情報資料室 - コンビニ経営は地獄だった、元オーナーの回顧 (6/3)

コンビニ経営は地獄だった、元オーナーの回顧 (6/3)

2019/6/4 8:16

 コンビニ経営は地獄だった、元オーナーの回顧

岡田 悟,大矢博之2019.6.3 13:00ダイヤモンド・オンライン
 
〔写真〕元オーナーが振り返るコンビニ経営の“理想と現実”(GettyImages ※写真は本文とは関係ありません)
〔写真〕24時間営業の見直しを求めた加盟店に、「要望に応じる事は出来ません」とセブン-イレブン・ジャパンは回答した(Photo:DW)
 
●24時間営業で疲弊するオーナー
 
「人手不足が深刻な状態が全く改善されません。(中略)午前7時から午後11時までの営業時間への見直しの早期改善を要求します」――。
 
 2017年、西日本のセブン−イレブンの加盟店オーナーだった新山敏朗さん(仮名)は、一縷の望みを懸けてフランチャイズ契約先のセブン−イレブン・ジャパン(SEJ)の本部に、1通の文書を送った。
 
「改善提案書」と題されたその文書では、「心身共に限界を超え、このままでは(働く家族)3人のうち誰かが、過労死か過労自殺するかもしれません」と、悲惨な現状が訴えられている。
 
 ところが、本部の回答はそっけないものだった。「貴殿の要望に応じる事は出来ません」とし、24時間営業が必要だとする本部の言い分を列挙。時短営業は「社会の要請に背くことになります」とまで記されていた(写真)。
 
 新山さんが家業の新聞販売店をやめて、コンビニ経営の世界に飛び込んだのは04年のこと。最大手チェーンならば、未来があると考えたからだ。
 
 現実は違った。セブンの日販(1日当たりの売上高)の全店平均は60万円超。しかし新山さんの店は、月平均で50万円に達することすら珍しかった。
 
 それでも2000年代はアルバイト従業員を十分に雇い、何とか回していくことができた。だが、人手不足の波は、じわじわと新山さんの店の経営を脅かしていく。
 
「ここ7、8年は時給を上げて従業員を募集しても、最低賃金がどんどん上がっていき、追い付かなかった」
 
 次第に、新山さん自身が深夜のシフトに入る日が増えていった。夜間帯の納品は妻が手伝ってくれたが、疲労は蓄積する。仕事中に目まいがするようになり、帰宅途中に自動車事故を起こしたこともあった。思い詰めた末にしたためた改善提案書だったのだ。
 
 こうした状況に本部が解決策として提案したのは、勤務時間を応募者が選べるようにすることや、店頭で募集のチラシ配り、店の奥の事務所の整理、従業員に仕事を分担してやりがいを持たせる──といった、根本的な解決策には程遠いものだった。
 
 仕方なく新山さんは店に立ち続けたが、とうとう今年1月、本部に閉店と契約の解消を要望した。時短をしてでも営業を続ける気力は、もう残っていなかった。
 
 それでも本部はなかなか取り合わなかった。しかし、新山さんが「経緯を全部マスコミに話す」と告げたところ、本部の態度は急変。3月末に閉店にこぎ着け、コンビニ経営から“解放”された。
 
 閉店時に在籍していた従業員数は、家族を除くと6人。通常ならば、1店当たり25〜30人は必要とされている。
 
「休むこともやめることもできない。最後の3、4年は本当に地獄だった」と新山さんは振り返る。
 
(ダイヤモンド編集部 岡田 悟:記者、大矢博之:副編集長)
 
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