情報資料室 - 最新エントリー

しんぶん赤旗 2017年10月19日

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-10-19/2017101901_04_1.html

厚生労働省は18日までに、残業代の不払いなど労働関係法令違反で送検した企業など478社の「ブラック企業」名をホームページで公表しました。

2016年10月から今年9月末まで1年間分の集計。企業名や違反事項などが掲載されています。公表企業数は15年の公表開始後、最高になりました。

違法な長時間労働で社員を過労自殺や精神疾患に追い込んだ電通や三菱電機、労働安全衛生法に反して危険な作業をさせた新日鉄名古屋製鉄所、残業代の不払いが告発されたヤマト運輸など大企業も掲載されています。

ブラック企業名の公表は、日本共産党が参院選・総選挙で躍進して提出した「ブラック企業規制」法案や、増えた質問時間で連続的な追及を行い、労働者のたたかいと結んで実施させたものです。

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 東京新聞 2017年10月16日

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201710/CK2017101602000117.html

大手広告会社の新入社員の過労自殺を機に、過労死が改めて大きな社会問題となっている。過労死、過労自殺者数は未遂も含め、年間二百人前後で推移している。働き方の見直しは先送りできない課題だ。各党は衆院選公約で、こぞって長時間労働の是正を掲げるが、政府が目指す「働き方改革」への対応は分かれる。

衆院解散前に政府がまとめた「働き方改革」関連一括法案には、罰則付きで残業時間に上限規制を設けることや、正社員と非正社員の待遇差を縮める「同一労働同一賃金」に向けた見直しが盛り込まれた。解散がなければ、臨時国会で審議が行われるはずだった。

自民党は公約で「働き方改革を推進する」とし、長時間労働是正や同一労働同一賃金の実現などを訴えた。公明党も時間外労働に罰則付きの上限規制を導入するとした。日本のこころは同一労働同一賃金の徹底などを示す。今後、法案が出されれば賛成する方針だ。

政府が準備した法案には収入が高い一部専門職を労働時間規制から外す制度も含まれた。政府が「高度プロフェッショナル制度」と呼ぶ同制度には、働き過ぎを促すとの批判もある。

共産、社民両党は公約で、同制度は「残業代ゼロ」の制度だとして、反対を鮮明にしている。

共産は「安倍政権が進める『働き方改革』は、過労死の根絶や安定した雇用実現ではなく、財界・大企業の利益を追求する経済対策」だと批判。勤務終了から次の勤務開始まで十一時間空ける「インターバル規制」の導入を挙げた。社民も「労働者保護ルールの改悪」と批判し、インターバル規制導入を盛り込んだ。

立憲民主党は「長時間労働の規制」などを掲げる。枝野幸男代表は討論会で「残業代ゼロ」制度創設に「過労死や過労自死が相次いでいる時に、逆行していないか」と批判した。

日本維新の会は「労働時間ではなく、仕事の成果で評価する働き方を可能とする労働基準法改正」を訴えている。同党は道州制導入を目指しており「地域の実情に応じ、地域で働き方を決めるべきだ」(事務局)と、政府と一定の距離を置いている。

希望の党は「長時間労働への法的規制」「ブラック企業ゼロ」を公約に掲げる。政府の働き方改革について、同党事務局は「党としての統一見解はない」と説明している。 (編集委員・上坂修子)

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 朝日DIGITAL 2017年10月17日

http://digital.asahi.com/articles/ASKBK5S15KBKPLBJ002.html

長期間にわたって頻繁に昼夜が逆転して体内時計が乱されると、死亡率が高まる傾向にあることを、京都府立医大の研究チームがマウスの実験で明らかにした。人間でもシフト勤務の職場は多いが、シフトの組み方によって体の負担や体内時計の乱れを減らせる可能性があるとしている。国際科学誌に発表した。

 約24時間周期の体内時計が乱れると、睡眠障害など様々な病気のリスクが高まることが知られ、老齢マウスの実験で死亡率が上がることも分かっているが、長期的な影響は不明だった。

 八木田和弘教授(環境生理学)らのチームは、明暗の切り替えのタイミングを変えて、明るい時間帯を7日ごとに8時間ずつ後ろにずらしていく「ゆるいシフト」と4日ごとに8時間ずつ前倒しする「きついシフト」の二つの環境下でマウスを育てた。1年9カ月の長期間にわたり行動リズムの変化などを調べた。

 ゆるいシフトだと体内時計の乱れは軽微だったが、きついシフトではマウスが変化に適応できず、活動や休息の行動リズムが昼夜と関係なく乱れた。きついシフトは34匹中9匹が死んだのに対し、ゆるい方は14匹中1匹だけで、死亡率はきつい方が4・26倍高いと推定された。死んだマウスの67%で白血球の増加など炎症反応が確認された。

 八木田さんは「シフト勤務のタイプによって健康への影響が異なる可能性がある。どんなシフトなら負担が少ないのか研究したい」と話している。(西川迅)
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朝日DIGITAL 2017年10月16日

http://digital.asahi.com/articles/ASKBB544MKBBULFA02M.html

写真・図版(省略)

「ブラック研修」の特徴

ゼリア新薬工業の新入社員だった男性(当時22)が新人研修中に自殺し、労災認定されていた。遺族が8月、記者会見して明らかにした。研修の一部を委託された会社の講師から、意に沿わない告白を強要されたことなどで精神疾患を発症。強い心理的負荷が自殺の原因と認められた。参加者の心を壊す研修の実態とは――。

「いつまで天狗」新人研修中に自殺 ゼリア新薬を提訴

男性は2013年4月1日、ゼリア社にMR(医薬情報担当者)として入社。同10〜12日、新入社員を対象にした「意識行動変革研修」を受けていた。

 「弱みをさらけ出せ」

 遺族や代理人弁護士によると、講師にそう迫られた男性は、吃音(きつおん)を同期の社員らの前で「告白」させられた。

 「吃音ばかりか、昔にいじめを受けていたことまで悟られていたことを知った時のショックはうまく言葉に表すことができません」

 「しかもそれを一番知られたくなかった同期の人々にまで知られてしまったのですから、ショックは数倍増しでした。頭が真っ白になって、その後何をどう返答したのか覚えていません」。男性は研修日誌にそうつづったが、父親は「男性は吃音ではなかった」と話している。参加者によると、感極まって涙を流す受講者も多数出る異様な雰囲気の研修だったという。

 その後も長時間の研修や自主学習を強いられた男性は同年5月19日、自宅に帰る途中で自殺した。

 男性の研修参加報告書には、講師が赤ペンで書き込んだコメントが残っていた。「いつまで天狗(てんぐ)やっている」「目を覚ませ」

 研修の一部を手がけたビジネスグランドワークス社(東京)は、ゼリア社のほかにも多数の上場企業や有名企業の研修を受託し、委託先の企業名をHPに載せていた(現在は削除)。うち一社の広報担当者は「自分もここの研修を受けたことがある。泣いている人もいた。達成感、一体感があってよかったが、来年度の委託は中止した。こういう研修を受けさせているのかと消費者の目も厳しくなっているので」と話す。

 労働相談を受けているNPO法人POSSE(ポッセ)の今野晴貴代表理事は「肉体の酷使にとどまらず、人格を否定し、それまでの価値観を破壊するような『ブラック新人研修』はこの10年で増加傾向にある。ひどい労働環境でも辞めないように、最初に順応させる狙いがある」と指摘する。

 男性の両親は8月、ゼリア社とビジネス社、同社に所属していた講師を相手取り、計約1億500万円の損害賠償を求めて提訴した。ゼリア社は「係争中でコメントできない」、ビジネス社は「長い研修期間のうち3日を担当しただけで、当社の研修に落ち度はなかった」としている。

 研修を担当した講師は8月に取材を申し込んだが、応じていない。現在は別の研修機関を立ち上げており、そのHPには絶叫する参加者などを映した研修の動画も紹介されていた。だが、男性の父親が提訴を発表する記者会見を開いた後に動画は削除された。いじめや社員研修に詳しい内藤朝雄・明治大准教授は「このタイプの社員研修は集団の意志が自分の意志だと思えるまで調教し、仕立てていく。いわば洗脳だ」と批判する。

 父親(59)は息子の自死から4年間、その理由を探し続けてきた。息子の研修日誌を読み、携帯のロックの外し方を調べて息子と友人とのやりとりをたどった。一時帰省した息子が自宅の本棚に隠すように挟んでいたノートも見つけた。

 「訴えた相手はきっと『彼が特別弱かった』と反論するだろう。身体を鍛え、社交的な息子だったことを知ってほしい」。父親は会見で、大学時代の友人たちが作った追悼文集を手元に置いて訴えた。「公表することで家族も再び傷つくかもしれないが、同じように軍隊式の研修もあると思う。新人研修に警鐘を鳴らしたい」とも語った。

 今野さんによると、こうした「ブラック研修」にはいくつかの特徴がある。同居する家族や、親しい友人や恋人が異変に気がつくこともあるが、親しい人が「その研修はおかしい」と指摘しても、本人が受け入れられないケースもあるという。「ここで逃げたら、どんな会社でも通じないぞ」と研修で繰り返し言われ、「ここで会社を辞めたら、価値のない人間になってしまう」と思い込んでしまうこともあるためだ。「最初から『使いつぶし』をするつもりの会社もある。親世代には、時代が変わったと認識してほしい。本人でも周囲の人でもおかしいと思ったら相談してほしい」と今野さんは話す。(堀内京子)
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毎日新聞 2017年10月14日 東京朝刊

https://mainichi.jp/articles/20171014/ddm/041/040/066000c

 札幌市の建設コンサルタント会社「日本データーサービス」の男性社員(当時28歳)が2015年に自殺したのは、長時間労働による過労が原因として、両親が同社に約9700万円の損害賠償を求めた訴訟は13日、札幌地裁(武藤貴明裁判長)で和解が成立した。会社側が使用者責任を認め、賠償金を支払う。金額は非公表。

 訴状などによると、男性は14年4月に入社。中学校改修の設計を担当していた15年2月、自宅で首をつり死亡した。直前4週間の時間外労働は208時間で、厚生労働省が「極度の長時間労働」として労災認定の目安としている160時間を大幅に超えていた。

 両親は15年8月、安全配慮義務違反があったとして提訴。会社側は当初、過重労働はないとして争っていたが、和解の方針に転じた。原告側代理人によると、和解条件には、会社が長時間労働対策に取り組むことも盛り込まれた。
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毎日新聞2017年10月14日 大阪朝刊

https://mainichi.jp/articles/20171014/ddn/041/040/016000c

NHK記者の佐戸未和(さどみわ)さん(当時31歳)が2013年に過労死した問題で、佐戸さんの両親が13日、厚生労働省で記者会見した。「未和は自分の過労死の事実をしっかり伝え、再発防止に役立ててほしいと天国で望んでいる」と訴えた。また、NHKが「当初、遺族が公表を望まなかった」と説明していることに対し、両親は「そんな事実はない」と否定した。

 両親やNHKによると、佐戸さんは一橋大を卒業し、05年入局。首都圏放送センターで東京都庁などを担当。13年6月の都議選、同7月の参院選を取材し、参院選の投開票日の3日後に亡くなった。

 佐戸さんは結婚が決まっており、婚約者に結婚指輪をはめてもらい、荼毘(だび)に付されたという。

 両親が佐戸さんの過労死がNHKの内部で伝わっていないと強く感じたのは、今年に入ってからだった。母親が過労死のシンポジウムなどに行くようになり、取材に来ていたNHKの記者やカメラマンに話しかけたが事実を知らなかった。「長時間労働を取材する現場の記者が知らない。声を上げなければ埋もれてしまう」と思ったという。

 NHKは、佐戸さんの死後4年以上たった今月4日に過労死の事実を公表。しかし、両親は発表内容に事実誤認があるとして会見することにしたという。NHKが「(14年5月の)労災認定後におわびした」としている点について、両親は「謝罪は今年9月までなかった」としている。

 父親は「労働時間の管理をしっかりやる意識、それをさせる組織のルールが厳格であれば、未和は死なずに済んだはずだ」と語った。母親は「娘はかけがえのない宝、希望でした。この苦しみを背負う人が二度と現れないよう祈っている」と訴えた。 NHK広報局は、過労死の公表について「代理人弁護士からは、当初からご両親が望んでいないと聞いていた」と改めて説明。謝罪を巡る食い違いについても「労災認定後に当時の首都圏放送センターの責任者が両親に謝罪した」と繰り返した。

 また「ご両親には過労死を防げなかったことを心からおわび申し上げます。ご両親の思いを真摯(しんし)に受け止め、働き方改革に不断の取り組みを行ってまいります」とのコメントを発表した。【古関俊樹、犬飼直幸】
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写真・図版:ハイキングで笑顔を見せる佐戸未和さん(遺族提供)(省略)

佐戸未和さんの両親が記者会見の冒頭に話した内容は次の通り。

NHKの説明「事実ではない」 過労死記者の遺族が会見

火葬を前に婚約者が指輪 NHK記者、結婚間近に過労死

記者過労死、両親がコメント「NHK内への周知が本意」

■佐戸さんの父親の発言

 佐戸未和の父です。私たちの長女、佐戸未和の過労死については10月4日にNHKから公表があり、その後各メディアからNHKの発表内容に基づいた報道がされてきました。しかし、私たちの思いが正確には伝えられていないことや、事実誤認もありますので、未和と同じ記者の皆様には、私たち夫婦の口から直接お話をさせていただいたほうがよいと考えて本日お集まりいただきました。

 本日まずお話しするのは、娘を過労死で失った両親の思いということで、9月26日に私と妻がNHKの幹部の方にお話をしたものです。一部はNHK公表後の両親のコメントとしてすでに出しております。未和はNHKを恨んで死んだわけでもなく、憎んで亡くなったわけでもありませんが、記者として自分の過労死の事実をNHKの中でしっかり伝えて再発防止に役立ててほしいと、天国でも望んでいると、私たちは信じています。

 私がNHKでお話をしたことは4点ほどございます。まず1点目は、4年前の未和の過労死の事実を、どうしていま表に出すのかという点。2点目は、労災を申請した当時の私たち夫婦の心情。3点目は、未和の急死の連絡を受けた当時の状況。最後に、未和の長時間労働の、過労死の発生原因について、私たちの思いということについて話をしました。

 まず1点目ですが、4年前の未和の過労死の事実をどうしていま表に出すのかという点です。NHKの局内で、未和の過労死についてきちんとしたけじめがつけられていないと考えていました。このままでは、NHKの記者であることに誇りと愛着を持って職責を全うして倒れた未和の足跡がNHKには何も残らず、過労死の事実も伏せられたままいずれ風化し、葬り去られるのではないかという危機感がありました。

 我が家には毎年、未和の命日7月24日ですが、この月の前後にかけて、未和と親交のあった多くのNHKの方々が焼香にみえますが、その方々から未和の過労死の事実がきちんと局内に継承として伝えられていない、NHK内部の働き方の改善や制度改革の背景に何があったのか共有も伝承もできていないという声をたくさん聞きました。私たち夫婦は、未和はNHKの働き方改革のための人身御供になったと思っていますが、NHK内部では初めての記者の過労死であり、不名誉な案件として表に出さない方針にしているのではないか。また一般社員を守る立場にある組合も黙っているのはなぜか、これに加担しているのではないかと疑念を持っておりました。

 未和の過労死がどうして起こったのか、NHK内でしっかり自己検証もされておらず、誰も責任をとっていないのではないかと感じています。未和の過労死をNHKのなかで伏せるのではなくて、ちゃんと出してNHKの働き方改革推進の礎になっているということを社内の皆さんに知ってほしい。それが、未和がNHKで働いてきた証しとなり、社内での過労死の再発防止にもつながると思うようになりました。一方で、かけがえのない長女を過労死で突然なくした私たち夫婦に、NHKは真摯(しんし)に向き合っていない、親の心情に配慮もしてくれていないという不信感もありました。

 電通事件をはじめ、長時間労働による過労死問題については、社会の目は厳しくなっており、NHKでもニュースや特番を組んで、社会の木鐸(ぼくたく)として世の中に警鐘を鳴らしていますが、NHKは自らに起こったことには棚上げしたままではないかと、私たち夫婦は怒りの目をむけていました。過労死関係のニュースや番組の制作、放送の現場で、実際に取材や編集や解説等にあたっている方々が、自分の会社の記者が過労死で命を落としている事実も知らない。自らの襟も正さずに、報道や解説をしている姿を、私たち夫婦がどんな思いで見ているか、想像して頂きたいと思います。

 未和の過労死をNHKは決して忘れず、遺族の心情に寄り添ってくれていると私たちが感じたことはありません。未和が亡くなって4年たちますが、労基署による労災認定後も、NHKから謝罪の一言もありません。社員の過労死に対して誰もおとがめなしということは、普通の会社や組織ではあり得ないと思いますが、NHKでどなたか責任をとられたのか、何か処分があったのか、私たちは何も知らされていません。未和の命日でさえ、今年は私たちから連絡をするまで、NHKの職制からはなしのつぶてでした。なぜいまごろ表に出すのか、という私たちの気持ちをご理解いただければ幸いです。

 次に、労災を申請した当時の私たち夫婦の心情です。2013年10月に渋谷労基署に、正式に未和の労災申請を出しましたが、その中に私の陳述書があり、最後のページに当時の思いを記しています。そのまま読ませていただきます。

 「未和が生まれたのは私が31歳のときでした。結婚し、最初の子どもである未和が生まれ、人生いまから、と高揚感にあふれていました。その同じ31歳で、未和は突然この世から去ってしまいました。道半ばに達することもなく人生を断たれた未和の無念さ、悔しさを思うと哀れでなりません。親としてわが子を守ることができなかったという深い後悔の念にさいなまれながら、なぜ未和が突然死んだのか、何か予兆はなかったのか、かける手立てはなかったのかと、未和の遺影と遺骨に問いかける毎日です。

 私は未和からNHK入社後の最初の赴任地である鹿児島、その後に異動した首都圏放送センターでの記者としての勤務はどういうものか、よく聞かされていました。機械メーカーで長年営業に携わってきた私のような一般の会社員の感覚からすると、24時間臨戦態勢のような記者の勤務は肉体的にも精神的にも過酷の一語に尽き、生活も不規則で、あの小さな体でよく頑張っているなといつも感心していました。未和はハードな生活にほとんど弱音をはかず、周囲にも優しく接しながら、自分で選んだ仕事に誇りを持って記者としてのキャリアを一歩一歩積み上げていました。私は未和にエールを送りながらも、一方で未和が記者という仕事に必然的に伴う不規則な生活を長い間続けることで、身体や健康がむしばまれることを親として非常に心配していました。未和には会うたびに、我が身の健康第一をいい、命より大事な仕事などこの世にはないことをくどいほど伝えてきたつもりです。そのため、未和も自分の身体や健康には留意していましたが、これまで酷使してきた体には澱(おり)のように疲労が蓄積していたのだと思います。

 NHKが総力をあげた平成25年夏の都議選、参議院選の取材では、未和は都庁クラブで一番の若手であり、独身で身軽なため、それこそ寝る間も惜しんで駆け回っていたようです。後日、NHKから提示された未和の勤務表を見たときに、私は泣きました。待ったなしの選挙取材で時間に歯止めはなく、土曜も日曜もなく、ほとんど連日深夜まで働いており、異常な勤務状況でした。疲労困憊(こんぱい)していようが、体調が悪かろうが、途中で戦線離脱などできるはずもなく、自分の体にむち打ちながら、とにかく選挙が終わるまで突っ走るしかなかったのかもしれません。これまで無理を重ねてきた体に、夏の選挙取材中の過剰勤務が決定的なダメージを与えたのではないか、との思いをぬぐいきれません。未和は短い人生を駆け抜けるようにして逝ってしまいましたが、親として未和の急死をもたらしたものが何であったかを知りたい、今年の夏の異様な勤務時間との因果関係を明らかにしたいという一念で、今回労災申請をすることに決意しました」

 次に、未和の急死の連絡を受けた当時の私たちの状況です。未和が亡くなった2013年7月24日当時、私はブラジルのサンパウロに駐在していましたが、9月の早々には正式に帰任が決まっていたために、後任への引き継ぎやあいさつ回りなどに追われていました。現地時間の7月25日の午後2時半ごろ、日本時間の7月24日の深夜2時半ですが、首都圏放送センター都庁クラブのキャップの方から私の携帯に直接電話があり、未和死亡の連絡が入りました。原因も死因も不明で、状況も分からず、錯乱状態になっている妻を引きずるようにして最短便で現地を発って、2日後の7月27日にようやく日本に戻り、変わり果てた未和に対面しました。夏場で遺体の損傷も激しいために、翌々日に葬儀をすませ、後始末をしたうえで、放心状態が続いている妻は次女と長男に託して、いったん私はサンパウロに戻り、9月4日に正式に帰国をしました。12年にわたる長いブラジル駐在を終えて、帰国する直前にかけがえのない娘を突然奪われた自分の運命と天を呪いました。家内は、私と私の会社をうらみ、夫婦ともども未和を失った喪失感と悲しみと苦しみに毎日のたうち回るような日が続きました。

 現地にいた私と未和とは、メールや電話でよく近況を連絡しあっていました。6月26日の未和の誕生日に私が打ったメールに対して、いままでめったに弱音を吐いたり、泣き言を言わなかった未和が初めて弱気になっているメールを送ってきました。内容をご紹介しますが、未和の勤務記録に記載されている当時の勤務時間と照らし合わせると、へとへとになっていたのだなと後日分かりました。

 未和のメールです。

 「パパへ。メールありがとう。なかなか悲惨な誕生日だったけど、なんとか体調も戻ってきたよ。都議選は終わったけど、もう1カ月もしないうちに参議院選、それが終わったらすぐ異動だよ。忙しいしストレスもたまるし、1日に1回は仕事を辞めたいと思うけれど、ここは踏ん張りどころだね。この年になって辞めて家事手伝いになると、結婚もできないわ。7月には一時帰国するのかね。忙しい人は仕事を辞めるとぼけたりするっていうから、楽しみをたくさん見つけておくといいね。それじゃまたね。未和」

 最後に未和の長時間労働と過労死の発生原因についての私たち夫婦の思いを。労災申請にあたって未和の勤務記録、タクシーの乗降記録、パソコンでの受発信記録、携帯での交信記録などをNHKから入手して整理する途上で、NHKの当時の職制の方と何度かお話をしてきましたが、「記者の働き方は裁量労働制で、個人事業主のようなものだ」という発言が何度か出てきました。出勤時間も休憩時間も自分の裁量で自由にできるという立場にあったということでしょうが、取材テーマを追う本来の記者の業務ならともかく、時間も手順も決められた短期集中の選挙取材業務は待ったなしではありませんか。都議選と参議院選と続いた選挙取材で、連日連夜深夜まで働き、土日も休めず、亡くなる直前の1カ月間の時間外労働時間が、私たちが労基署に出したのは209時間。その前の月が188時間というような状況がなぜ放置されていたのか、私には理解できません。

 記者は個人事業主だから細かい管理はしないという職制の意識が、部下の日々の残業時間のチェックもコントロールもせずに、結果的にこれほどの長時間労働を強いて、過労死に至ったのではありませんか。部下の健康と命を守るために、労働時間の管理は日々きっちりやるという職制の意識があれば、またそれをさせる組織のルールが厳格であれば、未和は死なずに済んだはずです。

 職制の労働時間管理のずさんさに加えて、一つのグループ、あるいはチームとしてのあり方にも問題があったような気がしています。都庁クラブは男性キャップの下に、男性のベテラン記者3名と、一番若い独身の未和をあわせて5名での選挙取材態勢であり、皆さんそれぞれ大変だったことと思います。しかし、普通の会社の組織では、若い女性社員が連日連夜、深夜残業、土日出勤という状態がずっと続けば、誰かがアラームを出して、助け舟を出すなり、外部からサポートを呼ぶなり、改善に向けて協力して助け合うはずです。チームの皆さんは横目で未和を眺めながら、個人事業主を決め込んでいたのでしょうか。自己管理できなかった未和が悪かったのでしょうか。私たちには未和が亡くなった当時のチーム全員の勤務記録を見せてくれという思いがあります。

 未和の100カ日の法要に都庁クラブの同じチームの方もみえました。その夜の会食の席で、家内がその方に「未和は我が家のエースでした」と言いました。その方は、びっしり埋め込んだ自分の手帳を見せながら、こう言われました。「要領が悪く、時間管理ができずに亡くなる人はエースではありません」。同じ職場にいた方の言葉とも思えませんが、当時の都庁クラブのチームワークの実態を垣間見る思いがします。個人事業主の意識の強いグループで、一番弱い未和が犠牲になったのではないかと思うと、親としてはやりきれません。

■佐戸未和さんの母親の発言

 すみません。亡き未和に対する母の思いを稚拙ながら述べさせていただきたいと思います。私の幼い文章で申し訳ございません。

 娘は、かけがえのない宝、生きる希望、夢、そして支えでした。娘亡き後、私の人生は百八十度変わり、もう二度と心から笑える日はなくなりました。未和という名前は「未来に平和を」ということで、未と和をつなげて、考え抜いてつけました。うまれた当初は私の実家のある長崎市におりました。つわりがひどく難産だっただけに、玉のような女の赤ちゃんと出会えたときは、本当に奇跡だと幸せをかみしめていました。すくすくと順調に育った未和は、親ばかと思われるかもしれませんが、才気煥発(さいきかんぱつ)で他の子にない光るものを持っているように感じていました。

 未和が1歳半になったころ、コロンビアに単身赴任中だった夫が帰国、最初こそ怖がりましたがすぐに慣れました。ちょうどその頃、テレビの子ども番組「おかあさんといっしょ」が長崎で収録、出演させて頂いたのがNHKとの最初のご縁でした。

 未和5歳、次女3歳、長男1歳。東京に転居。東京には親戚も知り合いもなく、夫は海外出張が多く、一人で3人を育てる日々は無我夢中でした。私の長崎の父が倒れたときは、当時3歳の長男だけを連れて東京と長崎を何度も往復、その頃から未和はお姉ちゃんとして下の子たちの面倒をみるようになったと思います。私も次第に精神的に未和に頼るようになっていました。

 一橋大学法学部へと進んだ未和は、私のすすめで、TBSで大学生がやっていた「BSアカデミア」に関わり、本格的に報道の世界に興味を持ち始めました。未和は我が家のエースでした。が、一番の親孝行者が、一番の親不孝者になりました。

 NHK入局後の最初の赴任地は鹿児島。母娘ともに有頂天になりながら電化製品、必要な家具を買いそろえ、任地に送りました。長崎の親たちの介護の帰りにわくわくしながら4回ほど鹿児島に行きましたが、未和は仕事で時間がとれず、一緒の思い出は残念ながら皆無でした。亡くなった後わかったことですが、彼女は持ち前のがんばりで、拉致問題でもずいぶん活躍したそうです。

 平成22年、念願の東京勤務が決まりました。一度、未和が都庁近くのホテルで昼食をごちそうしてくれたことがありました。バタバタバタと来て、さーっと職場に戻る姿は、今でも目に焼き付いています。そこで珍しく未和がぼやいていたことは、都庁クラブでの人間関係が鹿児島時代とはまったく違って希薄だということでした。それでももう少し頑張ってみる、ということで口出しは控えました。

 その後、未和の引っ越しに次女と2人で手伝いに行ったときには驚きました。暑い夏の盛りに、私たちはただぼーっとテレビをみている間に、未和は1人でちゃちゃっと立ち働き、ハヤシライス、キュウリトマトのサラダをつくってくれたのです。学生時代の未和からは考えられない手早さに、仕事が人間をつくるってこういうことなんだなあと感心しました。また、後にも先にもたった1回だけ実家に泊まりにきてくれたことがありました。私がいろいろと作った夕食をまるで飲むように平らげ、ささっとカラスの行水。自分でヨガを済ませると、すぐお布団へ。あまりのスピードぶりにぽかんとしていると、未和は「記者は早飯、早なんとかで、食べられるときに食べ、寝られるときに眠るんだ。ママも早く寝てよ」と言ったのでした。彼女は眠ったあと、私は天にも昇る気持ちで、未和がいとおしくて、いとおしくて、眠るのがもったいなく、いつまでもおでこをなでていました。未和のにおい、未和の体の温かさ、私はこれからも忘れることはありません。

 NHKの朝の連続ドラマ「おひさま」の主題歌が、まさに未和のイメージにぴったりで、当時はこの歌をずっとイヤホンで聴きながら未和を感じていました。もう少し、もう少しで夫が帰ってくる。普通の生活ができる、結婚が決まっていた未和の手伝いができる、と黙々と家事に励んでいた日々。しかしながらもうこの曲を聴ける日はなくなりました。

 平成23年5月1日、夫の完全帰国準備のためサンパウロ行きになり、未和との連絡はラインとなりました。7月17日、未和から「横浜局の県庁キャップになりました。また忙しくなりそう。涙スタンプ」。「おめでとう」と言うと、「めでたいかどうかは謎だね。泣き顔スタンプ」。日本の夜7時のニュースがサンパウロの朝7時のニュース。別の部屋にいたので途中から気づき、「以上、選挙報道でした」という未和の最後の声が、今でも耳に残っています。

 未和の死後、私は私ではなくなりました。入退院を繰り返し、強い薬を5錠服用し、「どうぞこのまま心臓が止まりますように、息が止まりますように」と眠りにつく。だけど朝はくる。目覚める。つらいです。親たちのみとりは最後まで完璧にやったのに、なぜ最愛の娘をみてやれなかったのか、自分を責め続けています。私は子育てのみに夢中でした。ほかにこれといった趣味や特技もなく、子どもが成長したあかつきにはお手伝いをすることだけが私のたった一つの望みでした。もう、その望みがかなうこともありません。この苦しみを背負う人が今後、決して二度と現れないことを切に願っております。失礼しました。(村上晃一、千葉卓朗)
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NHKの説明「事実ではない」 過労死記者の遺族が会見

朝日DIGITAL 2017年10月13日http://digital.asahi.com/articles/ASKBF5CN9KBFULFA02C.html

写真・図版:笑顔を見せる佐戸未和さん(遺族提供)(省略)

日本放送協会(NHK)の記者だった佐戸未和(さど・みわ)さん(当時31)が4年前に過労死していた問題で、佐戸さんの両親が13日、東京・霞が関の厚生労働省内で記者会見を開いた。佐戸さんの父は「未和は記者として、自分の過労死の事実をNHKの中でしっかり伝え、再発防止に役立ててほしいと天国で望んでいると信じる」と語り、再発防止の徹底をNHKに改めて求めた。

亡くなった時、携帯を握ったまま… NHK記者過労死

NHKの31歳女性記者が過労死 残業、月159時間

佐戸未和さんは2013年7月24日、うっ血性心不全を起こして急死。過重労働が原因で死亡したとして、14年に労災認定された。亡くなる直前1カ月の時間外労働(残業)は約159時間にのぼった。

NHKは今月4日夜のニュース番組で、佐戸さんの過労死と労災認定の事実を公表した。佐戸さんの死後4年余りにわたってこの事実を公表しなかった理由について、NHKは「遺族側の要望で公表を控えていた」と説明しているが、佐戸さんの父は会見で「事実ではない」と反論した。

また、NHKが「労災認定後に(佐戸さんが所属していた)首都圏放送センターの責任者が遺族に謝罪した」と説明していることについても、「我々は謝罪とは受け取っていない」と言及。これまでの経緯についてのNHKの公表内容に不正確な点があると指摘した。(牧内昇平)

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朝日DIGITAL 2017年10月10日

http://digital.asahi.com/articles/ASKBB6KN2KBBUCVL03F.html

NHKの記者だった佐戸未和(さどみわ)さん(当時31)が4年前に過労死していた問題で、NHK執行部が今月4日に公表するまで、経営委員会に対して正式に報告していなかったことがわかった。10日にあった経営委員会後に石原進委員長(JR九州相談役)が記者団に明らかにした。

経営委は、NHKの最高意思決定機関で執行部を監督する権限がある。月に2度のペースで開かれる委員会で、執行部側から事業の運営状況などの報告を受ける。委員は企業の幹部や大学の研究者ら外部の12人で構成されている。

石原氏は同日の委員会で初めて佐戸さんの過労死に関する報告があったと記者団に説明。「今回の事案は委員会に報告して頂きたかった」と語った。

一方、上田良一会長は5日の定例記者会見で、佐戸さんが亡くなった当時はNHK監査委員を務めており、「その立場で亡くなったことは承知していた。執行部側で適切に対処していると理解していた」と述べた。当時は経営委員も兼ねていたが、委員会全体に情報を共有していなかった。

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朝日DIGITAL 2017年10月10日

http://digital.asahi.com/articles/ASKBB5S0JKBBULFA03X.html

引っ越し大手、アートコーポレーション(大阪市)の横浜都筑支店(横浜市)に勤めていた元従業員の男性3人が10日、同社を相手取り、未払い残業代など計376万円の支払いを求める訴訟を横浜地裁に起こした。原告と代理人弁護士らが記者会見して明らかにした。

原告は引っ越し作業に従事していた元正社員2人と元アルバイト1人。訴状によると、原告らは「過労死ライン」とされる月100時間を超える長時間の残業を日常的にさせられていたが、2015年以降に1人あたり約65万〜75万円の未払い残業代があると主張している。ほかに未払いの通勤手当なども求めている。

同社は取材に対し「訴状が届いていないのでコメントできない」としている。(村上晃一)

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