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森岡孝二の連続エッセイ - 森岡孝二の連続エッセイカテゴリのエントリ

読売新聞 2015年12月6日

森岡孝二著 雇用身分社会
評・濱田武士(漁業経済学者、東京海洋大学准教授)

 今日、民間企業であれ、公務員であれ、組織の中で働き手の階層分解が進み、非正規職員枠が拡大し、固定化されつつある。しかも、正規職員との待遇格差は広がっている。朧気(おぼろげ)に感じていたが、本書はこのことを、歴史と制度及び客観的なデータを使って明快にしている。 

 とりわけ、雇用身分制度があった戦前の働き方が今日の職場の中に復活しているという論旨には衝撃を受ける。戦前、労働者供給制度の下で、派遣労働者は賃金を供給元からピンバネされ、供給先からは奴隷のように働かされていた。このような間接雇用は悲劇を生むことから戦後制定された職安法によって禁じられた。にもかかわらず、法の隙間をかいくぐって請負という間接雇用が1950年代から芽生え、60年代後半には人材派遣会社が登場、85年には間接雇用の部分開放を認める労働者派遣法が制定された。それでも当初は専門的なスキルを必要とする職種に限られ雇用期間も限定されていたが、その後規制緩和が進められ、派遣労働者数は激増する。直近の法改定では「職種を問わない正社員の派遣労働者への置き換えと派遣の恒久的受け入れ」が可能になるという。奴隷労働の現場が広がり、戦前回帰するのではと、著者は警鐘を鳴らす。

 日本では賞与・昇給もないのにパートの長時間労働が常態化している。リーマンショック以後、リストラが進められ、これまで正現職員だった枠も非正規化され、「低所得層の拡大と貧困化、中所得層の没落、高所得層の縮小」が伴った。弱い立場の中高年の女性職員はより弱い立場に追いやられ、派遣労働者層から抜け出せなくなっている。またエレベーターを使わせないなど正規と非正規職員を差別化する職場が増えている。持って生まれた身分などはない。だが、株主資本主義の底辺には、こうした雇用身分社会が形成されているのだ。本書は使用者優位の社会に一石を投じ、この状況から脱却する課題を探る一冊だ。

 ◇もりおか・こうじ=1944年、大分県生まれ。関西大名誉教授。専門は企業社会論。著書に『就職とは何か』など。

12月6日現在までの書評・紹介については以下にアップしています。http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kmorioka/20151129review.htm

 

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2008年5月12日の第1回「働き方はライフスタイル」から数えて第300回を迎えました。この間、7年6ヵ月ですから、年40回、9日に1回の割りで更新したことになります。『週刊エコノミスト』誌に寄稿している書評や新聞の随想も適宜転載していますが、9割は「脱線休講」と断った回も含めても書き下ろしです。

この機会に299回分のアクセス件数を調べてみました。長い間おいておけば、アクセスは自ずと増えていきます。各回の最下段に表示される実際のアクセス件数をベースに一定の計算式で期間調整をしてランキングづけをしてみました。その結果が別表です。トップ20に入っている回は、調整による順位の入り替わりが一部ありますが、ほぼ実際のアクセス件数に対応しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書いてきたのは暇ネタの「脱線休講」を除けば、大半が雇用・労働問題で、一部が大阪府市政と橋下・維新問題です。ランキングは、本エッセイの読者がどんなテーマに関心を持っているかを示していて参考になります。というより、上位にランクされるほど多くのアクセスがあった回は、働き方ASU-NETのサポーターをはじめとする常連愛読者の範囲を超えて、広く関心を呼んだと考えられます。もちろん、カウンターの暴走やエラーはないという前提での話です。

トップ20の第1位は、2012年2月23日にポストした第165回「国家公務員はこの10年、年間賃金が平均100万円も下がったうえにさらに2年で100万円年収が減ります」という299回中もっとも長いタイトルのエッセイです。これには1万7662件ものアクセスがありました。公務員賃金の切り下げに反対する者ものだけでなく、賛成する者も含まれていると思われますが、公務員関係の組合活動家やブロガーによってネット上で拡散された結果ではないかと推定されます。

第2位は1年半あまり前の2014年3月26日にポストした第253回「ネット上で派遣の社員食堂利用禁止をめぐって大討論」です。この回はいつもなら1日に200〜300件のところが、一晩に2000件を超えるアクセスがあって自分でも驚いたことを記憶しています。いまは実アクセス数で8000件を超えています。このときのいきさつについては、近著の『雇用身分社会』(岩波新書)に書きました。

これ以外にも派遣労働について書いた回は反響が大きく、第80回「派遣の“専門26業務”」の過半は単純労働です」は第4位、第85回「奇妙きてれつな“専門26業務派遣適正化プラン”その4」は第18位につけています。この表には出ていませんが、第22位には第43回「派遣=“雇用関係と使用関係の分離”説を疑う」が顔を出しています。

あとアクセスが多いテーマは、3.11に関連した原発問題、ブラック企業と就活自殺に関連した学生の雇用・労働環境です。就活自殺の問題は2011年7月24日の第146回「就職新氷河期で増える学生の就職失敗自殺」が火付け役となって議論が広がりました。

もう一つの関心を呼んだテーマは、第141回「大阪府知事の教育論は百パーセント間違っています」(第3位)、第209回「天王寺動物園の元旦開園を迫る橋下大阪市長のつぶやきが批判を浴びています」(第5位)の橋下批判です。第176回「命令教育大好きの橋下大阪市長の昨日の記者会見に思う」もトップ20に入っています。

ここに示したテーマは、時々のトピックスと話題から私が選んだものですが、初めから受けを狙ったものではありません。読者の関心をあまり呼びそうにない地味なテーマでも書かなければならいない場合もあります。これからも同じ姿勢でボツボツ書いていきます。今後ともよろしくご愛読ください。
 

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昨夜のNHKクロースアップ現代の「どう変わる?ハケンの働き方」を見て失望しました。というのは、事前に付き合いのある団体や個人からお知らせがあって派遣の実態に迫る番組ではないかという期待を持ち、それが裏切られたからです。

「ハケンの働き方」というタイトルも期待を抱かせるものでした。何かしら差別的な語感のある「ハケン」というカタカナ表記を強いて用いる場合は、派遣が劣った雇用身分であることをやんわりとさげすむか、あるいはまともな働き方からみた派遣の差別的実態を批判するかのどちらかだと推測されます。NHKが前者の立場から番組を作るとは考えられません。とすれば、後者の立場から付けたタイトルだと思いますが、番組を見て、あえて「ハケン」と表記した理由は理解できませんでした。

番組は何人もの派遣労働者に取材して、当事者の「不安なんてもんじゃないです」「 途方に暮れています」といった声を聞き出していました。しかし、残念ながら取材関係者のその努力は、編集とゲストのコメントによって打ち消され、私の印象では当事者の批判や怒りは視聴者にストレートには伝わって来ませんでした。

参議院厚生労働委員会における2015年8月26日の労働者派遣法改定案の審議で、15年同じ派遣先で働いてきた宇山洋美さんがハケンのひどい働かされ方について参考人として悲痛な訴えをしています。彼女の発言は録画で視聴することがでます。また同日の議事録で文章を読むこともできます。以下にその一部分を引用しておきます。

録画:http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/detail.php?ssp=22687&type=recorded
議事録:http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/189/0062/18908260062029.pdf

「私の賃金は、派遣先における私より10歳若い女性正社員のそれの半分以下です。正社員に支給されるものが派遣には一切支給されないからです。賞与、退職金、手当てはございません。昇給、昇進はございません。交通費もございません。それにもかかわらず、担当する業務に差異はございません。」

「おなじ業務を担っていても、賃金において2倍も格差があるという点で、職務において何をするのかではなく、誰がするのかで賃金、処遇が決められる身分制度を感じざるをえません」。

労働事件に詳しい塩見卓也弁護士によれば、宇山さんは今回の番組で取材を受けたそうですが、結局、放映されませんでした。他にも取材を受けながら番組には反映されなかったという人の話も聞きました。収録された声が時間的理由などによって編集でカットされるのはよくあることで怪しむに足りませんが、今回はゲストのコメントと合わせて考えると、何か「政治的」な配慮や意図が感じられます。

労働者派遣制度は、そもそも労働条件の決定を派遣元と派遣先の商取引(派遣契約)に委ね、労働条件の決定から労働者を排除している点でまともな雇用とは言えません。賃金は労働者の働きぶりと不可分なはずですが、労働者の使用には関与せず、働きぶりについては知らぬ存ぜぬの派遣元が賃金を決めるというもの不合理です。派遣労働という、賞与なし、退職金なし、手当なし、昇給なし、昇進なし、交通費なし、有休なし、働きがいなし、尊厳なしの、「無い無い尽くし」の働かされ方については、ゲストコメントでは一言も触れられませんでした。

今回の派遣法改定によって、「専門26業務」の枠組みが廃止され、労働者は3年で切られるが、企業は人さえ替えれば同一事業所で業務内容に関係なく派遣労働者を受け入れ、派遣使用期間をいくらでも延長できるようになったことについても、ゲスト解説者は派遣労働者の処遇改善に役立つような口ぶりでした。

それもそのはず。ゲスト解説者の阿部正浩中央大教授は、厚生労働省の審議会や研究会の委員であるだけでなく、2007年には人材派遣会社のイーキュア株式会社の取締に就任したという経歴もあるようです。

こういう人のコメントが政府寄り、派遣会社寄りであることはあらかじめわかっていることです。そういう人をあえて登場させることに、最近「政府公報機関」になってきたのではないかと言われているNHKの弱腰を感じます。ネットでも広く批判の声が上がっています。私もこの場を借りて異議を述べました。

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広告めいた手前味噌の情報ですみません。

「大学生協書籍インターネットサービス」(大学生協事業連合)を見たら、うれしいことに、今日現在、「おすすめ本」でも「新書ランキング」でも「雇用身分社会」が2番目に挙がっていました。

全体としては、学生のあいだでのこの夏の戦争法案反対運動の盛り上がりと、強行採決へ怒りを反映して、民主主義と憲法に関する本がよく読まれています。昔、子どもに読み聞かせたヴァージニア・リー・バートンの絵本「せいめいのれきし」(改訂版)が「おすすめ本」に入っているのは意外です。新書の『陽気なギャング……』は、史上最強の天才強盗4人組、 嘘を見抜く名人、天才スリ、演説の達人、精確な体内時計を持つ女の人気のシリーズのようです。小著がそうだから贔屓でいうわけではありませんが、本を買う学生のあいだでは岩波は強いですね。

<おすすめ本>
SEALDs 民主主義ってこれだ! 大月書店
森岡孝二 雇用身分社会 岩波新書
鈴木哲也 高瀬桃子 学術書を書 京都大学学術出版会
比戸将平 データサイエンティスト養成読本 機械学習入門編 技術評論社
高橋源一郎 民主主義ってなんだ?  河出書房新社
原 武史  「昭和天皇実録」を読む 岩波新書
阿部豊(解説・阿部彩子) 生命の星の条件を探る 文藝春秋
ヴァージニア・リー・バートン 石井桃子・真鍋真訳 せいめいのれきし 改訂版 岩波書店
佐藤幸治 世界史の中の日本国憲法――立憲主義の史的展開を踏まえて 左右社
樋口陽一・山口二郎 安倍流改憲にNOを! 岩波書店

<新書ランキング>
1 陽気なギャングは三つ数えろ 伊坂幸太郎 祥伝社
2 雇用身分社会 森岡孝二 岩波書店
3 検証安倍イズム 柿崎明二 岩波書店
4 沖縄現代史 櫻澤誠 中央公論新社
5 ガリレオ裁判 田中一郎 岩波書店
6 昭和史のかたち 保阪正康 岩波書店
7 京都の神社と祭り 本多健一 中央公論新社
8 水中考古学 井上たかひこ 中央公論新社
9 地図と愉しむ東京歴史散歩 お屋敷のすべて篇 竹内正浩 中央公論新社
10 戦国武将の実力 小和田哲男 中央公論新社

なお、Amazon売れ筋ランキングでは、ここ1週間ほど、たいがい『雇用身分社会』が狭いながらも労働問題のカゴリーの1位で、健闘しています。今度の小著の印税はお世話になっている「NPO法人働き方ASU-NET」にカンパすることにしているので、著者としていつになくに販売促進に力を入れています。厚かましくこういう売り込みをするのもそのためとご理解ください。

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11月2日、エルおおさか(府立労働センター)で、「なくそう!官製ワーキングプア 大阪集会」が開催され、会場を埋める180名が参加しました。私は午後の全体集会に出て、終わり近くに簡単なコメントをする役割を振り当てられました。

どの報告も有益で勉強になりましたが、私はとくに西谷敏先生の「“無法地帯”の公務非正規労働者」と題したミニ講演が参考になりました。それに触発されて、コメントでは私は公共性の本質的要素の一つである「規範性」について話しました。この場合の「規範」は守るべき法やルールや基準を意味します。したがって、公共部門から規範性が失われると、公務・公共の空間はたちまち法やルールや基準がない(あってもないに等しい)「無法地帯」と化してしまいます。

配付資料のなかに、吹田市で在宅高齢者や障害者に対する「デイサービス」の生活指導員として20年以上にわたって勤務してきた非常勤職員が雇い止めにされた事件の裁判で公正判決を求める要請書がありました。そのなかに、「このような雇い止めは、民間ではとうてい考えられない行為……です」という表現が目に止まりました。これは自治体の公務労働がいまでは規範性を失い「無法地帯化」していることを示しています。本来なら、ここは、「たとえ民間では罷り通っても、自治体ではとうてい許されない行為です」というべきところです。

どうしてこのような転倒が生じたのでしょうか。以前から、公共部門にも非正規労働者がいましたが、「雇用形態の多様化」の名のもとに雇用の非正規化・外部化が急拡大したのは民間のほうが先でした。しかし、いまでは、その差はずいぶん縮まり、地方公務員の場合、民間より非正規率が高い自治体さえあります。

西谷講演でも触れられた総務省の資料によれば、2012年現在の全地方公共団体の「臨時・非常勤職員」の総数は約60万人で、内訳は特別職23万人、一般職13万人、臨時職24万人となっています。4年前と比較すると、驚くことに非正規職員が10万人増加した反面、正規職員は13万人も減少しているのです。大阪労連の調査によれば、大阪府下自治体の非正規雇用比率は2006年から2014年の間に、20.5%から32.0%に高まっています。2014年現在では非正規率が40%を超える自治体が18(13市5町)、50%を超える自治体が4(1市3町)あります。

部面によっては、雇用の破壊とワーキングプアの増加は、民間企業よりも、国や自治体のほうがひどいという状況が生まれています。ここにはまともな雇用をまもるという点での自治体における雇用の規範性はありません。大阪府下の自治体の臨時職員については、最低時間給は、地域最低賃金(2014年調査時838円)に張り付いています。地域最賃の基準をなんとかクリアしているからといって、ひどく低い賃金であることにはかわりがなく、まともな賃金を払っているとは言えません。自治体の業務が民間委託される場合は、受託事業者が労働者を最低賃金以下で違法に働かせることも起きています。

いまでは国も地方も、まともな雇用を維持するという点でも、ワーキングプアを生まないという点でも、公務労働の規範性はすっかり崩れて、無法状態になっています。先月出た拙著『雇用身分社会』(岩波新書)の帯には、「労働条件の底が抜けた!?」というコピーがあります。その第6章「政府は貧困の改善を怠った」には、雇用の身分化をすすめ、労働条件の最低基準に大きな穴を空けてきたのは、経済界である以上に、政府であると書きました。

海外から襲いかかるグローバル化の大波であれ、国内のブラック企業による労働者酷使の嵐であれ、防波堤の役割を果たすべきは、政府の雇用・労働政策であるはずです。にもかかわらず、この20〜30年、政府は雇用・労働分野の規制緩和を強引に押し進め、政府が守るべき雇用と労働のルールや基準をかなぐり捨て、公務領域を非正規雇用と貧困拡大の最前線に変えてきました。

この状態を放置しておくと日本の社会はいよいよ持続できなくなります。いま取り戻すべきは、まともな雇用・労働政策です。そのためにも、雇用と貧困を改善するまともな政府の実現が急がれます。それゆえに、「なくそう官製ワーキングプア」の運動は、官民を問わずまともな雇用を実現し、ワーキングプアをなくす運動でもあります。
 

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子どものころ、農業をしていたわたしの家では、春になると苗床を作っていました。畳より少し大きな囲いを組んで、そのなかに普通の畑土と混ぜて腐葉土を入れます。それにスイカや、トマト、ナスビなどの野菜の種を撒いて苗を育てるのです。

今度の新書では、本欄の働き方連続エッセイが苗床の役割を果たしました。2008年5月18日の第1回目には、<これから何回になるかわかりませんが、連続講座「働き方を考える」を始めようと思います。第1回目のテーマは「働き方はライフスタイル」としました>と書いています。 脱線もいくらかありますが、その後もほとんどは直接、間接に働き方、言い換えれば雇用と労働をテーマにしています。その意味でこの連続エッセイは、今度の新書を育んだ苗床になっているといえます。

それだけではありません。本書のアイデアやテーマを野菜の苗に例えれば、苗そのものも、この連続エッセイから芽生えました。本書の序章は、連続エッセイの第253回(2014年3月26日)に書いた「ネット上で派遣の社員食堂利用禁止をめぐって大討論」を紹介するところから始まっています。これを書いていて、派遣にかぎらず、今日の非正規雇用をめぐる格差や差別は、雇用形態の違いが雇用身分の違いになっていることを問題にしなければ十分に説明できないという考えが強まり、この新書の構想を思い立ちました。

産直の農家が栽培した野菜を消費者に届けるときに、栽培方法や品質や味についての能書きが添えられていることがあります。それを真似て、以下に本書の宣伝文句を並べておきます。

◇歴史的視野から、変化のなかの日本の労働社会の全体像を、「雇用身分制」をキーワードに概観した。

◇『職工事情』(1903年)や『女工哀史』(1925年)を使って、戦前の雇用関係と雇用身分制に遡って、現代日本の長時間労働やブラック企業問題の源流を探った。

◇雇用身分から見た派遣、パート(アルバイト)および正社員の状態とその変遷を考察し、労働条件の底が抜けて、雇用が大きく壊れてきたことを明らかにした。

◇雇用の身分化と軌を一にして、労働所得の階層化が拡大し、高所得層の縮小、中所得層の没落、低所得層の貧困化がすすんだことを実証した。

◇「雇用形態の多様化」の名のもとに雇用の身分化を推し進め、社会保障を切り詰め、貧困問題の改善を怠り、「官製ワーキングプア」を生んできた政府の責任を問題にした。

◇まともな雇用を実現することによって雇用身分社会から抜け出すための、最低賃金の引き上げ、労働者派遣制度の見直し、性別賃金格差の引き上げなどの方途を示した。

目次は、岩波書店ホームページ、新書コーナーの「新刊の紹介」からご覧ください。
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1510/sin_k853.html

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しばらくこの欄の更新を怠けていました。理由は今月の20日に出る小著『雇用身分社会』(岩波新書)の執筆と校正に追われたためです。5月から8月にかけては「神戸新聞」の夕刊に月2回「随想」を書いてきました。本欄にも転載させていただきましたが、それを言訳にはしたくありません。ともあれ今日から初心にもどって本欄の更新を再開します。

今日の「朝日新聞」の「男が生きる 女が生きる」というシリーズ名で、労働時間について1面から2面にまたがる長文の記事が出ています。また2面の「いちからわかる!」欄に「日本人って働き過ぎてるの?」という問答形式の解説記事があります。

一読して長時間労働を問題にする特集企画に関連した解説記事がこれでいいのか疑問になりました。

見出しは「昨年は2020時間。主要国トップクラスの長さだよ」となっています。データは厚生労働省の「毎月勤労統計調査」(「毎勤」)の一般労働者(フルタイム)の労働時間からとられています。これも重要な統計資料ではありますが、企業が賃金台帳に記載した支払労働時間を集計しているために、賃金が支払われていない時間外労働(サービス残業)が含まれていない点で注意を要します。

朝日の解説は、日本の2020時間という労働時間をもって「主要国で最長の水準」といいます。そうでしょうか。年間2020時間は、週当たりに換算すると40時間弱になります。OECD(経済協力開発機構)のデータによると、実は米英独仏のフルタイム労働者の1人当たり週平均労働時間はほぼ40時間です。米英は独仏よりやや長く、男性は女性より少し長いということはありますが、ならせば40時間といって差し支えありません。この数字からいえば、日本の労働時間は「他の主要国並み」ではあっても、「主要国で最長」とはいえません。

間違いのもとは、サービス残業を含まない「毎勤」のデータだけを用いたことにあります。残業代の有無に関係なく実際に就業した時間を集計している総務省「労働力調査」(「労調」)では、2014年の正規労働者の年間労働時間は男女計で2340(男性2434、女性2137)時間でした。朝日の記事は「長時間労働者の割合(13年)は主要7カ国(G7)では、最も高い」とも書いていますが、これは「労調」をもとにしていえることで、「毎勤」からはいえません。

5年ごとに実施される総務省「社会生活基本調査」によれば、正規労働者の「通常の1週間」の労働時間は、男女計で50.5(男性53.1、女性44.1)時間です(2011年最新結果)。年間にすれば2600時間(男性では2700時間)を超えます。現実は「週50時間制」であって、「週40時間制」にはほど遠いといわなければなりません。

日本の労働者の働きすぎを語るには、少なくとも長時間のサービス残業の存在と、性別・雇用形態別の労働時間の大きな違いに留意する必要があります。付け加えれば、平均を問題にするだけでなく、週60時間以上働き、残業だけでも月80時間を超すような労働者が数百万人にのぼることにも注意を払うべきです。そうでないと、過労死(過労自殺を含む)が依然として多発している現状は説明できません。ところがここで取り上げた朝日の解説記事はなぜか過労死の存在にも触れていないのです。

そのことを思うと、「日本人って働き過ぎぎてるの?」いうタイトルからして、どこかずれているような感じします。

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神戸新聞 随想 2015年8月25日

14年前のテロアタックの日、私は在外研究でNYにいて、日本への帰り支度をしていた。

その朝エレベーターで会ったアパートの住人は、ツインタワーが崩落したと怯えた声で話していた。外に出ると、遠くに高く立ち上る煙が見えた。

その日からすべてが一変した。テレビでは恐怖の映像が繰り返され、ブッシュ大統領が「これは戦争だ」「われわれは報復する」と叫んでいた。通りには大小の星条旗がはためき、新聞には「報復」と「愛国心」の二字が躍るようになった。

それでもNYが報復一色だったわけではない。翌日乗ったタクシーで、黒人の女性運転手は、私の質問の意味を察して、「ベトナム戦争でも、湾岸戦争でも罪のない人たちがアメリカ軍によって大勢殺された。アメリカは自分で自分の敵を作っている」と話した。

その日の夕方、ユニオンスクエアで、テロの犠牲者を悼み、報復に反対する小さな集会があった。参加者はロウソクを手に、そこここの地面に広げた紙に、思い思いの言葉を書き込んでいた。

ある男性が私の目の前で「アメリカはバグダード(イラクの首都)で何をしたか」と書くと、別の男性が「バグダードは関係ない。アメリカ人がアメリカで殺されたのだ」と言い捨て、地面の紙を破り捨てた。それを見ていた女性が「今日は平和を祈るために来たのに」と言い、泣き出す場面もあったが、その場を救うように、どこからともなくアメイジング・グレイスの歌声が広がり、集いは静かに続いた。

帰国途中に立ち寄ったカナダのビクトリアでも、報復反対の集会に遭遇した。なかに「戦争は始まる前に阻止しよう」というスローガンがあった。

翻って70年平和が続いたこの国を思うに、戦争法案を押し通そうなど、もってのほかである。
 

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神戸新聞 随想 2015年8月10日

戦後70年の本年7月5日、小豆島町で「『二十四の瞳』に学ぶ平和トーク」があった。
壺井栄のこの名作は、大石先生が師範を出て岬の分教場で1年生を担任する場面から始まる。それから15年戦争と言われる長い戦争があった。

岬の子どもたちは5年生になると片道5キロの対岸の本校に通うようになる。本校では、草の実」という子どもの作文集を持っていただけで「赤」の疑いをかけられる事件があった。そんな思想統制について行けず、先生は最初の教え子たちが小学校を卒業した年に、教師を辞める。

戦争が激しくなり、島の貧しい若者に次々と赤紙が来る。教え子が戦地に行く日、送りに行った先生は、そっと「名誉の戦死など、しなさんな。生きてもどってくるのよ」と言うのだった。

大石先生が分教場で教えた12人は、5人が男子、7人が女子であった。

戦争が終わり、復職して分教場に戻ることになった先生を囲んでクラス会が開かれる。しかし、森岡正、竹下竹一、相沢仁太(にた)の姿はなかった。戦死したのである。岡田磯吉は失明除隊で生き残った。男子で無事だったのは漁師の徳田吉次だけだった。船乗りだった先生の夫も戦死していた。

敗戦の8月15日、落ち込む息子に、先生は「よかったじゃないの」「もうこれからは戦死する人はないもの」と言う。

島の玄関、土庄町の桟橋前広場に、オリーブを背に『二十四の瞳』の「平和の群像」がある。

除幕式に招かれた壺井栄は、像を揮毫した鳩山一郎首相が再軍備と改憲を唱えていたことから、挨拶を拒んだ。慌てた主催者から何を話してもよいからと強く請われた彼女は、再軍備反対と平和への思いを述べた。

『二十四の瞳』に学ぶなら、日本を再び戦争をする国にしてはならない。

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神戸新聞 随想 2015年7月24日

パート、アルバイト、派遣などの非正規労働者が増え続けている。年収200万円未満のワーキングプア(働く貧困層)の増加が問題になって10年近くになるが、事態は悪化こそすれ一向に改善されていない。

戦前は河上肇の『貧乏物語』にあるように、驚くほど多数の人が貧乏であった。それに比べると現代はましになったとは言えない。なぜなら、多様な商品が溢れる現代において貧困であることは、全般に物資が少なかった昔の貧乏よりも耐え難いからである。

「貧乏」と「貧困」は、あるべき物が不足して困り苦しむことを意味する点では同じでも、微妙に違う使われ方をする。

貧乏が昔からある日常語なら、貧困は現代の福祉分野の専門語ともいえる。貧乏でもよいというわけではけっしてないが、貧困は放置できない、あってはならない社会問題である。

用例を見ると、「貧乏でも幸せ」とは言っても、「貧困でも幸せ」とは言わない。他方、「政治の貧困」はあるが、「政治の貧乏」はない。

貧乏は貧困より他の言葉とくっつきやすく、おもしろい複合語が多い。広辞苑を引くと、貧乏の項は21行なのに、貧困は3行で終わっている。

安倍内閣は2年前に「日本再興戦略」を打ち出した。そして昨年その改訂版を公表した。両者には合わせて「成長」が200回以上出てくるが、「貧困」はどちらにもどこにもない。

政府は募る一方の貧困問題には触れたくないらしい。それどころか、生活保護基準の切り下げに熱心である。これを「政治の貧困」と言わずして何と言うのだろう。

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