台東区長の出した謝罪とコメントには「避難できなかった方がおられた事」とありますが、謝罪すべきはホームレスの人たちを拒否すると決定し、受け入れなかったことです。改めて謝罪することを求めます。

 2、台東区は、命にかかわる緊急時においては、災害対策基本法の基本理念「人の生命及び身体を最も優先して保護すること」に遺漏がないようその責任を果たしてください。

 3、これからの災害対策において、当事者並びに支援団体の声を聞いてください。災害大国日本と言われている中で、これまでにない事態に遭遇した時どう対処していくのか、これは今後の大きな課題です。特に都市部においては、多様な立場の人々がより多く存在していることを考えると、行政のみで対策を考えることには到底無理があります。ホームレス状態の人々のみではなく、社会的弱者と言われる人々の人権をしっかり守っていくためにも、当事者からの生の声を聞くことは不可欠です。

 4、ホームレスの人たちに関わる生活保護行政、教育行政(ホームレスの人たちへの襲撃事件をなくすための授業の実施を含む)、人権行政などの日常業務が適切であったかどうかを全庁的に検証し、改善策を講じてください。また、ホームレスの人たちの人権に関する職員研修を定期的に実施し、幹部職員の参加を義務付けてください。

 5、以上の点について、私たちとの話し合いの場を持つことを求めます。

 台東区がこの要望書に真摯に向き合うことを心から願っている。

 地方自治体の行政が自らの差別的な対応を検証して、体質改善を果たした例としては、2017年1月に発覚した神奈川県小田原市の「保護なめんな」ジャンパー問題がある。福祉事務所の職員が「保護なめんな」等と書かれたお揃いのジャンパーを自費で作り、それを長年、ユニホームのように着用していたという問題だ。私はこの問題が発覚した際、小田原市役所に申し入れに行っている。

 小田原市のジャンパー問題は生活保護利用者への差別意識が問われたものだが、小田原市は市長のリーダーシップのもと、「生活保護行政のあり方検討会」を設置。同検討会には生活保護の元利用者も委員として参加し、利用者視点に立った報告書がまとめられた。

 その後、小田原市の生活保護行政は、職員の増員、外部講師による研修の開催、生活保護利用者向けアンケートの実施などを通して、体質の改善に努め、現在では他の自治体の模範と言えるほど、対応が良くなっている。

 台東区は今後、災害対策を検証する組織を立ち上げる予定だというが、災害対策のみでなく、ホームレスの人たちに対する日常的な対応を全庁的に検証し、見直す必要があるだろう。

 台東区が小田原市の経験に学び、徹底した検証と職員の意識改革に取り組むことを期待したい。

 

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