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「最低賃金の引き上げが失業率を高める」は本当か? 最低賃金は1500円が妥当

Wezzy 2019.08.16 https://wezz-y.com/archives/68438

〔写真〕「最低賃金の引き上げが失業率を高める」は本当か? 最低賃金は1500円が妥当の画像1
「Getty Images」より

 厚生労働省は先月、2019年度の最低賃金の目安額を全国平均で27円引き上げ、時給901円にすることを決めた。最高の東京都では1013円、神奈川県(1011円)と共に大台となる1000円台を突破した。

 労働者にとって賃金UPは歓迎すべきことだろう。しかし反発の動きもある。日本政府は働き方改革実行計画に基づき、この3年間で年率3%を目安に段階的に最低賃金を引き上げてきた。これに日本商工会議所と東京商工会議所、さらに全国商工会連合会、全国中小企業団体中央会は「強く反対」するという緊急要望書を提出し、「中小企業の経営実態を考慮して納得感のある水準を決定すべき」だと要請した。

 最低賃金の引き上げに関して賛否両論あるが、我々はこの流れをどう読めばいいのか。労働問題に精通する静岡県立大学短期大学部准教授の中澤秀一氏に話を伺った。


中澤秀一 静岡県立大学短期大学部准教授
静岡県立大学短期大学部准教授。専門は、社会保障・社会政策。これまでに全国17道府県で最低生計費試算調査の監修を担当する。近著:『最低賃金1500円がつ くる仕事とくらし―「雇用破壊」を乗り越える』(共著、大月書店、2018年)、「ひとり親世帯の自立―最低生計費調査からの考察―」『経済学論纂』第59巻(共著、中央大学経済学研究会、2019年)。他に、座談会「最賃1500円」で暮らせる賃金・雇用をつくる (共著、『経済』2019年3月号)、「ひとり暮らし高齢者の生活実態と最低生計費」『社会政策』(共著、ミネルヴァ書房、2018年)


最低賃金の引き上げと消費増税を同時に進める愚

 「韓国では最低賃金を引き上げたことで若年層の失業率が増えた」という前例を挙げ、最低賃金の引き上げが倒産件数や失業率を押し上げてしまうと懸念する識者もいる。では、日本ではどうか。

中澤氏「この5年間で毎年約3%、最低賃金が引き上げられていますが、日本の失業率は上がるどころか下がっています。もっと極端な上げ方をすれば違ってくるのかもしれませんが、『最低賃金と失業率に相関関係はあまりない』ということは言われています。

一方、倒産件数が増加する可能性は確かに考えられますが、最低賃金を引き上げて倒産するということは、従業員に適切な賃金を支払わずに安く使い倒している企業がほとんどなのです」

 そうしたブラック企業は“自然淘汰”されるのが経済の常であり、「倒産件数が上昇する」とイタズラに不安を煽るべきではないという。また、「そもそも日本と韓国では状況がまったく違う」と中澤氏は解説する。

中澤氏「なにより、『最低賃金の引き上げが失業率を上げた』という因果関係について、韓国はまだ検証していません。『自動車や半導体といった韓国の主要産業が傾いていたことが影響したのでは?』とも言われており、最低賃金の引き上げだけを原因と考えることは“まだ”できない状況です。もちろん、その可能性もありますが、今の段階で『最低賃金を引き上げたら韓国の二の舞になるぞ』という意見を鵜呑みにしないほうがいいでしょう」

 他方、ここ日本では10月に消費税を10%に増税することが予定されている。最低賃金を引き上げても、消費増税で相殺されてしまわないか。

中澤氏「政府の狙いは『最低賃金を引き上げて消費を活発化させよう』というものだったはずですが、なぜか消費増税をするという矛盾した政策を同時進行で行っています。これでは最低賃金を引き上げても、消費が冷え込むリスクは十分考えられると思います」

最低賃金は1500円が妥当

 こうした矛盾以外にも、中澤氏は最低賃金の引き上げについて理解できない点が2つあるという。

中澤氏「1つめは、フルタイムで働いても依然としてワーキングプアになってしまうような最低賃金ではあまりに低すぎる、ということです。今回の引き上げで全国平均が900円くらいになりますが、900円になったところでフルタイムで稼げる金額は年収200万円にさえ届きません。『その額では低すぎる』ということは声を大にして言いたいです。

今回の上げ率は3%でしたが、7〜8%くらいは上げて良かったはず。着々と上がってはいるものの、順調とは言い難いのが現状です。

2つめは、最低賃金が都道府県でバラバラだということ。地域間の給与格差が大きいので、地方の若者が都市部に流出してしまい人手不足を助長しています。最低賃金は国内で統一しないと、地方がますます衰退してしまいます。

世界的に見ても最低賃金が地域で違うのは中国やカナダなど国土の広い国で、日本みたいに国土の狭い国で最低賃金がバラバラなのは非常に珍しいです」

 地方の衰退が叫ばれて久しいが、「人口減少」「消費の停滞」などから、結果的に地方の中小企業は厳しい状況にある。最低賃金が最も高い東京都(1013円)と最も低い鹿児島県など(790円)では、200円以上も開きがあり、東京にあわせて賃金を上昇させれば地方の中小企業には大きな打撃となるだろう。どうすれば、地方の最低賃金を引き上げられるのか。

中澤氏「長年指摘されていることですが、大企業の場合、親会社がグループ内の子会社と連結納税をして親会社の納税額を減らしているほか、研究費を税額から控除できたり、他社の株式の配当金を利益に組み入れないで済むなど、さまざまな優遇措置が設けられています。このことにより、大企業が内部留保をため込んでいる傾向があります。

ですので、大企業の優遇措置をやめて実質的な法人税率を上げることで、中小企業に対する補助金制度を充実させたり、労使折半となっている社会保険料の雇主負担を減額したりするなどの仕組みの財源を確保すれば、都市部並みの最低賃金を支払うことも可能になり、地方からの人材流出を抑えることができます。

今すぐにでもできることは、零細企業が助成金をもっと活用しやすくすることです。生産性向上のための設備投資やサービスの利用などを行った中小零細企業に対して、その設備投資などにかかった費用の一部を助成する“業務改善助成金”という制度もあるのですが、申し込みや審査が非常に煩雑です。この制度のユーザビリティを上げることが重要になります」

 最低賃金を引き上げて、人材流出に歯止めをかけたいという地方側の思惑もある。

中澤氏「最低賃金の低い地域の自治体から『もっと最低賃金を上げてくれないと、人材流出を止められない』という政府に哀願する声も上がっています。従業員だけでなく自治体も最低賃金の全国一律を望んでいる。さらに、地方の中小企業の経営者に話を伺うと、最低賃金の引き上げに絶対反対という声ばかりではなく、寛容な人は意外と少なくありません。最低賃金の引き上げに応じることのできる企業は地方にも存在することを知ってほしいです」

 では全国一律で東京都の最低賃金(1013円に引き上げられる)に合わせれば万事解決かというと、そうではない。そもそもこの額は妥当なのか、ということだ。

中澤氏「全国労働組合総連合が全国16都市に住む2万人を対象に実施した、『最低限の生活を送るためにはどれくらいのお金が必要になるのか?』という調査“最低生計費試算調査”によると、どの都市でも最低賃金が1500円ぐらいでないと、十分な生活は送れないということがわかっています。繰り返しになりますが、フルタイムで働いてもワーキングプアになってしまうような最低賃金では足りないのです」

 首都圏は家賃が高く、地方よりも都市部のほうが生活費がかかるようなイメージがあるが、地方に暮せば格安の生活費で生きていけるというわけではない。

中澤氏「調査した結果、都市部と地方の生活費にはあまり差がなかった。確かに都市部は家賃が高いですが、車を持たなくても生活できるのでその維持費を抑えられます。一方、地方は家賃が低くても車がないと生活に困るので、そのぶん生活費が上がってしまいます。また、コンビニやスーパーで売っている物の値段にはほとんど違いがないので、物価格差もありません。ですので、最低賃金の低い地方のほうが、生活に困窮している人の割合が高くなります。

生活費に差がないのであれば、給与の良い都市部に人が流れるのは必然です。現状、最低賃金が最も高い東京都と同じ賃金を、最低賃金が最も低い鹿児島の人が得るためには、東京の人より3割近く長い時間働かなければいけません。今現在、同じ国内でありながら東京に“出稼ぎに行く”という人も出てきています。最低賃金の全国一律を実現することの重要性は非常に高いと考えます」

 健康で文化的な生活を送るにあたって、年収200万円以下の賃金で十分といえるのか。消費の活性化を目論むのであれば、最低賃金のさらなる上昇は必須だろう。

 

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吉本芸人に労組結成のすすめ 佐々木亮弁護士の直
https://digital.asahi.com/articles/ASM823VKXM82ULFA00Z.html?rm=318
有料記事 インサイド吉本問題
アサヒデジタル 聞き手・吉田貴司 2019年8月15日19時30分

〔写真・図版〕芸人による労働組合の必要性について話す佐々木亮弁護士=東京都千代田区

 雨上がり決死隊の宮迫博之さん、ロンドンブーツ1号2号の田村亮さんら吉本興業所属の芸人が、振り込め詐欺グループなどの集まりに出席して金銭を受け取った問題は、「芸人の働き方」が抱える不透明さも浮かび上がらせました。労働法が専門の佐々木亮弁護士は「芸人も労働組合をつくるべきだ」と主張しています。佐々木弁護士にその理由を語ってもらいました。

「全員クビ」はパワハラ

 ――労働法の専門家として、一連の問題をどうみていますか。

 吉本興業と所属芸人の関係は一般的な会社と社員の関係と全く同じとはいえません。しかし実態として、特に若手の所属芸人の働き方は多くの部分を吉本興業の指示に頼っており、労働者の権利が適用される可能性はあると思います。

ログイン前の続き そうみると「労働問題」だらけです。社長の「全員クビにする」という発言は明確なパワハラに該当します。「契約解除する」は解雇の通告にあたりますが、そんなに簡単に解雇はできません。不当解雇ではないかという疑問が残ります。ギャラの不透明な配分は賃金の問題です。適正な契約書を作っていないという仕事の入り口の問題もあります。

 合宿に参加する研修生から「死亡しても責任は一切負いません」とする規約に承諾する誓約書を得ていたという報道もありました。研修生に労働者性があるかという論点はあるものの、芸人は体を張ることもあります。けがをしたときの労災の問題も考える必要があると思います。

派遣労働者に近い立場

 ――とはいえ、若手芸人が所属事務所に主張するのには勇気がいりそうです。

 日本の芸能界は、事務所の力が圧倒的に強く、バランスが悪いと思います。あるテレビ番組に出演したとき、吉本ではない事務所に所属する芸人さんと話していると「うちの業界もブラックですよね。僕だって、出ている番組でいくらもらっているかわからないんです」と話していました。番組の司会者を務めるほどの実力者でしたが、そんな人でも自身のギャラについてわからないというので、びっくりしました。本人、契約する事務所、労務を提供する相手のテレビ局といった三面関係があるので、派遣労働者に近い立場とも言えるかもしれません。

おかしな契約、無効に

 ――吉本興業が契約書を作っていないことも問題視されました。

 そもそもなぜ契約書を作るかというと、お互いの合意事項を前もってはっきりとさせておくためです。今回起きたような問題でも、事前に「反社会的勢力とのつながりがあるところに営業した場合」の処分を明記しておけば、事務所側のリスク管理にも役立ちます。

 契約を結んでも、やはり事務所側が強いということはあります。ひどい内容の契約書を結ばされた芸能界の人からの相談を受けたこともあります。内容がおかしすぎる契約は後から無効にすることもできます。

労組あれば違った処分も

 ――芸人が労働組合をつくる必要性を発信されていますね。

 労働組合法による労働者の定義は「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者」です。芸能人がこの法律上の労働者であることは間違いないと思います。労働組合は、使用者の力が労働者より圧倒的に強いからこそ、労働者に団結権を保障して対等の状態にしようとするものです。近代国家として当然のシステムです。

 今回は、反社会的勢力との関係がある営業だったことが問題になりました。しかし、芸人たちがわかっていて営業したのか、行ってから反社会勢力と気づいたが営業せざるを得なかったのか、全く知らずに営業後に知ったのか、それによって情状が全く違います。それにもかかわらず、吉本興業は言い分を一切聞き入れず、関与した人たちは全員一律謹慎としました。労働組合があれば会社側もその存在を意識せざるを得ず、違った処分になった可能性はあると思います。

 プロ野球には、日本プロ野球選手会という労働組合があります。最近では巨人の山口俊投手が減俸処分と契約の見直しを受けたときに、選手会が不当労働行為救済を東京都労働委員会に申し立てました。労働組合があれば、会社側の行為に反発できるバネになりますが、芸能界には労働組合がないので、何も起きないのです。

事務所横断の組織に

 ――労働組合さえ作れば、問題は解決するのでしょうか。

 芸人自身、しかもそれなりに力のある方が声をあげて作らなければいけないと思います。例えば、ギャラの配分一つを取ってもマネジャーの給料もありますし、「どれくらいの配分がいいのか」は当事者しかわからない慣習で決まる部分もあると思います。そうしたものに影響を与えるには、それなりに力を持った人たちの発言力が欠かせません。

 またプロ野球の選手会のように、事務所を横断的に結ぶ労働組合にするべきだと思います。条件の改善を求める局面では、別の事務所の人が交渉をした方が言うべきことが言えるものです。

 最近は芸人がギャラの問題をツイッターで発信することもあります。でも、それだけでは一瞬の燃え上がりで終わってしまう。きちんと持続的に芸人の地位を改善していくには、集団で動くべきだと思います。

 現実を見て辞める人が多くなれば芸人という文化も廃れてしまいます。芸人のプライドのためにも労働組合を作った方がいいと思います。(聞き手・吉田貴司)
 

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今なお続く「ロスジェネ」の苦境、貧困連鎖と支援不足の実態

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190813-00210874-diamond-bus_all&p=1
2019/8/13(火) 6:01配信 ダイヤモンド・オンライン

今なお続く「ロスジェネ」の苦境、貧困連鎖と支援不足の実態

〔写真〕就職氷河期に社会に出たロスジェネは、非正規雇用・低賃金の待遇が現在も続いている(写真はイメージです) Photo:PIXTA

就職環境が厳しかったロスジェネ
今でも苦境は続いている

 「失われた世代」を意味する言葉として、ロスジェネがある。ロスジェネの定義はさまざまだが、大学を1995年から2005年に卒業した世代を指すことが多く、2019年時点では、おおむね37歳から47歳に該当する。ロスジェネが大学を卒業したときの大卒求人倍率は1.2〜1.4倍程度で、足もと(2020年3月卒)の1.83倍やピーク時(1991年3月卒)の2.86倍と比べ非常に低い。

 大学卒業時の就職環境が厳しかったことから、ロスジェネの多くは新卒時に非正規雇用への従事を余儀なくされた。就業構造基本調査によると、男性の非正規雇用比率は1994年の8%から2002年に16%へと急上昇した。毎月勤労統計によると、2002年の一般労働者の時給が2739円だったのに対し、パートタイム労働者の時給は1019円と半分以下だ。バブル経済崩壊以降、整理解雇が事実上不可能な日本の労働法制のもとで、ロスジェネは団塊世代より上の世代の雇用を守るための調整弁として使われたように思える。

 ロスジェネの苦境は現在も続いている。賃金構造基本統計によると、男性正社員の月給は2010年の33.9万円から2018年には35.1万円へと上昇しているが、年齢別に見ると、40歳から44歳は37.7万円から36.6万円に、45歳から49歳は41.8万円から40.5万円にそれぞれ低下している。20−64歳のなかで月給が低下している年齢層は40代のみだ。ロスジェネの多くは、厳しい就職環境のもと、新卒時に本来の能力よりも賃金水準の低い企業に勤めざるを得なかった影響が続いているようだ。

 ロスジェネの雇用環境も厳しい。労働力調査によると、非正規雇用比率を年齢別にみると、25−34歳は2010年の25.9%から2018年に25.0.%に低下した一方、35−45歳は27.4%から28.0%に上昇している。ロスジェネは、現在の若年層を中心とした雇用環境の改善からも取り残されている。またロスジェネが役職につく年齢も遅れており、40代男性で職長級以上の役職についていない者の割合は2010年の21%から2018年には25%に上昇している。

国・企業から不利な扱いを受け、
制度上の恩恵からも取り残される

 ロスジェネは、データでは示されていない分野でも不利な扱いを受けていると考えられる。2017年には国会で保育園の待機児童問題が大々的に取り上げられ、保育園の整備が進められるようになった。政府は消費増税対策として幼児教育を2020年度から無償化し、企業では産休・育休の取得が推奨されるようになった。しかしロスジェネの多くは、出産や幼少期の子育てをすでに終えている。

 働き方改革の結果として、企業全体で見れば残業は減少したものの、残業代が支払われない裁量労働制のもと、ロスジェネ管理職は残業が減っていないという話をよく聞く。内閣府は、2019年の経済財政白書で年功序列などの日本型雇用慣行の変革を訴えているが、ロスジェネが40代後半に差しかかるタイミングで「若年時の低賃金を高年時の高賃金で取り返す」モデルを変革すると、彼らの生涯賃金は大きく低下してしまう。こうしてロスジェネは、上の世代や下の世代が享受した制度上の恩恵からも取り残される。

長期無業・非正規労働者を対象とした
支援策の実効性は不透明

 政府はこうした状況を受け、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」で、ロスジェネの就職を後押しする制度を遅ればせながら打ち出した。正規雇用を希望していながら不本意に非正規雇用で働く労働者や、就業を希望しながら様々な事情により求職活動をしていない長期無業者を対象に、3年間の集中支援で同世代の正規雇用を30 万人増やすことを目指すとしている。

 ただし、その中身を見ると実効性は不透明との印象を受ける。「ハローワークに専門窓口を設置し、キャリアコンサルティング、生活設計面の相談、職業訓練の助言、求人開拓等の各専門担当者のチーム制によるきめ細かな伴走型支援」や「地方自治体の無料職業紹介事業を活用したきめ細かなマッチングの仕組みを横展開」は、有効求人倍率が1.6倍に達した現状では追加的な効果は限定的だろう。

 「大学などのリカレント教育の場を活用した就職相談の機会を提供」は、大学側に求められる対応だが、現状で大学で学び直す余裕がある者は、そもそも支援を必要としているのか疑問だ。「教育訓練、社会人インターンシップの推進、各種助成金の見直し等による企業のインセンティブの強化」は、財政規模次第で効果的な可能性があるが、給与体系を含めた制度設計は困難だろう。

ロスジェネの現在までの経緯やバックグラウンドは多様で、すべての層に恩恵がある制度を構築するのは不可能だ。またロスジェネ問題は、「長期無業・非正規労働者」と「低賃金正規労働者」という、原因は同一だが別個の対処が求められる2つの問題から成り立っている。政府の措置は前者のみを対象にしているが、後者も大きな問題だ。所得に応じた給付金なども検討してみてはどうか。

残された時間は少ない
求められる支援のさらなる充実

 ロスジェネは第二次ベビーブーム世代と重なるが、彼らの苦境により第三次ベビーブームは起こらず、人口動態がいびつになったことは、年金をはじめとしたさまざまな社会問題にも影響を与える可能性がある。今後はロスジェネの高齢化と貧困化が問題になるだろう。

 低賃金の40代の子どもと同居する親が定年退職することで世帯収入が下がる「7040問題」や、高齢の親の年金に依存しながら生活する子どもが社会との接点を失う「8050問題」も指摘されている。ロスジェネから生まれた子どもたちはこれから大学入学を迎えるが、親であるロスジェネの経済状況が是正されなければ、奨学金などを通じた貧困の連鎖が起きる恐れもある。ロスジェネ支援策は、さらなる充実が求められる。

 ※内容は筆者個人の見解で所属組織の見解ではありません。

 (三井住友DSアセットマネジメント ファンドマネージャー 山崎 慧)

 

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【社説】最低賃金引き上げ 大都市との差まだ大きい

徳島新聞 2019年8月13日 5:00 https://www.topics.or.jp/articles/-/242700

 都道府県ごとに決める本年度の地域別最低賃金(最賃)が、全国で出そろった。平均の時給は現行より27円高い901円となる。

 上げ幅は2年連続で過去最大を更新した。徳島や鹿児島など19県は、厚生労働相の諮問機関である中央最低賃金審議会(中央審)が示した引き上げの目安額を1〜3円上回っている。

 正社員やパート、アルバイトなど全ての労働者に適用される賃金の下限額が大きく引き上げられることになり、特に影響を受ける非正規労働者の所得増に、一定の効果が期待できよう。

 最賃を巡り、安倍政権は3年前の改定から毎年3%程度の引き上げを唱えている。6月にまとめた「骨太の方針」には時給千円の早期実現という新たな目標を掲げた。7月の参院選では、与野党がそろって大幅増額を訴えている。

 政府や政党のこうした意向が、中央審の目安設定や地域審議会の決定に反映されたのは間違いない。

 だが、大幅な増額になったとはいえ、地方と大都市圏の賃金格差という重要な課題は解消されないままだ。

 改定額が最も高い東京の1013円と、最も低い鹿児島など15県の790円とは223円もの開きがある。見直し前からわずか1円縮まったにすぎない。

 徳島県の改定額も中央審の目安額を1円上回る27円増の793円で、東京との差額は大きい。

 時給が全国平均を上回っているのは東京や大阪など7都府県だけで、これらの大都市が平均を押し上げている構図は変えられなかった。経済規模の違いを考慮しても、地方と時給の差がありすぎる。

 このままだと、大都市圏への若者を中心とした人口流出が拡大し、地方はますます衰退しかねない。入管難民法改正によって増加が見込まれる外国人労働者も、大都市に集中してしまうのではないか。

 政府は今後、全国平均の引き上げよりも、地方と大都市圏の格差解消を優先して考えるべきである。

 ただ、最賃の引き上げで経営を圧迫される中小企業は多い。事業縮小や廃業、倒産を招き、雇用が失われるとの指摘もある。10月からの消費税増税に伴い、人件費の増加はさらに痛手となるだけに目配りが必要だ。

 政府は生産性を高める設備投資への助成や、賃上げに積極的な企業に対する税制優遇などに取り組んでいる。最賃アップを持続的に進めるには、支援策のさらなる拡充が欠かせない。

 今回の改定で賃金引き上げが必要な労働者は、県内に9338人いるとみられる。本県の改定額で週40時間働いても、年収はワーキングプアの分かれ目とされる200万円に届かない。まだその程度の水準なのである。

 政府は地方を重視し、中小企業が大幅に賃上げできる環境整備に努めてもらいたい。 

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タニタの働き方改革「社員の個人事業主化」を労働弁護士が批判「古典的な脱法手法」

https://news.nicovideo.jp/watch/nw5784119

2019/08/12 09:55弁護士ドットコム16

健康機器メーカーのタニタの社長がとなえる「働き方改革」が注目をあつめている。同社は2017年から、社員が「個人事業主」として独立することを支援する取り組みをはじめた。

日経ビジネス(7月18日)によると、タニタ本体の社員のうち、希望する人は、会社との雇用関係を終了したうえで、タニタと「業務委託」の契約をむすぶ。そして、独立直前まで社員として取り組んでいた仕事を「基本業務」として委託されることになる。

報酬については、社員時代の給与をベースに「基本報酬」が決まり、「基本業務」におさまらない仕事は「追加業務」として受注して、成果に応じて「成果報酬」も受け取ることができる。

また、「基本報酬」には、会社が負担していた社会保険料や通勤交通費、福利厚生も含まれる。就業時間に縛られることがないので、出退勤の時間も自由に決められるといメリットがあるようだ。タニタ以外の仕事を請け負うのも自由で、契約期間は3年というものだ。

タニタの谷田千里社長は「働き方改革=残業削減」という風潮に疑問をいだいて、働きたい人が思う存分働けて、適切な報酬を受け取れる制度をつくりたいと考えて、「社員の個人事業主化」を導入したという。

こうした「改革」をどのように評価するのだろうか。労働問題にくわしい嶋崎量弁護士に聞いた。

●「違法行為となる可能性が濃厚だ」
タニタの取り組みは「違法行為」となる可能性が濃厚です。

労働者が、労働基準法で与えられる保護(会社からみたら規制)は、当事者間で合意しても、適用を免れることはできません。会社と労働者の合意で、解雇規制や残業代、有給、労災、育児介護休業、最低賃金などの規制を免れることはできないのです。

ポイントとなるのは、労働者か個人事業主か否かの見極めです。これは、契約の形式では決まらず、指揮監督下の労働か否か、報酬の労務対償性があるか、事業者性があるかどうか、専属性の程度など、総合的に事情を勘案して個別にその実態で判断されます。

日経ビジネスの記事からは詳細な実態はわかりませんが、「独立直前まで社員として取り組んでいた基本的な仕事を『基本業務』としてタニタが委託」するのであれば、仕事の仕方が労働者であったときと変わらない(指揮監督下の労働で、諾否の自由なし)とみられる可能性があるでしょう。

「社員時代の給与・賞与をベースに『基本報酬』を決める」というのであれば、報酬の労務対償性も認められそうです。

一方で、「就業時間に縛られることはなく、出退勤の時間も自由に決められる」という点は、個人事業主に近い方向で考えられます。

しかし、形式的に出退勤を自由と定めても、実際には出退勤時間を縛られるケースかもしれません(委託された仕事をこなすには、タニタ社員の勤務時間に合わせて仕事をする必要があれば、実質的には出退勤の自由はないことになります)。

少なくとも、この記事にある程度の方法で、安易に「労働者→個人事業主」への切り替えが合法になると誤解すると、労基法違反に手を染めるリスクがあります。これは、多くの経営者や、被害を受けかねない労働者が知っておくべき知識でしょう。

●持ち上げる風潮は「単なる世間知らず」
社員のニーズを『錦の御旗』に、労働法の規制を免れると、そのしわ寄せは同業他社にも及びます。

労働法は、公正な企業間競争を確保するという重要な機能がありますが、労働法を守らず利益を追求されたら、ライバル企業(及びその取引先)は不公正な企業間競争を強いられ、そのしわ寄せは社会全体を蝕むのです。

企業の社会的責任という意味でも、タニタの取り組みは問題です。長時間労働は、単に特定の個人・企業の範疇を超えて、そのしわ寄せが社会全体に悪影響が及ぶ課題です。   労働者を個人事業主へと切り替え、労働法の規制を免れようとする動きは古くからあります。何も今に始まったことではなく、古典的な脱法手法です。使用者からすれば、安直な方法ですから、先進的なビジネスモデルだと持ち上げる風潮は、単なる世間知らずとしか思えません。

【取材協力弁護士】
嶋崎 量(しまさき・ちから)弁護士
日本労働弁護団常任幹事、ブラック企業対策プロジェクト事務局長。共著に「裁量労働はなぜ危険かー『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。
事務所名:神奈川総合法律事務所
事務所URL:http://www.kanasou-law.com/

 

タニタの働き方改革「社員の個人事業主化」を労働弁護士が批判「古典的な脱法手法」

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非正規の働き方はどうなるの?

北海道新聞 2019/08/09 10:30
 
 「働き方改革」という言葉をよく聞くようになりました。「カロウシ」(過労死)が国際共通語になってしまうほど、日本人は働き過ぎといわれます。その是正の一歩として、2018年6月に成立した「働き方改革関連法」が、2019年4月から順次施行されています。この法律によって、私たちの働き方や暮らしに、どのような影響があるのか、問題点は何かなどについて、札幌弁護士会の迫田宏治弁護士に聞きました。(聞き手・報道センター 小林基秀)
 
「働き方」が変わる―。働き方改革を紹介したチラシ
「働き方」が変わる―。働き方改革を紹介したチラシ
――この法律の柱は何ですか。
 
 働き方改革関連法による法改正部分は多岐にわたりますが、このうち重要な改正部分は、〇超隼間の上限規制を導入年5日の年休取得を企業に義務づけ正社員と非正規の不合理な待遇差の解消−の3点です。これらは、労働者側に立った立法といえます。
 
――これまで残業時間に上限はなかったのですか。
 
 1カ月45時間、1年で360時間という行政指導の目安はありましたが、三六協定といわれる労使協定があれば、実質的に上限はなく、働かせ放題とも言われていました。今回の法律で、この45時間、360時間を超える残業は原則できなくなりました。労働基準法が1947年に制定されて以来、残業時間の上限を法律で規制することは初めてです。違反すれば、まずは行政指導になるでしょう。悪質だとされると罰則が適用され、『6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金』の罪に問われる可能性もあります。
 
――残業の上限が1カ月45時間という線引きは、どんな根拠があるのですか。
 
 法定労働時間、つまり残業にならない労働時間は『1日8時間、1週間40時間』です。1日は24時間ありますから、『労働』『私生活』『休息・睡眠』を三等分の8時間ずつ過ごし、週に2回休むのが、健康な人間らしい生活との考えが基本です。1カ月45時間は、1日あたり約2時間の残業。このラインを超えると、過労死との関連性が徐々に強まるとされています。さらに1カ月80時間を超えると、残業だけで過労死に至る恐れがあるとされ、それだけで労災に認定される可能性があるラインです。
 
――コンビニエンスストアのフランチャイズ店の店主による長時間労働が社会問題になっています。この法律では規制の対象でしょうか。
 
札幌弁護士会・迫田宏治弁護士
札幌弁護士会・迫田宏治弁護士
 労働法制の保護対象は労働者、つまり使用者と雇用契約関係にある人です。フランチャイズ店の店主は、一般に、独立した個人事業主であり、労働者ではないとみなされていますので、労働法による保護の対象外です。実はこの点が、今後の日本社会で大きな問題をはらむ可能性があります。表面上は個人事業主でも、実態としては労働者に近いという事例は多く、雇用形態の変化で今後さらに増えていく可能性があるのです。
――建設現場での作業を請負契約で行う「一人親方」のような事例ですか。
 
 はい。それに加え最近は、企業がそれぞれ個人事業主と契約して事業展開している場合、本部からの強い指揮命令やノルマがあり実態は労働者ではないかといった事例もあります。
 
 欧米では新ビジネスとして、スマートフォンのアプリでタクシーを配車する新事業が拡大しています。この運転手は自分の車で営業する個人事業主ですが、アプリによって行き先を本部から指示されており、労働者ではないかとの見方もあります。日本ではこの事業は白タクに当たるとして認められていません。ただ、このような事例が示すとおり、技術革新により働き方が変わり、結果的に労働法による保護の対象から外れてしまう人が増える恐れはあります。
 
 うがった見方をすれば、法律で労働者を保護しようとするほど、悪質な使用者は、表面上労働者ではない形態の契約をして、法規制を免れようとする懸念はあります。使用者にとって、労働者の社会保障は負担義務がありますが、個人事業主だと不要なので、個人事業主との契約という形にしたいという側面もあります。
 
――今回の法改正により、年5日の年休取得を企業に義務づけた背景には何があるのでしょうか。
 
 日本人は諸外国と比較し、休暇を取らない傾向が強いと言われています。欧州では1カ月の夏休みを取りバカンスに行きますよね。法律上認められている年休日数は最大20日間ですが、厚生労働省によると、日本の年休取得率はおよそ50%にとどまっているという実態があります。
 
――そもそも、毎週末の休みのほかに、年休という規定があるのは、どういう意義があるのでしょうか。
 
 人間には、仕事の疲れを癒やす毎週の休みのほかに、心身ともリフレッシュするための休暇が必要であり、それがその後の仕事の能率を上げる、との考え方が根底にあります。先に欧州のバカンスの話をしましたが、日本とともに技術立国であるドイツの労働者は日本人よりとても長い休みを取ります。それでも生産性は高いですよね。
 
――日本ではなぜ、年休取得率が低いのですか。
 
 これまでは、労働者が自ら年休の取得を申し出なければなりませんでした。上司や同僚への気兼ねといった日本人の気質も関係しているかもしれません。今回の法律では、使用者が労働者の希望を聞き、最低でも5日の年休を取らせなければならなくなりました。将来的にはこの義務づけの日数を徐々に増やしていくことも考えられます。
――年休5日を取らせないと、罰則があるのですか。
 
 年休付与義務に違反した事業主には、『6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金』という罰則が科されます。このような法違反は、理屈上、労働者1人ごとにカウントすることになりますので、労働者10人につき法違反があれば、企業には、300万円以下の罰金が科される恐れがあるということになります。先の残業時間の上限規制の違反もそうですが、企業にとっては罰金そのものよりも、違法行為をした、犯罪行為をしたということへの社会的な批判、企業イメージの低下の方が、ダメージが大きいかもしれません。
 
――最後に「正社員と非正規の不合理な待遇差を是正」の中身を教えて下さい。
 
 『非正規』とは.僉璽鉢⇒期雇用G標の労働者を指します。正社員と非正規の業務内容が同じなら、待遇も同じにしなければならない、ということです。『同一労働同一賃金』ともいわれます。また、業務が同じではないにしても、共通部分も多いなら、待遇差が不合理に大きいのもダメですよ、ということです。例えば業務があまり変わらないなら、待遇が正社員の5割というのはおかしいですよ、という趣旨です。厚生労働省は、昨年12月、具体的にどの程度の待遇差が不合理かを示すガイドラインを策定・公表しました。
 
――ただ、待遇差がどれだけあるかは、非正規の人には具体的に分からないのでは。
 
 はい。そこで今回の法律は、非正規が使用者側に正社員との待遇差、つまり賃金や福利厚生、教育訓練などにどのような差があるか、その理由は何かの説明を求めることができるとしました。つまり使用者側に説明義務を課しました。これだけ非正規を包括的に守る諸外国の法律をみたことがありません。これは労働者側には『武器』になるでしょう。もし、使用者側が十分な説明をしなかったことで非正規に訴えられた場合、使用者にとっては不利な帰結となるでしょう。
 
――非正規の人が、自分の待遇に疑問を持ったり、不合理だと思ったりした場合、何をすればいいのですか。
 
 1人でも会社側に説明を求めることができます。1人では聞きづらいと思うなら、非正規の仲間と一緒に要求してもいいですし、職場で労働組合を結成することもできます。職場での組合結成が難しければ、会社が違っても1人でも加入できる各地域の労働組合『地域ユニオン』に入り、使用者側と交渉する選択肢もあります。札幌弁護士会の法律相談センターの無料相談(予約制)を利用することもできます。
 各地の『法テラス』でも相談(収入等が一定額以下である方が利用でき、相談料は無料)できます。地域の労働局に相談することもできます。労働局は、使用者と労働者の争いを、無料・非公開で話し合い、裁判をせずに解決する手続き『行政ADR』を行います。働き方改革関連法のうち、非正規を守る部分が施行される2020年4月からは、非正規の待遇差に関することも行政ADRの対象になります。それでも解決しなければ、最終的には裁判を起こすことになります。
 
働き方改革関連法の主な概要と施行時期
 
■ことば解説■
◇三六協定◇(「さぶろくきょうてい」あるいは「さんろくきょうてい」と読む。)
 労働基準法36条に基づき、残業時間や休日日数を定める労使間協定。協定がない場合、使用者(企業)は1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えて残業させることができない。例外的に労使で独自に上限を決める「特別条項」を設けることが可能だが、法律で定められた上限はなく、無制限な働き方を助長しているとの批判があった。
 
<迫田宏治(さこだ・こうじ)弁護士> 1977年広島市生まれ。広島学院高校、東京大学法学部卒。2005年に札幌で弁護士登録。06年に札幌にさこだ法律事務所を開業した。最近注目しているのは、広島カープの小園海斗内野手と三好匠内野手。週末、豊平川沿いを走るのが日課となっており、ハーフマラソン大会に出場して、完走できるまでなった。
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パワハラですべてを奪われた56歳男性の絶望 子会社へ転籍を命じられ、年収は200万円に

藤田 和恵 : ジャーナリスト
 
2019/08/08 5:30
 
〔写真〕脳出血を起こして重度の障害者となってしまった56歳男性の友人ミノリさん(左)が、彼の無念さを思い、会社にも社会にも居場所を失ってしまった顛末を語ってくれた(筆者撮影)https://toyokeizai.net/mwimgs/8/c/-/img_8cacb9f89647055b1518a2451b1fcad2243590.jpg
 
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
 
今回紹介するのは「以前より、この記事に取材していただいたら?と提案していた友人が、昨年12月に貧困とパワハラの果てに脳出血を発症して重度の障害者となってしまいました」と、友人の女性が編集部にメールをくれた、56歳の男性だ。
 
こわばった右手を、一回り小さな掌が包み込む。むくんだ指を1本1本もみほぐしていく。都内の、あるリハビリ病院の一室。右手の主である男性が「あーっ!」と声を上げると、マッサージをしている女性が「痛かった? ごめんね」と語りかける。
 
親しげな2人の様子は、父娘にも、恋人同士にも見えた。
 
□会社にも社会にも居場所を失った
「友人が昨年12月、貧困とパワハラの果てに脳出血を起こして重度の障害者になってしまいました」
 
編集部にこんなメールをくれたのは、会社員のミノリさん(39歳、仮名)。20年来の友人で、IT関連会社のシステムエンジニアだったマキオさん(56歳、仮名)は脳出血により、右半身麻痺や失語症などの後遺症が残り、今も会話が難しい状態だという。大病を患った友人が会社にも、社会にも居場所を失った顛末を、ミノリさんが代わって語ってくれた。
 
「理不尽だ。労働組合なんて、組合費だけ取って、何にもしてくれない」
 
いつもミノリさんの愚痴を聞いてくれるマキオさんが、仕事への不満を口にするようになったのは、2005年頃。関連子会社への一方的な転籍を命じられたことがきっかけだった。これにより、月数回の夜勤など業務内容は変わらないのに、600万円ほどあった年収は50万円以上ダウンしたという。
 
長引く不況の影響もあったのか、転籍後も、収入は右肩下がりの一途。そして、マキオさんは40代半ばで大動脈解離を発症する。さいわい、2カ月足らずで職場復帰できたものの、50歳を過ぎたとき、1度目の脳出血に見舞われた。このときは目立った後遺症はなかったが、会社側の産業医の復職許可が下りず、1年間の休職を余儀なくされたという。
 
ストレスを受けると、飲食が不規則になる傾向があったマキオさんは、ピーク時で体重が100キロほどあった。休職中は、日々の食事やリハビリ内容を事細かく上司にメールで報告するよう、求められていたという。
 
ミノリさんは「(会社からマキオさんへの)メールには『起きて行動している間の内容はすべて記載するように』と書かれていました。それに、何かとケチをつけては、報告のやり直しを命じていました」と話す。
 
あわよくば、このまま退職に追い込みたい――。ミノリさんには、会社側のそんな思惑が透けてみえたという。
 
□復職したものの年収は200万円に落ち込んだ
なんとか復職を果たしたものの、配属先はマキオさんの専門とは無縁の庶務部門。実際の仕事はトイレットペーパーの補充やポットの給水、郵便物の発送といった雑用だった。400万円近くまで減っていた年収は、夜勤がなくなったことで、さらに200万円に落ち込んだ。
 
この間、マキオさんは出費を抑えるため、より安い賃貸アパートへの引っ越しを繰り返し、もともと7万5000円だった家賃を、最終的には6万3000円に切り詰めた。それでも、通院費用や薬代がかさんでいたようで、アパートの更新料の支払いや、定期券の購入など物入りの月は、ミノリさんからお金を借りることもあったという。
 
何より負担だったのは、配属先の職場が自宅から片道2時間もかかる場所にあったこと。病気で体力が落ちていたマキオさんにとって、往復4時間の通勤は相当にこたえた。ミノリさんはこの頃、マキオさんが「体がしんどい。会社は『もっと職場に近いところに引っ越せばいい』と言うんだけど、『引っ越し代は出るんですか?』と聞いたら、『それは出せない』って……」と途方に暮れていたように話していたことを覚えている。
 
そして、昨年暮れ、2度目の脳出血――。会社からは、病院で付き添うミノリさんの元に、同僚が1人、マキオさんの入館証の回収に訪れたきり。その後の休職手続きなどは、人事部と書類をやり取りするだけで、上司や同僚が見舞いに来ることはなかったという。
 
「比較的大きな会社なので、通勤時間がもっと短くてすむ職場はあったはずです。針のむしろのような職場に、どんな思いで通っていたのかと思うと……」。なんらかの配慮があれば、2度目の脳出血は防げたのではないか――。そんな思いがぬぐえないという。
 
ミノリさんは取材のために、マキオさんが元気だった頃の写真や、日記帳代わりにしていた大学ノート、給与明細、業務に関する書類などを持参してくれた。いずれも、マキオさんが倒れた後、自宅を整理していたときに見つけたものだという。
 
マキオさんが就職したのは、バブル景気真っただ中。ミノリさんが、健康的に日焼けした男性の写真を示しながら、「若い頃のマキオさんです。社員旅行で行ったグアムでスキューバダイビングをしたときのもので、費用はすべて会社持ちだったそうです」と説明する。
 
超氷河期時代に就職活動を強いられ、派遣社員として働くしか選択肢のなかったミノリさんにとって、会社が費用負担をしての海外旅行など、まるで別世界の出来事だった。マキオさんの旅先での写真は、このほかにもたくさんあったが、家計が厳しくなるにつれて減っていき、ここ10年はほとんどなかったという。
 
ショックだったのは、大学ノートに走り書きのような文字で「元に戻りたい」「不安」「プレッシャー」などと書かれているのを見つけたとき。「休職していたときのものだと思います。このころは、(上司らによる)面談の後、『能力不足だと言われた』『いつ復職できるのか、教えてくれない』と不安がっていましたから」。
 
また、給与明細や、賃貸アパートの契約書に設けられた年収欄の記載を年代順に眺めると、年収が次第に下がっていく様子が一目瞭然。直近の預金通帳を見ると、毎月振り込まれる給料はわずか15万円ほどで、さらにクレジットカードのキャッシングなどによる借金が200万円ほどあることもわかったという。
 
ミノリさんは「(脳出血で倒れてからは)夜勤のない職場になったとはいえ、あまりにも安すぎると思いませんか」と憤る。
 
マキオさんの意識が戻って以後、ミノリさんはほとんど毎日、会社帰りに病院を訪れ、リハビリを手伝ってきた。手指をマッサージしたり、一緒に童謡を歌ったり。最近は「ありがとう」などの言葉を発することができるようになったほか、箸を使って食事ができるようになったという。
 
□両親によって地方都市の施設へ転院
話を聞きながら、私が最も気になったこと。それは、マキオさんとミノリさんの関係だった。2人は20年ほど前、SNSを通じて知り合った。悩みを打ち明け合ったり、一緒にコンサートに行ったり。多くの時間を共にしたかけがえのない存在だが、恋人ではないという。
 
自分の両親との関係がうまくいっていないミノリさんにとって、17歳年上のマキオさんは「幼い頃に甘えられなかった父親のような存在」。出会った当時は、マキオさんがミノリさんを無条件に甘やかすことで「育て直し」をしてくれ、そして今は、ミノリさんがマキオさんを「赤ちゃんを育てるように」看病しているのだという。
 
ミノリさんは、あえて表現するなら2人は「大親友」だという。ユニークではあるが、そんな関係があってもいい。ただ、それは法制度の下では、はかなすぎる絆でもあった。
 
7月はじめ、マキオさんは、両親によって実家がある地方都市の施設へと転院させられた。リハビリ施設も豊富で、何よりミノリさんが毎日、看病できる東京のほうが、回復が見込めるというミノリさんの主張と、早く地元に連れ帰りたいというマキオさんの両親の主張は平行線のまま。両親は意見がかみ合わないミノリさんを敬遠したのか、最後は、転院の日取りすら教えてもらえなかったという。
 
リハビリの付き添いという日課がなくなってから10日あまりが過ぎた7月20日、参院選の選挙戦最終日。ミノリさんはふいに思い立ち、「れいわ新選組」の演説会に足を運んだ。同党が比例代表で、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者である舩後靖彦さんと、脳性マヒで重い障害のある木村英子さんを擁立したことに興味があったという。
 
ミノリさんはこのときの光景をこう語る。「(演説後)ほとんどの人は、微動だにしない舩後さんをスルーして、山本さん(山本太郎代表)や、健常者であるほかの候補者のところに集まっていきました。中には、舩後さんの足元にぶつかりながら通り過ぎていく人もいて。すぐに山本さんが気がついて、スタッフに舩後さんの足元をガードするように指示してましたけど……」。
 
ミノリさんは「重い障害のある人が国会に行く。それだけですばらしいことだと思っています」とも言う。一方で、自分の大切な友人は障害を負ったことで、やりがいも、生きがいも奪われた。
 
もしかすると、人々が舩後さんを「スルーした」のはほんの一瞬のことだったのかもしれない。それなのに、その光景ばかりがやけに脳裏に浮かぶ。そして、会社からも、同僚からも、まぎれもなく冷たくスルーされた、友人の無念を思わずにはいられない。
 
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東京新聞2019年8月6日
本音のコラム
 
労組壊滅作戦
           鎌田慧(かまたさとし)
 
 「反社会的組織」といえば、主に右翼暴力団を指す。が、この言い方が拡大されると、権力の暴力化が進みかねない。
 いま、近畿地方で広がっている労働運動に対する差別者集団の悪罵と暴力的な攻撃を、警察がなんら取り締まっていな いむしろ逆に、レイシストに呼応するかのように、労働組合員たちを威力業務妨害、恐喝未遂要未遂などの容疑で大量に逮捕している。
 これは「全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部」への刑事弹圧の話だが、起訴された組合員は五十四人、労組幹部は一年におよぶ長期勾留だ。関西の事件なので、全国的にはほぼ伝えられていない。正社員化要求などを「不当な要求」と、まるで暴力団のように書いた記者もいる
 しかし、ストライキを威力業務妨害とするのは、憲法二八条(団結権)違反である。労働組組合法は、労働者の地位向上などを目的とした正当な行為は罰しない、と規定する。報道する側の人権意識が問われている。
 私は十代のとき、労組結成を嫌悪した経営者が、会社の偽装閉鎖(ロックアウト)攻撃をかけたのに対し、七十五日間の職場占拠闘争で撤回させた経験がある。この時代の民主主義の力は、警察の労働運動への干渉を抑制していた。大阪、京都の両府警、滋賀県警の労組攻撃は、民主主義の基盤の破壊である。
            (ルポライター)
 

 

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橋本愛喜「なぜ夜間の高速には路肩などに停車するトラックが多いのか? ETC深夜割引がもたらす弊害とは」

2019年08月06日 08時31分 ハーバー・ビジネス・オンライン
 
なぜ夜間の高速には路肩などに停車するトラックが多いのか? ETC深夜割引がもたらす弊害とは
深夜のサーヒ?スエリアて?休憩するトラック
 
◆お得なはずの高速の深夜割引、運送業界は大歓迎ではない!?
 
「トラックドライバーが一般ドライバーに知っておいてほしい“トラックの裏事情”」をテーマに紹介している本シリーズ。
 
 これまでに、一般ドライバーからは一見すると「マナー違反だ」と思われてしまうトラックドライバーの行為の理由を紹介してきたが、今回は「高速道路の深夜割引がもたらすトラックの迷惑駐車と長時間労働」について紹介したい。
 
 高速道路の深夜割引は、自動料金収受システム(ETC)を利用したクルマが、午前0時から午前4時までの時間帯に高速道路を走行した場合、高速料金が3割引になるサービスだ。無論トラックだけではなく、他車両も利用できる。
 
 例えば、東京から大阪(吹田)まででかかる大型自動車の高速通常料金は、約17,500円。これが深夜割引を利用すると約12,200円となり、5,000円以上高速代が浮く。
 
 「配送料無料」の時流や、競合他社との価格競争に対応するべく、安い運賃が定着化する昨今の運送業界。
 
 それゆえ、毎日朝イチで遠方の取引先へ荷物を届ける長距離トラックにとっては、この割引サービスの存在は大変に大きい。中には同サービスを利用し、毎月数百万円以上の高速代を浮かせる業者もいる。
 
 また、この割引を受けないと、収入に直接響くドライバーも存在する。会社との雇用形態によっては、毎月の給料が、ドライバーの売上から高速代を引いた金額からの歩合だったり、深夜割引で浮かせた分が給料に反映されたり、さらには、荷主から高速代が出ず自腹を切らねばならないケースもあるからだ。
 
 しかし、これほど利益や収入に貢献する同サービスであるにも関わらず、業界内からの声は「有り難い」というポジティブなものだけに限らない。むしろ、「現在の割引制度こそが、運送業界の抱える大きな問題の要因になっている」と、改善や変更を望む声が多く挙がっているのである。
 
 同サービスで生じる運送業界の問題とは、以下の通りだ。
 
◆高速の深夜割引で起きる「弊害」とは
 
1.迷惑・違法駐車
 
 現在の深夜割引は、先述通り午前0時から4時までだ。この時間帯に、ほんの僅かでも高速道路内にいれば、割引が適用される。
 
 つまり、午後11時59分に高速を出るのと午前0時を回って出るのとでは、先の例のような大きな差額が生じるのだ。そのため、ドライバーに「0時まで高速を出るな」と指示している運送業者も少なくない。
 
 こうした「0時までの高速内待機」で発生するのが、大型車の駐車マス不足だ。
 
 平日夜の主要サービスエリアやパーキングエリア(SA・PA)に行くと、大型専用車のマスには、全国津々浦々のナンバープレートを引っ提げたトラックが、大きなタイヤを並べて駐車しており、空いているマスは、全くといっていいほど存在しない。
 
 その結果、遅めに入って来たトラックは行き場を失い、本来駐車してはいけないところに、ダメだと思いながらも身を置いてしまう。
 
 夜間、SA・PAの小型車エリアのマスや、SA・PA出口の本線合流に接する路肩、インターチェンジ出口手前などに、多くのトラックが停まっているのは、そのためだ。
 
◆せめて深夜割引が22時からなら……
 
2.改善基準告示違反と休息時間不足
 
 不規則で長時間労働化することが多い運送業界には、「運送業界版の労働基準法」といわれる「改善基準」という規則がある。
 
「4時間走ったら30分休まねばならない」というルールは以前にも紹介したが、この他にも「1日(ないし2日間)に走れる時間」や、「翌日の仕事まで原則的に連続8時間の休息を取らねばならない」といったことなどが盛り込まれている。
 
 しかし、長距離ドライバーによくある「朝イチ8時に取引先」という業務では、0時を待って高速を降り、取引先付近で休息しようとすると、この「8時間」が守れなくなるのだ。
 
 そのため、
 
「せめて深夜割引が22時からであれば、高速を降りてから目的地付近で休息を取ろうとするドライバーが増え、SA・PAの夜間の混雑も幾分緩和されるのに」
 
と嘆くドライバーも多い。
 
 これらで分かるように、トラックはむしろ、「走る」以上に「停める」ほうが難しく、ゆえに「最寄りのSA・PAに行っても停められないかもしれない」という不安は、彼らにとって相当のプレッシャーになる。
 
 そんな精神的負担を回避すべく、中には、最寄りのSA・PAよりもかなり手前のSA・PAで妥協するドライバーもいるが、そうすればその分、起床時間が早くなって疲労が抜けないだけでなく、早朝の移動距離が長くなり、事故や渋滞の遭遇率も上がるため、延着(遅刻)の危険性も高くなるのだ。
 
◆深夜割引が長時間労働の原因に……
 
3.長時間労働
 
 深夜割引がトラックにもたらすこととしてもう1つ大きいのが、「ドライバーの長時間労働」だ。
 
 改善基準で定められた「8時間休息」と、「深夜割引適用時間」を逆算すると、不必要に早く出勤・出発し、途中で時間を潰さなければならないことが多くあるのである。
 
 また、長距離ではなく、近場への配達で早朝から運行するトラックも、割引を利用するには午前4時までに高速道路に入っている必要があり、こちらも早めの出勤・出発が求められ、ドライバーはその後、やはりどこかで待機せねばならなくなる。
 
 精神的により辛いのは、「戻り便」だろう。本来ならばもっと早く会社へ帰れるはずであるところ、0時をSA・PA内で待って高速を降りれば、やはり拘束時間は長くなる。
 
◆現場のドライバーたちは何を思う?
 
 今回、SA・PAに停まっていたトラックドライバーや、SNS上でアンケートに協力してくれたドライバーに、この深夜割引に対して意見を求めたところ、
 
●深夜割引を利用するために、必要以上に早く出庫する。或いは、0時を待ってPA等で待機することは多々あります(指示されなくても、利用高速代が給料に影響する場合も多いので)。
 
●本来ならばもっと早く帰社できるところ、この割引の時間がくるまでサービスエリアで待つので、拘束時間は伸びるし、どこも無駄に混み合う。仕事も終わり、後は帰るだけなのに、ゴールを目前にして停まらなければならない時は、「何やってるんだろう」という気分になる。
 
●拘束時間が長い運転手をさらに拘束し、東名新東名上りのPA等休憩場所の深刻な不足に拍車を掛けている悪しき制度だと感じます。
 
●日本のライフラインを支えるトラックに関しては終日割引にしてもらいたい。それがトラッカーの拘束時間問題解決の近道にもなり、SA・PA問題も少なくなると思います。当社ドライバーもそろって同じ声を上げています。
 
といった返答があった。
 
 トラックとて、好きであんな危険なところに停まっているわけではなく、悪気なく迷惑駐車しているわけでもない。顧客や消費者の要望に応え、安く早く運ぶ図体の大きい彼らには、居場所がないのだ。
 
「駐車違反をしてまで休むな」と言われるかもしれないが、「休息を取る」ことも、トラックにとっては道路交通法と同じく守るべき立派な規則だ。
 
 こうしたトラックの駐車スペースの問題や、過酷な労働環境を改善するには、「全国的な大型自動車専用駐車スペースの拡大」、「荷主による到着時間の配慮」、「深夜割引の制度見直し」、そして「周囲の少しの理解」が必要になってくる。
 
【橋本愛喜】
 
フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国4,000人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。
 
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あなたの賃金は仕事の内容に見合ってる? 仕事と賃金の関係を問い直す

2019.08.03
 
栗原耕平
 
 この間、非正規労働者の中で「労働に賃金が見合っていない」という声が聞かれるようになってきた。これは労働運動・賃金運動の新たな可能性の兆しだ。筆者は首都圏青年ユニオンという労働組合運動の事務局次長として労働相談や企業との交渉を行っているが、そこでの相談・交渉事例の中からこの新たな可能性の兆しをレポートしたい。
 
小田急電鉄で働く学生駅員アルバイト
 
 首都圏青年ユニオン内の学生グループである学生ユニオンは、現在小田急電鉄と団体交渉を行っている。交渉事項は多岐にわたるが、その大きな論点の1つが学生駅員の時給の引き上げだ。
 
 小田急電鉄は、実は学生駅員に非常に大きく依存していることを皆さんはご存知だろうか。読売新聞(2019年4月28日)によると、小田急電鉄の駅員1700人のうち700人が学生アルバイトだという。駅員アルバイトと言えば混雑時に電車の中に人を押し込む「押し屋」のイメージを持っている方もいるだろうが、それ以外の業務も様々に行っている。例えば改札での精算業務や障がいを持つ利用者の介助、また基本的な利用者対応全般などなど。また、清掃業者のいない夜間の清掃業務(吐瀉物の清掃などもアルバイトの仕事)や、終電後の駅の閉鎖作業を行う場合もある。
 
 このように多様な業務を行っていることに加えて、恒常的な人手不足状態である。ユニオンの組合員であり小田急の学生駅員であるAさんは「本社は『笑顔でお客様対応を』というが、とてもそんな余裕ない」とこぼす。また、悲惨なのは電車遅延が発生した時だ。利用者からの問い合わせや振替輸送の対応など膨大な追加業務が発生するが、駅員の人員配置はこうした追加業務に対応できるものとなっておらず、学生駅員とはいえ数時間の残業を強いられる(これによって授業に出られなくなるなど学業に支障が生じていることが団体交渉のもう1つの大きな論点である)。
 
 これらの作業の1つ1つには大きな責任が伴う。少しのミスが電車遅延につながり、非常に多くの人の生活に影響を与えてしまうからだ。小田急電鉄の運行は、学生駅員の働きに大きく依存しているといえよう。
 
 しかし学生駅員の時給は1100円。一部の時間帯には付加給があるが微々たるものであり、昇給などはない。この賃金では業務のしんどさや責任の重さに到底見合わない、とAさんはいう。妥当な感覚だろう。市民生活を支える鉄道の担い手である労働者が1100円の時給で働かされるというのは果たして公正だろうか?青年ユニオン内の学生グループである学生ユニオンは現在、小田急電鉄に対して時給の引き上げを求めて交渉を継続しているが、小田急電鉄は一向に認めようとしない。
 
非正規労働者の賃上げ要求の噴出
 
 その他にも非正規労働者の賃上げ要求の声は多数上がっている。
 
 例えば飲食物のデリバリーを行う店舗では、正社員は2店舗を掛け持つ店長1人だけで、実際に店舗をまわしているのは正社員ではなく非正規労働者である。組合員となったBさんは6〜7年働き続けているが、店長よりも長く働いている。当初はデリバリーとして雇われたものの、いまでは調理業務などほぼ全ての業務を行っている。Bさんはこうした業務負担の増加に応じて賃金を上げてほしいと何度も訴えるが対応してもらえず、青年ユニオンに相談に来た。
 
 さらに、輸入食品を販売するスーパーで店員として働く学生のCさんも、業務のきつさに比して賃金が低すぎるという不満をもっていた。正社員は店長1人だけで、あとはパートや学生アルバイトである。非正規労働者がその店舗の主要な担い手だが、時給は1000円と低賃金だ。
 
 基本的な業務はレジ対応や品出しや試飲の提供だが、商品の数が非常に多く、覚えるのが一苦労。また人気店であるため、レジにはお客さんが入店を諦めるほど長蛇の列ができてしまうのが普通で、とてもしんどいという。
 
「賃金に見合わない」として多くのアルバイトが辞めていくのを見たというCさんだが、「そのお店が好きだから変わってほしい」と青年ユニオンに加入し賃上げや未払い賃金の支払いを求めて団体交渉を申し入れた。団体交渉の結果、小幅ではあるものの時間帯によって50〜100円の時給の引き上げを獲得した。
 
なぜいま非正規労働者から賃上げ要求が噴出しているのか?
 
 なぜいま非正規労働者から賃上げを求める声が上がっているのだろうか?それは、非正規労働者の割合を大きく増やし、その責任が重くなっているにもかかわらず、非正規労働者に対する賃金差別が残存しているためである。
 
 90年代後半以降、非正規労働者の割合が急増し、現在全労働者の4割近くにまでなっていることは周知の事実である。加えて、この間の人手不足は現に働いている非正規労働者の業務負担をさらに増大させている。
 
 このように業務負担が増加する一方で、非正規労働者は「どうせ責任の軽い業務しかしてないだろう」と半人前扱いされ、その賃金水準は低く抑制されてきた。すなわち賃金支払の論理(半人前賃金としての低賃金)と実際の労働配分の論理(職場の主要な担い手としての労働配分)にズレが生じているのだ。このズレによって企業はコストカットをするわけだが、同時にこれは労働者の側に大きな不満を生むことになる。この不満が青年ユニオンの賃上げ運動の原動力となっているのだ。
 
正社員からはなぜ賃上げ要求が出てこないのか?
 
 またもう1つ不思議なのは、なぜ正社員からは賃上げ要求が出てこないのか、ということだ。低賃金・過重労働によって労働者を使いつぶすブラック企業が広がっていることを考えると、この点はやはり不思議である。
 
 業務負担の増大に対する反応が正社員と非正規労働者で異なるというこの不思議な事態は、両者の賃金観の違いによって引き起こされている。
 
 賃金形態論の議論を簡単に紹介しよう。
 
 賃金には大別して2つの種類がある。1つは、賃金の水準が、労働者が行っている職務/労働の難しさなどによって決定される「職務基準賃金」である。もう1つは、労働者の年齢や勤続年数や性別などの属性によって支払われる「属人基準賃金」である。賃金が仕事に基づくのか、人に基づくのか、という区別である。従来の常識では、非正規労働者は職務基準賃金であるのに対して、正社員は年齢や勤続年数によって賃金が決定される年功賃金=属人基準賃金であると考えられてきた。
 
 職務基準賃金の非正規労働者の場合、同じ仕事をしていれば年齢や性別が異なろうが時給は大きく変わらない。反対に言えば、労働の質や量が異なればそれに応じて賃金は変動しなければならない。この職務基準賃金の論理の中では労働の質量と賃金水準がダイレクトに結びつく。だからこそ業務負担の増大による賃金と労働とのズレに敏感なのだ。
 
 他方、属人基準賃金の場合には、同じ労働でも労働者の属性が異なれば賃金が異なるのは当然であるし、反対に労働の質量が変化しても労働者の属性が変わらなければ賃金は変わらない。属人基準賃金の論理で考える正社員の場合には、労働の質量と賃金がダイレクトにつながらない。したがって労働量が増えようとも、直ちに「賃金が低すぎる」とはなりづらい。
 
 しかし、更に考える必要があるのは、今の正社員は本当に属人基準賃金なのだろうか、という問題である。以前の記事で、正社員の低賃金化という事態を指摘したが、これは非年功型正社員=職務基準賃金型正社員の増加の表現でもある。また今野晴貴氏が社会問題化した「ブラック企業」は、正社員であるという理由で過剰な業務を押し付ける一方で、年功賃金は適用せず低賃金に抑制するという労務管理を行い、大量の労働者を使いつぶしていく企業のことであるが、こうしたブラック企業で働く正社員はもはや属人基準賃金ではなく職務基準賃金型の正社員である。
 
 であるならば正社員の場合でも過重な業務負担は賃金に反映されねばならない。正社員も属人基準賃金観から脱却し、職務基準賃金の理屈によって自身の労働と賃金の関係を見直してみる必要があるのではないだろうか。
 
賃金・労働条件決定への労働者関与の可能性
 
 ここで職務基準賃金だというのは、同一の仕事をしている労働者は「だいたい」同じ賃金だろうという程度の意味であり、実際には同一の仕事をしている労働者の間で細かな賃金差が様々につけられていたり、仕事が増えても賃金が上がらないなど、仕事と賃金の関係は厳密かつ客観的なものとなっておらず、賃金の決定基準が曖昧なケースは多い。この賃金決定基準の曖昧さは、端的にいえば、労働者・労働組合が賃金決定に関与していないために生ずるといえる。
 
 使用者は、賃金の決定基準を曖昧にしておこうとする。賃金決定基準を客観的かつ厳密なものにしてしまうと、人件費総額の柔軟性が失われるからであり、賃金決定を通じて労働者をえり好みすることができなくなるためである。したがって賃金の決定基準を客観的なものとし公正なものとするためには、労働者や労働組合が賃金と仕事の関係の規制に関与する必要があるのだ。
 
 しかし、過重化する労働に応じて賃金を引き上げることがほんとうに可能なのか、と疑問に思う人も多いだろう。最後に、大幅な賃上げを勝ち取った青年ユニオンの事例を紹介しよう。
 
団体交渉の結果、2倍の給与を獲得
 
 夜間の病院で警備や電話対応を行うアルバイト数人が青年ユニオンに入ったのは2013年のことである。救急車からの電話対応などを行うこともあり、責任の重い業務だ。勤務時間は17時から翌朝9時までで、1勤務あたりの給与は10000円前後であった。そもそも最低賃金割れ状態であったことに加えて、生活していくには厳しい給与水準であったこと、さらに夜間業務のしんどさや責任の重さに賃金が見合わないという感覚もあり、団体交渉で賃上げを求めた。団体交渉を継続した結果、賃上げが実現し、現在の1勤務あたりの給与は20000円を超えている。最初の給与から約2倍に給与が引き上げられたことになる。夜勤労働のきつさや病院事務という責任の重さを考えれば、高すぎるとは言えないだろう。
 
 労働者が賃金・労働条件決定に関与せず、その決定を使用者の専制に委ねれば、賃金・労働条件は不公正なものになる。その賃金・労働条件決定への関与の手段として労働組合は法律によって守られ支援されてきた。それは労働組合を通じてでなければ、賃金・労働条件決定に使用者と対等な立場で労働者が参加することが困難なためである。反対に言えば、労働組合を通じてであれば、賃金・労働条件決定に使用者と対等な立場で関与することは可能なのだ。
 
 ぜひ賃金と労働との関係を問い直し、そしてその関係への関与の可能性を検討してほしいと思う。
 
<文/栗原耕平>
栗原耕平
1995年8月15日生まれ。2000年に結成された労働組合、首都圏青年ユニオンの事務局次長として労働問題に取り組んでいる。
 
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