文化通信 - 『ヒアアフター』/彼はどこまでいい作品を量産するのか

『ヒアアフター』/彼はどこまでいい作品を量産するのか

2011/2/21 17:50

★監督はクリント・イーストウッド、主演はマット・デイモン。この監督のことを、今さら、あらためて語ることもないだろうが、でも、語ってしまおう。

★50年近く前に、クリント・イーストウッドがテレビ映画『ローハイド』で出ていたときは、背の高い、2枚目だなあ、という以外には印象が薄かった。やがて、その番組も終わり、彼はイタリアに渡り、セルジオ・レオーネ監督のマカロニ・ウエスタン『荒野の用心棒』に出演する。この作品は、黒澤明の『用心棒』の盗作ではと話題になった作品である。僕は、髭面に葉巻を銜えた、そのポンチョ姿に、彼は、こんなにもダーティー・ヒーローが似合うのか、と驚いたし、いっぺんにファンになった。この映画が上映される数年前、やはり黒澤の『7人の侍』のリメイク版、『荒野の7人』(ジョン・スタージェス監督)を観ていたけれど、『荒野の用心棒』のほうが、ずっと面白いと思った。それは、マカロニ・ウエスタン独特のアクの強さ、残酷描写が強烈だからだろう。その後、彼は、同監督の『夕陽のガンマン』と『続夕陽のガンマン』にも出演した。これも面白かった。

★アメリカに戻ってからあと、しばらくは、ぱっとしなかったけれども、僕の大好きなドン・シーゲル監督の『ダーティー・ハリー』で一躍トップスターになる。グレーのブレザーの下に赤いチョッキを着たハリー・キャラハン刑事が、ホットドックを頬張りながら、44マグナム弾を装填したS&WM29という大型拳銃で銀行強盗を撃つシーンが強烈だった。たしか、この時からだろう、それまで拳銃を片手で撃っていたものが、どの映画でも両手にもって射撃するようになる。彼の作品はほとんどヒットする。ぼくは、彼の作品をすべて観てきた。もちろん監督した作品も。

★初監督作品は『恐怖のメロディー』(1971年)。これは、やたら暗い映画だったので感心しなかった。あらすじも覚えていない。ドン・シーゲルとセルジオ・レオーネを混ぜ合わせた西部劇を作り、主演もやったが、格好よさだけが目立ってしまい、監督としてはダメだなあ、と思った。ところが仰天することが起こる。ジャズマン、チャーリー・パーカーを描いた『バード』(1988年)をつくったのだ。この男、ただ者ではない。ぼくは、作品に息をのんだ。彼のピアノはプロ級である。ジャズの造詣も深い。主演した『シークレット・サービス』(1993年 監督はウォルフガング・ピータゼン)でのピアノ演奏は見事だった。

★1992年に、監督・主演の西部劇、『許されざる者』を作る。凄みのある映画だった。作品は、ドン・シーゲルとセルジオ・レオーネを遥かに凌駕した。彼の最高傑作だと思う。本作品でアカデミー監督賞(作品賞も)を獲得している。このあと、秀作を次々と世に送り出す。『マディソン郡の橋』(1995年)、『ミスティック・リバー』(2003年)、『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)、『グラントリノ』(2008年)などなど。近年、彼の作品の底には、「老い」「死と向きあう」「人と人の共生」が色濃く流れている。

★前置きが長くなった。『ヒアアフター』は、死と悲しみと苦悩、そして、人と人の絆がテーマになっている。3つの物語が同時に進み、ひとつに結ばれていく。1人はフランス人女性(セシル・ドゥ・フランス)。人気絶頂のテレビ・キャスター。東南アジアの島で大津波に襲われ、溺死寸前に助けられる。パリに帰ってからも、海の中での不思議な臨死体験にとり憑かれ、次第にキャリアーの地位に空しさを感じる。2人目はロンドンに住む双子の少年。少年の家は母子家庭で、生活保護を利用している。母親は麻薬中毒。ある日、頼りにしていた兄が事故で死ぬ。母親も強制入院させられ、少年は里子に出される。彼は、兄の被っていた帽子を離さない。亡くなった兄と、もう一度、話をしたいと思いながら、心を閉ざす。3人目は、かつて、かなり名の知られた霊媒者ジョージ(マット・デイモン)。他人と手を合わせると、「ボン」と体に衝撃を受け、その人の、死んだ身内、知人が彼の脳裏に現われ、その霊が話しかけてくる。そんな死者との対話に疲れ果て、自身の霊能力を隠して、港湾労働者として生活している。

★霊能力があるのかどうか、その是非はさておき、たいていの人は、死というものを日常的に忘れているか、あるいは、死というものを凝視することを避けながら、日常を過ごしている。3人は、それぞれの大きな事件を契機に、忘れていた死に直面し苦しむ。しかし、その苦悩をみずからの力でのり越え、死を直視し、死と共生し、ほんとうの豊かさを見つける。いつもクールな描き方をする、リアリストの、クリント・イーストウッドにしては、本作品のラストは、ちょっと、甘すぎるかなと思う。けれど、こういう映画にしたのは、おそらく、製作がスティーブン・スピルバークだからかな、と思った。ちょっと『E.T』と重なる。

★ところで、この作品には嬉しいところが3つある。ひとつは、霊媒師ジョージが寝る前に、ディケンズの小説の朗読のテープを聴ききながら眠りにつくところ。ラスト近くに、ディケンズのくらしていた家に彼は行き、そこでディケンズの作品の朗読を聴く。そのとき、初めてジョージの顔がほころぶ。ディケンズを読みたくなった。もうひとつは音楽。クリント・イーストウッドが担当している。ピアノの、その静かな流れは、2007年に公開された『父たちの星条旗』(2009年)の、あのもの悲しさに似ている。3つめは、ホスピスのドイツ人の女性医師役に、懐かしや、なんと、マルト・ケラーが扮していた。彼女は、ジョン・シュレシンジャー監督作品の『マラソンマン』(1976年)やジョン・フランケンハイマー監督作品の『ブラックサンデー』(1977年)に出ている。2作品とも、とても面白い。

2011年2月22日 月藻照之進

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