文化通信 - アメリカの戦争/映画『ハート・ロッカー』と『リダクテッド』

アメリカの戦争/映画『ハート・ロッカー』と『リダクテッド』

2010/3/18 22:00

★『ハート・ロッカー』を観た。監督はキャスリン・ビグロー。女性である。一貫してアクション映画を製作してきた。女性監督としてはめずらしい。映画のタイトルは隠語で「棺桶」を意味する。イラクに駐留するアメリカ軍の爆発物処理班の兵士を描いた作品だ。爆発物を処理する場面は圧巻だった。埋められた砲弾を取り出すときのザラザラした音、砲弾に砂がこすれる音、信管のネジをゆっくり回すときの不快な金属音、その乾いた雑音とともに、遠隔操作によって、いつ爆発させられるかも知れない恐怖が緊張を高める。この演出はさすがだ。唸らせる。

★2007年にブライアン・デ・パルマ監督が『リダクテッド/真実の価値』を作った。2006年にイラクで起こった米兵による少女陵辱とその一家惨殺事件を題材にしている。『リダクテッド』とは、不都合な情報を削除した「編集済みの映像」という意味である。冒頭では「これは事実に基づくフィクションである」と字幕が出る。この言葉の意味は重い。
 映画は検問所で警備にあたる兵士を主人公にしている。戦闘場面はほとんどない。検問所の兵士の日常を淡々と描く。しかし退屈な映画ではない。映像が特異なのだ。兵士が撮影するハンドカメラやインタネット上の画像、手振れの激しいプライベート・ビデオや各国のニュースといった様々な映像をつなぎ合わせた画面は正直いって見辛いが、逆にその見辛さが生々しく迫ってくる。とくに少女を陵辱する場面やゲリラに拉致された米兵士が斬首される場面には圧倒される。

★『ハート・ロッカー』はアカデミー作品賞や監督賞などを獲得した。日本でもヒットしている。『リダクデット』はヴェネチア映画祭で銀熊賞を獲得したが、アメリカでは完全に無視された。
「なぜ、アメリカがイラクまで行って戦争するのか」「イラク国民の惨状はいかなるものか」という視点は『ハート・ロッカー』にはない。見方によっては、爆弾処理兵の英雄談ともとれる。
『リダクデット』は「なぜ、アメリカがイラクまで行って戦争するのか」を直接には語っていないが、ラストで空爆と戦闘によって殺された子どもや女性の写真を次々に映し出すことで、この凄惨な写真を見せることで、観る者に「なぜイラクまで行って戦争するのか」を喚起させる。ここで冒頭にデ・パルマ監督が「これは事実に基づくフィクションである」と語った言葉の重みが伝わる。アメリカはベトナム戦争の教訓に学び、湾岸戦争とイラク戦争で徹底した報道規制を行い、戦争の惨状を隠蔽した。それに対し、映像作家としてのデ・パルマの憤りがあったと聞く。

★映画に思想はいるのか? 戦前、ドイツの映画監督レニ・リーフェンシュタール(女性)はナチス・ドイツのプロパガンダ映画を作った。1935年にナチス党大会を描いた『意思の勝利』、1938年にベルリン・オリンピックの撮った『民族の祭典』という記録映画を製作した。映像技術に限れば「革新的」だ。しかし戦後のドイツ政府は、ナチス・ドイツ政策を視覚的に推進した責任を問い、彼女を映画界から追放した。僕は娯楽としての映画が好きだ。同時に国民の視点にたって、真実を撮る、製作することも映画の使命としてあることを痛感する。娯楽作品として、ビグロー監督の『ハートブルー』『ストレンジデイ』、デ・パルマ監督の『ファントム・オブ・パラダイス』『虚栄のかがり火』『スカーフェース』をお勧めする。       2010.3.15(月藻照之進)

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