脇田滋の連続エッセイ - 第5回 働き方改革法「36協定」は「制度疲労」状態

第5回 働き方改革法「36協定」は「制度疲労」状態

2019/4/20 15:41

  2018年制定の「働き方改革法」で、1947年労働基準法(以下、労基法)制定以降、残業時間の上限規制が初めて定められることになりました。安倍首相は、これを素晴らしい「働き方改革」だとして「成果」を吹聴しています。本当に、そうなのでしょうか?

 
 今回法改正による「上限規制」について、私が重大な問題点と考えるのは、
 (1)「36協定」の枠組みを残したままの上限規制であること、
 (2)過労死認定水準の長時間労働を上限としたことの二点です。
 
国の責任を明確にした「本来の残業規制方法」
 
 長時間労働を是正するために労基法改正をするなら、労基法そのもので直接に残業時間上限を規定するのが最も分かりやすい方法です。
 例えば、EC労働時間指令をモデルに、労働基準法第36条を「使用者は、休日労働を含めて7日間で最長48時間を超えて労働者を働かせてはならない」と全面的に書き換えるというような方法です。
 (※)ECの労働時間指令(2003年)は、第6条(b)項で、「7日の期間ごとの平均労働時間が、時間外労働を含め、48時間を超えないこと」と定めています。
 
 これなら、きわめて分かりやすくなります。労働時間の上限を国の法律で明確に定めるわけですから、憲法第27条2項(※)にも適合しています。
 (※)日本国憲法第27条2項「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」
 
「36協定」を隠れ蓑にする姑息(こそく)な規制方法
 
 このように最長労働時間を法律で規定する明快な方法があるのに、1947年制定の労基法は、第36条で、世界にも例のない、きわめて分かりにくく複雑な手続きを定めました。
 簡単に言えば、使用者が事業場単位に、
 (1)「過半数労働組合」か、それがないときには「過半数労働者代表」と、書面の「労使協定」(いわゆる「36協定」)を締結し、
 (2)その協定を労働基準監督署へ「届け出」ることを要件として、
 その協定によって法定労働時間を超える時間外労働を労働者に命ずることができると定めたのです。
 
 これは国として責任をもって企業(使用者)に直接に義務を課す規制ではありません。逆に、「36協定」に上限設定を丸投げし、憲法が定める国の責任を事業場単位の「労使自治」に「転嫁」するという姑息(こそく)(※)な方法です。
 ※姑息(こそく)=本来は「間に合わせ」「その場だけの間に合わせること」の意味でしたが、近年、「ひきょうなさま、正々堂々と取り組まないさま」の意味で使われることが多いということです〔大辞泉より〕。本文では後者の意味で「姑息」を使っています。
 
 現実には、企業(使用者)が専制的に支配しやすい事業場単位で、自らの従業員だけで組織された(企業別)労働組合や、その組合がないときには個々の従業員の中から選んだ「代表」との「労使協定(36協定)」です。そんな協定が、企業(使用者)の意向に反するものにならないことは簡単に推測できます。
 
「36協定」を通じて広がった日本の長時間労働
 
 この「36協定」には、最初、法令だけでなく、行政の運用指針として上限設定がありませんでした。その結果、「青天井」と呼ばれる、世界でも異常な長時間残業が「36協定」を隠れ蓑にして広がりました。日本はOECD加盟国のなかでも、最悪の長時間労働国になってしまったのです。
 長時間労働の広がりに批判が高まる中で、政府は、残業時間の上限について、1982年6月、省令改正で、1週間15時間、4週間48時間、1ヵ月50時間という目安をしめしました。その後、1989年、1992年と省令改正が続き、1992年には、1ヵ月45時間から1年360時間と目安時間が短縮されました。そして、1998年の労基法改正に基づき、大臣告示で次のように月45時間、年360時間などの「目安時間」を示すことになりました。
 
 
 この「目安時間」でも、週48時間労働(週40時間制であれば、週8時間の残業)を上限と定めるEU諸国と比較すれば、決して十分なものではありません。しかし、「目安時間」は、1998年労基法改正以降でも約20年を経過しています。したがって、この「目安時間」の月45時間、年360時間などを残業時間の上限として法令の明文で規定することは、一般には「現実的」だと受け止められたと思います。労働側もそれほど強く反発することはなかったかもしれません。
 
目安時間ではなく、過労認定水準の長時間労働
 
 ところが、政府が示したのは、違反すれば刑事罰(懲役や罰金)の対象となる残業時間の上限を、〃100時間未満、2〜6ヵ月で月平均など80時間以内、G720時間以内を条件とするものでした(当初は、あいまいでしたが、その後、,鉢△砲蓮峙抛労働」含むことが確認されています)。
 これは、政府が示してきた「過労死認定水準」の長時間を、残業時間の上限とする改正案でした。こんなに長時間を上限として設定する非常識な国は他にありません。まさに、過労死水準まで働かせても構わないという「メッセージ」を経営者に与えかねない、信じがたい異常な規制案でした
 
 森岡孝二さんは、このような案について、「この『改革』で過労死はなくならない」〔世界2017年11月号153頁以下〕と厳しく批判されました。とくに、安倍政権が、財界人で構成された「産業競争力会議」などを発足させ、「世界で一番企業が活躍しやすい国」作りを表明したこと、過労死防止法成立直後に、労働時間規制見直しを打ち出したことを挙げ、安倍「働き改革」の危険な狙いを的確に指摘されたのです。
 
「36協定」方式を改めずに労使への責任転嫁
 
 上で述べたように、過労死を生む長時間労働を無くすためには、EC指令のように、法律の条文に、残業や休日労働を含む「最長労働時間」を具体的に明記することでした。それが、憲法第27条2項が求める国の責務だったと思います。
 ところが、政府は、今回の労基法改正で、この責務を回避して、事業場単位の労使に「36協定」を締結させ、長時間労働をめぐる法的責任を労使に転嫁するという、旧来の方式を改めなかったのです。
 
 たしかに、今回の法改正によって「国家規制の解除」という効果が生じるので、労基法の要件を満たした「適法」な手続きで「36協定」を結び長時間労働をさせたとしても、使用者は「国に対する責任」は負わなくて済むと言えるかもしれません。つまり、過労死が認定されるほどの長時間の残業をさせても、使用者は刑事罰に限って責任追及がされなくなると思われます。
 
協定締結した労働組合・労働者の責任
 
 しかし、長年の過労死裁判の結果、使用者(企業)の安全・健康配慮義務を認める裁判例が蓄積されてきました、こうした裁判例の中で、使用者(企業)が民事上の責任を負うという法理が確立しています。今回の法改正によって、使用者(企業)が、民事上の責任を免れるわけではありません。
 適法な手続きを経て[36協定」を結んだとしても、その要件内で長時間労働をさせた結果、労働者が、過労で生命を失ったり、心身を損ねることが増えると考えられます。そのとき、使用者(企業)が責任を追及されるだけでなく、当該「36協定」を締結した労使当事者である労働側の過半数代表(労働組合または労働者)も、安全・健康配慮義務違反に加担したとして共同責任を追及される可能性が生じることになります。
 
厚労省指針が労使の責務を強調
 
 政府(厚生労働省)も、協定締結労使当事者の責務を強調する指針を示しました。2018年9月7日に出された「厚生労働省告示第323号(労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長及び休日の労働について留意すべき事項等に関する指針」(以下、「指針」)です。
 
 同指針は、第2条で、「労使当事者の責務」として、36協定について、「労働時間の延長及び休日の労働は必要最小限にとどめられるべきであ」るとしています。また、「労働時間の延長は原則として同条第3項の限度時間(上の表)を超えないものとされていることから、使用者及び過半数労働組合、労働者の過半数代表者は、これらに十分留意した上で時間外・休日労働協定をするように努めなければならない」と、労使双方に「努力義務」を課しているのです。
 
延長限度時間の原則
 
 指針第2条が示すのは、「従来の目安上限が原則」ということと、「労働側当事者にも責任がある」という二点です。
 
 第一に、従来の「目安時間」が労働時間延長の「原則」とされていることです。
 今回の労基法改正で、第36条第3項で、延長労働時間は、「当該事業場の業務量、時間外労働の動向その他の事情を考慮して通常予見される時間外労働の範囲内において、限度時間を超えない時間に限る」とし、同条第4項は、前項の限度時間を1ヵ月について45時間及び1年について360時間(変形労働時間制のときは320時間)とすることを条文化しました。これは従来、大臣告示で示されていた内容を法律条文に格上げしたものです。
 指針が示すのは、36協定締結の労使当事者が、労基法第36条3、4項に「十分留意した上で」協定を結ぶ努力義務を強調していることです。要するに、余程の事情がなければ、従来の目安時間相当の「限度時間」を安易に逸脱することは許されないということです。
 
過半数代表労働組合・労働者の民事責任
 
 第二に、使用者だけでなく、労働者側にも義務を負わせていることです。しかも、労働者側には、労働組合だけではなく、労働者代表個人も含まれることです。これは、厚労省が、上で述べた被災労働者や家族からの民事上の責任追及を、協定締結の労働側当事者(労働組合または労働者)も受ける可能性があると考えて留意を求めているのだと思います。
 
 労働組合が過半数代表の場合には、限度時間を大きく超える「36協定」を結ぶことは考えにくいかも知れません。しかし、労働組合がなかったり、少数組合である事業場では、個人が過半数代表者になる可能性があります。そのような場合にこそ、限度時間を大きく超える長時間労働を容認する協定が結ばれる可能性が高いからです。
 
使用者の安全配慮義務を強調
 
 さらに、同指針第3条は、「使用者の責務」として、次のように規定しています。
 
 「使用者は、時間外・休日労働協定において定めた労働時間を延長して労働させ、及び休日において労働させることができる時間の範囲内で労働させた場合であっても、労働契約法第5条の規定に基づく安全配慮義務を負うことに留意しなければならない。」(第1項)
 (※)労働契約法第5条「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
 
 つまり、第3条は、適法に「36協定」を締結・届け出をし、その範囲内で労働者を時間外労働・休日労働をさせたとしても、使用者は、労働契約法が定める民事上の「安全配慮義務」から逃れることはできないことに留意するように求めているのです。
 国としては、「過労死認定水準」の長時間労働を上限とする「36協定」に基づいて労働者を働かせたときに刑事罰は加えないが、それで、労働契約法が定める「民事上の安全配慮義務」は免除されない。だから気をつけるようにということです。要するに、長時間労働をさせても「刑事責任は問わないが、民事責任からは逃れられないから注意せよ」と言うことです。
 
 さらに、指針第3条第2項は、過労死に関連して、次のように規定しています。
 
 使用者は、2001年12月12日の「過労死認定基準」(基発第1063号)で、
 。噂鬼崚たり40時間を超えて労働した時間が1ヵ月におおむね45時間を超えて長くなるほど、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が徐々に強まると評価できるとされていること、
 また、発症前1ヵ月間におおむね100時間又は発症前2ヵ月間から6ヵ月間までに1ヵ月当たりおおむね80時間を超える場合には業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いと評価できるとされていること
 に留意しなければならない。(第2項)
 
 これは、過労死認定水準の異常ともいえる長時間上限を36協定で定めて過重労働をさせた結果、労働者が脳・心臓疾患で倒れないように留意することを「使用者の責務」としているのです。
 
一貫しない矛盾だらけの国の姿勢
 
 この指針は、労働者を保護するために法律を整備する国の責任を果たさないどころか、それに反する長時間労働を上限とする「36協定」を「適法化」してきた国(政府・厚労省)が、使用者や労働側協定当事者には努力義務を求める点で、矛盾を含む一貫しない姿勢を示していると考えられます。
 とくに、この3月末、厚労省の「医師の働き方に関する検討会」が報告を出しました。その報告は、医師については「過労死認定基準」の2倍にあたる年1860時間(月155時間)という信じがたい長時間労働を容認しています。これも「36協定」を前提にして労使に責任を負わせる姑息な方法です。
 
制度疲労状態の「36協定」制度の見直しを
 
 「36協定」制度は、「運用されているうちに社会状況が変化し、制度の目的と実情がずれてしまい、うまく機能しなくなった状況」、つまり「制度疲労」に達している(大辞泉)と思います。むしろ、国として果たすべき責任を回避し、使用者や労働側当事者に責任転嫁する「隠れ蓑」の姑息な手段という面が大きくなっています。
 
 長時間労働やそれによる過労死をなくしていくためにも、「36協定」に代わる労働時間規制方法について社会的な議論(公論)をするべき時点だと思います。当面、「36協定」をめぐる沿革や実態を調べ、その様々な法的問題点を深く考えてみたいと思います。
 
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