脇田滋の連続エッセイ - 最新エントリー

 派遣労働者の労働災害、派遣先の安全衛生責任回避

 派遣労働者が派遣先で重大事故に遭い、派遣先会社の責任者が送検されたという記事が、労働新聞社のHPで本年上半期に最もよく読まれた記事だったことを報ずるTweetがありました。
 新聞報道によれば、元の事件は次のようなものでした。
福井新聞 2019年6月4日 午後7時30分
 焼酎「黒霧島」などのブランドで知られる霧島酒造(宮崎県都城市)の工場で昨年11月、コンベヤーを清掃中の女性が右腕を巻き込まれ切断する事故があり、都城労働基準監督署は4日、安全措置を怠ったとして、労働安全衛生法違反の疑いで同社と男性現場主任(37)を書類送検した。
 書類送検容疑は昨年11月21日、派遣会社から来ていた当時47歳の女性が、焼酎の原料のサツマイモを運搬するコンベヤーを清掃した際、運転を止めるか、危険な箇所に覆いを設けるなどの措置を取らなかった疑い。
 同社の担当者は「厳粛に受け止め、法令順守と労働環境の改善に全力で取り組む」とコメントした。
 
相次ぐ派遣労働者の重大事故 
 派遣労働者は、派遣元、派遣先との3面関係で働きますが、実際に働く派遣先事業場での安全衛生教育などが不十分なまま重大事故に遭う事件が少なくありません。
 私にも問い合わせがあった奈良の廃棄物リサイクル工場の事例では、同じ会社で3人もの派遣労働者が短期間に相次いで死亡する悲惨な事件でした。
奈良・コンベヤー死亡事故:リサイクル会社と責任者を書類送検 /奈良
 毎日新聞2016.10.12 地方版 
 奈良市の廃棄物リサイクル会社「I・T・O」の南庄工場(同市南庄町)で8月、ショベルカーとトラックに挟まれた男性作業員(56)が死亡した事故で、奈良労働基準監督署は11日、同社と工場責任者の男性生産管理課長(41)を労働安全衛生法違反の疑いで奈良地検に書類送検した。
 送検容疑は8月20日、技能講習を修了していない男性派遣社員(56)に無資格でショベルカーを運転させたとされる。死亡した作業員は木材チップを積んで後退中のショベルカーと停車中のトラックに挟まれた。
 今回の件も含め、同社の吉野工場(大淀町)と南庄工場では8月2日〜9月5日、労災死亡事故が3件相次いでいる。【塩路佳子】 

 労働組合は職場、地域のすべての労働者を代表する必要
 私には、派遣労働者の労災の話を聞くたびに労働組合は何をしていたのかと思います。こうした事件が頻繁に起こっているのに労働組合がこれを取り上げて闘う話はほとんど聞いたことがありません。派遣労働者を代表して闘う労働組合がほとんどないからです。
 
1)地域全体の「安全に働く権利」を守るイタリア地域労組
 30年前(1988年)、私はイタリアのボローニャに研究員として滞在していました。ボローニャの労働評議会(地域の労組組織)を訪ねた時に、ボローニャ地域の建設現場で労働者が死亡事故に遭ったということでした。その被災者は南部出身の出稼ぎ労働者でどの労働組合にも加入していませんでした。ところが、地域労働評議会の役員は、「私たちはボローニャという地域全体を代表しており、ボローニャで労働者の安全に働く権利が侵害されたのだから、私たちがこの問題に取り組むのは地域労組として当然の責務だ」と話してくれました。そして、その労働者の遺族を探し出して、評議会所属の専従弁護士が会社を相手とする訴訟代理人になるだろうとのことでした。
 
2)労安法は、労働者側の委員は、派遣労働者をも代表することを予定
 本来、労働組合は職場、地域、産業のすべての労働者を代表して闘う組織です。だから日本国憲法28条は、労働組合に特別な権利を認めたのです。別会社(派遣会社)に所属する派遣労働者を同じ職場で働いていても「仲間」と思わないのであれば、職場全体を代表する組合とは言えません。憲法が予定する労働組合の役割を果たしていません。現行労働安全衛生法は、派遣労働者も安全(衛生)委員会を作る人数にカウントしています。組合員だけを代表する労組であってはならないのです。
 
3)韓国の「危険の外注化」禁止を求める労働・市民運動
 昨年、韓国では、若い派遣労働者が、上記の日本の事件と同様に、機械に巻き込まれて亡くなるという事件が起きました。
 民主労総や労働安全保健団体が「危険の外注化」だと全国的な運動を起こしました。文在寅政府が国会に提出していた「産業安全保健法」(日本の労安法に当たる)改正案を保守系野党(自由韓国党)が審議を引き延ばして抵抗していました。これを批判して、労働組合や市民団体は、野党党本部の建物前で抗議集会を開くなど、活発な取り組みを展開しました。その結果、国会は昨年末ぎりぎりに産業保健法全面改正案を可決しました。改正法では、下請労働者に危険有害業務を押し付けること(危険の外注化)を原則禁止しています。つまり、韓国の派遣勤労者保護法(派遣法)では、派遣労働者が危険有害業務をすることを禁止していますが、これをさらに事業場内下請けにまで拡大し、発注企業(元請)の責任を強化しています。関連した情報は、下の(参照)urlからダウンロードできます。
 日本では、こうした「危険の外注化」禁止の取り組みは遅れています。原発での重層下請で危険業務は最も弱い間接労働者に押し付けています。
 韓国でも日本と酷似した状況がありましたが、労働組合は、組合員だけでなく、未組織の派遣労働者を含めてすべての労働者を代表して、「危険の外注化」禁止の運動を進めてきたのです。
 イタリアや韓国の労組が、最も弱い立場の派遣労働者や出稼ぎ労働者(いまでは、外国人労働者)をも代表して労働者全体の権利を守る運動を粘り強く進めていることに学ぶ必要があると思います。
 
(参照)韓国における働くもののいのちと健康を守る取り組み http://hatarakikata.net/modules/column/details.php?bid=432
とくに、脇田滋「韓国における雇用安全網関連の法令・資料(9) : 産業安全保健法改正の概要(危険の外注化原則禁止等)」参照。
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (34)
非正規雇用労働をめぐる闘いの方向(4)
「労働者分断」を乗り越えてきた韓国労働運動(下)

第13回 「労働者分断」を乗り越えてきた韓国労働運動(上)http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=15 の続き

 
民営・韓国通信のリストラと労働者分断−契約職の孤立した闘い
 
 この20年間、韓国における非正規労働運動をめぐって実に多様な事件が生じました。その一つが、韓国通信をめぐる労働者の分断に伴う契約職労働組合の孤立した闘いです。2000年1月当時、公企業「韓国通信」(略称、KT。日本のNTTに相当する巨大企業)では、正規職が3万8000人、非正規職が約1万人雇用されていました。97-98年、韓国を襲った経済危機の中で、公的通信事業部門の「民営化」が進められました。民営化されたKTは、大規模なリストラ策を強行しましたが、その中で身分保障される正規職と、リストラの嵐が直撃する非正規職の間で深刻な対立・分裂が生まれました。そして、KT労組として団結・統一してリストラと闘うことができないまま、非正規職だけで組織された「韓国通信契約職労働組合」が結成されたのです。同年9月、正規職労組の規約変更によって、当時の労組法に基づき設立されました。当時、契約職労組の組合員は1000人近くに達し、個別企業の非正規職労組としては最大の組織でした。
 
 しかし、会社側のリストラ策は厳しいもので、約7000人の契約職を同年11月から12月にかけて解雇するとともに、補修業務部門(男性契約職)を請負化し、翌年(01年)には女性契約職らによる番号案内等の業務を廃止したのです。これに対して、韓国通信契約職労組は、賃金引き上げと待遇改善、雇止め反対と正規職化を要求して、2000年12月13日、ストライキに突入しました(800人参加)。以後01年1月18日まで、4次にわたるソウル上京闘争、12月28日には早朝の本社侵入座り込み、1月16日、漢江大橋「高空デモ」などを展開しました。その後も、会社側との衝突や電話局占拠等で警察と衝突し、負傷や拘束を受けながら、02年5月12日、具体的な成果のないまま517日間の長期闘争を終えました。 
 
通信契約職労組の抗議活動 漢江・高空籠城
(ハンギョレ新聞2014年1月5日) 
 この契約職らの運動は、「非正規職問題の社会化と非正規職運動の前進」に決定的な役割を果たすものでした。非正規職化を政策的に推進する政府や資本に対抗して、非正規職全体の利害と要求を掲げて闘った「代理戦的な性格」の闘争でした。この闘いを非妥協的に献身と犠牲によって展開した精神は、以後の多くの非正規職労働運動に貴重な教訓を残したものとされています。
 
 ただ、正規職で組織されるKT労組は、民主労総に所属する3万人規模の大組織でした。しかし、通信契約職たちを組織せず、また、その闘争に一切共同することもなく孤立させたまま「見殺す」ことになりました。これについて、民主労総の中でKT労組に対する強い批判の声が上がりました。これは、その後、同労総が内部に抱える深刻な葛藤要因となりました。そして、2009年7月、KT労組は組合員3万人による投票の結果、95%の賛成で脱退案を可決し、「共生と連帯の運動」を進めるとして民主労総から離れ、独自の労使協調路線をとることになったのです。〔注5〕
〔注5〕李元甫『韓国労働運動史-100年の記録』(2005年)(韓国語)、民主労総政策研究院『民主労総10年年表、1995―2005年』2005年(韓国語)、全国非正規職労働組合代表者連帯会議(準)「非正規職労働者闘争の歴史」(2005年1月)(韓国語)
 
非正規労働運動の本格的開始
 
 韓国通信=KTをめぐる事態は、民営化をめぐって有数の大労組が分裂に至ったという点で日本の国鉄民営化をめぐる状況と重なる面があると思います。日本との違いは、この事件が、韓国の労働組合運動に大きな影響を与え、運動の方向を変えることになったことです。民主労総だけでなく、民主労組運動を進める中心であった活動家たちが、この事件がもたらした結果は、韓国労働運動にとっては重大な危機であり、運動の大きな後退につながりかねないと懸念して真剣な議論を展開しました。この議論を経て提起された新たな方向が二つありました。つまり、(1)非正規職問題に特化して取り組む市民団体の結成と、(2)企業別組合の組織的限界を脱して産業別組織に転換することでした。
 
(1)「韓国非正規労働センター」の設立
 
 民主労総だけでなく、もう一つのナショナルセンターである韓国労総を含めて、労組、市民団体の活動家、労働社会研究所など労働側シンクタンク所属の研究者が中心となってNPOを結成し、「非正規労働センター」を設立しました(2000年5月20日)。その直後、同年5月29日、ソウル市中小企業会館で設立記念シンポジウムが開催されました。このシンポジウムのテーマは「派遣勤労者保護法2年 どう正規職化するか」でした。
 
 
 1998年、韓国で制定された派遣法(派遣勤労者保護法)では、派遣は2年が上限でそれを経過すると正規職に転換したとみなすという、ドイツ派遣法に近い内容が含まれており、日本より厳しい規制でした。この法施行2年が経過する直前の時期でした。それで、シンポジウムのテーマとして、派遣先への正規職転換問題が取り上げられたのです。同シンポジウムでは、|鋪杞澄淵瀬鵝Ε咼腑鵐曄北閏舅総委員長の挨拶に続いて、∨兢剤(パク・スンフップ)センター長が基調報告し、F韓の派遣法についての報告、て鸞舅総、政府、主要政党代表、民弁などからの発言が続き、熱心な議論が展開されました。〔注6〕
〔注6〕 このうち、の日本報告は、直前に同センターから依頼されて訪韓していた私が担当することになりました。85年の派遣法が限られた対象業務で出発したが、99年法で業務限定がなくなったこと、派遣労働者の過酷な状況などを報告し、派遣法は「毒の缶詰」で撤廃するべきだと主張しました。
 
(2)企業別から産業別への労組組織の転換
 
 KT事態をきっかけに「産業別労働組合への組織転換」を速めようという議論が高まりました。労組として真正面から非正規職問題に対応しないと、財界と政府が進める労働政策は正規・非正規に労働者を分断し、労働組合運動全体を弱体化させるものだという認識が深まったのです。非正規職が最初にリストラされても、正規職は、自らの雇用は、それを安全弁に保障されると「誤解」するが、それこそ経営側の戦略だということです。実際、経済危機のときには人件費がかかる正規職のリストラも少なくなかったのです。
 
 そして、こうした企業側の労働者分断政策に対抗するには、企業別正規職組織では不可能だから、企業別組織の限界を乗り越えて産別労組に組織転換するべきだという声が労働組合運動の中で広く沸き起こってきたのです。とくに、民主労総は1995年の創立時に既に「産別組合化」を基本方針にしていましたが、それは遠い目標であって、実際には、1987年の民主化闘争時に、事業所・工場ごとに自然発生的に結成された企業別組織のままだったのです。私は、2000年に訪韓したとき、韓国の労働組合活動家の間では、「このまま企業別組織に止まれば、日本のように闘えない労働組合になってしまう」という議論もあったことを聞きました。
 
 そして、2000年前後から産別労組転換への取り組みが本格化します。金属産業部門では企業別組織の連合体であった「金属産業連盟」が、自ら産別労組への転換方針を立てました。事業場別で闘うだけで困難な状況が現れたので、企業を超えて一つに団結し産別労組に転換することが組織的な課題と認識されることになったのです。そして、2001年2月、代議員大会で産別労組転換方案を決議した後、労働組合設立申告手順を踏んで全国金属労働組合が設立されたのです。同様に、この時期に保健医療労組、金融労組といった大規模産別労組が発足しました。
 
 金属労組の場合、2006年に、現代自動車など大工場労組が転換を決議して名実ともに産別労組への転換が実現しました。そして、次に述べる現代重工労組の「除名」という難関を越えて、ようやく15万人を組織する単一産別労組として非正規職や中小・零細事業所の劣悪労働条件問題、さらには大規模整理解雇、長時間労働問題の解決に向けて大きな役割を果たしてきたのです。〔注7〕
〔注7〕キム・ギドク「産別労組への道」毎日労働News2018年9月4日
 
 現代重工業には民主労総を代表する「剛性」の大労組があり、90年代まで全労働運動の先頭に立ってきました。ところが、経済危機以降、労組執行部が労使協調の「会社派」に変わりました。その結果、重層下請関係で最底辺下請労働者の組織化を進めようとしていた産別組織=金属労組中央と、現代重工労組が厳しく対立しました。そして、2004年2月、労働条件改善に率先してきた下請労働者が焼身自殺しました。ところが、正規職労組執行部は、労働者の死を無視して霊安室に乱入して暴力を振るうなど反労働者的行為をしました。これにより、2004年9月、上部団体の民主労総・金属連盟は現代重工労組を「除名」したのです。その後、約13年を経過して労組選挙で執行部が交代して産別組織に復帰しました。〔注8〕
〔注8〕現代重工業労組の変転は、韓国労働運動にとって特筆すべきことだと思います。李元甫『韓国労働運動史-100年の記録』(2005年)(韓国語)
 
 2019年になって、この現代重工業で、正規職労組と非正規職労組が共闘することになったというニュースが伝えられました。
(下の写真は2019年7月8日、民主労総蔚山本部で開催された現代重工業元・下請労働者共同の決起集会)
 
 今回は、造船業の低落で会社自体が分社化などリストラを開始しようとする時期です。KTのリストラをめぐって正規・非正規が分断された事態と重ねて考えると、今回は、民間企業の大労組が非正規職と共闘して会社側と対峙するということになります。日本の労使関係ではほとんど聞くことのない驚くべき事実です。この現代重工業をめぐる労使紛争がどのように進展するのか、目を離すことができません。
 
 以上述べた通り、韓国労働運動は、KT事件や現代重工事件で、正規職と非正規職の分断を利用して労組を分裂・破壊しようとする経営側と対抗してきました。その中で、非正規問題に取り組むことは、労働者全体の団結を守ることと不可分であるという認識が深まりました。労働者の分断を乗り越え、現在では非正規運動を周辺問題でなく、労働組合にとって中心的問題と位置づけるようになりました。そして、その過程で産別労組転換という世界にも稀な事業を実現し、さらに近年は、「多くの市民運動と連帯する開かれた労働運動」が目立っています。
 
 こうした韓国労働運動の動向は、労働組合運動の停滞が長く続く日本において、今後、どのように困難を乗り越えれば良いのか、大いに参考にできることだと思います。
 

【関連動画】2017年6月30日 民主労総を中心とした「社会的ゼネスト」(日本語字幕付き)

https://drive.google.com/open?id=1gMbrgs_p6YoHWc82OiRWB9DIQP1RbMHE

 

 

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (660)
非正規雇用労働をめぐる闘いの方向(3)
「労働者分断」を乗り越えてきた韓国労働運動(上)
 
注目ニュース 非正規職の大規模ストライキ
 
 最近、韓国で非正規労働運動をめぐって注目されるニュースがありました。公共部門の一つである「学校非正規職」(「非正規職」は非正規雇用労働者のこと)たちが、7.3.〜7.5.の3日間にわたって全国で10万人が参加するストライキを実施したことです。〔注1〕
〔注1〕 「学校非正規職」とは、全国の小中学校で働く給食調理員、学童指導員、司書、栄養士、売店管理、教務実務士、専門相談士、スポーツ講師など多様な業務で働く非正規職。毎日労働News2019年7月4日 http://hatarakikata.net/modules/hotnews/details.php?bid=873
 
 従来、ストライキどころか労組活動も難しかった公共部門非正規職たちが労働運動の前面に出てくるようになりました。多くの困難を乗り越えて団結し、自らの雇用安定と労働条件改善のためにストライキ権を行使できるまでになったのです。ストライキが多い韓国ですが、非正規職がこれほど大規模なストライキを実施したのは初めてです。
 
 近年、日本ではストライキそのものが少なくなり、ほぼ皆無に近い状況です。第二次大戦前の争議日数より少ないと指摘され、いつの間にか日本は「ストライキのない国」になっています。〔注2〕
〔注2〕日本の労働争議については、JIL「労働争議件数の推移 1946年〜2017年」参照。 https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0702_01.html
 
 韓国でも使用者は労組を嫌ってストライキには解雇、損害賠償など民事責任を厳しく追及しますが、政府・警察も、ストライキに伴い労組役員を逮捕・拘禁する刑事弾圧が頻繁に生じています。そうした韓国で、何故、最も弱い立場にある非正規職たちが大規模なストライキを実行できるまでになったのか、今回エッセイでは、その背景を調べて見ました。
 
企業別「縦断」的労使関係で深刻化する非正規雇用 共通する日本と韓国
 
 日本では、非正規雇用と正規雇用との間には大きな格差があります。この「常識」は、欧州では通用しません。日本と欧州の状況は大きく違っており、非正規雇用といっても日本ほどの格差はありません。ドイツ、フランスでは、産業別全国労組と使用者団体が、個々の企業を「横断」して団体交渉を行い、全国規模で労働協約を締結します。この協約は、組合員以外の労働者にも拡張適用されるという慣行が確立しています。
 
 これによって企業を超えて仕事(職務)別に賃金をはじめとする労働条件が最低基準として決まり、正規・非正規の区別なく同一労働同一賃金原則が貫徹されます。そして、こうした各国内の慣行を前提に、EUはパート、有期、派遣の3指令で、非典型雇用(atypical employment)への「非差別原則」を明示し、この指令に対応して加盟諸国の国内法が改正・適用されています。〔注3〕
〔注3〕 エッセイ - 第12回 正規・非正規雇用の平等を求める外国の労働法制 http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=14
 
 これとは違って日本と韓国では、非正規雇用の弊害がきわめて深刻です。なぜなら、両国は共通して欧州とは逆に、労使関係・労働条件が企業別に「縦断」されているからです。そのために、非正規雇用が「雇用身分」と言える程に不合理で差別的な待遇を受けることになっています。日韓両国では、経済成長期にヾ覿箸瓦箸飽磴Α崕鎮如彭労働条件、男性片働きモデルの雇用慣行として、4間を定めない契約でで功賃金を特徴とする「正規雇用」(韓国では「正規職」と呼ぶ)が通常の雇用モデルとなりました。
 
 ところが、日本では1980年代から、韓国では1997-8年の為替危機による経済成長の急激鈍化の中で、正規とは対照的な「非正規雇用」(韓国では「非正規職」)が広がりました。その特徴は、…穃瑤箆働条件(パート賃金などは、企業横断的に共通・類似している)、⊇性が多い(なお、韓国では男性の比率が日本より多い)、4間を定めた契約、て碓賚働差別賃金という点です。
 
 ただ、日本では、非正規雇用の中で、(a)パート・アルバイトと、(b)フルタイムの派遣・契約社員の間で大きな違いがあります。(a)は「家計補助型」という点で、夫や親の「被扶養者」として税制や社会保険制度の枠(年収100〜130万円上限)の中で一定の「優遇」を受けるタイプです。なお、韓国の場合、(a)のような制度的年収上限内で働くタイプはありませんが、朴槿恵政権の際に、日本的パート導入を求める経営者団体の要望が強まり、「時給制」で働く「時間勤労」が増加しました。現在、若者の間で、この時間勤労の形態(韓国では「アルバ」と呼ばれる)が広がっています。〔注4〕
〔注4〕 脇田滋「韓国における雇用社会の危機と労働・社会保障の再生」『雇用社会の危機と労働・社会保障の展望』(日本評論社、2017年2月)
 
非正規職の実態 規模と推移
 
 韓国で注目できるのは、非正規職の実態について調査や分析が日本よりも詳細であり、また、多くの研究者がこのテーマで議論を行っていることです。日本と違って韓国では「統計庁」が設置され、「統計」を重視しています。この統計庁が毎年、「経済活動人口調査」を行い、その「付加調査」で雇用形態にかかわる調査結果を発表します。これを基に、政府機関の雇用労働部や、政府系研究機関の労働研究院だけでなく、民間研究機関である「非正規労働センター」や「労働社会研究所」が独自の分析を行っています。
 〔図1〕は、非正規労働が増加した2000年代初めのものですが、政府系分析では、有期雇用(韓国では「限時労働」という)のうち、期間1年を超えて就労するものを除外するので非正規職の数・比率が少なくなっています。これに対して、民間研究機関では、1年を超えて就労しても有期の場合は雇用不安定だと解釈して非正規職に含まれるので非正規職に分類される数・比率が多くなります。この非正規職の比率の違いは約20%もありました。
 
 その後、非正規職の無期転換が進んで最近は状況が大きく変わってきました。政府統計では、2018年下半期では、非正規職は661万4千人、33.0%です。これに対して韓国労働社会研究所のキム・ユソン理事長が、上記の政府統計を独自に分析して毎年発表されており、これは実態をよく示している分析として広く注目されています。
 
 〔表1〕は、キム理事長が分析した、最新(2018年8月)の非正規職規模・比率です。それによれば非正規職は2018年8月で820万7千人、40.9%で、政府統計より159万3千人、7.9%も多い数字です。これには、有期雇用(限時勤労、期間制)やパート・アルバイト(時間制)だけでなく、派遣と用役(事業場内下請)の間接雇用も含まれるだけでなく、さらに、個人請負形式就業者である「特殊雇用」も広く「非正規職」に含まれています。同博士の分析は、非正規労働センターが独自に分析する結果にも近いもので、非正規職の実態をより正確に表すものとして、労働組合だけでなく多くの研究者からも支持されています。
 
 キム・ユソン博士らの分析によれば、正規職・非正規職は、盧武鉉政権時代に「非正規職保護法」が制定される直前には非正規職が全体の56%と過半数を超えるまでに拡大していました(〔図1〕)。それが、〔図2〕が示すように、同法制定以降、徐々に縮小し始め、朴元淳市長が就任して2年目の2012年以降、ソウル市が大規模な正規職転換を行った時期から大きく低下しています。現在では、非正規職は全体の過半数を大きく下回り、近い将来40%をも下回る趨勢です。とくに最近2年間は、文在寅政府が、ソウル市に倣って公共部門非正規職の正規職転換政策を先頭に立って推進しており、それが統計でも非正規職減少として現れていると考えられるのです。
 
 →エッセイ 第14回 「労働者分断」を乗り越えてきた韓国労働運動(下)http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=16 へ続く
 

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (276)
非正規雇用労働をめぐる闘いの方向(2)
正規・非正規雇用の平等を求める外国の労働法制
 
 エッセイ第11回では、KBS京都放送労組の最近の冊子を読んで、日本の非正規雇用をめぐる問題を考えました。KBS労組は長年にわたって粘り強い活動を進め、多くの不安定雇用労働者を直接雇用や無期転換させ、具体的成果を挙げてきました。日本では、KBS労組のように非正規雇用に積極的に取り組む労組は残念ながら少数です。
 しかし、国際的にはヨーロッパや韓国に、多くの点でKBS労組の活動と共通した運動があり、その結果として非正規雇用についての実効ある法規制が導入されています。
 
ヨーロッパ 非典型雇用労働に関する三つのEU指令
 
 EU(欧州共同体)が、非正規雇用について「均等待遇」原則をする三つの指針を定めており、この原則は、EU加盟28ヵ国の国内法に反映されています。そして、このEU指針は、「人間らしい労働(decent work)」を提起する国際労働機関(ILO)の方向にも一致していると考えることができます。
  今回は、さらに、日本と類似した労働関係・労働法制があったにもかかわらず、日本よりも進んだ韓国の最近の非正規雇用に関する法規制を紹介し、日本と比較してみたいと思います。
  ヨーロッパ諸国では、1970年代頃から「多様な雇用契約(atypical employment contract)」に基づく「非典型雇用(atypical work)」が増えてきました。これに対して、各国の労働組合がその「例外化」と「均等待遇」を求めて活動を進めてきました。その結果、EUは、3つの指針(パート労働指令〔1997年〕、有期労働指令〔1999年〕、派遣労働指令〔2008年〕)によって、パート、有期、派遣などの非典型雇用であっても同一労働をする常用労働者との「非差別(=均等待遇)」原則を確立することになりました。
 さらに、それぞれの指令では、非差別(=均等待遇)原則以外にも、パートタイマーからフルタイムへの双方への転換保障、有期労働の濫用制限、派遣労働者の職業訓練など、それぞれに相応しい労働者保護措置を定めていることも注目できます。そして、このEU指令は、各国の国内法にも反映されており、EU諸国では、日本で、正規雇用と非正規雇用の間にある大きな労働条件格差は見られません。
 
欧州 日本と大きく異なる「派遣労働」の意味
 
 1985年、日本では労働者派遣法制定によって派遣労働が合法化されました。1947年制定の職業安定法や労働基準法は、労務請負(労働者供給事業)などの「間接雇用」や賃金の「中間搾取」を禁止しました。「間接雇用」とは、実際に労働者を指揮命令して働かせる使用者が、その労働者に対する雇用責任を負わず、名ばかりの仲介者が雇用主となる就労関係です。労基法や職安法は、実際に労働者を働かせる使用者が雇用責任を含めすべての使用者責任を負う「直接雇用」を原則としました。間接雇用による使用者責任回避を許さないことがその主な目的です。労働者派遣法は、こうした最も基本的な「間接雇用の禁止」(=直接雇用)の原則を崩し、労働法規制緩和への第一歩となりました。
  見逃せないのは、この派遣法制定の理由として日本政府が、「ドイツやフランスなど、欧州諸国で先に派遣法が制定されている」ことを挙げたことです。確かに、欧州諸国で1970年代になって派遣法が制定されました。
  しかし、欧州では、産業別労働組合が企業を超えて組織されていて賃金などの労働条件は、使用者団体と間で締結される全国的産別労働協約によって職種(仕事)別に決定されています。その結果、大企業と中小企業との労働条件格差が小さく、企業間格差が大きな日本とは決定的な違いがあります。
  欧州では、派遣労働者も全国協約の適用(または拡張適用)を受け、同一業務であれば同一賃金が適用されるなど、間接雇用の弊害は限定されています。しかし、その欧州でも派遣労働は、所属企業が違うという理由で格差が生ずる危険性があります。そこで、ドイツ、フランス、イタリアなど各国の派遣法は例外なく、派遣先労働者との「差別禁止」(または「均等待遇」)を定めています。こうした各国派遣法で差別禁止規定があることが、上述した「EU派遣労働指令」(2008年)の背景になっているのです。
 
「雇用身分社会」=日本の異常
 
 このように欧州の派遣労働の状況は、日本とはまったくと言えるほど異なっています。ところが、日本政府は「欧州でも派遣労働が合法化された」ことだけを強調して、欧州の派遣労働が、「均等待遇」原則を基本的な前提にしていることを意図的に無視しました。企業別に労働条件が異なる日本で、派遣労働など「間接雇用」を合法化することは、欧州とは違って「劇薬」ともいえるほどに大きな弊害をもたらすことになったのです。
 その結果、日本の派遣労働は、仝柩冑坩堕蝓↓∈絞姪低処遇、L妓⇒、じ瀕という四つの特徴、すべて合わせもつ異常な雇用形態と言えます。このような派遣労働が代表する日本的非正規雇用を森岡孝二さんは、「雇用身分」と表現されています(『雇用身分社会』(岩波新書、2015年)。法的には「社会的身分」(憲法14条、労基法3条)を「生まれつきの地位」に限定する狭すぎる解釈が有力です。しかし現在、数千万人に及ぶ非正規雇用労働者は、合理的理由なしに共通して、劣悪労働条件を強いられており、法的にも「社会的身分」による差別と言える状況が広がっているのです。
韓国 経済危機と非正規職の急増
 
 1998年、それまで急激な経済成長を見せていた韓国が、突然、経済危機に直面することになりました。民間の大企業だけでなく公共部門にも大規模に非正規職労働者が導入されました。当時は金大中政権の時期でしたが、民間企業から解雇された労働者やその家族を「失業対策」の一つとして公共部門非正規職で吸収したという指摘もあります。ところが、経済回復した後も企業は非正規職という雇用形態を利用し続けたため、労働者全体の中で非正規職が5割を占めるという異常な状況が現れました。
 
盧武鉉政権と2006年「非正規職保護法」
 
 2000年代になると、こうした非正規職の処遇と労働条件の改善が韓国社会での主要な課題となりました。2002年の大統領選挙で当選した盧武鉉(ノ・ムヒョン)候補は、「非正規職の涙を拭いてあげる」ことを公約の一つとするなど、非正規職に追いやられていた若い世代の支持を集め予想を覆して当選しました。この盧武鉉政権は、労働界の圧力と財界の抵抗の板挟みとなりながら、ようやく政権末期の2006年に「期間制法」制定にこぎつけました。同法のポイントは、非正規職の中でも大多数を占める期間制職(有期雇用)について、上限2年での無期転換と同一・類似業務を担当する正規職との差別禁止をでした(同時に、98年制定の派遣勤労者保護法改正で2年上限・無期転換と差別禁止が導入され、差別是正を労働委員会で行なうための労働組合法改正もされました。これら3法は合わせて「非正規職保護法」と呼ばれています)。しかし、労働界は、臨時的な業務上の事由があるときにだけ期間制を利用できるとする「入口規制」を主張して、期間制法の「出口規制」の考え方を強く批判しました。そして、同法は事由なしに期間制を容認し非正規職を固定化・拡大するものとして同法制定に反対したのです。
 いずれにしても、この「非正規職保護法」によって不十分ながら有期雇用や派遣労働者の2年上限とそれを超えたときの無期雇用転換への道が開かれ、ヨーロッパと同様な均等待遇(差別禁止)が、以下の文言で規定されることになりました。
 なお、日本でも民主党政権の時期、2012年に、労働契約法改正で有期雇用規制(18条、19条、20条)を導入しました。これら「5年無期転換ルール」などの規制は、この韓国2006年「期間制」法をモデルにし、それをかなり薄める内容で規定されたことに留意する必要があります。
 
朴元淳・ソウル市長の画期的労働政策
 
保守政権の消極的対応
  期間制法は民間企業だけでなく公共部門にも適用されるので、国や自治体は、模範的使用者(model employer)として民間企業に範を示すことが必要でした。ところが、盧武鉉政権に続く李明博、朴槿恵政府は、公共部門非正規職の地位改善に消極的で改善の措置をほとんどとらなかったと言えます。その結果、この保守政権9年間に公共部門内での非正規職は無期転換だけなく差別の改善も進まず、不平等が持続的に拡大したのです。
 中央政府が保守政権であった2011年10月、ソウル市長補欠選挙で野党と労働団体の統一候補として当選した朴元淳(パク・ウォンスン)市長は、就任後、各分野で公約実現のために斬新な政策を打ち出して注目され、市民の支持を得て2014年、2018年と再選され、2019年7月現在、市政3期目に入っています。
 朴市長は、多くが労働者である市民のために自治体としては珍しく労働政策を主要政策に挙げ、「労働尊重都市・ソウル」を打ち出しました。その労働政策の一環として、ソウル市とその関連機関で働く非正規職労働者たちを、具体的目標を示して正規職転換する政策を推進しました。そこでは、常時・持続業務を担当する有期雇用だけでなく、間接雇用である「派遣・用役〔事業場内下請〕」の労働者をも直接雇用した後、正規職に転換とするという画期的な内容が含まれていました。
  とくに、朴元淳市長は、間接雇用を直接雇用すれば、業者に支払う費用を節約できることを調査で明らかにするとともに、「自治体は『人件費節約論理』で劣悪労働の『非正規職』を拡大するべきではなく、むしろ『模範使用者(model employer)』として民間企業の模範となるように自ら、『より良い労働』を拡大しなければならない」と主張したのです。
 
画期的な非正規職対策
  ソウル市は、2012年から2017年6月まで、4段階の正規職転換計画を実施しました。その規模は、2017年5月15日段階で、常時・持続業務を担当する非正規職の無期契約転換(9,098人)でした。そのうち、…樟楔柩僂量鬼契約職転換が1,496人、間接雇用の無期契約職転換が7,602人でした(うち、生命安全業務788人)。さらに、無期契約職と正規職の統合にあたって、ソウル市と労使、労労間で緻密な調整・合意の手続きを重視していることが特徴です。
  ソウル市のこうした政策の特徴は、転換規模が大きく、計画的持続的に一貫していること、他の自治体や民間企業のモデルとなっていることなどが多くの論者によって指摘されています。とくに、私が調査などを通して強く感じているのは、ソウル市が、|惨性・例外性・最小性の原則を明確にして非正規職利用を例外的場合に限定していること、直接雇用だけでなく間接雇用(派遣、用役)も対象としていること、L閏臈手続きを重視し関係者の合意を尊重していること、づ彰弘文紊僚莇・労働環境改善を重視していることです。さらに、最近では、ツ校間労働改善のために人員増を提起し、これと正規職転換を結びつけるなど、労働政策をさらに発展させていることです。
〔注 脇田滋「韓国における国・自治体の非正規職問題」KOKKO32号(2018年8月)参照〕
 
ソウル市の政策を受け入れた文在寅政府
 
 こうしたソウル市の労働政策は、李明博・朴槿恵政権の中央政府とは対照的なものとして労働界からも高く評価されました。
 2016年末から朴槿恵大統領の弾劾を求めるローソク集会が毎週、数十万から百万人もの規模で開かれました。国政を私物化する政治を市民の運動の力で大きく変える「市民革命」と呼べる民主主義運動でした。そして、2017年5月、「ローソク革命」に続く大統領選挙がありましたが、当選した文在寅候補は、顕著な実績があるソウル市の労働政策を自らの公約に受け入れ、中央政府が率先して公共部門における「非正規職ゼロ時代」を実現することを約束したのです。
 文在寅大統領は、就任3日目(2017年5月12日)初めての現場訪問地として、大部分の労働者が非正規職である仁川国際空港公社を選びました。そして、そこで「公共部門非正規職ゼロ時代」を宣言して注目を浴びたのです。その後、文在寅政府は、任期5年間の雇用政策を示し、国が使用者でもある公共部門の非正規職を正規職化を進めました。今年1月、政府(雇用労働部)は、2018年末までに公共部門非正規職17万人を正規職化したと発表しています。
 
世界の常識から離れる日本の労働政策・労働法
 
 雇用が不安定である上に、賃金などの労働条件が格段に低い日本の非正規雇用は、EUの3指針が定める「非差別(=均等待遇)」の原則とは大きくかけ離れる点で世界の常識に反するものです。
 日本の非正規雇用労働者の置かれている現実は、国際的にも異常ですし、日本国憲法や、人間らしい労働(decent work)実現を目指すILOなど国際労働規範が求める労働者の基本的な権利保障に反するものです。これらは、法的正義という点からも許されないと思います。EU指令や各国の法制度と同水準の法規制が必要です。その際、とくに、次の2点が重要だと思います。
 
短期性・例外性・最小性の原則=入口規制
 欧州や韓国の動向を見ると、各国では一般労働者(常用雇用、正規職)に比較して、不安定雇用の非正規労働者を例外として、その範囲を限定している点が重要です。フランス法がそうした考え方を示しており、世界でも進んでいると思います。同様に、上記のソウル市の労働政策に見られる「短期性・例外性・最小性の原則」は、非正規雇用利用を例外として限定する考え方です。一定の事由がなければ非正規雇用を利用できないとする考え方(=入口規制)とも言えると思います。「出口規制」しかない日本の有期雇用規制には、重大な弱点があると言えます。
 
均等待遇の原則
 本来であれば、雇用不安定な非正規労働者は、少なくとも、EU指令や韓国2006年法が定める、同種または類似の業務を担当する正規労働者との均等待遇を保障することが最低限の立法的規制として必要です。さらに、フランスやイタリア法が定めている「契約終了手当」「不安定雇用手当」などのように、短期契約が終了した後の雇用不安定状態での生活保障を使用者に義務づける追加手段などの特別措置も必要だと思います。
  なお、日本も余りにも国際水準からかけ離れているとの批判を受けて、2018年「働き方改革法」で非正規雇用労働者の同一労働同一賃金を定めるとして新たな規制を導入しました。しかし、「実効性のある同一労働同一賃金」規定とはほど遠い内容です。EU指令などを参考にした実効性のある法規制が必要だと思います。
 〔注 とくに、手当だけでなく、基本給を含めた賃金総体での均等待遇保障と言えるのか疑問がありますし、派遣労働者については、派遣元での「労使協定」方式を導入するなど、実態を無視した、きわめて不十分な点が目立つ内容です。詳しくは、日本労働弁護団意見書(働き方改革関連法「同一労働同一賃金」関連省令等に関する意見(2018/8/29))参照〕
 
【関連情報】
(W)以下は、2017年2月、金鍾珍・韓国労働社会研究所研究委員(現副所長)が来日、講演されたときに、私が準備のために作成した動画、資料です。
ソウル市労働政策関連の動画URL
□動画:労働尊重特別市→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkTkhZMnEyS0JCenc
□動画:生活賃金条例、拡散→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkRVFSamIxUTdtN0k
□動画:非正規職、正規職転換→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkXzNNSmNUSnFwZmM
□動画:感情労働者保護、全国初→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkOWwyZ2U5eDV4LWs
□動画:労働権益保護、全国初→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkNnVSWHR4dU56Z2s
□動画:アルバイト青年の権利→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkQzNlZHhrTkRjeEk
□動画:勤労者理事制→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkZWdzODd6b3RRZGs
□動画:労働時間短縮→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkc3Zqd3QyMVB3Z1k 
□資料集『ソウル市労働政策の展開とその意義』(209頁)→研究資料 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkeUFTZkJrWjh0MVU
 

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1132)

非正規雇用労働をめぐる闘いの方向(1)

KBS労組「直用化構内スタッフの無期雇用化闘争」パンフを読んで
 
KBS労組の直用化闘争パンフ
 
 先日、民放労連京都放送労働組合(以下、KBS労組)が最近の活動成果をまとめた、以下のパンフレットを受け取り、早速、読んでみました。
 
 『直用化構内スタッフの無期雇用化闘争〜画期的!KBS京都の構内スタッフ一掃の一歩〜』パート宗2019年5月)
 
  KBS労組は、労働者派遣法が制定された1985年以前から、会社構内で働く下請労働者をはじめ有期雇用など多様な非正規雇用形態で働く労働者すべての雇用と権利を守るために、実に粘り強い闘いを継続してきました。
  KBS労組は、昨年、構内スタッフ(別会社所属の「派遣社員」)であった労働者を会社に直用化させることができました。ただ、直用化されたときは常勤アルバイトで、3年間の雇用期間に定めがある「有期雇用」の形式でした。KBS労組は、この直用スタッフを、さらに契約更新させ、そして労働契約法に基づいて、「期間を定めない契約(無期雇用)」に転換させることになったということです。
 その結果、
 「構内スタッフ(派遣社員)の直用化」
         ↓                   
 「直用スタッフ(有期雇用)の更新継続」
         ↓                    
    「無期雇用転換」
 という「流れ」が職場の中で定着したということです。画期的な成果です。
 
 パンフレットでは、次のようにまとめられています。
 組合は、あくまでも雇用の大原則は「直用かつ無期雇用である」との方針を堅持して、直用化になった派遣労働者との意見交換を通じさっそく1年前の春夏闘で無期雇用化の要求を会社に提出しました。
 そして1年間の交渉をふまえことしの春夏闘は不退転の決意で闘い、直用化を見事に実現しました。
 また、ことし4月に通算6人目となる無期雇用転換社員が実現しました。労働契約法18条にそって粛々と行ったわけですが、全国で雇い止めが相次ぐ中では意義ある成果と言えます。
 
 さらに、組合としての今回闘争の総括として、次の6点が挙げられています。
 。嫁前の直用化闘争勝利の力関係、∩塙腓稜瓦蟠い闘いの姿勢、A歓場適用を前提に1点突破全面展開、ぢ垓改善と対象拡大をめざす闘争継続、ス銃發任稜標・常勤アルバイト一掃への第一歩、150名の構内スタッフの闘いの大きな到達点。
 
 KBS労組の闘いがもつ大きな意義
 
 KBS労組の闘いとその成果の意義については、上記の冊子の中で、伍賀一道さん(金沢大学名誉教授)が的確に指摘されています。
  「契約法に基づく措置とはいえ脱法行為を行う使用者が後を絶たない現状のもとでは大きな意味がある」
 
 この指摘のとおり、現在、少なくない事業所で契約更新された非常勤講師や有期雇用職員の無期雇用転換を受け入れない脱法的対応が見られます。
  全国的には日立製作所や東北大学では法的な争訟が提起されており、関西でも非常勤講師への対応をめぐって大手私立大学等で「無期雇用転換ルール」を遵守しない事例が少なくありません。非常勤講師組合や地域労組と大学の間で、労働契約通りに無期転換を求めて行われる団体交渉や裁判等の争訟例が報じられています。
 〔注〕 関西圏非常勤講師組合『非常勤の声』第59号(http://www.hijokin.org/doc/koe59.pdf
 
 「無期雇用転換ルール」は、労働契約法で定められ、すべての大学や企業に適用されるものです。様々な脱法的な理由で、これを遵守しない使用者が多いことはそれ自体問題です。しかし、残念ながら、多くの労働組合の消極的姿勢にも原因の一つがあると思います。もし、無期雇用転換権をもつ有期雇用労働者が職場にいるとき、労働組合が支援活動をすれば、無期転換される比率は飛躍的に高まると思われるからです。
 実際、東京大学では教職員組合が、首都圏大学非常勤講師組合と連携して、大学側に労働契約法の遵守を迫る取り組みを進めました。その結果、有期契約の教職員については労働契約法通りに無期雇用転換することを大学が受け入れるという大きな前進がありました。
 〔注〕 佐々木彈「無期転換権獲得に至った闘争の裏側−非正規との分断を乗り越えて」(https://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/doc/201804POSSE38.pdf
 
 労働組合は、憲法28条に基づく団結権、団体交渉権、団体行動権を認められた特別な主体です。これら特別な権利を認められるのは、同じ職場で共に働く弱い立場の労働者を代表して、その権利実現のために共同して取り組むことが期待されているからです。KBS労組や東京大学教職員組合は、この憲法28条が要請する労働組合の役割を果たしており、最も労働組合らしい組合と言えるのです。
 
30年を超えて一貫した活動の姿勢
 
 KBS労組は30年以上も前から、正規と非正規の分断を乗り越える、きわめて先駆的な活動を進めてきました。KBS労組の長年にわたる闘いには、実に豊富な教訓が含まれています。私は労働法の一研究者として、また、大学教職員組合の活動経験から、KBS労組の活動からは次のような三つの教訓を引き出すことができると思っています。それは、
  ‘本では非正規雇用をめぐる闘いを困難にする要因(とくに、企業別・正社員組織が多数)がきわめて多いにも拘わらず、それを克服して闘いを持続してきたこと、
 闘いの基本となる原則が明確で一貫しており、また、解決が半端なものでなく「非正規雇用の徹廃」という点で徹底していること
 3萋阿竜録をきちんと残し、若い世代にその経験と教訓を伝えようとしていること
という3点です。
 
企業別組織を乗り越えた活動
 
 KBS労組は、KBSの正社員だけを組織するだけでなく、企業別・正社員組織という制約を乗り越えて、正社員だけでなく、職場で働くすべての労働者全体を代表しようという姿勢を一貫して堅持してきたことです。
 
非正規雇用が急速に拡大した1990年代
 
 私は、単位組合(単組)である大学教職員組合の役員を務めたことがあります。その際に、正規・非正規の壁を越えて連帯することの難しさを実感しました。
 大学の授業を担当する教員では、とくに外国語科目などで、専任ではない非常勤講師に7割から8割も依存する大学が少なくありません。一般には知られていませんでしたが、非常勤講師の講師料は常識では考えられない低額でした。本務校がなく、非常勤講師だけで数校を掛け持ちし、専任教員の数倍も多くの授業を担当して生活を支える「専業的非常勤講師」も相当な規模で生まれていました。
  教員の非常勤講師だけでなく、事務職員でも嘱託職員、契約職員など、有期契約に基づく労働者が働いており、派遣労働者の就労も広がっていました。また、受付・清掃、機械・設備管理などを担当する「現業部門」については外注化が進み、事業場内下請会社所属の労働者が働いていました。
 1990年代には、大学職場でも一般企業と同様な多様な非正規雇用形態が働く状況が広がっていたのです。
 
企業別・正社員意識に囚われた組合
 
 私が、京滋地区私立大学教職員組合連合の役員であったときに、こうした状態を改善するために、最低基準の賃金・労働条件や無期雇用原則など、大学職場で働く人すべてに適用される「産別ミニマム」設定を組合の課題として提起しました。しかし、各大学、とくに規模の大きな大学の単位組合から理解を得ることはきわめて困難でした。
 産別ミニマムや非正規雇用問題への取り組みには、次のような「反対の声」が寄せられました。
 〇「組合の活動は、組合員(正規教職員)の条件改善が基本だ。組合員以外の課題に取り組む余裕はない」
 ●「正規雇用と非正規雇用は、採用過程や賃金体系が違うので、組合として一緒に取り組むことはできない」
 〇「教職員組合は、大学の正規教職員が参加する組織だ」
 ●「派遣や下請労働者は別会社の人間。組合に参加できる労働者ではない」
 〇「非正規雇用、非常勤講師は、大学の教職員組合ではなく、全国一般や地域労組に参加すべきだ」
  労働組合役員から出たものとは思えない発言でした。労働組合への期待と信頼が大きかっただけに、これらの発言を聞いた時の、悔しく、情けない思いが今でも忘れられません。
 
 KBS(京都放送)は民間企業です。KBS労組にも多かれ少なかれ正社員意識を強く持つ労働者もいたはずです。そうした中で、非正規雇用問題を論議することは簡単ではなかったと思います。それを乗り越えるには、高い意識性に基づく組合指導部の粘り強い働きかけと、継続・反復した学習・議論があったと推測されます。
 
団結破壊の狙いを秘めた派遣法制定
 
 1985年制定の労働者派遣法は、多様な立法目的を複合的にもつものでした。その中で見過ごしてはならないのは、派遣労働の拡大よって日本の企業別労働組合を弱体化させる「団結破壊」の狙いでした。
  この点を指摘する研究者は、私以外には少ないかもしれませんが、これは20年以上前に、主観的には、労働組合の自覚を期待して発した「警告」でした。ところが、派遣労働拡大と逆比例して、労働組合(とくに、企業別組合)は、目を覆うほどに弱体化してしまいました。
 
 派遣労働関係では、同じ職場で働く労働者が所属企業によって分断されるという重大な問題があります。派遣先企業にすれば、低賃金で同じ労働をする派遣労働者が増えれば人件費を削減できる上に、労働組合を弱体化させることができます。
 労働組合自身が、正社員だけの組織ということで、別会社所属の派遣労働者の問題に取り組まないとすれば、職場の労働者全体を代表する地位(全体代表性)を失うことになります。同一労働なのに差別的低賃金で働く労働者を支援しない組織になり下がるのです。
 
 派遣労働は、短期的には労働組合に無関係のように思われるかもしれません。しかし、派遣労働者が増加すればするほど、その組織化や支援をせず、無為に過ごす労働組合はその社会的地位を大きく低下させます。つまり、派遣労働合法化には、労働者間の分断を広げ、組合への信頼を失わせ、長期的には労働組合を弱体化させる「毒素」が含まれていました
 とくに、法制定時は、中曽根康弘内閣でした。中曽根氏は労働組合を嫌悪し、当時の国鉄労使関係に「国家的不当労働行為」と呼ばれる強権的介入をし、国鉄労働組合などの弱体化を強行した政治家でした。その中曽根内閣が、企業別・正社員組織の弱点を熟知した上で、派遣法制定を進めたのです。そこには、長期的に民間分野も含めて日本の労働組合全体を弱体化する危険な狙いがあったと思います。
 
民放労連と間接雇用・派遣法制定反対の取り組み
 
 民間放送では、派遣法制定以前に、労働組合の活動によって労働条件改善が大きく進みました。そこで会社側は放送業務の一部(「周辺業務」)を「事業場内下請」形式で別会社に委託したのです。この「間接雇用」(=偽装請負)導入によって労働組合が獲得してきた労働条件を切り下げ、人件費を削減することが目的でした。
  しかし、民放労連(民間放送各社の組合の産別組織)は、この間接雇用が労働者の分断であることを早くから見抜いて、偽装請負が職業安定法違反だとして活発な闘争を全国的に展開しました。KBS(当時は「近畿放送」)でも、番組作りの一部業務(照明など)に下請会社(大阪東通)から労働者が派遣されてきました。
 民放労連、近畿放送労組、そして民放労連近畿地区労組が共闘して、間接雇用をめぐる闘い、下請労働者の直接雇用の闘いが展開されたのです。地労委、職安、裁判所のいずれも労働側が勝利し、下請労働者の直接雇用化(正社員化)という結果に至ったのです。この闘いがKBS労組の、現在に至る長い闘いの出発点になりました。
 〔注〕民放労連近畿地区労組=民放各社で働く下請や有期、パートなどが個人加入できる地域組合組織。放送各社の組合と並んで民放労連近畿地連に所属。
 
 派遣法制定の際、これに反対した労働組合は多かったとは言えません。その中で規模が大きい組合として挙げられるのは、職安法違反をめぐる闘争をしていた民放労連でした。民放労連は1970年代から間接雇用拡大との闘いを続けていましたので、労働者派遣法制定については、その危険性を早くから認識して強く反対する活動を展開しました。
 KBS労組が現在に至るまで筋の通った一貫した闘いができる基礎には、こうした民放労連の間接雇用闘争の歴史があったことが重要です。こう考えるとKBS労組の活動は「古い」と思われるかも知れません。
  しかし、日本の企業別労組の多くが、近年、低迷しているのとは大きく違って、KBS労組は現在も活発な活動を継続し、組合員だけでなく全体の労働条件も改善し、さらに闘いの中で組合員を拡大し続けています。現在の日本で労組として活動を活発にするには、KBS労組の現在に至る一貫した筋の通った活動と闘いの歴史に注目する必要があると思います。
 
 さらに、次のエッセイ(第12回)で詳しく触れますが、パンフが伝えるKBS労組の活動は、欧州や韓国の運動とも多くの共通点をもっており、日本の労働組合として稀少な国際性ある活動だと指摘できるのです。
               (続く)
 

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (862)

 第10回 労働時間短縮には業務量に見合う人員増が必要

 〔1〕「働き方改革法」の時間規制について報告(5/25 過労死防止学会)
 
 第5回過労死防止学会(5月25日、龍谷大学)の特別シンポジウムで報告を担当しました。「『働き方改革』による労働時間規制の問題点−−『健康に働く権利』を実現する視点から」という報告表題でした。過労死をなくすために集まった多様な分野の研究者、家族の会の皆さん、弁護士、社労士などの実務家、マスコミ関係の方々など、過労死をなくすために全国から集まった人々の前で、数年前に授業を担当したこともある教室で報告することは、私にとってとても意義深いことでした。
 
 過労死が問題になる中で、過労死を生む長時間労働をなくすことが社会的課題となりました。2014年には「過労死防止法」が与野党全議員一致で可決・成立し、初めて「過労死」が法律や行政用語として用いられることになりました。そして、毎年、「過労死防止大綱」を定め、それに基づいて国や自治体が先頭に立って過労死防止の活動が進められています。
 
 ところが、安倍内閣は、これとは異なる経営側要望に応える方向で議論を進めました。2018年に成立した「働き方改革法」は、_疣死認定水準(単月100時間など)の残業上限、∋間規制を受けない働き方(高度プロフェッショナル制。以下「高プロ」と略)導入、裁量労働制拡大など、全体的に見て労働時間短縮とは逆方向の内容でした。そして、「この法改正では過労死はなくならない」(森岡孝二さん)などの厳しい批判が出されました。過労死家族の会をはじめ多くの市民団体、労働団体が法案に反対を表明したのは当然です。
 
 とくに、当初法案に含まれていた裁量労働制拡大について、政府は「裁量労働制を導入して労働時間が短くなったという調査がある」という説明をしていました。しかし、その根拠となる調査結果が「偽造」されたことが判明しました。杜撰な政府・厚生労働省の姿勢が明らかになる中で、安倍首相が陳謝したうえ法案から裁量労働制部分を削除するという異例の事態になりました。本来であれば、裁量労働制よりも緩和された「高プロ」撤回が必要でした。ところが、政府・与党は「高プロ」制導入を放棄せず、過労死を無くそうとする人々の強い反対を押し切って強行採決しました。それによって、「働き方改革法」の危険な本質が一層明らかになったと言えます。
 
 ここでは、私が最も言いたかった内容である「健康に働く権利」という視点からの労働時間規制のあり方に絞って、関連して参照したソウル市の労働時間短縮政策にも触れて説明してみたいと思います。
 
〔2〕「人間らしい労働時間」(Decent Work Time, 以下「DWT」)
 
 本来の「働き方改革」は、労働者の働く権利を実現する視点を明確にした法規制改革でなければなりません。そうした改革のためには、労働者が人間らしく働き暮らすための労働時間を「目標」として確立することが必要です。
 
 ILO(国際労働機関)やOECD(経済協力開発機構)は、新自由主義的流れが強まる中で社会的格差の広がりをなくすことと、「人間らしい労働(Decent Work)」を目指して、「雇用の質」改善を強く求めています。ところが、日本では、この「人間らしい労働」について、労働時間の面に注目してどのような基準を設定すべきか十分な議論が行われてきたとは言えません。過労死が大きな問題となる程に長時間労働慣行が蔓延している日本では、こうした「人間らしい労働時間(Decent Work Time)」を意識的に明確にし、これを「権利」として積極的に打ち出すことが必要であることを強調したいと思います。
 ※なお、「人間らしい労働時間(Decent Work Time)」という表現は長いので、以下、これを「DWT」と略して表現します。
 
 このDWTは、とくに新たな概念ではありません。私の現在の試論としては、「DWTとは、1日8時間、1週40時間、週休1日、年休(3労働週)完全取得、11時間以上の勤務間インターバル、病休その他必要な特別休息を確保することを前提にした労働時間」ということになります。長時間労働が広がった日本の現状では、このDWTを最低基準として守ることは、いかにも現実的でないという受け止め方が多いかもしれません。
 
 しかし、このDWTは、労働基準法、ILOの関連条約や勧告、EC労働時間指令などが求める最低基準の労働時間を意味しています。つまり、私の個人的な思い付きではなく、国内法や国際労働規範が求める最低基準の労働時間で、決して極端な概念ではありません。そして、このDWTの根拠は、]働者の健康確保、∀働者の個人生活時間確保、仕事の分かち合い(ワークシェア)であると言うことができます。
 
〔3〕DWT(人間らしい労働時間)を発想する三つのヒント
 
 このようなDWTを発想することになったヒントは三つありました。
 
(1)森岡孝二さんの指摘
 その一つは、森岡孝二さんが、「日本の労働者がすべて法定労働時間で働いて、残業を一切しなければ、500万人の雇用を創出することができる」とされた指摘です。
(2)最低賃金の議論
 もう一つは、最近になって進んでいる「最低賃金」をめぐる議論です。現在、全国一律の最低賃金が必要だということで、各地の生計費を測定して「人間らしく生活するには時給1500円以上の最低賃金が必要だ」という議論が高まっています。この議論を労働時間に延長して、「人間らしく働き暮らすためには最低基準の労働時間を客観的に確定することが必要だ」と考えました。これがDWTということです。
(3)ソウル市労働時間短縮政策
 そして、最後に、DWTを発想するヒントになったのは、朴元淳ソウル市長が2016年頃から進めてきた労働時間短縮政策です。この政策は、非常に具体的で興味深いもので、私の発想は、この政策に大きな影響を受けています。
 
〔4〕ソウル・朴元淳市長の労働時間短縮政策
 
(1)画期的な「ソウル型労働政策」
 日本とも酷似した長時間労働の韓国で、2011年秋にソウル市長に就任した朴元淳氏は、就任第一期では、ソウル市関連機関の非正規職の正規職化を徹底して進めました。現在まで約9000人以上が正規職転換されるという画期的政策を推進しています。
 
 さらに、朴市長が再選された第2期では、ソウル市関連機関の労働時間短縮も進めることになりました。2015年12月15日、ソウル市の投資・出資・支援機関の労働組合、使用者などが雇用創出のための「労使政ソウル協約書」を締結し、その協約の第4項には「良い雇用創出のために労働時間短縮によるワークシェア方案を用意する。ソウル市は2016年に労使と協議して投資・出資・支援機関の労働時間短縮方案を用意してモデル事業を推進する」という内容を明文化しました。そして、実労働時間把握と労働時間短縮のための必要労働者数算出などを労使が合意したのです。そのために、労働関連専門家に研究委託し、その調査報告に基づいて、綿密で体系的な時短方策が示されました。
 
(2)ソウル型時短政策の三つの基本原則
 研究委託を受けた「ワークイン組織研究所」は、イ・ビョンフン中央大学校教授を責任者にした研究陣で、「ソウル信用保証財団」と「ソウル医療院」をモデル機関に選んで、2016年、調査に基づいた時短の基本方向と細かな実行方策を提言しました。その際、この方策が、ー存性(モデル機関以外にも実効性と汎用性があること)、∧歉秬(労働者には賃金確保とともに生活時間を拡大し、機関には生産性向上、市民にはサービス改善を保障すること)、8平性(労使政の負担を均衡あるものとすること)の三つの原則を踏まえることでした。
 
(3)時短モデル機関=ソウル信用保証財団
 モデル機関の一つとなった、「ソウル信用保証財団」は残業と年次有給休暇の未使用が蔓延した事務金融事業場でした。調査の結果、年間一人当たりでは、正規の労働時間(所定労働時間)が年1,992時間、これに残業時間が年388時間、これから年休105時間を差し引くと(未消化年休9日)、年間労働時間2,275時間と算出されることになります。そして、ここから、上記の3つの原則に基づいて、2021年までに労働時間を17%短縮(2,275時間→1,891時間)するという目標をたてました。
 つまり、総雇用創出規模は37人〜42人になるという展望でした。そのために、正規職として労働者27人を追加採用し、また、自己開発及び育児など仕事・生活両立のための「時間選択制雇用」も10〜15人を追加で創出することになりました。2021年1,800時間台に進み、2022年までに最終1,815時間水準に労働時間を短縮するという計画です。ここでは、人員増を非正規職ではなく正規職としての増員するという点で一貫していることにも注目できます。
※社会公共研究院『公共サービス拡充と雇用創出のための公共部門労働時間短縮方向研究』(2018年7月)
 
〔5〕人間らしく働ける「業務量に応じた必要人員」
 
(1)業務量に応じた必要人員
 このソウル市の時短モデルでは、残業がゼロ、年休を完全に取得することを前提として、それを、あるべき労働時間として設定しています。そして、あるべき労働時間を実現するために必要な追加人員を算出しているのです。これは、上記のDWT(あるべき労働時間)の考え方を前提にし、それを実現するために、つまり、人間らしく働けるために「業務量に応じた必要人員」を算出することが重視されているのです。
 このような考え方は、欧州の労働時間規制(協約)に見られるDWTの考え方です。韓国ソウル市の労働時間短縮政策は、こうした欧州のDWTの考え方を踏まえて適正な労働人員数を算出しているのです。人間らしく健康に働く労働者の権利を実現するためには、適正な人員が増員されなければならないという考え方です。
 
(2)必要人員数算出の図式化
 これを試論的に図式化すると次のようになります。
 
  総業務量(A)÷DWT(時間)=適正必要人員数(Wd)
 
 注)A=その職場全体の総労働時間数(正規の労働時間+残業時間−有給休暇時間)、DWT=人間らしい労働時間(残業なし、有給完全取得)、Wd=適正必要人員(workers of decent work)
 
 これに対して、日本では企業側が考える業務量を優先し、労働者が人間らしく働くことを基本とした業務量の規制がされてこなかったと言うことができます。
 
 つまり、1947年制定された労働基準法は、原則1日8時間、週休1日、年休(20日上限)を定めましたが、36条で労使協定(36協定)によって上限規制なしの法定時間外労働を容認してしまいました。もっとも、労働組合の力が強いときにはその弊害は小さかったかもしれません。しかし、その後、労働組合の力が大きく後退する中で、上限なしの残業や年休の未消化が一般化して、DWTに反する長時間労働が拡大することになりました。その結果、日本ではDWTの確立が軽視ないし無視され続け、企業側のみの必要に応じて、きわめて柔軟かつ長時間労働が可能な「日本的労働時間(JWT)」の慣行が蔓延することになってしまったのです。
 
 これを図式化すると次の通りです。
 
  総業務量(A)÷JWT(時間)=労働人員数(Wj)
 
 注)JWT(Japanese Work Timeの略称)、Wj(Workers of japanese work time)
 
 この図式では、JWTは「正規労働時間(所定労働時間)+残業時間(サービス残業を含む)−消化年休(時間)」を意味します。残業時間が膨大で、年休の未消化が大きいので、このJWTがきわめて大きくなります。その結果、労働人員数がきわめて少なくなります。これは過労死が広がる職場を示す指標になると思います。
 
〔6〕試算 ある職場での適正労働人員数
 
 この場合、業務量(A)は、JWT×労働人員数です。試算をしてみましょう。
 

 ある50人の職場(ブラック企業)を仮定します。
 所定労働時間が年2000時間、年休20日(=160時間)とし、残業一切なしとしたとき、
   DWT=2000-160=1840時間
 と計算します。
 実際は、平均残業が年500時間、年休取得が5日(=40時間、15日未消化)であれば、
   JWT=2000+500−40=2460時間
 となり、その職場での全業務量(A)は、
   2460×50=123,400(時間)
 ここから、A÷DWTを計算すると、
   123,400÷1840=66.8(人)
 が適正人員数となります。
 つまり、50人で66.8人分の労働をしていたことになり、皆が人間らしく働くためには、16.8人が不足していることになります。
 

 こうして算出された適正人員が確保されれば、過労死を生み出す職場状況を大きく改善することになります。そして、この考え方は、労働組合の要求、立法の根拠とするだけでなく、さらに使用者が健康配慮義務を果たしているか否かの解釈基準とすることができると思います。つまり、労働組合は、人員要求をするときに、こうした考え方によって必要人員を算出して、人員増要求の具体的根拠にすることができると思います。また、過労死などの認定基準の改善根拠としたり、民事裁判で業務に応じた人員を確保しない点で企業の健康配慮義務違反を示す一つの指標だと主張できると思います。
 
〔7〕労働時間算定の重要性(=裁量労働、高プロ制の危険性)
 
 重要なことは、上記のように、「人間らしい労働時間(DWT)」の考え方に基づいて、適正な労働人員数を算出する際に、実際の労働時間が確定されることが極めて重要な意味をもつことになります。ところが、政府・財界が推進している「裁量労働制」(みなし労働時間制)や「高プロ制」では、労働時間の正確な算定をしないことが中心的な内容になっています。これでは、総業務量(A)が明らかにならないからです。
 
 その点では、「エッセイ第9回」で紹介した通り、欧州司法裁判所(ECJ)が、2019年5月14日判決で「企業は従業員の労働時間を追跡し、記録しなければならない」とする画期的判断を下したことに注目する必要があります。
 
 この事件では、経営側(ドイツ銀行)は、「柔軟な労働制」では、従業員を信頼して時間算定を企業(使用者)ではなく、労働者の自己責任に転嫁しようとしていました。これに対して、ECJは、EU加盟国は、EUの法令によって労働者に与えられた権利を労働者が実際に享受できることを確実にすることが必要であるとし、また、労働者は雇用関係においてより弱い当事者と見なされる必要があり、したがって、労働者自身が権利を自己制限(サービス残業など)をしないようにする必要があると判示しました。そして、「各労働者の毎日の労働時間を測定することを可能にする客観的で信頼性の高い、アクセスしやすいシステムを設定すること」を各加盟国に求めたのです。
 
 日本政府や経営者団体が進めようとしているのは、ECJが示した、企業による労働時間算定強化とは逆の方向です。労働者に時間管理責任を転嫁する「裁量労働制」や「高プロ」制の拡大です。さらには、「副業・兼業」拡大も労働時間管理を複雑かつ曖昧にする危険性があり、また、「雇用によらない働き方」拡大は、労働法規制そのものをなくすものです。
 
 過労死を無くすためにも、「人間らしい労働時間(DWT)」を基にした適正な労働人員を客観的に確定し、不足する人員増を実現することが必要です。現在、労働組合のナショナルセンターは「36協定締結」を労働時間運動の中心に置いていますが、さらに進んで「人間らしい労働時間(DWT)」実現へ労働時間闘争を人員増と結びつける方向へ一段階レベルアップするべきだと思います。
 
【参考】
□ソウル市動画 時間短縮→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkc3Zqd3QyMVB3Z1k
□エッセイ第9回「欧州司法裁判所が画期的判決。企業には全労働時間を客観的に把握・記録する義務あり!」http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=11
□社会公共研究院『公共サービス拡充と雇用創出のための公共部門労働時間短縮方向研究』(2018年7月)(韓国語 )
□ワークイン組織革新研究所『ソウル型労働時間短縮モデル開発及びモデル適用委託報告書』(2016年12月)(韓国語)
□金鍾珍(キム・ジョンジン)『共に歩む労働』(ソウル研究院、2016年10月)(韓国語)
 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1286)

 第9回 欧州司法裁判所が画期的判決。企業には全労働時間を客観的に把握・記録する義務あり!

 (W)今回は、「注目のニュース - 労働時間記録 使用者に義務 EU司法裁が判決 各国に法制化求める (5/16) http://hatarakikata.net/modules/hotnews/details.php?bid=729」に刺激されて取り上げたテーマです。ECJ判決全文や、英語やイタリア語の関連ネットニュースで情報を集めました。乏しい英語力のために誤解や誤訳があるかもしれません。その結果、エッセイというよりは、情報をまとめた「中間レポート」といった内容です。
 
〔1〕欧州司法裁判所(ECJ)の画期的判決(5/14)
 □2019年5月14日、欧州司法裁判所(ECJ)※は、企業は従業員の労働時間を追跡し、記録しなければならないとする画期的判決を下しました。
 ※欧州司法裁判所は、英語ではEuropean Court of Justice(略称:ECJ)。ルクセンブルグに所在し、欧州連合(EU)の条約等の解釈・適用問題を取り扱う最高司法機関のことです。
 
 
 
 裁判所(ECJ)は、すべての労働者は、労働者の健康の保護等に関するEU法令によって定められた〆蚤舅働時間数、∨萋および毎週の休憩時間に対する基本的権利を持っていることを重視し、労働者が、この権利を主張するためには、使用者が、残業だけでなく、すべての労働について客観的に把握し記録する義務を負うと判断しました。なぜなら、全労働時間が使用者(企業)によって体系的に記録されて初めて、労働者は、時間外労働を定量化し、それについて自分の権利であることを確認できるからです。
 この判決の実際的な結果として、EU内のすべての企業は、従業員の毎日の労働時間を詳しく記録できるシステムを作らなければなりません。EU諸国は、EUの労働時間規制を確実に遵守させるために、使用者(企業)に対して客観的時間把握のためのシステムを作らせることが求められます。もし、関連した国内法が不十分であるときには、法改正を含む法令整備が必要となるのです。
 この判決への反応は、相当に大きなものです。EU諸国(ヵ国)で大きく報道されただけでなく、アメリカのマスコミ(NewYofkTimesなど)も判決について速報記事を掲載しました。
 
〔2〕判決に至る経過 ドイツ銀行(スペイン子会社)の残業代不払い
 
 このECJ判決に至る経過は次の通りです。
 訴訟は、スペインの労働組合ナショナルセンターであるCCOO(労働者委員会)が、スペインの全国管区裁判所(Audiencia Nacional)に提起したものが出発点になりました。その後、マドリードの全国管区裁判所(最高裁判所)はそれを予備審判(preminary ruling)のためにECJに付託したのです。なお、今回判決文には、CCOO以外に、FES-UGT、CGT、ELA、CIGなど、他のスペインの労働組合(ナショナルセンター)が訴訟参加者(ntervener)として記載されています。
  
〔3〕裁判での争点 労働時間を記録しないことはEU法違反か
 
 労働側(CCOO)の主張では、企業(ドイツ銀行 Deutsche Bank ATM in Seville)がスペインで行った労務管理には、従業員の労働時間を記録するメカニズムが欠如しているということが争点となりました。つまり、企業(ドイツ銀行)が、従業員の働いた時間を正確に把握しておらず、そのためにいEUが定める労働時間規制を遵守することができていないという主張です。そして、「スペイン法は、企業に毎月の残業時間に関する情報を労働組合代表に与えることを要請しているが、従業員の働いた記録がないので、企業(ドイツ銀行)が、残業に関するEUの法規制を遵守しているか否かを検証することが不可能になっている」と主張しました。
 これに対して、企業(ドイツ銀行)側は、スペイン法では使用者による労働時間把握について厳しい規制がなく、残業だけを把握すればよいとなっている。つまり、企業としては、スペインの国内法に従った労務管理をしていたに過ぎないと反論したのです。
 実際には、労働時間全体の規制が十分にされないために、残業時間の把握も客観的されていませんでした。残業は労働者の自己申告によるとされていました。企業に対して弱い立場にある労働者の自己申告では、どうしても正確な把握が難しくなります。その結果、労働時間の把握が十分にされないという状況が広がっていたのです。
 こうして、企業側の対応やスペイン法が、EU法に違反すると主張する労働側(CCOO)と企業側(ドイツ銀行)が対立することになり、スペインの裁判所(最高裁判所)が、EU法との抵触についてEUの司法裁判所(ECJ)に判断を求めることになったのです。
 
〔4〕労働時間規制と規制から逸脱したEUの現実
 
 EUでは、2003年の労働時間指令(2003/88/EC)で、週の最長労働時間(残業を含む)48時間、勤務間に11時間以上の休息(インターバル)をおくことなど、日本とは違って高い水準での労働時間規制が定められています。
 ※なお、2003年労働時間規制第22条は、個人の同意によって規制を除外すること(オプト・アウト)も認められていますが、要件は厳しいということです(井川志郎「EU労働時間指令2003/88/ECの適用範囲と柔軟性」日本労働研究雑誌No.702(2019年1月)17頁以下参照)。なお、労働者からの規制適用への復帰(オプト・イン)の自由が保障されています。
 実際には、EU諸国は法定労働時間や年次有給休暇の水準が高く、OECD諸国の中でも最悪に近い日本の状況と比較することはできません。しかし、産業分野や、OECDの中でも国によっては、日本と類似した長時間残業が問題になっているのも事実です。とくに、イギリスがEUの中でも残業・長時間労働が多く、「オプト・アウト」もイギリスのために定められた制度ですが、「2017年には、18の加盟国が利用するに至っている」ということです(井川・前掲論文22頁)。そして、ドイツなどの労働時間が短いとされる国を含めて、銀行などの一部の事務サービス業や、新たな産業部門であるIT業などでは、健康や生活に悪影響がある程度に長時間の労働に従事する例や、日本の「サービス残業」に類した不払い残業の状況も広がっているということです。2017年のドイツの残業時間数は21億時間で、その半分が未払いだった、と連邦政府は報告していますhttps://www.thelocal.de/20190515/german-employees-working-hours 参照)。DGB執行委員会のメンバーであるアンネリー・ブンテンバッハ(Annelie Buntenbach)さんは、不払い残業によって「使用者らは1年間で約180億ユーロ(≒2兆2,073億円)をポケットに入れている」と指摘しています。
 ※なお、雨宮紫苑「『ドイツ人は残業しない』説の大いなる誤解」(東洋経済オンライン https://toyokeizai.net/articles/-/233538 )参照。
 
〔5〕ECJ判決:企業側主張に同意せず、労働側主張を支持
 
 こうした中で、EUの労働組合の中では、EUの労働時間規制が実効的に適用されていないという問題が議論され、それへの取り組みの一つとして、このスペインにおけるドイツ銀行の事例が位置づけられたのです。
 裁判で、組合側は、労働時間を把握する記録システムを作る義務は、スペインの国内法だけでなく、基本的権利を定めるEU憲章と、EU労働時間指令からも生じていると主張しました。これに対して、企業(ドイツ銀行)側は、スペインの法律の下ではそのような一般的な義務は存在せず、毎月末に残業時間の記録を残すことだけを要求していると主張したのです。スペインの裁判所がECJに提供した情報では、スペインでは残業時間の53.7%が記録に残されていないということです。
 ECJは、EU基本権憲章の下で、すべての労働者は限られた時間しか働かず、毎日と毎週の休息をとる権利を与えられていることを確認しました。そして、EU加盟国は、労働者に与えられた権利から労働者が実際に恩恵を受けることを確実にすることが必要であるとし、また、労働者は雇用関係においてより弱い当事者と見なされる必要があり、したがって、労働者自身が権利を自己制限(サービス残業など)をしないようにする必要があると判示しました。最後に、ECJは、EU諸国の政府は、「各労働者の毎日の労働時間を測定することを可能にする客観的で信頼性の高い、アクセスしやすいシステムを設定するように、使用者(企業)に要求しなければならない」と述べました。
 企業(ドイツ銀行)側は、スペインの国内法は、そのような労働時間の把握と記録化を義務づけていないと反論していましたが、ECJは、この反論に同意せず、そのようなスペイン法では、EUの基本権憲章および労働時間指令によって労働者に与えられた権利の有効性を保証できないと判断しています。さらに注目できるのは、職場での安全衛生のより良い保護を確保するという指令の目的も、労働時間に関する記録なしには十分に評価できないとも判断したことです。
 
〔6〕ECJ判決の意義と実際の影響
 
 こうしたECJ判決の結果、すべてのEU加盟国は、使用者(企業)に対して、各労働者の毎日の労働時間を測定することを可能にする「客観的で信頼性が高く、利用しやすいシステム」を設定するように求める必要があることになりました。
 ただ、そのようなシステムの実施について、ECJは各国に裁量権を認めました。つまり、働いた労働時間を確認するシステムの実施、とくにシステムの形態は加盟国次第であるとしたのです。具体的には、産業部門の特性や、事業規模などの特性を考慮に入れて加盟国が一定の幅で裁量をもって自ら確立する必要があるということになります。
 現実には、作業時間を記録する義務は国によって異なっています。イギリスでは、使用者は労働者が週48時間以上労働していないこと、および夜間勤務に関する規則が遵守されていることを示すために「適切な」記録を保持しなければなりません。しかし、イギリス法では、毎日および毎週の休息期間が守られているかを示すためにデータを記録することは明示的に求められていません。今回のECJ判決によれば、この点は改めることが必要になりそうです。もっとも、現在、イギリスは、EUからの離脱そのものが問題になっています。それでも、離脱までは他の加盟国と同様にECJ判決に従わなければなりません。(→Michael Thaidigsmann https://inhouse-legal.eu/public-policy-regulations/mandatory-recording/
 また、「労働時間」については、EU労働時間規制やECJ判決でも明確に定義されていません。そのことから、法律家からは、今回のECJ判決が、実際上、広範囲に影響を及ぼすかもしれないという指摘もされています。つまり、「従業員の毎日の労働時間を体系的に記録する義務」と言っても、職場外で行われた仕事関連の活動がどの範囲まで労働時間として記録する必要があるかのかという問題が生じます。例えば、「朝食中に業務関連のEメールをチェックすること」、「退勤後に上司に電話をかけること」は、「労働時間」ということになりそうです。
 
〔7〕労働側の反応:判決を歓迎
 
 欧州の労働組合は、今回のECJ判決を歓迎しています。
 CCOO事務総長(JoséMaríaMartínez氏)は、判決により「残業詐欺に取り組むための道具」を手に入れたと述べました。また、ドイツ労働総同盟(DGB)は、声明の中で、この判決は「定額労働」と呼ばれるものに終止符を打つものであるとし、不払い残業時間が「長年の間に容認できないほど高いレベルで」あったと指摘しました。
 
(図)ECJ判決を伝えるCCOOのポスター
 
〔8〕経営者(使用者)の反応:厳しい評価
 
 使用者団体であるドイツ産業連盟(BDA)は、このECJ判決について、「21世紀のタイムレコーダーの再導入に反対する」と表明しました。労働時間を記録する義務は、(企業ではなく)労働者、とくに柔軟な労働時間制のときには労働者自身にあると主張しています。つまり、今回のECJ判決は、労働者を信頼して給料を支払う「典型的な名誉システム」(=柔軟労働時間制)を希望する「柔軟に働きたい労働者」のためにならないと言うのが経営者側に共通した議論です(この点は、日本の経営者の考え方と共通していると思います)。
 
〔9〕ゲーム業界の反応:現状打開への契機
 
 これに対して、長時間労働が問題となっているドイツのゲーム産業所属ライターのハイドン・テイラーさんは、労働者の勤務時間を追跡するシステムの確立を求めるECJ判決は、ヨーロッパのゲーム業界における過度の時間外勤務と「クランチ文化」※を否定するかもしれません」と指摘しています。これは注目に値する指摘です。
 ※東亜日報日本語版(2017年8月7日「クランチモードの過労死」)によれば、「一部の情報技術(IT)会社とゲーム会社でソフトウェアやゲームの発売を控えて「クランチモード(Crunch Mode)」という名で、週末もない労働と残業を強いられる。クランチモードとは「締め切り直前の重要な期間」という意味の「クランチタイム(Crunch Time)」から出てきた言葉だ。
 テーラーさんは、「ゲーム業界では、一見して終わりのないクランチ問題を伴っているが、「(ゲーム)業界のクランチは、文化的および法的問題の両方です。EU労働時間指令は開発者を過労から保護するために技術的に保護していますが、現在それを強制する手段はありません」。そして、「この判決は理論的には開発者を搾取的な(労務)管理慣行から保護するのに役立つ」と指摘しています。
 
〔10〕小括: ECJ判決と「日本の働き方改革」
 
(1)日本では、「働き方改革法」(2018年)で、労働基準法の労働時間規制が改められました。これはドイツのゲーム業界で、長時間労働がまん延し、それによる過労が大きな社会問題になっている状況と共通しています。しかし、「働き方改革」とは名ばかりで、長時間残業是正と言いながら、月80〜100時間の過労死ラインを残業上限とする法改正でした。まさに、「これでは過労死をなくせない」と批判される内容です。違反には刑罰が適用されるということから、厳しい上限規制を嫌った使用者(企業)の要望に応えた内容でした。働く労働者を保護するという「労働尊重」の考え方よりも、「企業優先」の考え方が前面に出た法改正であったとしか言えません。
 (2)そして、「労働尊重より企業優先」の考え方から、労働時間規制をほぼ全面的に適用除外する「高度プロフェッショナル制」(高プロ制)導入が、過労死家族を先頭にする強い反対を押し切って強行されました。日本経団連など使用者団体は、さらに、裁量労働制拡大の要望を継続して示しています。また、現在、政府は「副業拡大」や「雇用によらない働き方」の議論を進めています。これらに共通しているのは、労働時間の管理や記録を労働者の「自己責任」とする考え方です。その点では、ドイツの使用者団体(BDA)が、ECJ判決批判で主張した考え方とも共通しています。
 (3)EUの労働組合などは、長時間労働から労働者を保護するためには、労働時間そのものの客観的記録が重要であると問題提起をしました。そして、欧州司法裁判所(ECJ)は今回の判決で、「各労働者の毎日の労働時間を測定することを可能にする客観的で信頼性の高い、アクセスしやすいシステムを設定するように、使用者(企業)に要求しなければならない」と判示して、EU諸国(現在、加盟28ヵ国)にそれを求めたことは注目しなければなりません。
 (4)日本の「働き方改革」法では、過労死ラインの長時間労働を許容し、また、高プロ制などの過労死につながりかねない働き方を新たに認めています。従来の、裁量労働制で働く労働者の長時間労働問題も指摘されています。そこで、2018年の法改正では、過労死ラインで働くことを「事前に防止するのではなく」、労働者が長時間働いたときには「事後的」に産業医の面接指導などの『健康確保措置』が定められることになりました。労働者が、危険な過労死ラインの長時間労働をすることを許容しながら、過労死しないように「健康確保措置」を定めるという、「本末転倒」と言える、余りにも酷い法規制です。そして、この措置との関連で、労働時間の記録については、労基法ではなく、労働安全衛生法上、使用者の義務とされました。各労働者の毎日の労働時間の管理・記録は、労働者ではなく、企業に責任があることを再確認したECJの今回の判決は、きわめて正当な判断です。日本の政府や経営者が追及する方向とは正反対の方向です。
 (5)労働組合が企業を超えて産業別に組織され、日本とは比較にならないほど強い力をもっているEUでさえ、産業部門によっては長時間労働やサービス残業が問題になっています。EUと比較して日本では労働側が余りにも弱いために、過労死や過労自死がなくならないという悲惨な状況が改まらず、むしろより酷くなろうとしています。こうした日本では、EU以上に強力な労働者保護措置が必要です。労働者の生命、健康、生活を尊重するためには、使用者(企業)の責任回避を許さず、「各労働者の毎日の労働時間を測定することを可能にする客観的で信頼性の高い、アクセスしやすいシステムを設定すること」を企業(使用者)の義務とするべきだと思います。
 
【主な参考情報】
□EU裁判所・判決文14 May 2019 (*)
□DW_ECJ: EU employers must track working time in detail
□What yesterday's EU court ruling means for the games industry
□New York Times EU Court: Employers Must Measure Working Time in Detail
 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1607)

 「10連休」の光と影

  この「10連休」は初めての大型連休として注目されました。海外に出かける人も多いことなど、その「光の面」については、連日TVなどで大きく扱われました。欧州諸国では長期休暇(バカンス)をとることが、一部の富裕層だけでなく広く労働者や自営業者にまで広がり当然の社会慣行になっています。たしかに、日本では、10日も連続する長期の連休はこれまでなかった初めてのことだと思います。
  その半面、この10連休は「影の面」を浮き彫りにすることにもなりました。大企業の正社員や正規公務員の場合は、10日間連続で休んでも給料が減額することがないと思います。これに対して日給制の場合や、日雇派遣など非正規の雇用形態で働く人は、仕事がなかったり賃金が減額されたりするために蓄えも減って連休そのものを乗り切ることが大変であったという声が出ています(東京新聞2019年5月8日)。仙台では、地域ユニオンやPosseが自治体の援助も受けて連休で逆に苦しい人々のために「大人食堂」を企画するという注目すべき活動もありました。
  また、「元請け(大企業)はいいよね。下請け(中小零細業)に業務を丸投げすればいいんだから」という声も出ています。連休でも仕事量が減らないか、場合によっては増えてしまいます。仕事をこなす人的余裕がないので年休取得そのものが難しいということです。
  ハンディキャップを抱えた人を支援する福祉関連の事業所では、「長期の連休でも支援サービスを停滞させることが難しい」という声を聞きました。いのちや健康を支える医療機関は日常的に人手不足が深刻です。こうした職場では、皆が長期の連休をとることは簡単ではありません。10連休に光が強く当たれば当たるほど、休暇取得が難しい職場の現実が「影」として目立つことになるのです。
 
 長期休暇を権利として保障する国=30年前のイタリア
  「休暇大国」と言えるドイツやフランスだけでなく、欧州の中では経済的に弱いイタリアでも夏のバカンスは社会慣行として定着しています。私がイタリアで一年を過ごした30年前(1988年から1989年)、富裕層だけでなく普通の労働者や自営業者など、ほとんどの市民が2〜3週間の長期休暇を海や山の別荘で過ごすことが常識となっていました。
 
  日本より国土も小さく、資源もなく経済的には貧しいはずのイタリアでなぜ長期バカンスが社会的に定着しているのか?
 GDP世界2位である日本(当時)の労働者が休暇も取らず長時間労働をしているのに、なぜイタリアの労働者は長い休暇を楽しみ豊かな生活を送ることができるのか?

  当時の私は、強く疑問に思って色々と考えてみました。
 このイタリアの経験については、『労働法を考える−この国で人間を取り戻すために』(新日本出版社、2007年)で紹介しています。
  その理由を簡単には思いつかなかったので、知り合いのイタリア人研究者に尋ねてみました。イタリア人は誰もが親切です。日本人からの、考えたこともなかった質問に頭を捻(ひ)ねりながら答えてくれました。
  ・(イタリア)憲法第1条は「イタリアは労働に基礎を置く民主的共和国」と定めており、憲法第36条は「勤労者は各週の休息および年次有給休暇を取る権利を有し、これを放棄することはできない」と書いてある
 ・カトリックでは「労働は神の与えた罰」と考えている。労働が好きな日本人とは労働観が違う
 ・働いて働いて過労死する日本人は理解できない。働いて働けばバカンスが取れて生き返る。だからバカンスは労働者には不可欠の権利とされているのだ。
  折角、考えて答えてもらった回答ですが、「そうか!」と心から納得できるものではありませんでした。当時の私は日本の現実にすっかり染まっていて、イタリア人の意識や感覚が理解できる状況ではなかったからです。
 
 M・ムーアの「世界征服のススメ」が描くイタリア
  当時、経済大国の日本と比較して「イタリア人は働かないから経済的にうまくいかない」など、イタリア人やイタリア社会を悪くいう「イタリア病」などという言葉など、まことしやかな議論もありました。しかし、1年という短い期間ですが、そのイタリア社会で実際に暮らしイタリアの人々と接してみて感じたことは、「国貧しくて、民豊かなイタリア」、「国豊かで、民貧しい日本」ということでした。それから30年を経過して、日本は経済的には大きく後退し、いまでは「国豊か」とも言えなくなってしまいました。日本人は過労死するほど働いても経済的にうまくいっていないのです。
  その後、イタリアも経済的危機を経て政治状況も大きく変わってしまい、強いと言われていた左翼勢力は後退し、労働組合も弱体化しているようです(といっても、日本の状況ほどではないことに留意)。ただ、イタリアのバカンスは当時と大きく変わっていないようです。その一つの証拠が、マイケル・ムーア監督の『世界侵略のススメ』(2015年)というドキュメンタリー映画でした。
  日本ではアメリカが「先進国」のモデルとされることが多いと思います。ところが、アメリカ人であるムーア監督は、アメリカ社会の問題点を明らかにするため、欧州諸国に突撃インタビューに出かけます。そして、フランス、イタリア、アイスランドなどの庶民が、アメリカとは大きく違って「豊かな生活」を過ごしていることに驚かされるのです。ムーア監督はイタリアで、30歳代の労働者夫婦をインタビューします。年間4週間も有給でゆっくりと二人で休暇を楽しんでいました。その話の後、「憧れているアメリカに移住したい」という男性(夫)に、ムーア監督は「アメリカでは法律で保障されている有給休暇は『ゼロ』だよ。それでもアメリカに来たいのかい?」と尋ねます。するとイタリア人夫妻は「信じられない」という顔をして絶句してしまいました。
 
 日本以上に休暇貧困大国のアメリカ
 そうなのです。アメリカは「先進国」の中で有給休暇を権利として法律で定めない唯一の国なのです。連邦法では、日本の労働基準法に当たる「公正労働基準法」がありますが、休暇、病欠、連邦その他の祝日について賃金支払いを義務化していません。こうした手当は、使用者と被用者(労働者)の間の契約事項とされ、休暇について賃金を支払うかどうかは使用者次第です。そして、使用者(会社)ごとに有給休暇が定められているので、労働者の4人に1人は、そうした有給休暇や有給祝日をまったく与えられていません(2013年調査)。〔Newsweekニューズウィーク日本版2017年5月31日「アメリカ人も有給休暇を取りづらい 最新調査で明らかに」〕
 さらに、有給休暇があっても「消化しにくい」と考えているアメリカ人が多いこともわかりました(全米旅行協会・2017年調査)。その理由として、26%が休暇を取ると「仕事に献身的でないと思われそう」、23%が「自分の代わりがいると思われてしまう」、21%が「昇給や昇進のチャンスを逃すかも」と答えたということです。しかも、30代半ばの女性に、「罪悪感」を感じたり、「代わりがいると思われる」ことを恐れて休みを取ると仕事を失うかもしれないと思う人が多いことも明らかになりました。〔Newsweek・同上〕
 
 「労働法のない国」を目指す安倍政権
  アメリカは「世界で一番企業が自由な国」です。OECD諸国は共通して「解雇には正当な理由がいる」という法規制を定めていますが、アメリカだけは違います。アメリカでは、「使用者(企業)による解雇が自由で、労働者はいつ職を失うか分からない」のです。単純化して言えばアメリカは「労働法がない国」です。
  安倍首相は、日本を「企業が世界で一番自由に活動できる国にする」とし、それを妨げる「岩盤規制」を壊すと宣言しました。そして、派遣法「改悪」(2015年)に続き、「高プロ」制導入(2018年)を強行しました。さらに、「雇用によらない働き方」拡大の議論を進めています。これは、労働者を「名目だけの自営業者」ということにして、労働基準法や労働組合法の適用がされない状況で働かせることを狙うものです。まさに、日本を「労働法がない国」=アメリカの状況に大きく近づけようとするものです。
 
 国連・ILO・OECDと「休息の権利」
  これまで国連は「国際人権規約」で公正な労働条件保障を各国に求め、ILOは「ディーセントワーク(人間らしい労働)」実現を基本原則に掲げました。OECDは新自由主義拡大の結果、働く貧困層(ワーキングプア)が大きくなった弊害を深刻な問題と考え、社会的格差を縮小するために政労使の「社会的対話」を重視する「包摂経済(inclusive economy)」を目指しています。要約して言えば、企業優先ではなく労働尊重という考え方です。
  国連人権規約(社会権規約)第7条では、「公の休日についての報酬」を保障しています。ここで言う「公の休日」とは、日本では「国民の祝日・休日」などが該当すると思います。ところが、日本は、この「公の休日についての報酬」について「留保」しました。つまり、日本国内では、公の休日の有給化をしないということです。韓国では、官公署に勤務する者は有給とされ、民間では就業規則で有給・無給が選べますが、事務職ではほとんどが有給になっているとのことです。日本でも、公の休日を有給化すれば、10連休のかなりが有給化されることになり、賃金を失わない労働者が増えて「影」の部分を少なくできることになります。
  そして、年次有給休暇を、ILO条約の最低基準(3労働週)、さらには欧州並みの4労働週(28日)に高めることが必要です。そのためには、年休を消化できない様々な障壁をなくしていくことが必要です。年休取得について、労働者間でも正規雇用と非正規雇用、大企業と中小零細企業、男性と女性などの分断が広がっています。
 
 派遣労働者に不利な年休制度
  労働基準法の最低基準では、年次有給休暇日数は半年勤務で10日、勤務年数が増えるほど日数も増えて7年勤務で上限20日になります。これは定年まで同じ使用者の下で働く正社員を念頭に置いた制度です。しかし、使用者が短期間で変わる派遣労働者や有期雇用労働者の場合には、同じ使用者の下での勤続期間が短く上限に達しない場合が少なくありません。派遣労働者として20年間働いても、派遣会社(使用者)が変われば、年休日数はゼロにリセットされるのです。
  派遣労働の利用によって派遣先事業主は、正社員を雇用し続けて年休が行使されたときの人件費を節約することができることになりました。その差額(節約額)は派遣法施行33年間で膨大な金額に達しています。企業が得た膨大な「利益」は、労働者が本来の権利が行使できないことによる「不当利益」と言うしかありません。派遣労働者の場合には、派遣元事業主が変わっても勤務年数を通算するなど、特別な制度を作って労働者に一方的に不利な扱いを立法的に改めるべきです。しかし、安倍政権が言う「働き方改革」の中には、派遣労働者だけでなく、正社員の「労働移動促進」も構想されていますが、年休権保障のための勤務年数通算などの論点はまったく提起されていません。
 
 権利としての休息の保障
  働く者であれば、誰でも「休息」を権利として保障しなければなりません。それが「労働尊重」の当然の帰結です。非正規雇用形式であっても差別的な扱いは許されません。また、自営業形式の就業者であっても労働者と変わらない実態があれば、「労働尊重」の考え方に基づいて、労働法を適用ないし準用して休暇を権利として保障することが必要です。様々な分断や脱法行為をそのままにしていては「休暇を権利として確立すること」はできません。権利は英語では「right」ですが、この言葉には「正しい」という意味が含まれています。
  働く者であれば、誰であっても公正に保障される権利として長期休暇を享受(きょうじゅ)できるようにすることが必要です。権利として休暇を保障するためには、使用者や政府だけでなく、労働者同士でも相互の状況や問題点を共有し、相互に権利行使を尊重するという社会意識を形成することが必要だと思います。労働組合や市民団体、マスコミが積極的に議論を提起していくことが必要です。
 
【関連記事】
□東京新聞 10連休の影「日雇い労働者 仕事なく」「保育園 定員超過」
□大型連休中、非正規雇用労働者たちのために「大人食堂」開催
□Newsweekニューズウィーク日本版2017年5月31日「アメリカ人も有給休暇を取りづらい 最新調査で明らかに」
□連続エッセイ - 第6回 働き方改革法 年5日の年休時季指定義務化について
 

 

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (954)

  今日は、5月1日、「メーデー(May Day)」です。労働者が、権利を実現し、安定した人間らしい生活ができることを目指して制定された日です。

 このメーデーの起源については諸説あるようですが、その一つは、8時間労働制導入をめぐる闘いです。1886年5月4日、アメリカ・シカゴで起きたヘイマーケット事件(Haymarket affair)がその発端となりました。5月1日、労働者が8時間制導入を求めてストライキをしていたところを、3日、警察官が襲撃して労働者4名が射殺されました。それに抗議してヘイマート広場に集まった多くの労働者たちが大規模な抗議集会を開き、警察官と激しい衝突が起きたという事件です。1889年7月、「第2インターナショナル」の創立大会で、この8時間労働制を求める闘いを記憶して「メーデー」とすることが決定され、1890年に初めて世界各国で5月1日をメーデーとして記念する行事が行われたということです。
 メーデーの歴史は、このように8時間労働制導入の闘いが起源になったとされています。そうすると、現在の日本でこそメーデーを大切なものとして記念の取り組みをすべきだと思います。なぜなら、日本語の「過労死」が「Karoshi」として世界共通語になっているように、日本の職場の現実では長時間労働が蔓延し過労死・過労自死が深刻な社会問題になっているからです。
 130年前の1日8時間労働を求める運動が、現在の日本で大きく高まる必要があると言えます。EU諸国、とくにドイツやフランスでは、今では週40時間ではなく、週35時間労働が広がっています。2003年のEU労働時間指令では、残業や休日労働を含めて1週間の「最長労働時間」を48時間と定めました。そして、勤務と勤務の間に11時間の休息を置くという、いわゆる「インターバル」制を義務づけています。インターバル制度は、1日単位の時間規制をしていない点では問題がありますが、それでも逆算すれば、1日13時間労働が上限となっていると解釈することができます。
 これに対して、日本では「働き方改革」を言いながら、昨年成立した改正法では、1日単位の時間規制がないだけでなく、週単位から年単位に時間規制を緩めています。しかも過労死が認定される長時間労働すら容認すると誤解されるような残業上限規制しか定められていません。また、新商品研究開発、自動車運転、建設業、医師などではその規制さえされず適用を除外したり猶予しています。医師にいたっては、厚労省自身が通常の2倍もの残業を認める方向を示しています。
 むしろ、改正法には、労働時間の規制を大きく緩和する「高プロ」制が導入されてしまいました。さらに、財界の要望を受けて、政府は、裁量労働制の拡大や、労働法そのものを適用しない「『雇用によらない働き方』が広がっている」としてその制度化を狙った議論がされています。これでは長時間労働を解消するどころか、事実上、長時間労働を助長し、過労死を促進する方向に進むことが危惧されます。
 今年のメーデーでは、それまで労働時間よりも賃金引上げを主要課題としてきた労働組合も、「過労死を許さない」という声を挙げることになっているのが特徴です。ところが、TVニュースを見ていると、こうしたメーデーの様子は、ごく短くしか報道されていません。新天皇の即位にかかわる報道が前面に出て番組の多くが「令和(れいわ)」時代の到来を祝うという内容一色です。本来、5月1日は、働く人の権利実現と生活の向上のための「レイバー(labor)」の日です。「労働尊重」の理念や、労働者が人間らしく働き暮らせる労働時間短縮を求める運動の歴史を思い起こし、新たな時代にふさわしい取り組みを考える日だと思います。
 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (533)

 「働き方改革法」と年休関連の改正

  「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(以下、働き方改革法)が、2018年6月29日に成立し、それよって、労働基準法第39条が改正され、2019年4月1日から、労働者がもっている「年次有給休暇(以下、年休)」のうち、年5日を付与するために使用者に時季指定の義務が定められることになりました。
  ※この「時季」は、英語ではseasonです。「時期」よりも広い時間的範囲を意味しています。使用者の「時季変更」は、従業員から、一定時期に年休申請が集中するなどの事情があるときに、それを調整して時期をずらしてもらうという意味です。
 
 法改正では、労働基準法第39条第7項で、この時季指定義務が定められました。もし、使用者が時季指定義務に違反すれば、同法第120条で30万円以下の罰金(刑事罰)も予定されています。
  その内容は、主に次の5点です。
 (1)まず、対象となる労働者は、労基法上、年休が10日以上付与される労働者です。この中には、労働時間関係の規定が適用されない「管理監督者」も含まれます
 (2)次に、使用者は、労働者それぞれに対して年休を付与した日(基準日)から1年以内に、その年休のうち5日については取得時季を指定して年休を与えることが義務づけられます。
 (3)もし、ある労働者が自分で申請して年休を5日以上取得済みの場合には、使用者による時季指定は不要となります。
 (4)時季指定に当たって、使用者は、労働者の意見を聴取し、その意見を尊重するよう努めなければなりません。
 (5)また、使用者は、労働者ごとに年休管理簿を作成し、3年間保存することも義務づけられました。
  ※労基法では、年休は半年間勤務した労働者に最低10日付与され、1年半後には11日、2年半後には12日と、1日ずつ増えます。その後は、1年に2日ずつ増えて3年半で14日、4年半で16日、5年半で18日、6年半で20日と上限に達します。年休は、本来、1年間で使い切るのが制度の建前ですが、時効が2年ということで、1年だけ繰越すことができます。年休消化をしていない分が、もう1年だけ繰り越されますので、もし勤務4年半の労働者が、その1年にまったく年休消化をしなかったときは、次の5年半から1年間に(16+18=)34日の年休を取得できることになります。
 
 今回の改正は、労基法第39条による年休付与についての原則を大きく変えるものではありません。年休をほとんど請求しない労働者が申請をしなくても、使用者の方から取得時季を指定して、年5日の年休を付与することにしただけです。
  従来から、年休消化率が悪いので、消化率を上げるために、「過半数代表(労働組合)」との労使協定で、「計画的年休付与」の制度が定められていました。これは維持されますし、新制度の「年5日」から控除できます。つまり、計画的付与が3日であれば、使用者の年休時季指定は2日で良いということです。
  年に5日でさえ年休取得をしない労働者がいるという「異常」な状態が日本では少なくありません。そうした状況を前提にすれば一定の「前進」かも知れません。しかし、欧州諸国の状況と比べれば、余りにも貧弱な改善です。年休日数を大幅に増やしたわけではなく、「改革」と言うには面はゆい内容です。
 
「絶望的な休暇貧困大国」の日本
 
 厚生労働省によると日本の年休取得率は51.1%(2017年)です。つまり、「平成30年就労条件総合調査 結果の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/18/dl/gaikyou.pdf)によれば、2017年(又は2017会計年度)1年間に企業が付与した年次有給休暇日数(繰越日数を除く)は、労働者1人平均18.2日(前年18.2日)、そのうち労働者が取得した日数は9.3日(同9.0日)で、取得率は51.1%(同49.4%)となっています。
 企業規模別では、「1,000人以上」が58.4%、「300〜999人」が47.6%、「100〜299人」が47.6%、「30〜99人」が44.3%です。産業別では、「電気・ガス・熱供給・水道業」が72.9%と最も高く、「宿泊業、飲食サービス業」が32.5%と最も低くなっています。
  要するに、日本全体では折角の年休なのに、その半分しか取得できていないのです。世界的に見て格段に低い水準であり、こんな低い率の国は他にありません。森岡孝二さんは、「連続エッセイ - 第284回 日本は世界に冠たる絶望的な休暇貧困大国です」と書かれています。(http://hatarakikata.net/modules/morioka/details.php?bid=301
  以下は、世界の主要国の中で、日本が年休取得率では世界最低であることを示す図表です。ドイツなどでは、年休取得率は100%です。日本は、アジアの中でも取得率が格段に低く、長時間労働国の韓国よりも低くなっています。
 
自由時間を大切にするドイツの労働社会
 
 熊谷徹さんが、最近の著書(『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春新書、2019年2月)で、ドイツ人と年休の関係を紹介されています。私が、30年前にイタリアで経験した状況とも重なる内容で、日本と余りに状況が違うドイツ人の働き方や考え方がよく分かり、とても興味深く読みました。
  ※この本は、ドイツで29年間も暮らした筆者の体験に基づくもので、森岡孝二さんが連続エッセイ「第346回 書評 熊谷徹『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』http://hatarakikata.net/modules/morioka/details.php?bid=372 で紹介され好評であった「SB新書」の続編といえる内容です。多くの方に是非一度、読んでほしい本だと思います。
 
 熊谷さんは、ドイツでは「多くの労働者が給料より休暇日数アップを希望」していることを最近の事例を通して紹介されています。ドイツ産業別労組「IGメタル」は、金属、機械、電機メーカーなど226万人もの組合員を抱える最大の労働組合ですが、「2018年2月に経営者団体との交渉の結果、労働者の勤務時間を柔軟化する新しい賃金協定について合意を勝ち取った」ということです。
  その協定は、2019年から施行されていますが、柱は2つあり、「一つは、労働者が育児や介護などのために労働時間を減らしたいと思う場合には、2年間にわたって所定勤務時間を週35時間から28時間に減らすことができるルール」ということです。とくに、「労働者は2年間が過ぎると、労働時間を35時間に戻すことができる」ことになったということです。つまり、従来は、いったんフルタイムからパートタイムになると戻れなかったものが、戻れることにしたのです。
  協定の柱の2つ目は、「労働者が2019年から導入された年間追加給与(月給の27・5%)を受け取る代わりに、有給休暇の日数を8日間増やすことができる」ということです。幼い子どもの養育や、親の介護など、有給休暇を優先する事情があれば、それを選べるとのことです。
  熊谷さんは、「これもドイツ人がお金の奴隷になっていないことの表れ」と指摘されています。「お金も大事だが、自由時間はもっと重要だ」という人生観を持つ労働者が多いことを示している」のです。
 
年30日間の年休完全取得、年休を軸にまわる生活
長期休暇を取得することは当然の権利
 
  
 「私がこの国に29年住んで様々な企業を観察した結果から言うと、ドイツ企業では管理職を除く平社員は、30日間の有給休暇を100%消化するのが常識だ。有給休暇を全て取らないと、上司から『なぜ全部消化しないのだ』と問い質される会社もある。」
  ドイツでは、「長期休暇を取ることは労働者の当然の権利」という考え方が社会に根付いている。全員が交代で休みを取るので、罪悪感を抱いたり、「あいつは休んでばかりいる」と同僚を妬んだりする人はいない。
  「私もNHKで働いている時、欧州へ個人的に旅行するために1週間休暇を取る際には、他の同僚に対して申し訳ないという、後ろめたい気持ちがあった。今考えると、なぜそうした気持ちを抱くようになったのか、不思議だ。やはり学校での教育のせいだろうか。集団の調和を重視する日本の教育システムは、「他の人が額に汗して働いている時に自分だけが遊んでいてはいけない」という罪悪感を植え付ける。他の人が苦労している時に、自分も苦労することによって、集団との一体感と安心感を得る。」(同書92〜94頁)
  私は、30年前、イタリアのボローニャで1年間を過ごしました。イタリア経済は、当時世界第2位の日本とは比べ物にならず、ドイツに比べても格段に悪い状況でした。しかし、年休(バカンス)については、熊谷さんが紹介するドイツとほぼ同様な状況でした。バカンスは労働者だけではなく、商店主なども同様に取得します。夏になると、新聞を販売するキオスクや、薬局も地域ごとに順番で休んで市民に不便がないようにしていました。「生活がバカンスを中心に回っている」というだけでなく、市民・労働者がそれぞれのバカンスを取る権利を社会全体で尊重しあうという点ではドイツと同様だと思います。
  日本も、労働者や市民が、お金よりも時間を大切にし、長期休暇を権利として保障し合うという考え方を、社会全体としてもつことが必要だと思います。
 
ILO条約批准を目指す年休政策を
 
 熊谷さんは、年休を3週間まとめて取得するのが普通のドイツでは、最初の1週間は仕事のことが頭にあるが、2週間目になってようやく仕事のことを忘れてゆっくり休暇を楽しめるという話も紹介されています。
  その点で、1970年に採択されたILO条約第132号が、年休を「長期休暇」と位置づけ、週単位(労働週)で保障することを原則にしていることを改めて思い出すことが必要です。同条約は、労働者は1年勤務につき3労働週(5日制なら15日、6日制なら18日)の年次有給休暇の権利をもつとし、その分割は原則として許されず、少なくとも連続2労働週を分割することができないとしています。日本は、この条約を、現在も、批准していません。
  今回の「働き方改革法」を評価する人の中には、年休5日の時季指定義務が定められたことを挙げる人もいるようです。しかし、世界と比較したとき、日本の働く人々が置かれている状況は余りにも貧弱です。せめて50年前に採択されたILO条約を批准するという気概をもって、市民・労働者の休息と休暇の拡充を進める、真の「働き方改革」が必要だと思います。
 
【関連記事】
□トピックス - JILPT 過酷な「勤務医」の実態--4割が"週60時間以上"労働、半数が年休"3日以下" http://hatarakikata.net/modules/topics/details.php?bid=311
 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (388)
コンテンツ
サイドメニュー1
サイドメニュー2

> ご入会申込フォーム

> わかもの労働相談

訪問者記録
今日 : 725
昨日 : 726
今月 : 13214
総計 : 2665064

ページトップ