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森岡孝二の連続エッセイ - 森岡孝二の連続エッセイカテゴリのエントリ

連合執行部が2年以上前から国会にかかっている「残業代ゼロ法案」(「高度プロフェッショナル制度」)を容認する姿勢に転じたと報じられています。これが先般固まった「時間外労働の上限規制案」と一体化されて、あらたな政労使合意案として、秋の臨時国会に上程されるとも言われています。

私は、この春以来、「働き方改革」をめぐる講演の結びでつぎのように語ってきました。すなわち、政府のいう「時間外労働規制」は、労働基準法の原則からも過労死防止の見地からも容認できるものではない。しかし、連合が合意したことによって、労働界の力でこれを阻止することは難しくなった。とはいえ、政局は「一寸先は闇」と言われ。安倍内閣の支持率がいつどんなことで大きく下がるかわからない。自民党が総選挙で負けそうな状況になれば、労働時間制度の改悪は見送られる可能性もある、と。

実際、今月に入って、森友学園問題、加計学園問題、大臣発言、都議選の結果などによって、安倍内閣の支持率が大きく下がってきました。「安倍内閣はもはや死に体」とも評されています。このままいけば、労働時間制度の改悪も頓挫しそうな状況になってきたと言えます。

そういう情勢のなかで、にわかに浮上したのが安倍内閣による連合執行部の取り込みです。あるいは連合執行部の安倍内閣への擦り寄りと言い換えることもできます。いずれにしても、連合はなぜ溺れる安倍内閣に救いの手を差し伸べるのでしょうか。わけがわかりませんが、近く発表される第2次合意によって、安倍内閣が民進党の反対を封じ込めようとしているのであろうことは、容易に推察できます。

安倍内閣と連合の接近、というより抱擁は、今に始まったことではありません。今日の朝日新聞が書いているように、連合は安倍内閣と経団連が設けた土俵に上がって時間外労働の上限に「合意」した時点で「ルビコン川を渡った」と考えられます。同じ土俵で一体的に議論されてたA案とB案のうち後者は受け入れるが、前者は拒否するというのはそもそもできない相談というか、筋の通らない話です。

連合は「残業代ゼロ制度」に対する「修正要望」として、年間104日以上の休日の確保を義務づけるほか、労働時間の上限設定、勤務間インターバル休息の付与、2週間連続の休暇取得などの複数の選択肢から、各社の労使がいずれかの健康確保措置を選べるようすることを求めています。

しかし、これは、2015年1月にまとまった労働政策審議会の「今後の労働時間法制等の在り方について」という報告骨子に示されていた健康確保措置と大きく異なるものではありません。そこでは「労使委員会における5分の4以上の多数の決議で定める」ものとされていましたが、その点もほとんど違いません。

そもそも一定の収入(賃金)以上の労働者を対象に、時間外労働に対する割増賃金の基礎としての労働時間の概念をなくし、かわりに「健康管理時間」を置くという制度設計に無理があります。労働時間がないのに、どのようにして「労働時間の上限」を設定するというのでしょうか。例の「実行計画」では「時間外労働の上限規制」が言われていますが、「残業代ゼロ制度」の修正要望で「時間外労働」と言わないのはもともと、「時間外労働」の概念をなくすことが、この制度の眼目であるからです。そういうややこしい問題を抜きにして言えば、これまでの経過から見て、ここでいう「労働時間の上限」とは、単月では272時間未満、週平均63時間未満を意味すると推察されます。なんとも複雑怪奇な制度設計です。

最後に、年間104日以上の休日の確保が義務づけられたらどうなるでしょうか。その場合は年365日から104日を引いた261日は、何時間働かせても違法ではないことになります。仮に261日を毎日12時間働くと「労働時間」は年3132時間に達します。実際にはそんなことはほとんど不可能です。それは死ぬほど働くことを意味します。追加的な健康確保措置(過重労働防止策)から何か選択されたとしても、過重労働が大幅に削減される保障はありません。

こういう恐ろしい制度に労働組合が合意してはなりません。連合傘下の主要産別の幹部からも異論が出ていると言います。長時間過重労働に歯止めをかける労働組合の役割を投げ捨てるに等しい「合意」の見直しを強く求めます。(7月13日朝、後半を一部修正しました)
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厚生労働省は本年6月30日、2016(平成28)年度の「過労死等の労災補償状況」を公表しました。

過労死(過労自殺を含む)の労災請求は、実際に起きた事案の「氷山の一角」に過ぎません。過労死事件は、災害性の労災事件に比べて、労災認定率がいちじるしく低いうえに、夫や子どもが過労やストレスで死するか健康を害しても、遺家族は、労災補償についての無理解、会社への遠慮、労働組合の無支援、労働基準監督署の消極的対応などから、泣き寝入りをしてしまうことが多いことが知られています。そのうえ国と地方の公務員の過労死(公務災害)は、労災とは別制度になっているために、厚労省のデータには含まれていません。

今回取りまとめられたのは、2014年11月に過労死防止法が施行され、「過労死ゼロ」に向けての政府・厚労省の取り組みが始まって2年度が過ぎた時点での集計結果です。この間は企業のレベルでも残業の削減や年次有給休暇の取得促進の取り組みが大きく報道されてきました。にもかかわらず、この2年度間の経緯を見ると、過労死・過労自殺が減少に転じたと言えるような兆しは見出せません。

脳・心臓疾患では、労災請求件数は825件で前年度比30件の増、うち支給決定件数は260件で前年度比9件の増となています。

精神障害では、労災請求件数は1,586件で前年度比71件の増、うち支給決定件数は498件で前年度比26件の増となっています。

脳心・精神とも、請求件数も支給決定件数も前年度よりかなり増加していることがわかります。なかでもとくに注目されるのは、過労自殺に係わる精神障害による労災請求が4年連続で過去最高を更新していることです。図に示したように1999年度は155件でしたから、この間になんと10倍以上に増加したことになります。

労災認定件数でみると、昨年度の精神障害の支給決定件数は、若者に過労自殺やうつ病が多発していることを示しています。その証拠に、精神障害の支給決定件、総数498件のうちわけは、39歳未満が252件(50.6%)、うち30代が138件(27.7%)、20代が107件(21.5%)、10代が9件(1.8%)となっています。

近年では非正規労働者が全労働者の4割を占めるまで増加した結果、若者の労働環境が悪化し、入社早々から少数精鋭主義が強まって、人員は減っているのに仕事は増えるいっぽうという状況があります。仕事のスタイルも変化してきました。情報化で納期や開発をめぐって時間ベースの競争が強まってきました。携帯電話やメールやスマホの普及で仕事がどこまでも追いかけてきます。グローバル化やビジネスの24時間化で深夜労働も増えています。スピードや利便性求める競争も増加。仕事のオンとオフの境界があいまいになり、精神的疲労やストレスが増大しています。

こういう事情が若者のあいだでの過労自殺の増加を招いていると考えられますが、今回の労災認定状況の数字が示すように、過労自殺やうつ病が若者を中心に依然として増え続けていることは、過労死防止法施行後の政府・厚生労働省の過重労働対策が若者対策としては成果を上げるまでになっていないことを物語っている点で見逃せません。2011〜12年と比べ、内定率がずいぶんよくなり、有効求人倍率も高まり、人手不足感が広がっていることを考えると、問題は深刻です。

この点については次回に職場のパワハラやいじめと合わせて考えましょう。

               図 脳・心臓疾患および精神障害の労災請求の推移 

        (2016年度 厚労省、過労死等の労災補償状況から)

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 時間外労働の上限規制をめぐる「政労使合意」や「働き方改革実行計画」を追いかけているあるジャーナリストから、先日、つぎのような話を聞きました。

「連合は、時間外労働規制の導入だけでなく、高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の拡大についても、事実上、抱き合わせの一体改革として合意しており、今後の国会審議に際しても両方とも基本的に受け入れる方向で動くらしいですよ」。

これまでの経過から見て、やっぱりそうか、さもありなんと思いました。上限規制をめぐる政労使合意の場で高プロ制や裁量労働制の議論が出たかどうかは不確かですが、政府が設定した土俵での政治折衝において、上限規制は受け入れるが、高プロ制と裁量労働制は拒否するというのはできない相談です。連合の神津会長の意向は別としても、安倍首相と榊原経団連会長が最初から上限規制と高プロ制の一体改革を意図してきたことは明らかです。

上限規制というといかにも規制緩和路線の見直しという印象を受けますが、それは見せかけの印象操作にほかならず、政府・財界の狙いは一貫して労働時間の規制緩和にありました。2014年4月22日、産業競争力会議と経済財政諮問会議の合同会議が開かれました。そこでは「戦略的課題」は「働き方」であることが確認され、「一律の労働時間管理にとらわれない柔軟な働き方」として 「新たな労働時間制度」の創設が提案されました。これは一定の年収の正社員を対象に労働時間規制を外し、したがって法定内労働と時間外労働の区別をなくして、使用者の労働者に対する残業手当の支払義務を免除するホワイトカラー・エグゼンプション(「ホワエグ制」、後の命名では「高プロ制」)にほかなりません。

これを受けて、安倍内閣は、過労死防止法が全会一致で可決成立した2014年6月20日の4日後、「日本再興戦略 改訂2014」で、「成果で評価する労働時間制度の創設」と「裁量労働制の新たな枠組の構築」を閣議決定しました。

このような動きがあるなかで、内閣府規制改革会議の雇用ワーキング・グループでもホワエグ制が検討されました。どういう議論があったのでしょうか。いまから振り返って参考になるのは、同グループの専門委員であった水町勇一郎東大教授の説明です。

水町氏は、2014年7月4日付けの「西日本新聞」のインタビューのなかで、労働時間の規制見直しをどう見るかという質問に答えて、「目的は大きく二つある。一つは、ホワイトカラーの働き方を変えて生産性を高め、国を活性化させることだ」、「もう一つは労働者の命と身体を守るためだ。長時間労働によるメンタルヘルス(心の健康)の問題や過労死、過労自殺が頻発している。メンタルヘルス問題で従業員が休業すれば、生産性の低下にもつながる。長時間労働をなくし、労働者の権利や利益を守らなければ、日本社会の持続的な成長と発展は望めない」と述べています。

さらに重要なことに、水町氏は「労働時間の規制がなくなれば、長時間労働を助長するのではないか」「労働時間の上限とは具体的にどれくらいか」という記者の質問に対して、「労働安全衛生法で、時間外労働が月100時間になれば産業医による面談指導を受けるようになっている。規制改革会議では議論の停滞を避けるため、数字は明示しなかったが、月80時間とか100時間を念頭に置いていた」と答えています。

時間外労働の上限を2〜6か月平均80時間以内、単月100時間未満にするという今回の「政労使合意」とそれにもとづく「実行計画」は、水町氏がいう上限とぴったり符合します。過労死、過労自殺が頻発していることを問題にして、「労働者の命と身体を守るため」という理由を持ち出している点も、政労使合意にそっくり当てはまります。

高プロ制と裁量労働制については、2015年1月15日の第122回労働政策審議会労働条件分科会で 「今後の労働時間法制等の在り方について」という報告骨子がまとまり、2年前から国会に上程されています。

その骨子には「本制度の適用労働者については、割増賃金支払の基礎としての労働時間を把握する必要はないが、その健康確保の観点から、使用者は、健康管理時間(「事業場内に 所在していた時間」と「事業場外で業務に従事した場合における労働時間」との合計)を把握した上で、これに基づく長時間労働防止措置や健康・福祉確保措置を講じることとすることが適当」であるという文言があり、「健康管理時間が1か月について一定の時間を超えないこと」を条件としていました。

労働時間に代えて持ち出された「健康管理時間」には時間外労働の概念はありません。そのために「1か月について一定の時間を超えないこと」という曖昧な言い方をしていますが、健康管理時間においても、要は1か月の法定労働時間(月30日の場合171時間、31日の場合177時間)に準じた時間を基準に、80時間あるいは100時間を超えない範囲までは超過労働を認めるというのです。さきの水町発言と重ね合わせるとそのように解釈できます。

時間外労働の上限規制案は、高プロ制の導入案をめぐる議論から出てきました。途中の賑やかしで女性活躍戦略やニッポン一億総活躍プランの花火も打ち上げられましたが、結局、政府・財界の労働時間制度改革の議論に徹頭徹尾、首尾一貫しているのは、時間外労働の規制に見せかけた労働時間の規制緩和だと言えます。そうした規制緩和に労働組合まで手を貸すことはありません。

これが私の杞憂に過ぎないことを願っています。
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エコノミスト 2016年8月2日号

バーニー・サンダース『バーニー・サンダース自伝』萩原伸次郎監訳、大月書店、2,300円+税

「はぐれ者」の軌跡に見る米国経済・社会の問題点

これは昨年来のアメリカ大統領民主党予備選挙で若者の熱狂的な支持を受け、ヒラリー・クリントンを相手に大接戦を演じたあの「社会主義者」サンダースが自らについて縦横に語った。

タイトルに「自伝」とあっても普通の意味の自伝ではない。ニューヨーク市の下町の労働者家庭に育ったことや、シカゴ大学でベトナム反戦運動や公民権運動に参加したことなどにも触れているが、ほとんどのページは、バーリントン市長(81〜89年)とバーモント州選出下院議員(91〜07年)であった時期の政治活動とメディア批判に割かれている。

かといって狭い政治の本ではない。目に入るのは、彼が長年変えようとしてきた富の不平等な分配構造と働く人びとの報われない経済生活である。こうした視点の背景には、政治の民主主義がまともに機能するには経済に民主主義がなければならないという思想がある。

彼の選挙への挑戦は、地域小政党の自由連合党に推されて、1971年、30歳で上院議員に立候補したときから始まるが、30代は州知事選挙も含め惨敗続きであった。しかし、81年に地域の進歩的運動のリーダーとして、無所属でバーモント州バーリントン市の市長選に出馬し、わずか14票差で当選したときから潮目が変わった。彼はその後3期市長を務め、無所属のまま91年には同州選出の下院議員に当選した。07年に上院議員に当選したときの得票率は65%であった。アメリカの二大政党制の歴史のなかで、サンダースほど長く24年も無所属で議員を務めた者はいない。

この本には、今回の大統領予備選におけるサンダースの公約――全国最低賃金(時給)15ドルへの引き上げ、公立大学の授業料無料化、全国一律の公的医療保険制度の創設、TPP交渉からの撤退、金融業界規制の強化、政治資金規制の厳格化、地球温暖化対策――のもとがぎっしり詰まっている。貧困解消のための最賃の大幅引き上げは、国民皆保険制度の創設と並んで、下院と上院を通じた彼の一貫した主張であった。彼は金持優遇税制の改革や金権政治の打破を説き続け、ブッシュのイラク戦争にも議会演説で一人敢然と反対した。

サンダースは本書で自らをアメリカ議会の「はぐれ者(アウトサイダー)」と称している。評者は勇ましく大胆にふるまう人という意味で、アメリカ政治に波風を起こす社会主義者の「あばれ者」と言いたい。本書を読まずして今日のアメリカ政治は語れない。

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2016年5月10日号

松尾匡『この経済政策が民主主義を救う――安倍政権に勝てる対案』大月書店、1,600円+税
 
野党がとるべき経済政策 「大胆な反緊縮」を説く

本書は経済学者にしてはめずらしく多産な著者の労作のなかでも、とりわけ理論とデータの裏付けがしっかりしている。そして、なにより経済から政治を論じている点が刺激的で面白い。

安倍首相の野望は、改憲を成し遂げ、戦後民主主義に替わる新しい体制を樹立することである。そのために綿密なシナリオのもとに、あらゆる手段を動員して経済の成功を演出し、この夏の参議院(ことによれば衆参ダブル)選挙に圧勝することに政治生命を掛けている。
他方、人びとは長年にわたり不況とデフレに苦しんできた。「飽食日本」と言われたのは昔の話。現代日本に広がっているのは古典的な窮乏化である。それだけに選挙では有権者は景気や雇用に強い関心を持っている。もし野党が争点を政治に絞って、経済を疎かにするなら、安倍政権と自民党の思う壺である。

では野党はどんな経済政策を掲げるべきか。左派・リベラル派の野党は「安倍さんよりもっと好況を実現します」というスローガンを打ち出すべきである。そのためには、日銀の緩和マネーを旧来型の公共事業ではなく、福祉・医療・教育・子育て支援につぎこんで、総需要を拡大するしかない。民主党のかつての「事業仕分け」のような緊縮政策ではなく、大胆な反緊縮政策こそが、経済を救い民主主義を救う。

そのお手本は、躍進する欧米左派の経済政策である。スウェーデンの社会民主党、ギリシャの急進左翼連合、スペインの新興左翼政党、欧州左翼党、イギリス労働党の新党首コービン、アメリカ大統領民主党予備選挙で注目を浴びるサンダースは、いずれも中央銀行の量的緩和政策と公共投資による雇用創出が、左翼の経済政策の世界標準であることを示している。ノーベル経済学賞のクルーグマンやスティグリッツ、さらには『21世紀の資本』のピケティもこの世界標準の支持者である。

本書は金融を緩和し、政府支出を拡大して、経済をインフレにする政策を唱えている点で、ケインズ主義に立っている。また、その一点におい、「アベノミクス」の金融・財政政策に理解を示している。しかし、安倍政権が新自由主義にしがみついて進める雇用の規制緩和や福祉削減には断固反対である。消費税率の引き上げや法人税率の引き下げにも、もちろん反対である。

安倍政権に勝つための経済政策を説いた本書は、政権交代可能な野党共闘が広がっている今こそ読まれるべき一冊である。

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エコノミスト 2016年3月1日号

朝日新聞経済部『ルポ 老人地獄』文春新書、780円+税

ミニ施設急増、職員疲弊…悪化する老人介護の現場
 
現在、日本の65歳以上の高齢者人口は約3400万人。80歳以上に限っても1000万人を数える。世界でトップクラスの長寿国として知られていながら、老後に待ち受ける介護の現場は、トップクラスどころか、本書に描かれているように、「それでも長生きしたいですか?」と問いたくなるような状況にある。

開くと、高齢の男女10人がある民家の同じ部屋で雑魚寝になっている光景が出てくる。そこは送迎バスで通い、レクレーションや体操のほか、食事や入浴などの生活支援を受ける通常のデイサービスを営んでいるだけではない。利用者の多くが夜も同じ民家に寝泊まりする「お泊まりデイ」も併設している。

厚生労働省によれば、過去7年間に通常のデイサービスが約5千ヵ所増えたのに、利用定員10人以下が建前の小規模事業所はその倍以上に増えた。業界最大手の「日本介護福祉グループ」がフランチャイズ展開するお泊まりデイの「茶屋本舗」は、全国800ヵ所にのぼる。
このように小規模事業所が急増し、お泊まりデイが人気を集めているのは、公的な介護施設である特別養護老人ホーム(特養)がなかなか入れないうえに、民間の有料老人ホームの利用料や介護費が高いからである。厚生労働省が小規模事業所を優遇してきたこともお泊まりデイの増加の一因になっている。

今では介護はサービス産業である。特養を運営する社会福祉法人のなかには「老人ビジネス」から甘い汁を吸おうとする事業者もいる。理事長のポストが売買された例や、理事長が新たな介護施設をつくるために市議会議員を買収して、議会の4分の3が逮捕された例さえある。

その一方、介護の現場では、低い介護報酬の下でのコスト削減と人手不足で、まともな福祉施設においても、介護職員の疲弊が進んでいる。関西の社会福祉法人に勤める女性職員は、月に7、8回の夜勤をしても月給は20万円ほどにしかならない。仕事がきつく賃金が低いので、退職増と採用難の悪循環が止まらない。

その結果深刻化する人手不足は、サービスの低下を招くだけではない。部屋が空いても、あるいは施設が増えても、入居者を受け入れられない事態さえ生んでいる。

読み終えて本書が経済部の記者によって書かれたことに納得した。介護事業も介護保険も年金も、アベノミクスで置き去りにされてきた経済問題にほかならないからである。

悲しい老後崩壊本ブームのなかで見逃せないルポである。

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仲村和代『ルポ コールセンター――過剰サービス労働の現場から』朝日新聞出版、1200円+税

エコノミスト 2015年12月8日号

年間離職率9割、疲れ果て“心が折れる”職場の実態

 
本書は知られざるコールセンターの労働実態を新聞記者が現場に取材した迫真のルポである。

東京であれ、大阪であれ、全国のどこかで買い物をした客が、商品やサービスについて問い合わせや苦情の電話をする。それを受けるのは、北海道や東北や九州に置かれた電話対応拠点である。

沖縄のあるコールセンターを取材すると、800人分の靴箱と500人分のロッカーがあった。繁忙期には10万件、閑散期には1日4000〜5000件をさばく。業務の繁閑に応じて人員は増減する。

訪れたフロアーでは400人のオペレーターが電話対応をしていた。その9割以上が派遣会社経由を含むパートやアルバイト。オペレーターの指導役のスーパーバイザーも非正規雇用である。女性が多く、中年のシングルマザーもいる。3〜4割は男性で、20代の若者もいる。
コールセンターにかかってくる電話のなかには「頭が真っ白で、胃袋がひっくり返りそう」になるものもある。「なんべんも電話させやがって。店舗に連絡したいのに、なんで強制的にここにつながんねん。……店につなげ、あほ」と絡まれる。「ぶっ殺す」と言われたこともある。

「ありがとう」と言われることが少ない仕事であるために、ほとんど見返りがない。毎日疲れ切って、心が折れてしまう。嫌気がさし、すぐにやめてしまう人が多い。たいてい1ヵ月更新で、初めの1ヵ月で3割がやめる。1年間の離職率は9割にのぼるという情報もある。
コールセンターが始動したのは1980年代である。情報化が進んだ90年代には保険会社や銀行なども顧客対応をコールセンターで行うようになる。本格的な展開は自治体などが問い合わせ対応業務を外部化した2000年代に入ってからである。

なぜ、企業や行政はコールセンターを利用するのか。顧客や利用者への対応業務を集約化し、効率化するためである。なぜ、沖縄などの地方に置くのか。最低賃金が低く、人件費が安いからである。「内地」なら1200円の時給が、沖縄では900円ですむ。その格差を狙ってコールセンターが進出する沖縄はまるで「ミニ中国」のようである。

現代社会では人びとは、労働者として日々の労働と生活に追われているほど、消費者として過剰なまでのサービスを求めて労働者を追いつめる。本書からはコールセンターがそうした場所であることが浮かび上がる。電話の向こうの見えない現場を知るには、お薦めの一冊である。

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  政府は、317の第9回「働き方改革実現会議」で示された「政労使提案」を受けて、29日、時間外労働(残業)の上限設定などに関する「働き方改革実行計画」(以下「改革案」という)を発表しました。

 

1 死ぬほど働かせることを法認 

改革案は以下の方向で労働基準法を改定すると読み取れます。36協定(時間外・休日労働に関する労使協定)を結ぶことで週40時間を超えて認められる残業の上限を、原則として、「月45時間、かつ、年360時間」とする。特例として、「臨時的な特別の事情がある場合」ないし「一時的に事務量が増加する場合」は、特別条項付き36協定を結ぶことにより、26ヵ月平均で月「80時間」、単月「100時間」、年「720時間」までの残業を認める。80時間や100時間は休日労働を枠内に含むが、月45時間、年360時間、ならびに年720時間は休日労働を別枠とする。労働時間が長く過労死の多い建設事業、運送業務、研究開発業務などを、残業の規制から外す現行制度を維持し、新たに医師業務も向こう少なくとも5年間は適用除外とする。

 

の休日労働は週1回の法定休日労働のことをいいます。年720時間という残業の上限設定は、週1回の法定休日も含めれば、最大年960時間(月80時間×12か月)まで働かせることが法的に許されることを意味します。月単位でいえば、月4回の法定休日に毎回13時間働かせ、計97時間(45時間+13時間×4回)の残業をさせることも、「100時間未満」なので合法とされる可能性があります。複数月平均80時間、単月100時間、年960時間は、肉体的・精神的限界をはるかに超えた長時間過重労働です。前にも書いたように、これでは過労とストレスのために人間の身心は完全に壊れてしまいます。これを労働時間制度として定めることは、文字通り死ぬほど働かせることを法認=放任するようなものです。

 

2 労働時間規制の三重化と8時間労働制の空洞化

政府は今回の改革案を、「労働基準法 70 年の歴史の中で歴史的な大改革である」と自画自賛しています。さかのぼれば、政府は昨年閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」において、三六協定における残業規制の在り方について、再検討を開始するとし、残業時間について「欧州諸国に遜色のない水準を目指す」と明言していました。しかし、欧州連合(EU)では、労働指令によって、1週は残業を含めて48時間以内とし、前日の終業から翌日の始業まで最低連続11時間以上の休息を確保することを義務づけています。今回打ち出された改革案は、政府の言に反して、欧州諸国と遜色がないどころか、世界に類例を見ない制度です。

 

今度の改革案が通れば、労働時間の規制基準は、140時間・18時間の法定労働時間、45時間・年360時間の法定外労働時間、複数月平均80時間・単月100時間、年720(休日労働を含めれば960時間)の法定外労働時間に3重化します。この改革は8時間労働制および週40時間制のいっそうの形骸化どころか、最後的な放棄に通じる働き方改悪です。現在、男性正社員は、控えにみても、平均110時間、週50時間働いています。今回の改革案は、これを男女の別なくフルタイム労働者に一般化し、1日平均2時間の残業を常態化し、10時間労働制および週50時間制を法定するものと言えます。

 

労基法は、36協定の締結と届け出を条件に労働時間規制を解除する点でザル法です。この点は今も変わりませんが、当初は18時間が148時間の前に置かれ、基本的に1日を労働時間規制の基準にしていました。ところが、週48時間制から40時間制に移行した1987年の労基法改定によって、1日と1週の順序が入れ替わり、1日の基準は1週の基準の下位に置かれて、1日の規制が弱められました。また、それをきっかけに、変形労働時間の拡大の大行進が始まりました。

 

今回の改革案は、1日および1週については、残業の限度を設けていません。そのために、1日おおむね10時間の残業(実働18時間)を10日続けてさせることも、週おおむね50時間の残業(実働90時間)を2週間続けてさせることも、月の残業時間が100時間未満であれば、合法的として許されることになっています。そうなると、18時間、140時間の労働時間規制は、残業代支払基準以外には、意味をもたなくなります。

 

今回の改革案では残業代の割増率の引き上げは言われていません。それだけでなく、1日の労働時間規制の意味が薄れるにつれて、使用者の労働者に対する残業代支払義務も薄れていく恐れがあります。このことも、8時間労働制および週40時間制のいっそうの形骸化をもたらさずにはおきません。

 

3 残業時間の適正な把握・記録・保存が先決条件

政府は休日労働を含めて年960時間を可とするような36協定は現実的ではなく、そうした異常な長時間残業の懸念はあたらないとしています(328NHKニュース)。しかし、過労死職場では、突出した異常な長時間労働が常態化しているのが現実です。それにも関わらず、残業時間の管理が労働者の「自主申告」に任されているために、残業時間の適正な把握・記録・保存がされていません。残業時間の適正な把握の厳格化と義務化に何ら触れていない改革案は、そもそも残業の上限規制の前提条件を欠いていると言わなければなりません。

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  3月17日開催の第9回「働き方改革実現会議」で、「時間外労働の上限規制等に関する政労使提案」なる文書が示されました。以下に述べるように、これは奇妙きてれつ、複雑怪奇、危険至極な規制緩和の「合意」です。

 1 奇妙きてれつ
経過から見てもこれはなんとも奇妙な合意です。さかのぼれば、2012年12月に総選挙で第二次安倍内閣が成立し、13年1月、アベノミクスの成長戦略を策定するために「産業競争力会議」がスタートしました。そして、同会議は14年4月22日の会合で、労働時間制度の新たな規制緩和案を提示しました。これが安倍内閣による労働時間制度改革の出発点です。私はその直後、この連続エッセイの第256回に、「産業競争力会議が提唱する労働時間制度をめぐる七不思議」と題して拙文を書きました。そこには次のような不思議を挙げておきました(キΔ肋蔑)。
 
 労働時間制度が経済成長戦略として検討される不思議
 労働者代表も厚労大臣もいない場で雇用・労働政策を議論する不思議
 第一次安倍内閣で見送られた「残業ただ働き法案」が生き返る不思議
 もっとハードな働き方が柔軟な働き方を可能にするという不思議
 「過労死防止法案」をまとめながら「過労死推進法案」を持ち出す不思議  
 
そのときにも書きましたが、同会議は雇用や労働時間のいっそうの規制緩和を検討課題としながら、政府委員は首相と官房長官のほかは財務、金融、産業・経済、科学技術、規制改革関係の大臣ばかりで、厚生労働大臣は排除されていました。民間委員の10人中8人は民間企業のトップでした(人材派遣会社パソナ会長の竹中平蔵氏を含む)。つまり、労働界の代表は1人もいないところで、労働時間制度の改革論議は始まったのです。
 
今回の残業の上限設定に関する議論は、2016926日に安倍首相の私的諮問機関として設置された「働き方改革実現会議」で行われてきました。そこには閣僚の一員として厚生労働大臣が加わり、有識者枠15人の一員として、経団連会長の榊原定征氏とともに、連合会長の神津里季生氏が入りました。
 
神津氏が連合の会長であるからと言って労働者の代表にふさわしいかどうかは疑問です。長時間労働の是正と過労死の防止が課題なら、過労死遺家族の代表を入れるべきでした。しかし、そうならなかったのは、過労死防止の目標など端からなかったからだと考えられます。安倍内閣の「働き方改革」の原点からいえば、今回の「合意」は、政府と財界のあいだで土俵が作られていて、その土俵に途中から連合が上がらされて、政府・財界が合意した案を連合が呑まされたといえます。
 
2 複雑怪奇
労働基準法における労働時間についての規定は、いたずらに込み入っていてわかりにくいのが特徴ですが、今回の「政労使合意」は、複雑に怪奇がつくほどややこしくなっています。それは、法定労働時間である週40時間を超える時間外労働(残業)の限度を、週については設けずに、「月45時間、かつ、年360時間」とするとし、そのうえで、「特例として、臨時的な特別の事情がある場合」は、上限を「年720時間」とすることを認めると言います。月45時間、年360時間は「健康障害防止」の観点から定められた現行の限度時間が基準になっていることは理解できます。しかし、現行の基準にある週15時間がなぜ落ちたのかは疑問です。年720時間は360時間の倍であることはわかりますが、なぜ720時間が労働者の健康を確保するための限度として妥当なのかはわかりません。
 
もっと奇っ怪なのは、1か月だけが「100時間未満」とされ、2〜6か月の月平均は「80時間以内」、1年は「720時間以内」となっていることです。この100時間や80時間という基準値は、脳・心臓疾患の労災認定基準にいう過労死ラインからきています。しかし、厚労省の基準では、発症前1か月で「おおむね100時間超」か、2〜6か月の平均で1か月当たり「おおむね80時間超」の時間外・休日労働がある場合とされています。これからいえば「未満」とするか「以内」とするかはたいした問題ではありません。それをあえて「未満」としたのは、連合の合意を最後的に取り付けるための(見方のよっては連合に花を持たせるための)安倍首相の小細工にすぎず、おおむね意味のない政治的な茶番です。
 
もう一つ不可解なのは、単月100時間や複数月80時間は「休日労働を含んで(いる)」とされながら、年720時間は休日労働を別枠としていることです(休日労働を別枠扱いとしている点では「月45時間、年間360時間」も同様です)。法定休日は週1回(または4週間に4回)あります。これを含めれば、残業は、月平均80時間以内という縛りがあっても、年間最大960時間(=80時間×12ヵ月)までは可となります(3月18日「朝日新聞」朝刊)。
 
3 危険至極
単月100時間、複数月平均80時間、年960時間を許容する残業は、どれをとっても過労死ラインの長時間残業です。出勤日数を1か月20日(月4週×週5日)とすれば、月100時間は1日平均5時間の残業に相当します。しかし、今回の合意案は、1日および1週については、8時間および40時間という法定労働時間を超える延長の上限を定めていないので、1日10時間の残業(実働18時間)を10日続けてさせることも許されることになっています。これでは人間の身心は壊れてしまいます。このように死ぬほど働かせることを法認する合意案の法制化を許してはなりません。
 
4 規制緩和
私は最近書いたいくつかの拙稿のなかで、労働時間の制限と短縮は、今までのように労働時間の決定を企業あるいは労使自治に任せているかぎり期待できず、法的規制に踏み出すほかはないと書いてきました。しかし、今回の合意案は、危険極まりない、特例と抜け道だらけの、まやかしの「規制」です。こんな「規制」なら、ない方がましです。これは政府が抱き合わせに強行しようとしている「高度プロフェッショナル制度」の創設と「企画業務型裁量労働制」の拡大と一体の、残業の規制緩和案にほかなりません。
 
「政労使提案」は「メンタルヘルス対策等」との関連でのみ、過労死防止法に触れ、同法に基づく「大綱」を「見直す」としています。同法の規定では、厚生労働大臣は大綱の作成・変更や法の見直しに際して、「過労死等防止対策推進協議会」の意見を聴くことになっています。実際、大綱を策定する際の協議会では、36協定の見直しや勤務間インターバル規制の導入について議論がありました。しかし、今回の合意の枠にしたがえば、今後は働き方のそうした見直しを議論することさえ封じられる恐れがあります。
 
「政労使合意案」として出てきた提案を、いまから押し返すのは容易ではありません。しかし、森友学園事件や防衛省日報隠蔽露見事件で安倍内閣は大揺れで、政局はどうなるかわかりません。そうした情勢にも期待をかけて、「無理が通れば道理が引っ込む」を絵に描いたような、過労死残業を放任する「政労使提案」の法制化を阻止しましょう。
 
 *お断り:咋日(3月18日)夜遅くいったん掲載した文章を、今朝、アクセス数が100を超えた時点で修正中に、誤って削除してしまいました。これは新たにポストしたものです。
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 3月13日のNHKニュースは、時間外労働(残業)の上限時間について、経団連と連合のトップ会談を受けて、安部首相の胆入りで、「1か月上限100時間未満で決着へ」と報じています。政府が強行しようとしている「高プロ制の創設」や「裁量労働制の拡大」とあわせて考えるなら、これは労働時間法制の前進ではなく、改悪です。しかし、これで決まったわけではありません。高プロ・裁量制の労働基準法関連法案は、2015年4月に国会上程されたまま、審議入りができずにいます。上限時間関連法案が労政審(労働政策審議会)を経て法案になるのはこれからです。今ならまだ押し返せます。それを踏まえて、以下いくつか思うところを述べます。
 
第1に、これは底の見え透いた下手な政治的お芝居という意味で、こっけいな茶番劇です。今回の「決着」までに、すでに、「働き方改革実現会議」の「事務局案」として、月45時間、年360時間を限度時間とすることを法律に書き入れ、繁忙期などの特別な場合は上限を、1ヶ月100時間、2ヵ月平均80時間、年720時間とするという骨子案が示されいて、その後の経団連と連合のトップ会談でも、この線にそって大筋の合意ができていました。というより、政府と財界のあいだで財界寄りの土俵が作られていて、その土俵に連合が上がらされて、押し切られたというべきでしょう。
 
第2に、残業の上限を「100時間以下」(経団連)とするか「100時間未満」(連合)とするかで「攻防」があり、安倍首相の裁定により「未満」で合意され、軍配は連合に挙がったかのような報道もありますが、その見方は当たりません。残業は1分単位で計算することになっているので、上限を100時間とするか99時間59分とするかの微調整は、真面目にされたとしても、連合の面目を保つための駆け引きではあっても、攻防といえるものではありません。もし、本当に「未満」にこだわるのなら、45時間、360時間、80時間、720時間という他の上限時間も、すべて「以下」ではなく「未満」とすべきでしょう。
 
第3に、どのように繕ってみても、上限とされる月100時間、2ヵ月平均80時間、年720時間は、過労死ラインの残業時間です。今回「決着」した残業の上限時間からは、これまでの限度時間とされた1週15時間は除かれています。1週間がないのですから1日もありません。毎日10時間の残業(18時間労働)を8日続けたら80時間になりますが、そんな働かされ方をされたら、人は脳・心臓疾患か精神障害で死ぬか、倒れるかします。今回の上限時間案は、そういう働かせ方を許容するだけでなく、法律で公認する点で、過労死の防止を困難にする危険をはらんでいます。
 
第4に、今回示された上限時間が法律になるなら、残業規制どころか、労働時間法制のいっそうの規制緩和に結果します。週40時間制を定めた1987年の労基法改定では、それまで1日8時間、1週48時間とでされていた規定が、1週40時間、1日8時間に変更されました。40時間制への移行は残業代の支払い基準としては前進でしたが、1日8時間の基準が週労働時間の後に置かれたことは、その後の一連の変形労働時間制の拡大に道をひらく規制緩和でした。今回の改定案では、1週40時間、1日8時間の法定労働時間のうえに、延長の限度時間として月45時間、年360時間の上限を規定し、さらにそのうえに特例を設け、1ヶ月100時間、2ヵ月平均80時間、年720時間まで認めるという制度設計になっています。こういうトリプル・スタンダートの制度になれば、ベースの法定労働時間はますます規制緩和され、フルタイム労働者にとっての8時間労働制の実質化はますます遠のくことになります。
 
過重労働の解消と過労死の防止のためには、残業の上限規制が急務です。しかし、政府が導入しようとしている上限時間は規制にはつながりません。今急ぐべきは日本弁護士連合会が提案しているように、1日8時間、1週40時間の労働時間規制の原則を維持したうえで、現行の36協定による延長の限度に関する基準−−週15時間、月45時間、年間360時間−−を労基法に明記し、特別条項による追加的延長に関する例外扱いを廃止することです。

うっかり99時間99分と書いていたことに気づいて、99時間59分に訂正しました。

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