森岡孝二の連続エッセイ - 第335回 書評 今野晴貴『君たちはどう働くか』 皓星社

第335回 書評 今野晴貴『君たちはどう働くか』 皓星社

2017/9/2 22:58

 今野晴貴『君たちはどう働くか』 皓星社、1200円+税

POSSE Vol.31 2016年6月号

本誌の読者にはいうまでもないが、著者は若者を中心に多数の労働相談を受けるNPO法人POSSEの代表である。まだ大学院に在籍する若手研究者でありながら、大佛次郎論壇賞を受賞した『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)のほかに、『ブラック企業ビジネス』(朝日新書)、『求人詐欺――内定後の落とし穴』(幻冬舎)、『ブラックバイト――学生が危ない』(岩波新書)など、多数の本を著している。

著者がいうように、文部科学省によると今日では高校進学率が九七%に達し、中学校卒業と同時に社会で働く人は三%にすぎない。本書はそういう中学生だけでなく、これから高校に進んで、あるいはやがて大学を出て、アルバイト(バイト)をするか就職をするだろう中学生に向けて、働くとはどういうことか、またどう働けばいいのかを助言するために書かれた。すでに働いている若者や親や教師が読んでも役に立つ働き方の手引き書である。

著者は、第1章で人々の働き方に関心を持つにいたったきっかけを自ら語っている。はじめは、中学生のころに男女雇用機会均等法が改正されたニュースに接し、日本の会社では男女が平等ではないことに疑問を持つようになった。高校では、経済や政治の本をよく読み、テレビのドキュメンタリー番組をやたらと観ていた。大学では、法学部の三年生のときに「働くすべての人々にかかわる」労働法のゼミナールを選択することで、「労働」と出会った。そしてまだ大学生だったときにPOSSEを立ち上げ、いまはその活動を続けながら大学院で「労働社会学」を研究しているという。

本論ではまず、人はおとなになったらどうして働かなければならないのかを考える。「お金を稼ぐため」とか「家族のため」とかいうこともあるが、社会は労働で成り立っていることからいえば、結局、昔から人は「生きるため」に働いてきたのである。しかし、少し読み進むと、今のように会社に雇われて賃金を得るという働き方は、多くの人が自分の労働力を労働市場で商品として売るよりほかには生きる術がなくなった資本主義の時代に広まったもので、人類の歴史のうえでは比較的新しいということも分かる。

どのスポーツも最低限のルールを知らなければ、参加することはおろか、観戦することさえおぼつかない。働くことにも学んでおくべき「ルール」があって、そのために一連の労働法が国によって定められている。それらをすべて覚える必要はないが、最低限のルールを知っていないと、不当に長く働かされたり、ただ働き残業をさせられたりして、ひどい場合には「過労死」させられることもある。会社の求人には、ウソが交じっていることが多く、賃金が高いと書かれていたので就職したら、基本給に長時間の残業代を組み入れていたという会社もある。

雇われなくては生きていけない労働者は、労働時間や賃金に不満があっても、個人では立場が弱く、会社のいうなりに働かされやすい。もともと弱い立場の労働者を守るために、国は労働契約法、労働基準法(労基法)、労働組合法、労災保険法(労働者災害補償保険法)などの労働法で、「働くルール」を定めている。労働契約法は雇う側と雇われる側との守るべき「約束」について取り決めている法律である。労基法は、使用者(会社)が守るべき労働条件の「最低基準」を定めている。労基法では、1日8時間、1週40時間を超えて働かせてはならず、それを超えて時間外労働(残業)をさせる場合は、通常の賃金の二五%以上の率で計算された割増賃金を支払わなければならない。こういう義務を使用者に守らせるための「警察」の役割を持った機関が労働基準監督署(労基署)である。労基署が監督指導をしても、事業所の数に比べて監督官が不足しているという事情もあって、違法な労働条件が改善されないことも多い。ことに労働者がバラバラでは会社側が圧倒的に強く、労働者の権利は守られにくい。しかし、労働者が集まって団結すれば、使用者と「対等」に交渉できるようになる。このように労働者が使用者との交渉において対等の立場に立って労働条件を自ら改善することを可能にするために制定された法律が労働組合法である。

法律の専門家である弁護士も、働く人のトラブルの解決には関わるが、経営側の弁護士と労働側の弁護士とでは自ずと立場が異なる。それゆえに、「弁護士に相談するときは、労働側の弁護士に」が第一原則である。労働法でたとえ労働者の権利がうたわれていても、労働者が労基署に申告するとか、組合に入って交渉するとか、裁判を起こすとかして実際に権利を行使しなければ、権利は守られない。組合には労働者であれば誰でも、たとえ一人でも入れる。

原則として、会社は児童・生徒を満一五歳に達して中学校を卒業するときまでは労働させてはならない。しかし、中学を出たあとは、雇って働かせることができる。中卒ですぐに働く人も少数ながらいるが、多くの人は高校のバイトではじめて労働を体験する。大学ではバイトをしない人のほうが少ない。ところが最近ではパートやバイトなどの非正規労働者が全労働者の四割を占めるまでになり、大学生や高校生のバイトでも、契約の内容を無視したり、無理な働かせ方をしたりするブラックバイトが増えて、社会問題になっている。なかには辞めたいと言っても辞めさせてもらえず、結局、辞めるまで何ヵ月も連続で休みなく働かされたというケースもある。仕事のマニュアル化が進み、以前なら正社員がやっていた仕事を最近ではバイトがやらされるようになるなかで、コンビニや飲食サービスなどのバイト先で嫌がらせやパワハラを受ける事例も増えている。バイト先で不当に低い時給で過剰な残業やただ働きをさせられたり、いやな目にあったりしたときにはどう対処すればいいのか。これはバイトに限らず、正規に就職した場合にも言えることであるが、本書によれば次の三つのことを知っていて実行すれば、なんとか身を守ることができる。

その1 「自分が悪い」と思わないこと。

その2 記録をとること。

その3 労働側の専門家に早く相談すること。

辞めて再スタートを切ることもわが身を守る一つの選択肢である。本書の最後には、働く前に覚えておきたい25の重要なルールも示されている。そのなかには、「働く人を解雇するときには、誰が見ても納得できるような理由がなくてはならない」というルールや、「同じ会社で、半年間働いた人には、基本的に(パートやバイトであっても)有給休暇を与えなくてはならない」というルールもある。

近年では、小中学校から大学にいたるすべての教育段階で学校教育と職業社会を結ぶ「キャリア教育」の必要性が唱えられている。しかし、文部科学省のホームページや発行物を見るかぎり、現在推奨されているキャリア教育は、子どもたちに「自分らしい生き方を実現するための力」を身につけることを求めてはいても、子どもたちが社会に出て求められる労働や健康や安全に関する知識をおろそかにしている。この点でブラック企業やブラックバイトを見きわめる力を身につけることに主眼をおいた本書の教材としての利用価値は大きい。

本書では触れられていないが、二〇一四年六月に、超党派の議員立法で「過労死等防止対策推進法」(略称・過労死防止法)が成立した。同法の第九条は「国及び地方公共団体は、教育活動、広報活動等を通じて、過労死等を防止することの重要性について国民の自覚を促し、これに対する国民の関心と理解を深めるよう必要な施策を講ずるものとする」と定めている。またこの法律にもとづいて閣議決定された「過労死等の防止のための対策に関する大綱」は、「過労死等にも至る若者の『使い捨て』が疑われる企業等の問題など、劣悪な雇用管理を行う企業の存在と対策の必要性」を強調し、「特に若年者を対象とする教育活動を通じた啓発が必要である」として、「中学校、高等学校等において、勤労の権利と義務、労働問題、労働条件の改善、仕事と生活の調和(ワークライフバランス)について理解を深める指導がしっかりと行われるよう、学習指導要領の趣旨の徹底を図る」とも述べている。これに照らしても、中学生という早い段階から「君たちはどう働くか」を説く本書は、いま書かれるべくして書かれた働き方の手引きと言えよう。(転載が1年以上遅れてすみません)

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