森岡孝二の連続エッセイ - 第319回 大山鳴動して鼠一匹――あまりに化石的な政府の残業上限規制案

第319回 大山鳴動して鼠一匹――あまりに化石的な政府の残業上限規制案

2017/1/29 21:06
 
政府が鳴り物入りで検討を進めていた時間外労働(残業)の上限規制の骨子案がようやく見えてきたようです。1月28日のNHKニュースは「罰則つきの時間外労働上限 月最大100時間で調整」と報じています。
 
これが期待を持たせた議論の結論であるとするならば、あまりにもお粗末で悲しいといえます。しかし、冷静にこの間の経過を振り返れば、これははじめから見え隠れしていて、予想されたことで、案の定、やっぱり、という感じがしないでもありません。
 
労基法が制定されて70年になりますが、この間政府は労働時間の決定を、36協定の締結と届け出を条件に労使自治にまかせ、法的規制を一貫して回避してきました。この点は週48時間制から40時間制に移行した1987年の労基法改正でも変わりませんでした。労働界も労働時間の法的規制のために積極的にたたかってきたとはいえません。
 
それでもここ数年、過労死ゼロを求める運動が進み、2014年6月20日に過労死防止法が成立しました。しかしその4日後には、政府から高収入の労働者を対象に残業代ゼロの労働時間制度改革案が提起されました。その後の経過を見ると、実は、月80時間あるいは100時間をもって時間外労働の延長の上限とする案は、残業代ゼロ制度の創設案との交換条件に持ち出されたものだということがわかります。
 
政府の「働き方改革実現会議」は昨年6月にスタートしました。その有識者メンバーである水町勇一郎氏(東京大学社会科学研究所教授)は、2014年7月2日付けの西日本新聞で、規制改革会議の雇用ワーキング・グループの専門委員としてインタビューに応じ、「労働時間の上限とは具体的にどれくらいか」という質問に答えて、「労働安全衛生法で、時間外労働が月100時間になれば産業医による面談指導を受けるようになっている。規制改革会議では議論の停滞を避けるため、数字は明示しなかったが、月80時間とか100時間を念頭に置いていた」と話しています。
 
こういう議論が残業代ゼロ法案と評される「高度プロフェッショナル制度」をめぐる議論のなかで出ていたこと見逃せません。水町氏の発言の真意を善意に推し量って言えば、高プロ制の対象労働者には労働時間の概念に代えて「健康管理時間」が適用されるが、それには1ヵ月(4週)あたり法定160時間+80時間あるいは100時間くらいの上限を省令で設けるので、無制限の長時間労働になる心配はないというのです。
 
月80時間あるいは100時間をもって時間外労働の延長の上限とするという案は、昨年6月に閣議決定された政府の「ニッポン一億総活躍プラン」でも言われていたことです。このプランは、「36協定において、健康確保に適さない長い労働時間、月80時間超を設定した事業者などに対して指導を強化する」、あるいは「月100時間超の時間外労働を把握した事業者などに指導を強化する」としています。こうした表現からみても、政府は、残業の限度について「月80時間まで」もしくは「月100時間まで」を許容する基準を早くから想定していたと考えられます。
 
長時間労働の削減や過労死の防止のためにいま急がれるのは、労働基準法を改正して、36協定における時間外労働の延長の限度に関する現行の指導基準−−週15時間、月45時間、年360時間など−−に法的強制力を持たせ、業務の繁忙や納期の切迫を理由に青天井の延長を許す特別条項を廃止することです。しかし、政府は特別条項付きの36協定は今後もかたくなに残そうとしています。違反した場合の罰則の強化も言われていません。
 
前出のNHKニュースは、 政府は「罰則つきの時間外労働の上限について、---特別条項つきの『36協定』を締結すれば、年間最大で720時間とする方向で調整に入りました」、「また、企業の繁忙期については、いわゆる『過労死ライン』が『月100時間または2か月から6か月にわたって月80時間』に設定されていることを踏まえ、年間720時間を超えないことを前提に、月最大100時間、2か月の平均が月80時間とする方針です」と伝えています。
 
この問題を報じた1月29日の朝日新聞の一面トップ記事には、「残業上限 月平均60時間、政府調整 繁忙期100時間まで」という見出しが付されています。しかし、月平均60時間というのは年間720時間を12ヵ月で割った数字にすぎず、月最大60時間を義務づけるのでないかぎり、規制としては特別の意味はありません。それより1週間の上限はどうなっているのか、あるいは1日の上限規制はどうするのかを問題にしてほしいものです。
 
朝日の記事がそうだというわけではありませんが、メディアの報道のなかには今回の政府案が時間外労働規制の前進的改革であるかのように評価している向きもあります。しかし、今回明らかになった骨子案は極めて後ろ向きの名ばかり規制案と言わなければなりません。
 
もともと日本の労働基準法における労働時間規制は、36協定による規制解除を許している点で化石的な制度ですが、今回の骨子案も、化石的な労働時間制度の枠内で構想された化石的な改革案の域を出るものではありません。少しでもいいところがあれば、今後に期待をつなぐこともできるのですが、そういう見方もできそうにありません。騒ぎが大きかった割に結果はあまりに貧相だという意味で、「大山鳴動して鼠一匹」というのが、政府が法案化に向けて調整中という時間外労働の上限規制案についての私の評価です。
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