脇田滋の連続エッセイ - 第3回 最低賃金引上げと全国一律制導入に向けて

第3回 最低賃金引上げと全国一律制導入に向けて

2019/4/6 20:04

 「最低賃金シンポジウム」(4/4)に参加して

 
 2019年4月4日(木)午後6時から、東京・霞が関の弁護士会館で、日弁連(日本弁護士連合会)主催のシンポジウム「最低賃金引上げには何が必要か? 諸外国の調査結果を中心に 法制度と運用面の課題を探る」が開催されました。私もシンポジストの一人として議論に参加してきました。平日の夕方にもかかわらず、予想を超える90名近くの参加者があり、最低賃金問題に対する関心の高さを感じました。
 シンポジウムでは、まず、基調報告として、日弁連貧困問題対策本部から、国外(韓国とイギリス)と、国内(青森、鳥取)調査の概要が報告されました。韓国では、2018年と2019年の最低賃金が大幅に引き上げられ、大きな政治・社会的な焦点になっていることが指摘されました。〔※〕
 〔※〕詳しくは、中村和雄「日弁連貧困問題対策本部による韓国最賃問題の概要」と「調査訪問録」労働法律旬報1932号(2019年3月)43頁以下参照。
 続いて、パネルディスカッションが行われました。私と、新潟青年ユニオン代表の山崎武央さん、山口県地方最賃審公益委員を務められた弁護士松田ひろ子さんの3人が「パネリスト」として、それぞれ第1回目の発言をしました。
 私は、全国的な最賃引上げの必要性について、日本の最低賃金が低い理由、生活実態との乖離(かいり)、韓国の最賃引上げの背景と日本との比較などについて話しました。山崎さんは、情報公開を通じて全国の地方最賃審議会の議論状況を調べた結果を基に、松田さんは、公益委員の経験から、地方最賃審議会の議論や決定状況の実際について興味深い話をされました。とくに、現行制度の下で、「中賃目安」に基づき、都道府県別に設定されている「A〜Dランク」のもつ不合理性、現実との不適合さなどが異口同音に指摘されました。
 
「最低賃金が急激に上がった」と言われるが・・・
 
 最近、「平成」が終わりに近づいているということで、過去を振り返る様々な報道があります。最低賃金については、この30年間に金額が倍増したと言われています。大阪府の地方最賃(時間額)も、1989年(平成元年)「523円」から2018年(平成30年)「936円」と、約79%(413円)増加しています。しかし、「Aランク」とされる大阪でも、この最賃時給936円でフルタイム働いても、年収で200万円に達しません〔試算:936円×2000時間=187万2000円〕。単身者でも、この額で生活していくのは大変です。社会保険料などを考えると可処分所得は少なく、衣食住の費用、交通費など、生活に不可欠の最小限の費用を賄うことは難しいと言えます。
  シンポジウムでも何度か指摘されましたが、中澤秀一さん(静岡県立大学短期大学部・准教授)が実施した生計費調査では、「ふつうの暮らし」を過ごす若者について、最低生計費は、約23〜24万円という興味深い結果が示されています。〔※〕とくに、地域別最低賃金のランクに関係がなく、さいたま市と盛岡市の若者の比較でも同様な金額が算定されていることに注意する必要があります。〔※〕
〔※〕後藤道夫・中澤秀一・木下武男・今野晴貴、福祉国家構想研究会編『最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし』(大月書店、2018年10月)第1章参照。〕
 前記の大阪府の地方最賃時給936円で、「ふつうの暮らし」のために月24万円を稼ぐには、月256時間、年間3,076時間の労働時間が必要となります。これは、ほぼ月80時間残業の「過労死認定ライン」に相当する長時間労働です。こうした長時間労働で働けば、心身に異常が生ずるのは当然です。
 現政権は、最低賃金額が上がったことを「成果」として吹聴していますが、実際には、日本の最低賃金額は世界的にも余りにも低い水準であり、現実の必要とかけ離れているのです。それが、実際の生計費調査から明らかになったのです。前記の本が強調するように、最低賃金は時給1500円以上の水準でなければならないことは、ふつうの勤労者なら生活実感からも納得できると思います。
 
地域別に最賃額を設定する根拠が崩れている
 
 2018(平成30)年度の地方最賃は、最も低い鹿児島県が「761円」、最も高い東京が「985円」と、224円もの格差があり、この格差は、毎年、拡大傾向にあることが、基調報告でも指摘されました。
 しかし、前記生計費調査では、Aランクの都会とDランクの地方で、必要な生活費目によって違いはありますが、それほど大きな差がないことが明らかになりました。とくに、交通費などが地方では都会の2倍近くになり、生計を苦しくする要因になっています。公共交通機関が少なく、自動車の利用が避けられなかったり、都会地に移動する費用も地方の住民にとっては高くかかります。もちろん、都会では住宅費が高いという特徴がありますが、学生や若者では大学進学や就職のために、実家を離れて都会の下宿やアパートに住む例も少なくなく、故郷との移動に高額の費用がかります。
 国際的にみても、欧州や韓国など日本と類似の規模の国では、最低賃金は地域別にせず、全国一律制を採用しています。アメリカ、カナダ、中国など、広大な国では地域別の最賃を採用する例もあるようですが、韓国では国の規模が「一日生活圏」なので地域別最賃は不合理だという考え方が支配的です。
 韓国でも地方の経営者の中で、「低賃金地域」という「烙印」を押されてしまえば、優秀な労働者に敬遠されてしまい、深刻な労働力不足の時代には不利だと言う声が出ています。日本でも、主に地方選出の自民党議員の間から、同様な考え方で「最低賃金一元化推進議員連盟」が結成されたことが報じられています(毎日新聞2019年2月8日)。
 
欧州の最低賃金規制とかけ離れた日韓の状況
 
 欧州諸国は、労働組合と使用者団体の間での産業別全国協約が慣行化しています。そうした企業を超えた協約による賃金が、実際には「最低賃金」として機能してきました。その結果、企業の規模が違っても同じ仕事をしていれば、同じ賃金を受けることが当然とされています。労働組合は、使用者団体と団体交渉をして賃金引上げを獲得したとき、組合員だけに賃金協約を適用するのではなく、それをすべての労働者に拡張適用することが普通です。
 ILO・OECDが2018年に刊行した『変化する労働環境におけ信頼構築(Building Trust in a Changing World of Work)』という書物に掲載されている表をもとにした国際比較(図1)を見れば、多くの欧州諸国では、組合員を超えた多くの労働者に労働協約が拡張適用されているのが分かります。興味深いのは、フランスです。組合員は11%の組織率しかありませんが、組合が結んだ労働協約は、ほぼ全員といえる98%の労働者に拡張適用されているのです。北欧諸国やドイツでも類似の拡張適用がされています。こうした協約拡張適用によって全国一律の賃金が最低基準として設定されます。もちろん、業績が良い企業は、「賃金ドリフト(wage drift)」として協約賃金に上乗せすることが可能です。
 
 
 
 ところが、OECD諸国の中で、最低の数字を示すのが日本と韓国です。組合の組織率も低く、協約の拡張適用もほとんどありません。したがって、賃金は企業ごとに決定され、大企業ほど高く、中小、零細と規模によって大きな格差が見られることになります。また、大企業を頂点に、中小、零細と、系列や下請関係による企業同士の格差も、日韓に共通して深刻です。労働組合も、企業別組織で、中小・零細企業での組織率はきわめて低い点でも日韓は共通しています。
 ただ、韓国では、労働組合の中で、労働協約の拡張適用率を高めること、未組織労働者や非正規職を含む、すべての労働者を代表すること(「代表性」)が必要だという点で、欧州の労働組合をモデルにする注目すべき動向があります。企業別組織では、雇用の多様化、さらに外注化を進める経営側の雇用戦略に対抗できないという考えから、産業別組織への転換、さらには、産業別交渉・産業別協約の締結をめざす取り組みが重視されています。〔※〕
 〔※〕エッセイ第2回「元気を取り戻してきた韓国の労働組合」(03/30)参照。
 
日韓両国では中小・零細事業者への支援策が重要
 
 シンポジウム参加者が強い関心を持っておられたのは、最賃大幅引き上げによって直接に打撃を受けるのは中小・零細事業者であり、その対策にどのようなものがあるかでした。
 現在、日韓両国では、零細企業で働く労働者、あるいは、時給制で働く非正規雇用の労働者が、最低賃金水準の低賃金を受けていると言えます。韓国では、最低賃金の大幅引き上げに対して、小商工人層からの反発が強いこともあって、政府は、多くの中小商工人対策を提示しています。シンポジウムでは、〔表2〕のような韓国政府が進めている支援策を紹介しました。
 こうした対策は、欧州諸国と違って、企業間格差が大きい日韓両国にとっては、最低賃金引上げを進めるためにも重要な意味をもっていると思います。日本の実情に合わせた支援策を考えることが必要ですが、その際、韓国で進められている支援策は、日本でも大いに参考になると思います。
 
 
〔表2〕最低賃金引上げ関連の中小零細業者支援策〔韓国〕
 
  ・雇用安定資金
   2019年 30人未満の事業主に「雇用安定資金」として、
   〇5人未満 最大月15万ウォン
   〇10人未満 最大月13万ウォンを支給(社会保険加入が要件)
  ・トゥルヌリ事業〔政府による「社会保険料支援」(一般財源)〕
   社会保険料(雇用保険、国民年金)負担の大幅軽減
   最低賃金勤労者(月報酬額190万ウォン未満)が新規加入のとき
   〇5人未満事業所・新規加入(90%支援)
   〇10人未満事業所・新規加入(80%支援)
   〇新規加入でない既存支援者には40%を支援(〜3年上限)
  ・健康保険料負担の50%まで減額
   30人未満事業所、雇用安定資金支援対象、健康保険新規加入者が該当。
   雇用安定資金申請、健康保険職場加入申告
   →翌月から2018年12月分まで自動減免
  ・税額控除
   中小企業負担の社会保険料相当額に2年間50%税額控除。
   10人未満事業所、課税標準5億ウォン以下の中小企業、
   最低賃金の100〜120%を受ける社会保険新規加入者対象
 
 □その他、請負関係では、大企業(発注元)の賃金不払いなどの連帯責任
 ・最低賃金引上げに伴い大企業との契約条件の見直し
 ・建築関係での発注者の連帯責任強化の法改正
 

 

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