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脇田滋の連続エッセイ - 脇田滋の連続エッセイカテゴリのエントリ

東リ偽装請負裁判で公正な判決を期待する

 カーペットや内装材の総合メーカーである「東リ」伊丹工場で働いてきた労働者たちが労働条件の改善を求め、労組を結成しました。

 24時間操業を3交代勤務で働き、年収300万円台前半という厳しい労働条件でした。会社の従業員ではなく、1999年頃から、請負業者(大阪市内)に雇われる形式で東リの工場に通い、長い人は18年も働いてきました。

 ところが、会社は、2017年、突然、請負ではなく、労働者派遣に切り替えることにし、面接を受けて派遣会社に移籍するように指示したのです。ところが、「全員移籍に向けて派遣会社の面談を受けた。直後に組合員16人のうち11人が組合を突然脱退。脱退者は全員、派遣会社に採用され、5人は不採用になった」のです(東京新聞2019年7月16日 http://hatarakikata.net/modules/hotnews/details.php?bid=900)。

 突然、雇用を失った5人が原告となり、会社(東リ)を相手に直接雇用を求める裁判を闘ってきました。会社が、長年間、利用してた「請負」は、派遣と実態が異ならない働かせ方で、違法な「偽装請負」に当たります。労働者派遣法40条の6は、こうした違法派遣の場合、派遣先会社(東リ)に直接に労働者に労働契約申し込む義務を定めています。裁判では、この規定に基づいて派遣先(東リ)が5人の労働者を直接雇用することが争点となっています。

 韓国では、偽装請負の不法派遣をめぐって、大法院〔=最高裁判所〕が、派遣法(派遣勤労者保護法)に基づいて、受入れ企業に対して直接雇用を命ずる判決を相次いで出してきました。ところが、日本では、派遣法に派遣先の直接雇用をめぐる明文の規定がなかった時に出された最高裁判決(パナソニックPDP事件)は、直接雇用を認めませんでした。しかし、2012年の法改正で、直接雇用を義務づける明文規定(労働者派遣法40条の6)が制定されました。ただ、それ以降、この規定の適用をめぐる判決はまだ出ていません。今回の東リ事件で、初めての裁判所の判断が出ることが大いに注目されているのです。

 来月(2020年3月)、判決が神戸地裁で下される予定です。判決を前に、支援する団体(東リの偽装請負を告発し直接雇用を求めるL.I.A労組を勝たせる会)のチラシができました。そのチラシに、私の意見が次のように短くまとめられています。


労働契約申込みみなし制度(労働者派遣法40条の6)

初の判決を労働法学者も注目!

脇田滋 龍谷大学名誉教授

・労働法令を守ることは企業が負う当然の責任

 労働法は、働く労働者を保護する法律です。憲法が定める労働権・労働条件(第27条)、団結権(第28条)に基づいて、弱い立場の労働者の保護を目的に、多くの労働法令や社会保障の法律が定められています。政府・自治体だけでなく民間企業も、「経営上、大きな負担となる」という理由で、労働法令を守らないことはできません。

・「偽装請負」利用というブラックな「脱法行為」

 法令が定める責任・負担を逃れる目的で、労働法を守らない労務対策が出てきました。その一つが「偽装請負」です。社員として雇用せず、「名ばかりの請負業者」に雇用させて、その従業員を受け入れて働かせる方式です。実際に指揮命令し、生産工程に組み込んで社員と同様に働かせる企業が、法令所定の使用者責任を負わない脱法行為です。解雇責任や均等待遇の義務も「偽装誘負」を利用すれば「所属企業が違う」という口実で企業が容易に責任逃れできてしまいます。

 日本の労働法は、第2次大戦後、「偽装請負」を厳しく禁止しました。労働基準法第6条は「中間搾取」を禁止し、職業安定法第44条は「偽装請負」自体を「労働者供給事業」という違法行為と定め、罰則をもって禁止したのです。

・例外としての「労働者派遣」と違法派遣への規制

 ただ、1985年労働者派遣法は、「許可」要件などを定めて「偽装請負」の一部に限って適法化しました。その後の法改正で対象業務が広がり、2004年からは製造業務も派遣対象業務になりました。しかし、あくまでも「派遣」は例外で、「無許可派遣」は許されません。また派遣法は、派遣先にも一定の使用者責任を定めました。そこで企業の中には派遣法も逃れるために「偽装請負」を利用する脱法行為が続いたのです。

 2000年代に入って「偽装請負」の弊害が大きく注目されました。08年「派遣切り」が問題なり、12年派遣法改正で、「偽装請負(違法派遣)」を利用した派遣先には、揮派遣労働者を直接雇用する義務が定められました(15年改正を経て、現在は「派遣法40条の6」の規定)。

・派遣法40条の6をめぐる初めての裁判

 偽装請負をめぐる先行事例(パナソニックPDP事件)は、派遣法40条の6の規定ができる前でした。09年の最高裁判決は新規定に基づく判断ではありません。東リ・偽装請負事件では、「偽装請負」で働かされていた労働者が、派遣法40条6に基づいて派遣先に直接雇用を求めています。40条の6という派遣法の新規定が争点となる最初の裁判です。

・「偽装」を許さず、実態に基づく判断を

 国際労働機関(ILO)は、すべての労働者の「人間らしい働き方(Decent Work)」を各国に求めていますが、契約形式を利用した「偽装的な労働関係」の撤廃を求めています。EU諸国や韓国の裁判所は、実態に基づいて判断して、実際に労働者を使う企業の使用者責任を重視しています。最近になって、日本でも「非正規雇用改革」が進められ、派遣先の雇用責任強化と均等待遇義務導入の法改正があったことは重要です。

 裁判所は、国内外の労働法の新動向を踏まえつつ、「就労の実態を重視する」労働法の趣旨に基づいて、公正な判断を下すことが求められています。


【関連情報】
・<参院選>労働者のための政治を 「偽装請負」の末、使い捨てられ 直接雇用求め会社を提訴(東京新聞 2019年7月16日 夕刊)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201907/CK2019071602000076.html
・東リの偽装請負と闘うL.I.A労働組合のブログ
http://liatoli.blogspot.com/
・東リ伊丹工場みなし雇用確認事件 ―― 19年間の「偽装請負」から派遣法で社員化を目指す5名の闘い――弁護士 村田 浩治
http://www.minpokyo.org/journal/2018/01/#post5686
 

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映画「パラサイト 半地下の家族」を見て「働き方」を考える(2) 家事労働者の労働人権保障をめざして

「パラサイト」の後半の重要人物=家事労働者

 映画「パラサイト 半地下の家族」の前半では、まともな仕事に就けず、半地下で暮らすキム一家の4人が、英語教師、絵画教師、運転手、家政婦として、IT企業COEのパク一家の豪邸に入り込むというストーリーが展開されます。そして、「桃アレルギー」があり、「2人分も食べる」という中年家政婦が登場します。パク一家以前の所有者であった建築家の頃から豪邸に住み込んでいたムングァンです。キム一家の「策略」で豪邸を追い出される気の毒な女性です。しかし、印象の薄い中年の元家政婦が、後半で、あっと驚く役割を果たすことになります。演ずるのは、ポン・ジュノ監督映画への出演が多く、演技力に定評のある女優イ・ジョンウンさんです。

 映画「パラサイト」で家政婦になったムングァンも、パクヨンギョ(キム一家の母)も中年女性でした。そして、ムングァンもパクヨンギョも、夫の失業や負債で家計を支えるために家政婦の仕事をすることになりました。日本では、市原悦子さん主演のドラマ「家政婦は見た!」で注目されましたが、身分的と言えるほどの貧富の格差が問題になっていたわけではありません。しかし、韓流ドラマで頻繁に描かれる「家政婦」は、富裕層家庭の豪邸で働く貧困層家庭の中年女性です。*
*家政婦の料金について、日本では日給、時給など就業時間を基にした算定がほとんどです。これに対して、韓国の場合、就業時間に加えて就業先の「坪数」(家の大きさ)が算定の要素に含まれているのが注目されます。

1 中年女性の「社会進出」が目立つ韓国

 韓国統計庁によれば、50代以上の女性が無業(=専業主婦)にとどまらず、何らかの仕事をして収入を得る率(経済活動参加率)が増え続けています。2009年では50代以上女性で40.4%でしたが、2018年は45.4%まで大きく増加しました。中年女性の社会進出率が伸びたこと自体は肯定的に見ることができると思います。しかし、韓国社会の現状を見れば、肯定的な面ばかりではありません。中年女性が仕事を探す理由の第一は、生活が苦しく、何とかして収入を得て家計を補助することが目的だからです。韓国では90年代以降、子どもの大学進学率が高まり、就職や自立が遅くなりました。教育への公的支援がなく、個々の家庭で子育てに多くのお金がかかることになって親の負担が重くなったのです。日本も1980年代以降、類似の状況が強まりました。しかし、韓国は日本に比べてきわめて短期間に大きな状況変化がありました。高度経済成長時期に、ある程度労働者への富の配分があった日本に比べて、韓国では配分が不十分なまま、90年代末に経済危機が生じ、労働者家庭に負担が直撃することになった点が違っています。

 その結果、一般の労働者・市民の家庭でも借金(負債)が増え、映画にも出てきたように借金を返せず、「信用不良者」になる人も多く出ることになりました。2012年の世帯当り家計負債は5450万ウォンでしたが、2018年には7531万ウォンになりました。約6年間で38.2%も上昇したことになります。その結果、2018年の借金は世帯当り平均で1億1818万ウォン(日本円で約1100万円)にも達しています〔国民日報2019年8月20日〕。そして、女性は専業主婦となって家事や育児を担当するのが、韓国社会では常識となっていましたが、多くの男性(夫)が失業や半失業(非正規職など不安定な仕事、零細自営業など)状態になる中で、家庭が負う借金返済に追われて、中年女性も家計補助目的の就業に必死にならざるを得なかったのです。

2 中年女性に多い「非公式労働」

 しかし、高等教育や職業訓練の機会が少なかった中年女性たちの仕事はきわめて限られていました。韓国に行くと、小さな食堂が多いことに気がつきますが、そうした食堂の調理や給仕の仕事は中年女性が数多く働いています。また、会社や官公庁では清掃の仕事は「用役」と呼ばれる人的労働の下請形態で中年女性が働いています。これらは、いずれも不安定・低劣労働条件の仕事で、用役は「間接雇用」と呼ばれる劣悪労働の一種です。*
*「用役」は請負の中で「人的サービスの提供」を請負形式で提供する「間接雇用」です。こうした単純労働力提供の請負は、韓国では「適法請負」と考えられてきました。しかし、労働者の権利を制約する「間接雇用」形態の弊害が問題となり、労働組合や市民団体(非正規労働センターなど)は、これを「非正規職」の一種に分類しています。朴元淳・ソウル市長が正規職に転換した非正規職の3分の2(約6000人)は、ほとんどが中年女性であった用役会社に属する清掃労働者でした。

 低賃金で厳しい仕事が多い中で「比較的にましと言える」仕事が、中流以上の個人家庭で働く家事や育児の仕事です。かつては「家政婦」または「乳母」、最近では「家事コンパニオン」や「マネージャー」などと呼ばれ、住込みや通いで働く仕事です。儒教思想が強かった朝鮮半島では、身分制の下での主人と召使い(下女)といった働き方があり、日本の植民地支配時代だけでなく、戦後になっても、きわめて古い感覚の働かせ方が残っていました。女性の地位向上を目指す運動を反映して「家事労働者」と呼ばれています。

3 家事労働者の法的地位

 (1)家事使用人を適用除外する日韓両国の労働法

 韓国で初めて勤労基準法(=日本の労働基準法に相当する法律)が制定された1953年当時、女性の地位は低いままでした。とくに、家事と育児は「労働」とは考えない意識が社会的に根強くあったのです。そうした社会意識を反映して、勤労基準法第11条1項は但書で「同居する親族だけを使う事業若しくは事業場及び家事使用人には適用しない」という文言を加えました。*
*この適用除外は、1947年制定の日本の労働基準法(第116条2項「◆,海遼[Г蓮同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない。」)の規定に倣(なら)ったものと考えられます。

 その結果、家事使用人は、労働者と扱われず、法的保護がない働かせ方として法の世界から排除されたのです。韓国では66年の歳月が流れた現在でも、この条項は依然として有効です。*
*労基法施行72年経過した現在の日本も家事使用人への適用除外は変わっておらず、その点では韓国と同様です。

 (2)「非公式部門の労働」として広がる家事労働

 家事使用人に含まれる「家政婦」は、知人や縁故によって紹介され、個別の家庭と契約を結んで働きます。ただ、日本と同様に、地域と町内を中心に小規模で運営され民間職業紹介所が契約を斡旋(あっせん)する仲介者として登場します。しかし、家政婦は勤労基準法だけでなく、他の労働関係法による労働者としての保護がなかったので労働法の世界から排除された「非公式」の就労形態になったのです。

 勤労基準法制定の頃は、家族の一員のように家事業務提供と住込み(宿泊)が交換されるといった関係でしたが、その後、家事労働が社会化・市場化する状況が広がりました。家事労働は、清掃・洗濯・料理などを遂行する「家事コンパニオン」と、育児と産後料理などの業務を遂行する「育児ヘルパー」等に大きく分かれ、通いの形態が増えることになりました。法適用が明確でない非公式的就労であるために正確な規模の把握は難しい状況です*
*雇用労働部は、2017年に家事労働者数を25万人内外という推算を発表したことがあります。

 いずれにしても、家事使用人には、勤労基準法が定める諸規定、例えば、休憩・休日の保障や年次休暇・退職金なども受けることができず、また、勤労基準法上の労働者でないという理由で雇用保険・産災保険(=日本の労災保険に相当)もやはり適用されることができません。*
*実際、20年近く家事労働者として働いてきたクォンさん(63)は、インタビューに応えて、呼び名が「(家事)マネージャー」と洗練された名前に変わり、「真空清掃機や食器洗浄器を使って良いという家もあり、子どもをあまり産まないので仕事もそんなに多くなく楽になった」が、問題は「報酬が低いこと」、仲介者にピンハネされる「手数料が多いこと」、「お客さんからのパワハラ」、「情報を得るのが難しいこと」などの不満を述べています〔2019年6月22日京郷新聞〕。

4 家事特別法制定の議論

(1)市民団体、女性労組などの取り組み

 こうした家事使用人の劣悪な状況を改善するために、女性団体・市民団体が様々な取り組みを始めます。労働組合は韓国労総だけでなく、民主労総も製造業部門の男性正規職が中心で、女性が多い、サービス業非正規職の問題にはほとんど取り組めませんでした。

 そうした中で「韓国女性労働者会」の援助を受けて「全国女性労組」が結成され、女性労働者、さらに非正規職や家事労働者の問題も取り上げるようになります。さらに、「全国家庭管理士協会」、「全国家事労働者協会」等の団体も結成されることになりました。こうした諸団体は家事労働者のための職業訓練、職業資格確立とともに、労働者として尊重され法的に保護されることを目指すことになります。そして、勤労基準法の「家事使用人適用除外」規定を廃止し、労働者としての法的保護を要求することになったのです。

 この過程で韓国では、家事労働者の人権、良質の就業の実現を目的に、非営利団体(「韓国YWCA連合会」や「ウロンガクシ」)が家事サービス市場に進入したことが注目されます。また、この二団体は、教育、会員管理システムなどを整備して協同組合の形態で運営し、家事サービス分野をより専門化して一つの職業群と認められるように努力したのです。

(2)ILO家事労働者条約(189号)と家事労働者保護法

 世界的には、このような家事労働者の保護が問題となり、2011年、国際労働機構(ILO)は、家事労働者の労働者性認定と、雇用上権利を保障することを求めて「家事労働者のための良質の就業協約」(189号)を採択しました。そして、多くの国で、同条約批准が国内法の整備とともに課題となったのです。韓国でも、この条約批准をめぐる取り組みが行われました。
 関係団体からの訴えに対して「国家人権委員会」は、2016年、非公式部門家事労働者の労働権と社会保障権を保護するための勧告を採択し、雇用労働部長官と国会議長に、家事労働者が一般労働者と同等に労働条件を保護され、労働三権と社会保障権を保証されるように、勤労基準法改正など、家事労働者関連の法律を制定する立法的措置を勧告したのです。
 こうした国内外の動きを受けて、韓国国会には、家事労働者の労働者性を認めることを含む、特別法として、家事労働者保護の法律案が提案されました。19代国会で一部議員が発議したのに続き、現在の20代国会では、政府(2017年12月)と徐炯洙・共に民主党議員(2017年6月)、李貞味・正義党議員(2017年9月)が家事特別法制定案を発議しました。法案の名前・内容で一部に違いがありますが、「家事サービス提供機関」が家事労働者との間で勤労契約(労働契約)を結んで使用者責任を負担するという基本的な規制内容は共通しています。しかし、成立させるべき法案という位置づけが政府や議員の認識度が低く、20代国会でも任期切れで廃案となるのが予想されています。

〔写真〕韓国女性労働者会と全国家庭管理士協会会員たちが、
2018年11月13日国会の前で「労働者性認める家事労働者法制定要求」しています。

5 家事労働をめぐる新局面

 (1)家事労働を対象とする営利的プラットフォーム

しかし、2015年から、家事労働市場に地殻変動が起きました。
 共有経済〔シェア経済〕を基盤としたプラットホーム労働の一環として、家事労働を対象にした「ホームクリーニングO2O(Online to Offline)」企業が次々に生まれ始めたのです。これは、スマホのアプリなどを通してプラットフォームを通じて、家事労働者を個々の家庭などに紹介する民間事業で、外国の影響も受けて韓国でも導入されることになったのです。「清掃研究所(カカオ)」、「微笑(アメリカ最大ベンチャー投資社ワイコムビネイト)」、「代理主婦(インターパーク投資)」等がその代表例です。
 これらの大多数は「創業企業」で、IT技術者や経営専門家たちが少数で起業し、アプリをベースに需要者(家庭など)と供給者(家事コンパニオン)をマッチングさせる方式ということで加入者規模を大きくした後、大資本から投資を受けるという営利優先の事業拡大です。こうした方式が、現在、家事労働市場の中で占有率が10%を超え、ソウル近辺を中心に急速に拡大する傾向です。*
*2019年6月24日 Eroun_net記事(http://www.eroun.net/news/articleView.html?idxno=6166

 

 こうしたプラットフォームの家事労働市場への参入は、市民・女性団体や全国女性労組など、立法要求など、家事労働者の地位改善を求める動きにとっては、むしろ新たな混乱をもたらす要素となっているのです。とくに、こうしたプラットフォーム方式を前提に、「新自由主義的規制緩和論」に基づいて、1兆ウォンに達するという「家事労働市場規模拡大」論が登場しています。

 そうした流れの中で、「代理主婦」を運営する企業「ホームストーリー生活」が、家事コンパニオン1000人を直接雇用する案を提起し、2019年、文在寅政府下で「規制サンドボックス」(=日本の「国家戦略特区」に類似する規制緩和の特例方式)を通過しました。通常、プラットホーム業者は仲介するだけの立場で、家事コンパニオンを直接雇用するというのは異例ですが、勤労基準法を全面適用するのではなく、休日、休暇などの規定は除外するという大幅に緩和された形での法適用という「特例」です。推進者や政府側は、従来の勤労基準法をまったく適用しない状態よりは「改善」であるという立場ですが、市民団体や労働界からは強い反発の声が上がっています。*
*ユン・エリム「『革新』という仮面で搾取免許を受けたプラットフォーム企業」(2019.12.12毎日労働ニュース)http://m.labortoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=161979

(2)運動の中で提起される「協同組合型プラットフォーラム」

 しかし、韓国の労働界や市民団体は、こうした企業やそれに追随する政府の動きを黙って見過ごすことはありません。営利的プラットフォームに対抗して、従来の家事労働者の権利保障運動の延長線上で、「協同組合型プラットフォーム」という対案を示して、これを世論化し、さらに自治体や政府に対して攻勢的な働きかけをしているのです。「ろうそく革命」で腐敗した政権を打倒した韓国市民の底力を感じさせる、前向きな取り組みです。

 その先頭に立つのが、韓国家事労働者協会を導いて家事労働者の人権と就業創出活動を進めてきたチェ・ヨンミ さんです。ライフメディ・ケアという協同組合の代表として、家事労働について従来の運営方式を基に、「ウロンガクシ」という独自アプリを開発して、自らプラットフォームを運営することになったということです。*
* 2011年、失業・半失業時の生活保障をテーマに訪韓調査した際、「全国失業団体連帯」の事務局長をされていたチェ・ヨンミさんに会い、当時、取り組んでおられた中年女性の就業を目的とした「ウロンガクシ」活動の話を聞きました。「ウロンガクシ」は、「全国家事労働者協会」の家事サービス代行事業の名称として使われていました。
 なお、「ウロンガクシ」は、韓国では誰もが知っている民話「タニシ姫」のことです。農家の若い独身男が田んぼで「嫁が来てくれない」と呟いていると「私と一緒に住みましょう」という声を聞きます。そこにはタニシがいるだけでした。そのタニシを家に持ち帰って水がめに入れておきました。次の日、仕事から帰ると、きれいな若い娘になっていて食事準備など家事がきちんとされていました。タニシは竜宮城のお姫様だったのです。

チェ・ヨンミさんは、何故、協同組合型のプラットフォームを起ち上げたのか次のように述べています。
 「国内の家事サービス市場は、政府も手を付けられないほど劣悪な領域です。家事労働者を、家事コンパニオン、ベビーシッター、産後コンパニオンなど3業種に分離して専門化したのはわずか6〜7年前です。
家事サービス市場が大きくなって就業は増えていますが、働く人々の法的な保護はありません。長く働いても給与が余り増えないのです。その結果、中国同胞〔=中国の朝鮮族〕や、多文化〔=外国人〕女性たちがその職場を埋めているのです。
 私たちは長い間、家事労働者の劣悪な環境を変えるために制度改善を進めてきました。新しいモデルを作ってきました。また、働く人々が消耗性労働でなく、教育を通じて職業人として自負心を持てるように努力してきました。ところが、プラットホーム企業の登場が市場をかく乱させています。技術を独占した少数資本に利潤が流れて行っています。競争が激しくなるほど、労働条件はより一層悪化して不安になります。」
 そして、チェ・ヨンミさんも、当初、プラットフォームについて「アプリを使った気楽な方式」くらいに思っていたそうですが、その広がりを見て「協同組合方式」で対抗することに踏み切ったのです。
 「プラットホーム協同組合は、簡単に言えば、プラットホームを協同組合方式で運営することです。協同組合が持つ長所である、働く人々の参加と水平的な構造などで運営されますが、労働条件の劣悪さを防止することができます。」
 「「しかし、プラットホーム企業を標榜した企業らの多数が、消費者の便利性を強調するだけで劣悪な家事労働者の人権と労働の質改善に対して無関心です」
 「また、このような協同組合モデルが市場に拡大すれば、新しく形成される市場の独占や弊害を防いで、健全な方式で市場が形成されるように誘導することができます。」
 「ケア労働が女性なら誰でもできるつまらない仕事でなく、適性に相応しい教育訓練が必要な専門的労働であり、社会と家庭の維持に必ず必要な労働として尊重されなければならないという考え」に基づいて、「社会的意識を変化させるためにプラットホーム協同組合方式が一定の役割を果たす」という期待を述べています」。

*20190624erounnet「家事サービス劣悪な労働問題、プラットホーム協同組合で解決する」 http://www.eroun.net/news/articleView.html?idxno=6166

6 むすび 日本の「家事支援サービス」営利市場化との関連で

 日本でも、家事支援サービス(あるいは、家事代行サービス)の市場化の動きが強まっています。*

*「特集 家事支援サービスの基礎知識」『国民生活』62号(2017年12月)http://www.kokusen.go.jp/pdf_dl/wko/wko-201712.pdf


*武田佳奈「家事支援サービスの利用動向ーサービス普及への課題を探るー」同上

 また、介護保険に関連して、関連サービスについては、保険外サービスの活用を、経済産業省が主導して、ガイドブックを作っています。


*厚生労働省・農林水産省・経済産業省『地域包括ケアシステム構築に向けた公的介護保険外サービスの参考事例集 保険外サービス活用ガイドブック』(2016年3月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000119256.html

 このように、安倍政権の下では、経済産業省主導で営利市場拡大の一環としてケア・サービスの市場化が進められていると言えます。ただ、これは利益優先の営利事業なので要注意です。そこでは、市場競争の中で消費者(利用者)の便利性が前面に出て、働く従事者の地位・待遇や労働人権の保障という視点がきわめて弱くなっています。経済産業省は、政府の中でも「雇用によらない働き方」の拡大を主導的に進めています。家事支援サービスも、労働法や社会保険法の適用を前提にせず、法的保護のない「雇用によらない働き方」にされる危険性が大きいと思われます。これは、韓国で問題となってきた「非公式労働」と呼ぶ弊害の多い働かせ方に当たると言えます。

 韓国と日本は、_隼労働を女性に押し付けてきたこと、共働き世帯増加など家族のあり方が変化する中で、家事労働の社会化が進んでいること、プラットフォームを通じたケア・サービスの営利産業化・市場化が進んでいることなど、多くの共通点があります。

 しかし、韓国では、協同組合だけでなく社会的企業などの非営利事業を支援する法制度も整備されており、ソウル市や京畿道(ソウル市隣接市町村の上部自治体)は非営利の社会的事業を支援しています。障害者や女性など弱い立場の働く人の労働人権を保障するための非営利組織に、国や自治体の財政的支援があることにも注目する必要があると思います。*
*朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長自身、市長当選以前は、全国各地に障害のある人たちを雇用する社会的企業=「美しい店」の代表としても有名でした。チェ・ヨンミさんたちのライフメディ・ケアも、京畿道財政的支援を受けているとのことです。

2019.12.02ハンギョレ研究院_プラットホームの「ひき臼」に社会的経済の「気孔」を
http://heri.kr/bettersociety/969343

 

 本来、「家事支援サービス」も、公的責任による非営利の福祉制度として行われるべきだと思います。共働きが当然の社会では、介護・保育などのケアサービスは公的に行われ、北欧諸国では公務員が担当しています。日本も以前は公的福祉サービスとして自治体が公的責任主体となっていました。従事者は「措置制度」の下で公務員または「準公務員」という待遇でした。それが介護保険制度導入をきっかけに変質して、公的責任が後退する一方、労働者の地位や待遇はきわめて低劣な労働条件に置かれ、人材を確保することが困難になっています。しかし、現在の動向は、「家事支援サービス」を介護保険に含めるのではなく、そこからも排除して市場化しようというものです。

 韓国は、公的福祉制度の整備が遅れ、介護保険も日本をモデルに遅れて作られました。その点では日本が先行していたのですが、家事労働者の地位や権利実現のために取り組む運動は、韓国の方が日本よりも先を進んできたと思います。そこでは、家事労働者の労働者性認定を求める主張、ILO家事労働条約批准の論議、非営利の協同組合型プラットフォームなど、日本には見られない注目すべき先進的な動きが見られます。

 映画「パラサイト」の中で、後半の「サブ主役」の一人として登場する家政婦ムングァン*を見ながら、日本とは違って大きな社会的イッシュー(論議)になっている韓国の家事労働者問題について考えることになりました。
*ムングァンと夫クンセは、映画「パラサイト」の予告編やポスターには登場していません。「サブ主役」とも言える重要な役ということが分からないようにという「配慮」でした。そして、観客動員が700万人を超えて初めてインタビューに出るようになったということです。
 

 

 

 

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 映画「パラサイト 半地下の家族」を見て「働き方」を考える(1) 勤労標準契約書

 ポン・ジュノ監督の最新作映画『パラサイト 半地下の家族』

 今年(2020年)1月に日本でも上映されることになった、映画『パラサイト 半地下の家族』を見ました。平日午後でしたが、予約客が多くて希望した席を確保することが難しいほどでした。「10分前に入場できる」という係員の説明でしたが、既に客席は一杯で何とか列の中央の席に辿り着きました。2019年のカンヌ国際映画祭で最高賞「パルムドール」を獲得した映画ということもあるのか、ほぼ満席でした。女性や年配の人が目立ちましたが、休日には家族連れも多く鑑賞するだろうと思いました。この映画は、2019年封切りで、韓国だけで観客動員1000万人を超え、韓国映画で初めて「パルムドール」を獲得しました。2020年になっても、多くの部門でアカデミー賞受賞候補になっていること、アメリカHBOがテレビ・ドラマにする企画を示したことなど、今でも多くの話題を集め続けています。*
〔注*〕映画『パラサイト 半地下の家族』公式HP(http://www.parasite-mv.jp/

 この映画を作ったポン・ジュノ監督は、今では韓国を代表する監督の一人です。これまで見た「殺人の追憶」(2003年)、「グエムル 漢江の怪物」(2006年)、「母なる証明」(2009年)、「スノーピアサー」(2013年)など、どれも期待に違わない、強い印象を残す映画を作り続けてきました。「グエムル 漢江の怪物」は、単なる怪獣映画ではなく、米軍基地から漢江に流れ込んだ毒物で突然変異した怪物が、経済的社会的理由で漢江へ投身する自殺者を食べて巨大化するという設定の映画で、そこには鋭い社会批判の視点をもつ問題作でした。当時、社会的格差が問題になっていた日本でも上映されましたが、韓国で話題になった程には、この映画の持つ鋭い視点が理解されなかったと思います。

 社会的格差を背景にしたブラック・スリラー

 今回の『パラサイト 半地下の家族』も、韓国で広がる社会的格差を背景にした「ブラック・スリラー」です。家族4人皆が「無業者」*で、まともな仕事に就けず、劣悪な半地下家屋で暮らす主人公キム・ギウ青年が、豪邸に住むIT企業CEOパク氏の家庭教師になることから始まります。最下層のキム一家と富裕層パク一家という家族の対比、住居の対比を背景に家具や調度、台詞の細部にまで気配りされた映像に引き付けられます。ギウ青年の父親役のソン・ガンホなど出演者たちの演技も素晴らしく、そのまま、あっと驚く終盤の急展開まで2時間を超える131分という長さをまったく感じさせない映画でした。
〔注*〕韓国語では、백수(白手)という表現が使われます。元来は「手ぶら」を意味していますが、백수건달(白手乾達)の略語として、「一文無しでぶらぶらして遊んで食べるごろつき」「文無しののらくら」の意味で使われます。私の韓国語能力では台詞の面白さを十分に理解できないのが残念です。ソウルの映画館で字幕なしで見た「母なる証明」(2009年)でも、方言を含む台詞に観客が強く反応しているのが理解できず、もどかしい思いをしました。

 この映画の原題(韓国語)は「기생충(寄生虫)」です。「パラサイト」は英語題名(parasite)をそのままカタカナにしたもので、韓国語や英語の題名にはない「半地下の家族」は、日本上映にあたって追加されたものです。原題の「寄生虫」には、「貧困層が富裕層に寄生する」というニュアンスがあるとして一部からは違和感が示されています。日本でも「寄生虫」という原題をそのまま直訳することが観客に抵抗感を抱かせることから回避されたのだと思います。

 しかし、韓国メディアでは、この映画は「貧富格差による階層間の葛藤が基本枠組みである。映画は、富む者益々富を作り、貧しき者益々貧しくなる韓国社会を対象にしている」ことが注目されています。京郷新聞は、社会葛藤認識調査(韓国保健社会研究院 2019年6月)によれば「国民の85%は『韓国の所得格差がとても大きい』と考えていることが明らかになった。また、80%は、『人生で成功するのに裕福な家庭が重要だ』と思っている。深刻な貧富格差と不平等は映画の中の話でなく目の前の現実だ」とし、「金持ちと貧しい人々は導線が重ならないので、お互いの臭いを嗅ぐ機会がない」というポン・ジュノ監督の話しを紹介して、映画の中で重要な意味が与えられている「臭い」について興味深い指摘をしています。*
〔注*〕京郷新聞2019年6月2日「<寄生虫>と貧富格差」(ジョ・ウンジョン論説委員)(http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/898967.html#csidx0134cb50e452659b1a725f044ec356f

 また、日韓比較を研究テーマとする社会学者ジョ・ヒョングン教授(翰林日本学研究所)は、韓国映画「寄生虫」と日本映画「ある家族」(=是枝裕和監督の「万引き家族」の韓国での題名)が、どちらも「パルム・ドール」受賞をしたというだけでなく、この二つの映画はどちらも、「二極化がもたらした没落状況が悲劇的なエンディングを迎える構造がある。主人公の家族が示す道徳規範を無視する態度も共通なので、観客は彼らに簡単に同一視することは難しい。簡単な没入というより、考えさせる映画だ」と的確な指摘をされています。*
〔注*〕ハンギョレ2019年6月23日[世界を読む]寄生虫とある家族、その不気味な類似性(http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/898967.html#csidx0134cb50e452659b1a725f044ec356f

 「働き方」という視点からも注目される映画

 この映画『パラサイト 半地下の家族』は、「働き方」という視点からも注目すべきいくつかの点があります。一つは、社会的格差を背景に、人間らしくない働き方として、家政婦やお抱え運転手など、富裕な家庭で働く「家事労働者」の働き方の問題です。これについては、次のエッセイで取り上げる積りです。もう一つは、映画製作をめぐる「働き方」改善という点でも注目を集めていることです。つまり、この映画は、映画自体の内容や質という点では国際的にも評価されていますが、その結果だけでなく、映画製作過程での「働き方」という点で韓国国内で高く評価されているのです。以下、韓国での映画製作過程での働き方の改善状況について簡単に調べみました。

 映画製作の過酷な労働環境

 韓国映画は90年代後半から急成長しますが、その撮影現場はブラック労働環境の典型だと言われていました。

 (1)スタッフが「幽霊」のようになる徹夜連続の長時間労働

 まず、長時間労働です。セットで撮影するとき、セットに一度入ると何日間も徹夜での撮影が続きます。3日間(74時間連続)の撮影もよくあって、「映画関係者なら情熱一つで耐えるのが当然」といった雰囲気があったようです。
こうした長時間労働が続いたときの様子を、アン・ビョンホ全国映画産業労働組合・委員長は次のように表現しています。


「24時間、40時間が越えれば、人が幽霊のようになる。隈っこで寝ていて必要な瞬間に起きて仕事をする。つまり体と魂が別々になっているように「ふわっと」浮いている状態で仕事をすることになる。当然、事故の危険も高まる。照明を設置したスタッフがセットの上でうっかり寝てしまって墜落することなど一度や二度ではなかった。何より居眠り運転による事故が多かった」
こうした長時間労働になる理由の一つは、監督が多過ぎる分量の撮影を明確な計画を立てずに「どんぶり勘定式」に進めることが多かった」からと言うことです。*
〔注*〕民衆の声2019年6月2日「『寄生虫』ポン・ジュノも変わった撮影現場の受恵者..労働環境改善効果に言及した監督は初めて」(http://www.vop.co.kr/A00001411038.html

 (2)「雇用によらない働き方」で労働法・社会保険不適用

 次に、映画撮影従事者は、個人請負・業務委託契約(韓国では「用役」という表現もされる)による働き方、つまり、日本で言う「雇用によらない働き方」で、勤労基準法、産業安全衛生法、最低賃金法などの労働法令が適用されず、4大保険(産災〔=労災〕保険、雇用保険、健康保険、国民年金保険)への加入もありませんでした。

 (3)大量の賃金未払い

 さらに、こうした無権利な状況の中で、『契約金-残金』方式や『契約金-中途金-残金』方式で報酬が支払わるという、映画製作関係での重層関係の中で独特な報酬支払慣行がありました。つまり、映画を撮り始めるときに「契約金」が支払われ、中間に「中途金」が支払われ、映画が完成してから「残金」を受けるという方式でした。実際には、支払われたお金が撮影途中に末端で働く人の報酬ではなく、別の所に回って使われてしまう場合が頻繁に発生しました。その結果、末端で働くスタッフに「残金」が渡されず、大量の賃金未払いが発生することになったのです。

 映画産業労組登場と「勤労標準契約書」

 こうした映画製作過程でのブラックな労働環境が、大きく改善されることになりました。
現在では、劇場で封切りされる商業映画全体のうち95%ほどが「勤労契約書」を作成していると言います(全国映画産業労組調べ)。

 2019年5月27日、カンヌ映画祭から帰国して記者会見に臨んだポン・ジュノ監督は、「勤労標準契約」を守ったという事実を肯定的に話しました。そして、「寄生虫」だけが特別ではなく2〜3年前から映画スタッフの給与などは、勤労標準契約を守って正常になった」「映画関係者すべてが誇らしいと思っている」と話して大きな注目を集めました。*
〔注*〕中央日報2019年5月28日_ポン・ジュノが言及「標準勤労契約書」商業映画ほとんどが締結(https://news.joins.com/article/23481212)

 多くの映画撮影現場で作成される「勤労標準契約書」では、「現行勤労基準法に従う」と明示しています。そして製作会社は、現場で働く者について
 ,修痢峩佻者性(=労働者性)」を認めること
 勤労基準法による労働時間の制限を守ること
 4大保険に加入すること
 け篦梗蠹(=時間外労働手当)を支払うこと等
が明文で示されています。*
〔注*〕2018年段階の「標準契約書」(文化体育部HP) →脇田試訳(https://bit.ly/379jklS)

 映画撮影現場が変化し始めるのには、労働組合が大きな役割を果たしました。全国映画産業労働組合が創立されのは2005年12月ですが、それ以後、着実に勤労基準法を守らなければならないという声を高めてきました。具体的には、映画製作をめぐって賃金不払い事例が多かったので、労働組合が中心となって、個別の相談を広く受けるために「申聞鼓(신문고)」活動を始めました。*
〔注*〕「申聞鼓(신문고)」とは、民衆が直訴するときの太鼓という意味の歴史用語です。1401年(朝鮮太宗1)、民衆が不満に思うことを直接解決する目的で宮殿の外門楼の上に吊るされた太鼓です。朝鮮初期に上訴・告発する制度はありましたが、最後に王への直訴を可能とするために国王直属の義禁府が主管し、太鼓が鳴る音を国王が直接聞けるようにしたものとされています。

 こうした長年にわたる地道な労組等の相談活動を通じて、映画撮影現場で本格的に勤労基準法を遵守しようとする風が大きく吹き始めます。そのきっかけになった映画の一つは、やはりポン・ジュノ監督の映画「雪国列車(설국열차)〔日本での題名は『スノーピアサー』〕(2013年8月封切り)」でした。この映画は、ソン・ガンホなど韓国人俳優はごく少数で、ほとんどが欧米諸国の俳優でした。その撮影の中で、韓国映画の撮影現場の実状が浮かび上がりました。そして、すべての映画関係者が、ブラックな労働環境で余りにも後進的な韓国映画製作のあり方、スタッフの働き方の改善の必要性を感じ始めたということです。

 そして、映画「国際市場」(2014年12月封切り)を始め、「勤労契約書」を作成する例が増え始めたのです。映画産業労組設立後、約10年間の努力が実を結んできたのです。その結果、撮影現場や映画製作会社だけでなく、韓国の代表的な映画投資会社であるCJなどにも考え方の変化が生まれてきました。「映画は人が作るものであり、勤労基準法を守らなければならない」という考え方への共感が広がってきたのです。

 こうした状況変化を反映して、労使の関連団体と政府が結ぶ「労使政履行協約」*が、2012年から2014年まで3回にわたって結ばれたのです。

 2014年10月に開催された「労使政履行協議会」には、
 〇妻模組(全国映画産業労働組合)
 投資会社(ショーボックス、メディアフレックス、CJ E&Mなど)
 製作会社(韓国映画プロデューサー組合など)
 だ府機関(映画振興委員会、国会教育文化体育観光委員会)
が協約当事者として参加しました。

 これらの関係当事者は、協議会を経て、
〔1〕投資・製作にあたって、4大保険および標準契約書義務適用、
〔2〕すべての職務の賃金・勤労条件に「勤労標準契約書」遵守・適用、
〔3〕映画産業標準賃金ガイドライン適用、
〔4〕映画関係者申聞鼓で確認される賃金未払製作会社・関連者に対する投資、配給、上映禁止など
を内容とする協約を結んだのです。*
〔注*〕日本では、労組を一方の主体とする集団的労働関係が企業内に限定されることが一般化して、産業別の集団交渉は現在ではほとんど見られなくなりました。しかし、韓国では企業別組合には限界があるとして、産別労組、産別交渉を重視する傾向が強くなり、労使の交渉に仲介者として政府関係機関が加わり、協議の結果を「労使政協約」として結ぶことが増えています。こうした協約は、欧州の産業別全国協約や全国労使協定など、法律に準ずる最低基準設定の役割を果たしています。韓国の労使関係は、独裁政権時代の企業内への閉じこめ状況から脱して、現在では欧州に近似する傾向を示しているのだと思います。

 こうして勤労契約書作成が普及し始めた後(2015年以降)、勤労基準法に基づく「働き方」が映画界にも広がることになり、とくに深刻な問題であった賃金未払いも徐々に減り始めることになりました。また、ポン・ジュノ監督は、「勤労標準契約は、とても良かったよ。年取って体力が低下したときに勤労標準契約でなければ、どうだっただろうか」と話しています。何日も連続して徹夜する、以前のような撮影現場では、労働者だけでなく、監督にとっても長く映画製作を続けることができないことを吐露したということです。

 映画スタッフの「労働者性」を認める初めての判例

 さらに注目すべきことは、労働判例の大転換です。韓国では、映画製作スタッフは、法的には勤労者(労働者)ではなく、請負契約による個人事業者という扱いを受け、裁判所も勤労基準法などの適用を否認してきました。しかし、2019年、こうした裁判所の従来の立場を大きく転換する判断が下されたのです。

 事案は、映画スタッフ19人に4600万ウォン余の賃金を支払わなかった映画製作社代表M氏が告訴されて、勤労基準法違反の罰則適用が問題になった刑事事件でした。1審は、2018年10月、勤労基準法違反を理由にM代表に500万ウォンの罰金刑を宣告しました。2審は、2019年6月、控訴を棄却しました。映画スタッフたちが契約当時、勤労契約書作成を要求しましたが、M代表は用役契約(=請負契約)書を書くことを要求したといいます。これがM代表が映画スタッフたちの勤労者性がないと主張した理由でした。M代表は、スタッフとの間で「勤労契約を結んでおらず、映画スタッフは勤労者ではない」と主張し続けました。しかし、1審、2審裁判所に続いて、大法院(第2部)は、2019年10月18日、「映画スタッフは勤労基準法上の勤労者である」ことを前提に、代表側の上告を棄却する判断を下しました。

 1審裁判所は、「勤労基準法上の勤労者に該当するかは、契約形式が雇用契約なのか、請負契約を認定することより、勤労者が従属的関係で使用者に勤労を提供したかによって判断しなければならない」としてスタッフの勤労者性を認めました。
 2審裁判所は、
〔1〕M代表が、映画の製作方向などを設定して総括したこと
〔2〕M代表が決めた予算・契約期間内でスタッフらと予約が行われたこと
〔3〕M代表がスタッフの雇用および解雇に関する権限を保有したこと
〔4〕最近、映画製作者らと勤労者の間には標準契約書などを活用して勤労基準法の適用を前提に雇用契約が行われる場合が増えているが、この事件の事業場で労務を提供したスタッフの勤務形態が別の映画製作の場合と異なると見ることは難しいこと
を挙げて映画スタッフたちの勤労者性を改めて確認しました。

 M代表は、2審判決に対して「刑が重い」という理由で上告を提起しましたが、大法院はこれを受け入れませんでした。

 さらに、大法院は、この製作会社が、スタッフたちに勤労条件を正しく明示していないことから、「映画およびビデオ物の振興に関する法律」(映ビ法)第3条の4(「映画業者は映画勤労者と契約を締結する時、映画勤労者の賃金、勤労時間およびその他の勤労条件を具体的に明らかにしなければならない」)に違反したと告訴された事件についても、製作会社とM代表にそれぞれ200万ウォンと150万ウォンの罰金を命じた2審判決を維持しています。
〔注* 映画労組は、映ビ法第3条の4違反で罰金刑を命じた最高裁判決についても「映ビ法改正以後、罰金刑を宣告した初めての事例で、映ビ法上の『映画勤労者』に適用される規範であることを明確にした」と評価しています。(Mediatoday2019年10月21日「韓国映画100年ぶりに認められた映画スタッフ労働者性」(http://www.mediatoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=203122)

 この大法院判決について、全国映画産業労働組合は、「2019年は韓国映画が作られて100年」「100年の時間が経過してスタッフの労働者性が法的に認められた。映画産業は今回の大法院判決で常識の門の敷居に至ったに過ぎない」と表明しました。*
〔注*〕2019年10月21日、全国映画産業労組「映画スタッフの勤労基準法上の労働者性・大法院判決歓迎声明書」(http://hatarakikata.net/modules/data/details.php?bid=2491)参照。

 大学で労働法の勉強を始めた頃、ゼミ担当の片岡教授が書かれた「映画俳優は『労働者』か」〔季刊労働法15巻3号(1965年9月)〕という論文を読んだことがあります。当時は、労働組合運動全体がまだ活発で、京都では東映労組などの活動もあり、映画関連スタッフの労働者性は明確でした。しかし、労働組合運動の停滞・後退の中で、映画製作部門にも個人請負や業務委託など「労働者性」が問題になる雇用形態が増加しています。

 他方、韓国では産業別の労働組合運動が目覚ましく発展する中で、日本以上の内容を定める労働立法が見られるようになりました。とくに、個人請負についても、産別労組が主体となって「労使政協約」を結び、特別な法律(上記の「映ビ法」)まで制定させています。

 また、労働事件では日本に比べても保守的であった裁判所の姿勢がありましたが、最も遅れていた労働判例でも、こうした立法の進展を反映して、この数年間に従来とは大きく異なる傾向が見られるようになっています。


【参考情報】
□民衆の声2019年6月2日「『寄生虫』ポン・ジュノも変わった撮影現場の受恵者..労働環境
改善効果に言及した監督は初めて」(http://www.vop.co.kr/A00001411038.html
□2019年7月17日[公示]映画産業労使標準勤労契約書沿革(2009年以後)http://www.fkmwu.org/board/bd.php?type=view&code=standard&page=1&num=3500&keyfield=&key=&t=
□2019年10月21日[公示] [声明]映画スタッフ勤労基準法上労働者性大法院判決歓迎声明書
http://hatarakikata.net/modules/data/details.php?bid=2491

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テレ朝の派遣切りを許してはならない

テレビ朝日が報道ステーションを長年支えてきた、経験豊かなスタッフを大量排除した。※
※テレ朝「報ステ」で大量派遣切り…年の瀬に非情な通告が (2019/12/24) http://hatarakikata.net/modules/hotnews/details.php?bid=1815

この非常な「派遣切り」は、決して許してはならない。派遣社員は長期に働いても「外部社員」として、派遣先は「痛みなく」事実上の解雇をしたが、形式は派遣契約打切なので、解雇の責任を問われない。テレビ朝日は、報道機関なのに長く働いて番組を支えた多くの人を「ぼろ切れ」のように排除したのである。

日本社会で不安定雇用が広がって既に4割に達するまでになり、社会的格差が広がり、若い世代は安定雇用につけず、氷河期世代と呼ばれ、苦しんでいる。結婚、出産、子育てを放棄する人々が増加し、少子化が進み、社会保障の基盤も壊れつつある。報道機関=社会の公器として、このような多くの社会問題を掘り起こして提起をするのが放送会社、しかも報道番組の基本的な役割のはずだ。そんな放送会社が利潤を優先して「悪法」を使って、働く人の雇用や生活を簡単に踏みにじることが許されるのか?そんな姿勢で、まともな報道ができるのか?社会的な問題を提起ができるのか?報道機関=社会の公器が、何たる不正義なことをするのか!

1985年制定の労働者派遣法は今年で施行35年目に入った。しかし、「偽装請負を排除し、ルールに従わせるため」とか、「企業に縛られない自由な働き方を保障する」とか、もっともらしい「口実」で作られた派遣法だが、その役割は、34年間、日本の社会、とくに雇用社会の劣化を進める営利企業のための道具でしかなかった。反労働者的な、企業のための法律でしかないことが、今回の事件で改めて明らかになった。

派遣法は、施行34年間、日本の労働法体系を壊し雇用破壊、労働者分断、団結破壊、差別拡大のための法律として、働く人の権利や利益を踏みにじる手段となってきた。まさに、私が警告し続けてきた通り「毒の缶詰」である。既に多くの害毒が雇用社会に流れ出し、日本社会全体を蝕ばもうとするまでになった。

公務部門でも、派遣労働が広がっている。大阪市の区役所でも戸籍などの住民に密接な部署は、公務員ではなくパソナの派遣社員が担当している。京都市なども民間委託を進めようとしているが、その多くが派遣やそれと実体が変わらない請負形式である。安倍政権が重用する竹中平蔵氏(パソナ会長)は「官から民へ」を叫び、民間委託を推進するが、それは派遣業の業域=利潤確保が目的である。住民サービスを公務員でなく、不安定・劣悪雇用の派遣労働者に置き換えている。住民にとっても、質の良いサービスを受けるためには、住民の声をしっかり聴ける、安定した雇用の保障があって長く豊かな経験を積める担当者でなければならない。

今からでもできるだけ急いで「毒の缶詰」に蓋をかぶせて、その毒を弱め、速やかに「缶詰」=派遣法を廃止しなければならない。

韓国では日本とは違って派遣や用役などの「間接雇用」の弊害を縮小する方向で、大法院の判決、国家人権委員会の勧告が出されている。この20年間、派遣法を批判し続け、その廃止のために闘ってきた「民主労総」が急速に組合員を増やしついに「第一労総」になった。

ECの2008年「派遣労働指令」は、派遣労働者と派遣先正社員との均等待遇=「非差別原則」を命じた。EU諸国では、日本のような派遣労働者の身分的差別的劣悪労働条件は許されない。また、派遣は一時的労働(temporay work)であり、長期の「一時的労働」はあり得ない。テレビ朝日のように10年もの長期の派遣労働はEUではあり得ず、許されない。当然に、派遣先に直接雇用=正社員化されることになる。

国際的に日本の派遣法は、相次ぐ改悪の結果、世界標準とは乖離した、あまりにも異常な「日本的派遣労働制度」を作り上げてしまった。こんな派遣労働制度がある限り、日本では「人間らしい労働(decent work)」を実現することは不可能である。すみやかに廃止すべきである。真剣に社会的に議論を広げるべき時点に達している。

【関連記事】
第11回 KBS労組「無期雇用化闘争パンフ」を読んで
https://bit.ly/37OTzXK
 

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民主労総が、韓国の「第一労総」になったニュースに思う

 韓国で、民主労総が初めて韓国労総を抜き、労組組合員数で最も多い「第一労総」になりました。

〔1〕雇用労働部「2018年全国労働組合組織現況」

 雇用労働部が2019年12月25日に発表した「2018年全国労働組合組織現況」によれば、民主労総の組合員数は96万8000人で、韓国労総(93万3000人)より3万5000人多くなりました。1年前の調査結果(2017年末基準)では、韓国労総は87万2923人、民主労総は71万1143人で16万人の差があったものが、わずか1年で民主労総が26万人近くも組合員を増した結果、1位と2位が逆転したことになります。その結果、労働組合員全体の中では41.5%が民主労総所属で、40.0%が韓国労総所属となりました。

 実際には、保守政権のときに教員の全国組織である「全国教職員労働組合(全教組)」が法外労組とされたこと、また、個人請負形式就労(韓国では「特殊雇用」と呼ばれる)ということで労組設立証が交付されなかった「貨物連帯」(トラック運転手の組合)が政府統計に含まれていません。これらの組合員を含めるなら、民主労総の規模は事実上100万人を超えていることになります。

 その結果、全体としての労組組織率も11.8%と、2017年より1.1%増加して2008年以後、最高水準になりました。民主労総との比率で2位に落ちた韓国労総も組合員数を増加させており、2010年9%台まで落ちていた労働組合組織率低下に歯止めがかかり、上昇傾向になっていることを示しています。

〔2〕19年間で2倍化した民主労総

 1995年11月創立当時、民主労総の組合員は41万人でした。独裁政権が終わったのに労働組合法上、一企業内での複数組合禁止規定が残っていたために合法的存在と認められませんでした。それから4年後の99年11月、金大中政権下で「複数組合」を容認する法改正がされた結果、ようやく民主労総は合法的労働団体と認定されました。その当時、民主労総の組合員は57万700人でしたので、1999年から2018年までの19年間で約2倍に成長したことになります。

 とくに驚くべきことは、民主労総の組合員数が2016年まで60万人台を下回っていたものが、2017年71万1000人となり、2018年に96万8000人と1年で36.1%も急増していることです(下図参照)。

 

 このように急増した理由は、
)ヽ囲組とされていた9万6000人規模の全国公務員労働組合(全公務員労組)が解職者を組合員と認定する規約を改正して、2018年3月、労働組合法による労組と認定されたこと、
▲優ソン、ネイバー、カカオなど主要な情報技術(IT)分野で労組設立の動きがあり、4000人を超える労働者が民主労総に加入したこと、
F鸞舅総間の「労労対立」が深刻であった建設部門でも民主労総組合員が約2万人増えたこと、
ぬ閏舅総傘下の公共運輸労組が、公共部門(国、自治体、関連団体)の非正規職の正規職転換が進みました。韓国労働社会研究所の推定によれば、文在寅政権発足後、正規職転換された公共部門の非正規職20万人の中で約15万人が新たに労組加入したと推定されています。その多くが民主労総に加入したことなどが挙げられています。

 とくに、公共部門での増加(,鉢ぁ砲ら、民主労総の中で公務員・公共部門所属者の比率が、2017年63.2%から、2018年68.4%と5.2%も上昇しました(ソウル新聞、中央日報、韓国経済などの記事(いずれも2019.12.25付、参照)。その結果、公共運輸労組は組合員数約21万人となり、従来、民主労総で最大であった金属労組(約18万人)に代わる最大組織になったことも注目すべき変化と言えます。

〔3〕「ろうそく灯り市民革命」と労働組合運動の新たな変化

 こうした労組組織率の上昇の背景としては、文在寅政府が「労働の価値がまともに尊重される世の中を作ること」を国政目標の一つとして、「労組組織率を高めるために政策的努力を傾ける」と公約していたことを無視することができません(文在寅大統領、2017年8月就任100日記念記者会見発言)。実際、新政府が進めてきた公共部門の正規職転換政策が、民主労総所属組合員の急増につながっていることは否定できないと思います。

 こうした文在寅政権が登場したのは、2016年秋から2017年初めまでの「ろうそくの灯り市民革命」が原動力になっています。日本メディアの偏った報道では、「ろうそくの灯り市民革命」の実情や、それによる韓国の政治・社会状況の変化が正確に伝わっていません。一国の大統領を市民が平和的デモ・集会を通じて世論を変え国会を変えて「弾劾」にまで追い込んだのです。これは「市民革命」と呼べる大きな社会運動であったと思います。民主労総をはじめ労働組合運動の活動家たちも、多くの市民団体と連帯してこの「市民革命」で重要な役割を果たしました。

 そして、この「ろうそくの灯り市民革命」の過程で、多くの職場で大きな変化がもたらされたのだと思います。私は今年(2019年)3月に韓国を訪問調査し、民主労総、保健医療労組、建設労組などから話を聞き、「ろうそくの灯り市民革命」による社会的雰囲気の変化を強く感じました。そこで共通していたのは、従来なら労組組織化など不可能と言えるほどに厳しい職場や産業団地でも労組設立や新規加入の動きが出てきたという話でした。感心したのは、労働組合幹部による持続的で熱心な組織拡大の姿勢と地道な努力と、新たな段階に進んでいるという強い自信でした。
〔脇田滋の連続エッセイ「第2回 元気を取り戻してきた韓国の労働組合」(2019-03-30)http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=4

 2019年12月14日の日韓「働き方改革」フォーラムでは、第3セッションで、非正規雇用の女性労働者の先頭に立ってきた「全国女性労組」のナジヒョン委員長、「青年ユニオン」の創設メンバーであったチョソンジュさん(前ソウル市労働協力官)の興味深い報告がありました。韓国の労働運動、とくに民主労総は、従来、十分な組織ができず労働組合とのつながりが弱かった女性や青年を対象とした取り組みを積極的に進めています。

 オートバイでの宅配運転手など個人請負形式による就労が増えていますが、「ライダーユニオン」が新たに組織されて活発な活動を始めています。チョソンジュさんは、「大学院生労働組合」の話を紹介されていたのは、50年近く前に院生運動に参加した経験がある私には「とても柔軟な発想」として強い印象が残る話でした。また、2019年11月、初めて「障害者労組」(民主労総の公共運輸労組障害者一般労働組合支部)が発足しました。同労組によれば、「すべての障害者を組織対象にする。現在の全国の障害者10人中6人は、失業状態であり、労組はすべての障害者の働く権利保障を目標にするので、失業状態である障害者も労組加入対象に含むという計画である。非障害者の場合、障害者労働者の権益保障活動に意を共にする人は組合員になることができる」とのことです。この障害者労組発足総会には、民主労総のハンサンギュン元委員長が「権利探しユニオン勧誘」代表として参加し応援の言葉を述べています。
〔2019.11.02付チャム・セサン「障害者労組スタート「資本が排除する労働、新しく定義しよう」〕

〔4〕民主労総の「第一労総としての責任感」

 韓国では、90年代から集団的労働関係本格化の動きがみられました。とくに、労働組合間の連帯活動強化、産別労働組合建設、産別交渉、全国的労使政協議を目指す動きの高まりです。しかし、李明博、朴槿恵保守政権の下で、こうした動きは、最近約10年間大きく後退したと指摘されています(姜成泰・漢陽大学教授)。しかし、民主労総が第一労総になったことは、集団的労働関係が再び活発化する方向へ大きく変わる契機になると考えられます。

 「労働組合組織現況」の発表を受けて民主労総が「声明」を発表しました。


 

(声明)民主労総(韓国の)第1労総として重大な責任感を感じる (2019/12/25)
〔試訳(http://hatarakikata.net/modules/data/details.php?bid=2466)参照。〕 


「2018全国労働組合組織現況発表に伴う民主労総の立場と対政府要求」
〇何より民主労総は第1労総として無限の責任感を感じ、支持された労働者に感謝
〇ロウソクのあかり抗争以後高まった労働権拡大要求が民主労総に対する信頼感上昇で組合員増加
〇政府は今回発表を契機に、各種政府委員会に労働界参加比率再調整始めなければならない
〇労組組織率拡大は両極化不平等解消指標と直結するので、政府は労組組織率が最小30%に上昇できるように各種制度改善と行政措置推進しなければならない
〇全体組合員のうち超企業組合員比率が86.7%で産別交渉促進、活性化に積極的に取り組まなければならない
〇事業場規模別組織率(30人以上2.2%、30人未満0.1%)考慮、中小零細事業場労組活動する権利支援のための格別の措置が必要
〇労組組織率調査、組合員数と組織率増減結果を越えて原因分析ための立体的な調査が必要


 日韓「働き方改革」フォーラムでは、文在寅政権が5年任期の折り返し点を過ぎて、「労働尊重」政策遂行に急ブレーキがかかったのではないという論点について、イビョンフン中央大学教授から、文政権が労働政策について「左信号を出しながら右旋回した」事情や背景について鋭い分析が示されました。そして、政策の目玉であった「最低賃金引上げ」や「労働時間短縮」などについて、民主労総は政府の政策を「公約の後退」として厳しく批判しており、「労政対立」が強まっています。
〔12/14日韓「働き方改革」フォーラムの報告については、同フォーラムHP(https://nikkan2019.blogspot.com/)参照。〕

 経営者に近いメディアは、これまで政府を批判して「労使政の社会的対話」に参加していなかった民主労総が第一労総になったので「代表性」をめぐる論議が高まるが、民主労総の対話への復帰が見込まれないことから政府の「社会的対話」路線が困難にぶつかることを「期待」する観測をしています(韓国経済2019.12.25)。他方、従来、現政権や経済界と社会的対話を進め、比較的「物分かり」が良かった韓国労総が、これという成果を出すことができない上に、第2労総に転落したとして「来月21日予定の委員長選挙で責任論がふくらめば、対話でなく闘争モードに向かう可能性がある」との見方も紹介しています(韓国経済2019.12.25)。

〔5〕「全体代表性」を目指す民主労総の注目すべき方向

 しかし、重要なことは、民主労総が第一労総になったことから対政府の姿勢がどうなるかという点ではないと思います。民主労総の声明を見る限り、目標は欧州のように組織率だけでなく、組合としての影響を及ぼす「協約適用率」に置いていることは注目すべきことです。つまり、欧州諸国の労働組合、とくに、声明で引用されている次の図表(〈OECD主要国の労組組織率と協約適用率〉)に示されているように、フランスや北欧諸国のように、8〜9割の労働者に団結の結果を及ぼす「全体代表性」のある労働組合を目指していると考えられるからです。

 来年は韓国国会選挙があり、その結果によっても、今後の韓国における労働政策がどのような方向に向かうかは不透明です。しかし、地道に未組織職場の克服に取り組み、中小零細企業労働者、特殊雇用労働者、女性、青年をはじめとする脆弱階層への取り組みを強める民主労総の活動が持続し、その地位がますます高まっていくことは間違いがないと思います。

 これに対して、日本では韓国のような労働組合の産別転換といった動きがなく、ストライキを含む活発な闘いもほとんど見られない中で、労組組織率が16.7%と最低を更新し続けています(下図は日本の〈雇用者数、組合員数、推定組合組織率〉の低下を示しています)。非正規雇用が4割になり、過労死、ハラスメント、ブラック企業などの問題状況が広がるのに、労働者の期待に応えない、応えられない労組の存在意義そのものが問われています。

 韓国でも反労組の企業側の「情緒」は日本と変わりません。労組活動が難しい国という点で日韓は類似した状況が共に存在しています。しかし、韓国では、先日、サムソン電子副社長などの経営トップが労組妨害行為で逮捕されるなどの注目すべき動きも見られます。また、反労働組合の経営を標榜してきたサムソンの系列会社で韓国労総の労働組合が結成されたことも大きなニュースとなりました。

 OECD諸国の中で、労組の組織率と協約の拡張適用率で最下位を争ってきた日韓両国ですが、意識的な取り組みを進めて、実際に組合員数を大きく増やし、「全体代表性」をもつ労働組合と集団的労働関係の本格化を目指そうとする韓国と、そうでない日本は、このままでは数年のうちに順位が逆転して、日本が労組組織率や協約適用率でOECD内で最下位に落ち込む可能性が高くなっていると思います。

 日本と韓国では、格差・貧困、非正規雇用、長時間労働、過労死、低賃金、差別、ハラスメントなど共通した深刻な状況が広がっています。こうした状況を克服するためには、「すべての働く者を代表する労働組合」が大きくなることが重要です。民主労総の取り組みは、その点で大いに参考になります。日本でも、所属企業ごとの分断、正規・非正規雇用の分断、官民の分断、性別による分断などを乗り越えて、すべての労働者を代表して、使用者(経営者、企業、当局など)と対抗する労働組合の役割が期待されます。そのためにも、働く者すべてに「労働組合への加入と活動の権利」(韓国語では、노조할 권리(労働組合する権利))が保障される必要があると思います。 


【関連情報】
脇田滋の連続エッセイ第13回 「労働者分断」を乗り越えてきた韓国労働運動(上)(2019/8/2)
http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=15
脇田滋の連続エッセイ第14回 「労働者分断」を乗り越えてきた韓国労働運動(下)(2019/8/2)
http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=16
〔韓国〕公共部門正規職転換どこまできたか (9/27)(2019/10/15)
http://hatarakikata.net/modules/data/details.php?bid=2405
日韓「働き方改革」フォーラム〔外部リンク〕
https://nikkan2019.blogspot.com/

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過労死・過労自殺のない社会を実現するために わたしたちにできること

市民団体が開いた過労死防止シンポジウム

 政府は、毎年11月を「過労死防止月間」と位置づけ、全国各地で「過労死等防止対策推進シンポジウム」を企画し、また、「過重労働解消キャンペーン」などを通じて、国民に自覚を促し、過労死について関心と理解を深めるための啓発活動を実施しています。こうした活動の根拠となったのが、2014年に制定された「過労死等防止対策推進法」です。

 今年、私は、政府・厚労省の主催ではなく、11月30日(土)、龍谷大学深草学舎で開かれた、京都の市民団体が主催するシンポジウムに参加しました。「過労死・過労自殺のない社会を実現するために わたしたちにできること」をテーマにした集会です。2015年12月、電通の新入社員であった高橋まつりさんが過労死しました。この集会では、まつりさんのお母さんである高橋幸美さんが「娘・高橋まつりの過労死と向き合って−学生と一緒に考える」と題する話をされるということで注目されました。

 最近の若い世代は社会問題、とりわけ労働問題には関心がないと言われます。この市民団体がこれまでに開催してきた集会では、平和や民主主義を取り上げてきたこともあり、高齢者が多かったようです。しかし、当日、会場に入ってみると、予想に反して学生と思える20代の若い参加者がかなり参加していました。図書館で勉強していたところ、集会で高橋幸美さんが話されることを友人から聞いてやってきた学生もいたとのことです。就職先の企業が新入社員を過労死させる「ブラック企業」であるか否かは、避けることができません。どこまで深刻に考えているのかは分かりませんが、学生にとって切実な問題であるのは間違いありません。

 集会では、龍谷大学の経営学部のゼミに所属する4人の学生から高橋まつりさんの過労死にかかわる質問が出され、それに幸美さんが答えるという形で進められました。幸美さんは、一つずつの質問に対して、いくつかのエピソードを思い出すように、とても丁寧に話されました。まつりさんは、明るくて活発でしっかり勉強する普通の学生であったこと、社会で役立つ仕事をしたいと出版社でアルバイトをしていたこと、また、試験を受けて中国に留学し中国語が話せるようになって帰って来たことなどが話されました。明るく積極的でまじめに努力する優秀な学生であり、とても前向きな考えをもっていた高橋まつりさんの姿が浮かびました。

 ところが、希望して入社した電通でしたが、実際の働き方は過酷でした。入社半年後、試用期間が終わってから業務担当者の人数が大きく減らされたため、仕事量が急に増えたこと、担当したネット広告関連業務はアクセス数などを細かくチェックする単純業務で夜遅くまで長時間働かざるを得なかったこと、忙しい新入社員に担当業務以外の仕事も回されたこと、上司や先輩社員からの厳しい言葉や扱いがあったことなど、お母さんはとつとつと話されました。また、働いているまつりさんのことを知っている方から、まつりさんが入社当初は元気な印象だったのに時間を経るにつれて大きく変わっていったという証言もありました。

 関連した文献や記事によれば、電通は広告業界で圧倒的な占有率を持っています。売り上げでは業界全体の30%水準で、業界2位の博報堂の2倍にも達しています。とくに、TV広告では、広告主募集で電通への依存が大きくTV業界での電通の影響力は絶大だと言われます。ただ、広告がTVからインターネットに比重が移りました。電通でも売り上げの50%にまでネット広告が増加したとのことです。ただ、ネット広告はTV広告などと違い、広告への照会(チェック)数を根拠に収入が発生します。まつりさんが担当させられたのは、まさに、この手間のかかるチェック業務でした。現在ではシステム上、自動化されつつあるようですが、当時、電通は人員補充をするどころか、担当者を削減して既存社員の負担増で乗り切ろうとしました。人員増による費用負担を嫌っての対応だと推測できます。高橋幸美さんの話を聴きながら、大事な新入社員の健康や生命よりも、企業利益を優先する電通の「企業体質」について考えていました。

「鬼十則」と「軍隊的社風」ブラック企業

 電通と言えば、1947年第4代社長になった吉田秀雄氏の「鬼十則」(1951年)が有名です。「鬼十則」には、「仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない」「仕事とは、先手々と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない」「大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする」「難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある」「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」など、社員を仕事にあおり、駆り立てる言葉がこれでもかと並んでいます。

 電通(「日本電報通信社」が前身)は、1947年、吉田社長が就任して「電通」として復元しました。「鬼十則」が出された1951年は、GHQが「逆コース」と呼ばれる反動期に入り、戦争直後の労働政策を大きく後ろ向きに転換し、労働組合弾圧する方向に変わった時期です。この時期に、電通は、旧満州国や満州鉄道関係者、旧軍人、さらに、戦争責任を問われて公職追放されていた戦前・戦中の新聞業界の重要人物を会社幹部として迎え入れています。

 「鬼十則」は、現代流に言えば、「ブラック企業」の思想そのものです。私は、電通が誕生する歴史的経緯から、「鬼十則」には旧日本軍の古くさい考え方の臭いがしてなりません。ブラック企業の多くは、経営者が「カリスマ」的に独裁権限を振るいます。その専権的支配のもとで業績拡大や海外進出という目標が絶対化され、従業員を「企業戦士」として過密労働に駆り立てています。「ブラック企業」では、労使対等の民主的労働関係は存在しません。「軍隊的社風」のなかで、労働組合を作ることなど許されるものではないからです。まさに、戦前日本の軍隊で見られた、‐校、下士官、J嫉里帽鷸した、上意下達の身分的・階級的序列関係が生み出されています。*
〔*注〕 脇田滋「『ブラック企業型労使関係』ではなく、働く者に優しい労働政策を!」労働法律旬報2014年1月25日45-48頁。

 「ブラック企業」は、若者の就職難に乗じて労働者を劣悪条件で募集し、カリスマ経営者の「理念集」を暗記させるなど、「マインドコントロール」をしたうえで、人間としての尊厳や生命を軽視して、「兵士」のように使い捨てるのが特徴です。2008年、森美菜さんを過労自殺に追いやった外食産業「ワタミ」の会長・渡邊美樹氏の考え方にも「鬼十則」と共通した点が見られます。しかし、電通の「鬼十則」こそ「軍隊的社風」の日本的ブラック企業の思想を表現した元祖であると思います。とくに、「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」など、生死を持ち出す社訓は尋常でありません。「死は羽毛よりも軽いと覚悟せよ」とした日本軍の発想そのものです。

 労働法の視点から見れば、「鬼十則」は日本国憲法に基づく労働基準法や、国際労働機関(ILO)が強調する労働尊重の考え方とは真逆(まぎゃく)です。働く人の個人としての尊厳、自由、生活、権利などの尊重(リスペクト)がまったく見られません。とくに、ILOは「全ての人にディーセント・ワーク - Decent Work for All- 」の実現を目指していますが、ディーセント・ワークとは、権利が保障され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事です。「働きがいのある人間らしい仕事」とも言い換えられています。その仕事は、権利、社会保障、社会対話が確保されていて、自由と平等が保障され、働く人々の生活が安定する、すなわち、人間としての尊厳を保てる生産的な仕事」と表現されています。*
〔*注〕 ディーセント・ワークは、1999年の第87回ILO総会でファン・ソマビア事務局長が初めて用いた用語ですが、その後、ILOの活動の主目標とされています。(https://www.ilo.org/tokyo/about-ilo/decent-work/lang--ja/index.htm)

2000年最高裁判決を軽視し、再発防止策徹底の約束を破った電通

 「過労死」を生み出す背景は複雑です。多くのことを指摘することができると思います。電通事件から私が痛感するのは、企業の反労働法的な労務管理に対して、労働法が実効的に機能してこなかったということです。とくに、電通という日本を代表する広告業界の大企業が、「鬼十則」という、労働法を真っ向から否定する異常な思想を維持してきたことは深刻です。

 電通では、1991年8月、前年に入社した新入社員(大島一郎さん)が、長時間過重労働の結果、自殺するという事件がありました。両親を原告とした民事裁判が争われ、最高裁が、2000(平12)年3月24日の判決で会社側の上告を棄却した上、原告敗訴部分を取消し高裁へ差戻すという画期的な判決を下しました。東京高裁で、2000年6月に、_饉劼楼簑 (両親)に謝罪するとともに、社内に再発防止策を徹底する、会社は一審判決が命じた賠償額(1億2600万円)に遅延損害金を加算した合計1億 6800万円を遺族に支払う、という趣旨で合意し和解が成立しました。かつてない高額の損害賠償が認められたということともに、最高裁が過労自殺について判断を下したことは重要な意味を持ちました。

 この電通事件・最高裁2000年判決は、同年の過労死をめぐる2つの判決(東京海上事件、淡路交通事件)と合わせて労働行政にも大きな影響を与えました。厚生労働省は、翌年に「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(2001年12月12日基発第1063号通達)、いわゆる「過労死認定基準」を大幅に改定しました。また、過労自殺についても、その後、労災認定が広がり、認定基準が定められるきっかけになりました。

 ところが、2016年10月7日、お母さん高橋幸美さんが記者会見で、2016年9月、労働災害と認められたことを発表されました。それによって、前年(2015年)に娘の高橋まつりさんが過労自殺に追いやられていたことが明らかになりました。2000年に、電通は過労死再発防止策の徹底を約束していたことが広く知られていました。にもかかわらず、再び同じような事件を起こしたことで、世論の厳しい批判を受けることになりました。実際には、2013年6月、当時30才の男性社員が過労死しており、2014年6月、関西支社が、2015年8月、本社が労働基準監督から長時間過重労働をさせていたことについて是正勧告を受けていた事実も明らかになりました。

 本日(2019年12月5日)の朝日新聞は、一面で、「電通、『有罪』後も違法残業 18年 最長月156時間 是正勧告」という記事を掲載しましたhttp://hatarakikata.net/modules/hotnews/details.php?bid=1646

 高橋まつりさんの事件の後、「法人としての電通が労基法違反容疑で書類送検され、17年1月に石井直社長(当時)が引責辞任。17年10月に罰金50万円の有罪判決が確定し」ていました。しかし、労基法違反2件、安衛法違反1件で、いずれも18年中の法令違反が対象となって、今年9月、三田労働基準監督署(東京)から是正勧告を受けた、という内容です。

日本経団連「企業行動憲章」にも反する電通の労基法違反

 ところで、電通も会員となっている「日本経済団体連合会」(日本経団連)は、企業が高い倫理観と責任感をもって行動し、社会から信頼と共感を得る必要があると提唱してきました。そのため、1991年に企業行動憲章を制定し、企業の責任ある行動原則を定めています。さらに、国際社会の「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)などを踏まえて、2017年に「企業行動憲章」を改定しました。同憲章の第6項は、次のように定めています。
 (働き方の改革、職場環境の充実)
 従業員の能力を高め、多様性、人格、個性を尊重する働き方を実現する。また、健康と安全に配慮した働きやすい職場環境を整備する。

 電通の二度にわたる新入社員の過労自殺事件や監督署から相次いで勧告を受けているという事実は、日本経団連の「企業行動憲章」にも明らかに反していると思います。

 電通のような大企業は、多くの企業に模範を示すべき社会的責任を負っています。日本経団連の「企業行動憲章」に反する、常習的に法令違反を繰り返す悪質企業ということで、日本経団連としても何らかの制裁を行うことが当然だと思います。そうでなければ、日本経団連も、国内だけでなく国際的に批判を受けることになると思います。労働法的には、売上金額が連結で5兆円(単独1兆円)の巨大法人に対して罰金50万円というのは余りにも軽すぎます。この点では、刑事制裁を格段に厳しくすることが必要だと思います。

過労死防止法の趣旨と相反する「働き方改革」関連法

 上記11月30日の集会で、私が「『働き方改革』関連法と『健康に働く権利』」をテーマに話しました。まず、2014年の「過労死防止対策推進法」は、「過労死」という言葉を法や政策の中に初めて導入したことや、国・自治体が中心となって過労死防止のための調査・啓発・研究などの責務を負うとしました。しかし、実際の労働環境改善の主体となるのは企業ですが、こうした企業に法的義務を課す規制という点では不十分でした。

 実効ある規制のためには、労働基準法や労働安全衛生法などで使用者に、過労死を生む労働環境を改める法的義務を具体的に定める法規制が必要でした。少なくとも、ILO条約・勧告やEUの労働時間指令など世界標準の労働時間規制に追いつくことが必要です。EUの労働時間指令は、〇超隼間を含めて1週間に48時間が上限、勤務と勤務のインターバル(間隔)11時間以上、G休は4週間以上などを定めていますので、これが当面の目標にすべきだったと思います。とくに、過労死を生む長時間労働規制のために、残業時間上限を短く定める必要がありました。

 ところが、昨年(2018年)、安倍内閣が上程した「働き方改革」関連推進法は、こともあろうに「過労死認定基準」と同水準の月80〜100時間としたのです。これでは残業を削減するどころか、「過労死認定基準まで働かせても処罰を受けない」という誤ったメッセージを企業に送る結果になってしまいます。しかも、労働時間を算定しない働かせ方である「高度プロフェッショナル制度」を導入するなど、長時間労働助長という内容まで盛り込まれたのです。これらは法規制への期待に大きく反する内容でした。森岡孝二さんは、「この法律では過労死はなくならない」と指摘されました。

なぜ、労使協定で最低基準を下回ることができるのか?

 労働法の視点からは、最低基準を下回る「労使協定」が過度に濫用されている問題点を指摘したいと思います。残業時間について事業場単位の「36協定」が労働基準法の法定基準(週40時間、日8時間)を下回る基準設定のために多様されています。また、各種の変形労働時間制や裁量労働制、高度プロフェッショナル制度導入にも事業場単位の「労使協定」が多用されています。なぜ、最低基準である労働基準法の水準を、事業場単位の過半数代表との協定で下回ることができるのか?労働法的にはどうしても納得できない疑問点です。

 本来、労働基準法や最低賃金法は、それ以下の劣悪な労働条件を許さないという意味で最低基準です。労働組合が、労働協約で労働基準法を上回る労働協約を締結したときには、協約の水準に労働条件が引き上げられます。しかし、その労働協約でも労働基準法の基準を下回ることはできません。なぜ、最低賃金法でも、最低賃金は最低基準ですので、それを労働協約で下回る賃金を定めることはできません。まして、事業場単位に過半数代表との労使協定で最低賃金を下回る最低賃金を定めることはできません。ところが、労働時間については、法定基準を下回る長時間労働を事業場単位に定めるというのは理解しがたい点です。

 百歩譲って、1947年に労働基準法が制定された当時、過半数代表は労働組合が念頭にあったので弊害が少なかったと言えるかもしれません。当時、工場や事務所を単位に労働組合の結成が爆発的に増加し、全体の50%を超えるほどの組織率を示していました。残りの未組織事業場でも労働組合結成が期待されていたので、その時期には、労働組合が過半数代表になることが想定されていたと考えられます。しかし、現在は当時と状況が大きく変わっています。労働組合の組織率は毎年、低下を続け、最近では17%しかありません。しかも、大企業では組織率は高い一方、中小零細企業ではゼロに近く、無労組事業場も少なくありません。過半数労働者代表といっても名ばかりの事業場が少なくありません。そうした事業場では、労使協定と言っても実際上は、使用者の一方的な裁量で内容がきまる、形骸的協定になっています。

 過労死にかかわる長時間残業を容認しかねない上に、形骸的な労使協定に多くを委ねるという、「働き方改革」関連法は、森岡さんが的確に指摘されたように「過労死をなくせない」どころか、現状を追認・温存し、使用者の責任回避を助長する改悪法であったと言うしかありません。過労死防止のためには、改めて、EUの労働時間指令などの内容を取り入れた真に過労死を防止できる法規制が必要だということを強調したいと思います。

過労死をなくすための抜本的法規制=「企業処罰法」

ただ、電通など繰り返し過労死を発生させ、法令違反を何度も繰り返す社風を変えるためには従来の発想を越えた思い切った法規制が必要だと思います。この点で韓国では、労働災害による死亡がOECD諸国の中で格段に多いこと、また、セウォル号沈没事件など企業による重大な過失で多くの労働者や市民(学生)が死亡した事件が生じたことがきっかけとなって、「企業処罰法」の制定をめぐる議論が提起されています。議員立法の法案も国会で発議されており、かなり具体的に議論が進んでいます。

 韓国でモデルとされているのは、オーストラリア、カナダ、イギリス3国の「企業処罰法」です。つまり、従業員を死亡させた企業(法人)を処罰するオーストラリア「産業殺人法」〔Crimes (Industrial Manslaughter) Amendment Act 2003〕、カナダ「団体の刑事責任法」〔An Act to amend the Criminal Code (criminal liability of organizations 2003)〕、イギリス「企業殺人法」〔Corporate Manslaughter and Corporate Homicide Act 2007〕の3ヵ国の法制度です。これらの立法を導入した3ヵ国では、法制定後、労災などの死亡万人率が持続的に低くなっていること、単に企業処罰を強化するだけでなく、政府が積極的な企業による災害発生防止の意志を示すこと、具体的には、企業が安全義務違反によって重大災害を起こしたときに対応するべき基準となることなどが、企業処罰法制定の理由とされています。

 こうした「企業処罰法」は、世界の中でも長時間労働を改めることができず、過労死や過労自殺が深刻な問題となっている日本でも導入を検討するべきだと思います。とくに電通事件のような若い労働者の過労死・過労自殺という悲劇を繰り返さないために、どこであっても働く人が健康で働き続けられる職場風土に変えていくためにも、急いで議論すべきテーマだと思います。

 

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チョンテイル(全泰壹)記念館を初めて訪問して

 2019年11月15日(金曜日)、関空からソウル・金浦空港に到着しました。民弁(民主社会のための弁護士の集い)労働委員会と大阪労働者弁護団の定期交流会(翌16日)に参加するためです。民弁と大阪労弁の交流は1999年に始まり、日韓で毎年交互に開催して、今年で21回目になりました。私も最近約10年間、欠かさず参加するようになりました。ただ沖縄開催の昨年の交流会は手術後で体調を優先して、残念ながら不参加でした。今年は2年ぶりの参加です。

 15日、ソウルは気温はかなり低く、防寒着を用意したのが正解でした。自由参加の企画ですが、夕方、多くの労弁の皆さんと一緒にチョンテイル(全泰壹)記念館を訪問しました。仁寺洞の定宿ホテルに荷物を置いて、強くなった雨の中を15分程歩いてチョンゲチョン(清渓川)前の記念館に到着しました。チョンテイル記念館は、自治体として独特な労働行政を進める朴元淳・ソウル市長の下で建設された、「労働尊重都市ソウル」を象徴する施設です。2019年3月に完成したばかりで、「ソウル市労働権益センター」のほか、アルバ・ユニオンなど青年関連の団体も入る「労働ハブ」となっており、会議、集会、教育などを目的とする、労働関連複合施設という位置づけです。

過酷な状況にある青年のための記念館

 少し早く着いたので建物の入口前でウロウロしていると、民弁の若い弁護士の皆さんが待っておられたので挨拶をした後、一緒に労弁の皆さんが到着されるのを待ちました。記念館の入口には、チョンテイル(全泰壹)青年とチャングレの二人が肩を組んでいる看板がありました(写真)。

 チャングレは元々は劇画のようですが、韓国人気TVドラマ「ミセン(未生)」*(2014年)の主人公の青年です。このドラマは、囲碁のプロを目指していた若者が挫折してサラリーマンになって大変な苦労を重ねていく物語です。囲碁では相当な能力があるチャングレは学歴も資格もなにも持たず、非正規職として本採用(正規職)になるために周囲の同僚や上司・先輩と様々な葛藤をしていきます。
〔*ドラマ「未生」は日本でも2015年に放映され話題となりました。https://www.facebook.com/ミセン未生-1640809432828165/?ref=hl)

 「未生」は、韓国企業の厳しい競争主義の環境で働いている人々、とくに青年の状況を等身大で描いた珍しい劇画・ドラマです。舞台となる大企業職場は、成果が乏しい者、能力のない者を振り落としていきます。そこで余裕なく働く社員、若年者、非正規職、女性、低学歴者に対するいじめやパワハラ等の現実が描かれます。このチョンテイルとチャングレの看板が正面にあるのは、この記念館が、厳しい労働社会で苦悩する青年たちを対象にしていることを端的に示しているのだと思いました。

民主労組設立の先駆者=チョンテイル

 韓国の過酷な労働社会の中で、働く者のために真剣に活動する「民主労組(ミンジュノジョ)」を作るきっかけになったのが、まさにチョンテイル(全泰壹)青年でした。記念館には、チョンテイルが「民主労組」の先駆けとなる組織を作り、抗議の自殺をするまでの経過と、亡き息子に代わって労働者のために活動する母・イソソン(李小仙)さんの足跡と記念の文書や品物が陳列されていました。説明をしていただいたのは、チョンテイル財団のキム・テヨンさん*、日本語通訳は、民弁のチョン・ミンギョン弁護士でした。
〔*偶然ですが、キム・テヨンさんが民主労総の政策局長をされていた約10年前にシンポジウムでお会いしたことがありました。〕

極貧の少年時代
 20年もの長い軍事独裁政権が続いた韓国は、1960〜70年代に「漢江の奇跡」と呼ばれる経済成長を果しました。独裁政権から資金や需要を得た財閥大企業が中心でした。労働者の状況は悲惨でした。労働組合は、企業内外で自由な活動を厳しく禁止されたのです。チョンテイル(全泰壹)は、1948年、テグ(大邱)で生まれました。私と同い年です。お父さんの事業が失敗したために一家は釜山、ソウルと転居を重ねます。チョンテイル少年は極貧の家族を助けるため小学校を中退して新聞売りなどをして働き始めます。何とか小学校に戻れて中学に入学しますが、再び働くために中退します。そして、色々な仕事を経験して、1965年、ソウルの平和市場(東大門)にある屋根裏の縫製工場で働き始めました。

平和市場の過酷な縫製工場
 縫製は、お父さんの仕事だったので、チョンテイル(全泰壹)は、幼いときに見慣れていたこともあって早く仕事を覚えてすぐにテーラー(裁断師)になりました。その職場には、高さ1m半しかない作業場で朝8時から夜23時まで1日15〜16時間も働く女性たちがいました。妹のように幼い女性労働者たちを助けようとチョンテイル青年は悩みます。そして、勤労基準法の存在を知り、勉強を始めました。当時は、パクチョンヒ(朴正煕)大統領の独裁政権の時代でした。勤労基準法は、大部分が漢字で書かれていたので、まともに学校に通えない貧しい労働者のほとんどは条文を読むことさえできませんでした。
 チョンテイル青年は、パボフェ(바보회=直訳は「バカの会」*)という集まりを作りました。そこで勤労基準法の勉強会を始めました。労働者たちの働かされ方は、勤労基準法とは大きく異なっていることを知ることになりました。

〔*注 「バカの会」というのは、ゞ佻基準法について全く知識がなかった、∋藩兌圓坊われることが明らかなのに労働条件の改善を求めるからという2つの意味がある、という説明でした〕

勤労基準法違反を告発する闘い
 チョンテイル(全泰壹)青年が非凡であったのは、労働者を対象にアンケート調査を実行したことです。労働者の実態を明らかにして、勤労基準法違反を告発するためです。しかし、それが理由で企業主に嫌われ、1969年に解雇されてブラックリストに載ったため縫製の仕事ができなくなってしまいました。数年間、建設現場などで働きますが、平和市場に戻って今度は「三同親睦会」を組織します。再び屋根裏工場での労働実態の調査を実施し、以前より多くのアンケートを集めて労働庁(日本の労基署に当たる国の行政機関)に労働環境改善の陳情闘争を行ないました。
 しかし、国(労働行政)は何の改善もしませんでした。そこで、1970年11月13日、勤労基準法は形骸にすぎないとして、その「火刑式」*を行おうとしました。しかし、その集会とデモも警察によって封じられました。そこでチョンテイルは、「勤労基準法を守れ」「私たちは機械ではない」と叫んで自らの身に火をつけ「焼身抵抗」を行なったのです。病院に運ばれましたが、14日未明に死去しました。享年23歳(満22歳)の短い生涯でした。
〔*「火刑式」というのは形骸に過ぎない勤労基準法の本を燃やすこと)

先駆者=チョンテイル精神を受け継ぐ韓国労働運動

 チョンテイル(全泰壹)の死から17年も経過した1987年民主化運動まで、独裁政権が続きました。国や企業に対抗する「民主労組(ミンジュノジョ)」結成は、独裁政権時代から現在まで、韓国労働運動の最大の目標となっています。チョンテイルの活動は、独裁政権初期に「民主労組」作りを目指すきわめて先駆的なもので、韓国労働運動の出発点となったのです。
 チョンテイルの母であるイソソンさんは、亡くなった息子の代わりとなって各地の労働者の闘いを励まし続けました。そのため、韓国政府(警察、裁判所)からも厳しく抑圧され、数多くの逮捕と拘束、獄中生活を繰り返しました。そのため、イソソンさんは「労働者のお母さん(オモニ)」と呼ばれ、息子と並んで韓国労働運動の象徴的な存在となったのです。

 韓国では、チョンテイルの亡くなった日を記念して、毎年、11月13日に全国から労働者大会がソウルで開催されます。私も、この時期に訪韓して、チョンテイルと母イソソンさんの墓地がある南楊州市のモラン(牡丹)公園での追慕祭に何度か参加しました。民主労総や韓国労総だけでなく、保守政治家を含めて各界からも参加があります。

 文在寅大統領も、今年の11月13日、次のようなTweetを発信しています(訳文責:脇田滋)。
https://twitter.com/moonriver365


 チョン・テイル烈士を考えます。
 平和市場、劣悪な屋根裏部屋の作業室での労働と幼い女工のお腹を満たしたタイ焼きを考えます。勤労基準法と労働者の権利、人間らしく生きるのが何かを考えた美しい青年を考えます。彼の叫びで国民は初めて労働の価値について考えることになりました。
 大韓民国の今日は、無数の汗の雫が集まった結果です。戦場に捧げた命と田畑を作った皺だらけになった手、工場の残業と徹夜が積もって、私たちはこれほど良い暮らすをすることになりました、誰一人例外なしに尊敬を受けなければなりません。
 烈士の意志は「共に良く暮らす国」だったと信じます。烈士が散華して49年、まだ私たちが抜群の大きな成長をしたほどに差別と格差を減らすことができずにいて残念です。労働が尊重される社会、皆が公正な社会への烈士の意志を継承します。


 このように韓国では、現在もチョンテイル青年と、イソソン・オモニが敬愛され続け、手厚い追慕が続いているのです。

 私から見て、チョンテイル精神を最も強く継承しているのは「民主労総」だと思います。その今年の最優先課題は「労働組合をする権利」*の実現です。韓国の労働運動は、企業や政府から真に独立した労働組合(=民主労組)を作り、活動する権利を第一の目標に挙げているのです。
〔*日本では「団結権」に当たる表現ですが、韓国語では、”노조할 권리(ノジョハルクォルリ)”、直訳すれば「労働組合をする権利」です。〕

 韓国では、労組組織率が11%しかなく、労働組合活動の結果である労働協約の適用を受ける率が欧州諸国と比較して余りにも低いことが常に反省的に指摘されています。とくに、非正規職や中小零細業では組織率はゼロに近いことが弱点とされ、民主労総は企業別・正社員組織でなく、産業や地域で最も弱い立場の労働者を含めて全体労働者を代表する組織を目指しています。この3年間に50%近くも組合員を増やして70万人から100万人を超えた民主労総は、それで満足せず、一層の組織拡大を目指しています。さらに、労働団体からの推薦を受けて3選し、この11月に任期9年目に入った朴元淳(パクウォンスン)ソウル市長は「ユニオン・シティ」ソウルを目指しています。

 韓国の労働社会は決して良い状況にあるとは言えません。過労死、パワハラ、正規・非正規差別、男女格差、低賃金、不十分な社会福祉・社会保障など、日本とも酷似した状況があります。しかし、企業別組織に安住することなく、産別組織や非正規撤廃など、全体の底上げを図ろうとしています。「初心忘れず」(韓国語では、처음처럼=初めのように)という言葉が、韓国民主運動でよく聞く標語です。まさに、チョンテイル精神を堅持し続けていること、そこに韓国労働運動の原点があり、未来があるのだと思います。韓国の労働運動に関心のある人は、一度はチョンテイル記念館を訪問されることを勧めます。

 ただ、記念館を初めて訪問して大きな感動を覚える一方、私個人は、「日本では、チョンテイル精神に相当するものがあるのだろうか」と、日本の労働運動について考え込むことになりました。

 

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話題の「桜を見る会」をめぐる国会質問を見て(2)

 「不都合な真実」を明らかにした「フリーター漂流」

 派遣切りをめぐる問題が大きく取り上げられるようになった、きっかけの一つは、2005年2月6日、NHKが放映した「フリーター漂流」というドキュメンタリー番組でした。当時、「フリーター」という言葉は、正社員としてきちんと就職せず、派遣社員や契約社員(有期雇用)で、好きなときに自由に働く若者の新たな傾向として一種の「非難」のニュアンスを含んで使われていました。
しかし、NHKの「フリーター漂流」は、フリーター像を根底から覆す衝撃的映像を放映しました。若い男性労働者が、所属する協力会社(事業場内下請)から派遣されて、製造大企業や系列の下請企業の工場現場で働き、経営側の都合に応じて、きわめて短期間に移動(漂流)する不安定で低劣労働条件で働く姿が描かれたのです。

 NHKの「フリーター漂流」は、現場を重視した丁寧な取材による報道番組として大きな影響を与えました。(松宮健一『フリーター漂流』(旬報社、2006年1月)http://www.junposha.com/book/b316642.htmlその後、民放でも、不安定で劣悪な労働現場を取材に基づいて報道する番組が続きました。(私自身も取材を受けた、関西テレビの徳島・光洋シーリングの偽装請負事件を取り上げた報道は特筆すべきものでした。この事件については、伊藤大一『非正規雇用と労働運動−若年労働者の主体と抵抗』(法律文化社、2013年)参照。)これらの報道を通じて、莫大な利益を上げながら、それを支える労働者を不安定で低劣な条件で働かせていることが社会的に大きな問題となりました。

 私は1996年からインターネットで「派遣労働者の悩み110番相談」活動を開始していました。動機は、悩み相談を通じて派遣労働者の実態を把握したいという思いでした。政府・財界は、1985年に制定した労働者派遣法を、対象業務拡大の規制緩和の方向で、1996年、1999年、2003年と連続的に法改正しました。日本経団連など経済団体は、規制緩和の筆頭項目として派遣法改正を求めました。それに呼応して政府・労働省(後に、厚労省)は、法改正に都合の悪い派遣労働者の実情や問題点を調査や統計を通じて明らかにしようとはしなかったのです。

 「フリーター漂流」は、マスコミが映像で、政府・財界にとって知られたくない「不都合な真実」を明らかにしたのです。NHK番組の発信力は、個人のホームページとは桁が違っていました。規制緩和によって派遣労働が解禁されたはずなのに、世界的な製造大企業の現場に「偽装請負」による労働力利用が広がっていたのです。偽装請負は、明らかに違法です。とくに、当時の派遣法によれば、派遣先は同一業務について派遣社員の受け入れが1年に限られ、それを超えると直接雇用する義務を負うことになっていました。また、安全衛生などの法的義務・責任を負担しなければなりません。そうした派遣法に基づく法的責任を負うのを避けるために、偽装請負形式を利用し続けていたのです。2005年放映の「フリーター漂流」以降、「偽装請負」が大きな社会問題になったことを背景に、それまできわめて消極的であった厚労省(労働行政)も監督や取り締まりに動かざるを得なくなりました。

 「不都合な真実」隠しにどう対抗するか

 その後、「派遣切り」によって「ワーキング・プア」が大量に存在することが可視化されました。労働法における規制緩和の弊害解消がようやく社会的課題となったのです。これが2009年の「政権交替」につながったのです。ところが、連立政権は、2009年総選挙前に合意した労働者派遣法についての改正案(=野党3党合意案)を実現する公約を実現できませんでした。やっとのことで政権末期の2012年に、微温的内容の「派遣法改正」と、労働契約法改正による「有期雇用規制」導入を実現しました。

 しかし、2012年末に成立した第2次安倍内閣は、折角の改善内容を「ちゃぶ台返し」するように、規制緩和路線に逆戻りさせました。今回は、経営者団体だけでなく、人材ビジネス界の要望まで露骨に受けいれました。その結果、強行可決された2015年改正派遣法は、派遣先の雇用責任回避をより可能にするとともに、不安定で差別的待遇の派遣労働を長期に受け入れることを容認するものでした。派遣労働者は正社員化の道をほぼ閉ざされ、「生涯派遣」を強いられることになってしまいました。

 安倍政権の7年間、私が一番問題だと思っているのは、派遣労働者の実態がきわめて分かりにくくされたことです。NHKをはじめ派遣労働者の実態や悩みを取材・調査して報道する番組はほとんど見られません。NHKに加える政権の露骨な圧力を感じます。民放は派遣・非正規を濫用する企業からの広告収入に依存しています。放送会社自身が間接雇用を多数導入しているのです。

 現時点では、「フリーター漂流」のような番組制作をマスコミに期待することは無理かもしれません。代わりになるのは主体的な姿勢をもつ労働組合や労働関連市民団体だと思います。どのような活動をしていけば良いのか?その点では、田村議員による国会質問の手法は、私たちにも貴重なヒントを与えています。今後は、取材や調査を経て「不都合な真実」を明らかにしながら議論を展開していくことが重要です。官庁統計に安易に依存する訳にはいきません。弱い立場で働く人々の実態や悩みを一つずつ集め、それらを整理することが基本的作業となります。それを基に、多くの人の参加を得て開かれた議論をし、問題解決の方向をインターネットなどを通じて広く提示していくことが必要です。Asu-netでも、今後の活動について議論を強める必要があると思います。

【関連記事】
話題の「桜を見る会」をめぐる国会質問を見て(1)

http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=30
 

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話題の「桜を見る会」をめぐる国会質問を見て(1)

 「桜を見る会」をめぐる国会質問

 退職して自宅にいることが増え、テレビを見る機会が増えました。そして、11月8日、NHKの国会中継を見ました。参議院予算委員会で共産党の田村智子議員の質問です。

 その田村議員の質問を、30分間、引き込まれるように見入りました。安倍総理の「桜を見る会」をめぐって、徹底した取材と調査を基にして事実を次々に積み重ねて、総理自身や内閣官房官僚の逃げの答弁に、これでもかこれでもかと次々に鋭い質問をぶつけていく田村議員。論理的な追及にたじたじとなる安倍総理。30分があっという間でした。ドラマのような迫力でした。他党議員も質問の終わりと同時に拍手をしていましたが、私もテレビに向かって思わず拍手しました。田村議員の質問には、きっと時間をかけて多くの人が有無を言わせぬだけの事実を調べ上げたone teamの努力があるのだと思いました。

 田村質問について、Youtubeでは10万回以上再生されていますhttps://www.youtube.com/watch?v=FqG_eybQ_ZE。また、全文文字起こしをしたサイトも現れていますhttps://naomikubota.tokyo/blog/cherry_bribe?fbclid=IwAR0S8WKW6NX-yea2N5sT-cF4wpIGIe_kDjxmI9gA1tHi_LzL_QqF7ogyZ4w。そして、野党と共産党が取り上げるなかで「桜を見る会」が大きな政治問題に浮上してきました。当初、ほとんど報道しなかったマスコミも変わりました。本日(12日)朝、テレビ(民放)のほとんどのチャンネルが「桜を見る会」を取り上げて詳しく報道するようになり、NHKもニュースで取り上げました。

 ただ、私が思ったのは、田村議員が取り上げた事実は、本来、マスコミが先に報道していてもおかしくないことです。国会で取り上げられてから報道するという、マスコミの後追い姿勢に釈然としないものを感じています。もちろん、後からでも取り上げないよりは良いと思います。しかし、政府・与党の不都合な真実を取り上げるのが、権力チェックを使命とする報道機関の役割ではないのか?「後援会850人のご招待」といった「桜を見る会の私物化」についてはSNSをはじめ多くの取り上げるべき材料があったはずなのに、どうして新聞、テレビなどのマスコミが取り上げなかったのか、マスコミ関係者の感覚が鈍ってきているのか、田村質問を聞きながら思いました。

 請負・派遣を利用した製造大企業

 田村智子さんとは、2011年6月、お会いして名刺を交換した記憶がありました。横浜で開かれた派遣労働者の闘いをめぐる集会で私が講演したときです。田村さんは、当時、既に参議院議員(厚生労働委員)として活躍されていて、この集会には来賓として参加されました。集会は、日産、いすずをはじめ神奈川の製造大企業で働く派遣労働者や非正規雇用労働者の雇用と権利の確保をテーマとするものでした。

 労働組合も多くが企業別正社員組織です。派遣先となる大企業では、労使協調的な労組が多く、その姿勢から派遣労働問題には消極的でした。大企業労組のほとんどが、使用者が異なる別会社(派遣会社)に所属する派遣労働者を労組に加入させることなく、その要求をほとんど取り上げません。その結果、派遣労働者の不満や要求が労組を通しても明らかになりませんでした。

 2011年6月の横浜集会は、2008年〜2009年に吹き荒れた「派遣切り」の嵐によって、製造大企業が請負や派遣を打ち切って、ベルトコンベア職場などに受け入れた派遣労働者を職場から排除したのです。自動車製造によって莫大な利益を上げていた企業が、「不況」を口実に、製造過程の現場で働いてきた労働者をボロ切れのように切り捨てたのです。大企業にとっては請負労働者や派遣労働者は直接の雇用関係がある社員ではなく、形式上は請負や派遣の契約を打ち切るだけであり、「解雇には当たらない」と主張しました。

 しかし、請負会社や派遣会社は、雇用主としての実体をもっておらず、当事者能力の乏しい「形骸的な存在」、つまり「名ばかり雇用主」に過ぎません。大企業が、請負や派遣を打ち切ってきたら抵抗することなく、当然のように労働者との雇用を打ち切ります。大企業にとっては、請負や派遣という「間接雇用」を利用すれば、「事実上の解雇」を、労組の抵抗も受けずに「痛みなく」行うことができるのです。まさに「毒の缶詰」といえる派遣労働(=間接雇用)の蓋が開いて、その猛毒が最も弱い立場の派遣労働者に振りかかったのです。
(続く) 

第28回 話題の「桜を見る会」をめぐる国会質問を見て(2)http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=31

 

 

 

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「雇用によらない働き方」についての考察(下)

(前回まで)
第25回 「雇用によらない働き方」についての考察(上)
1 働き方ASU-NET第30回つどい この"働き方" おかしくない!?
2 古くて新たな「労働者性」の問題
3 「雇用によらない働かせ方」拡大

第26回 「雇用によらない働き方」についての考察(中)
4 韓国の新たな動き
(1)特殊雇用の広がりと労働研究院の推計(2019年3月)
(2)国家人権委員会の勧告
(3)シェア・タクシーをめぐる最近の動き
(4)労働法的に見た「TADA」の問題点

(第27回の目次)
5 欧米の動き
(1)プラットフォーム労働に対する欧米の動向
(2)カリフォルニア州法(AB5法)制定
6 ILOと「雇用によらない働き方」
(1)2006年勧告
(2)労働統計会議

 5 欧米の動き

 (1)プラットフォーム労働に対する欧米の動向

 欧米諸国では、ディジタル・プラットフォームによる新たな働き方が、日本や韓国より先んじて急速に広がっています。その中で、各国の研究者、市民団体、労働組合、そして政府や自治体の機関などが、その弊害や問題点を調査し、さらに対抗する措置や法規制の検討が進んできています。
これらの検討や議論から明らかになってきたプラットフォームを通じた働かせ方は、一般的に、次のような特徴があることです。
‘かせる「使用者」が「プラットフォーム運営主体」であるのか、サービスを利用した「顧客」なのかが暖昧にされていること、
不特定多数の労務提供者は、働き方や労働条件について共通した悩みや問題点を含めて、相互の意思疎通や連絡・連携などがきわめて困難であること、
3催業務を遂行する労働者が、「個人請負業者」とされ、自己責任を負わされる「自営業者」と位置づけられていること、
は働法などで保護される「労働者」と認められず、法的に保障された権利がないこと
ゴ慙△垢訛燭の情報がプラットフォーム運営者に独占され、働く人は自由や独立した働き方という宣伝とは逆に、実際には、個々に孤立して過酷な労働と余裕のない生活に追いやられる実態があること
こうした多くの問題点が長い期間を経てようやく明らかになる中で、プラットフォーム労働者自身が立ちあがり、団結が広がることになりました。そして、団体交渉やストライキを含めた労働組合の闘いが始まり、自治体や国に対策や法的規制を求める運動が広がることになったのです。

 2017年、イギリスのオックスフオード大学インターネット研究所が、アマゾンの翻訳業務などを対象に世界に広がるプラットフォーム労働(同報告書は「ギグ労働(gig work)」と呼んでいます)を、3年間にわたって調査し、その結果を報告書にまとめています。〔注14〕
〔注14〕 https://www.oii.ox.ac.uk/wp-content/uploads/ 2017/03/gigwork.pdf

それによれば、「オンラインの仕事には、多大な利益(rewards)がある一方で、重大なリスクもある。差別、低い賃金、働き過ぎ、不安定さは全て真正面から取り組まねばならない」。とくに、問題点として、]働提供者が、社会的・労働法的保護システムから排除されていること、∀働提供者が不特定多数のため「供給過剰(oversupply)」となるため、対価(報酬)が安く買いたたかれ易いこと。アジア、アフリカなどの出身国による差別が見られることなどが明らかにされています。〔注15〕
〔注15〕 https://wiredjp/2017/04/04/gig-economyjobsbenefits-dangers/

 また、アメリカや欧州諸国で、ウーバー(Uber)社をプラットフォームとし、個人が所有した自動車による「タクシー事業」が広がってきました。このウーバーなどを通じて働く運転手が、法的な保護の対象となる労働者か否か(=労働者性)をめぐる争いが各国で提起されるようになり、裁判所や行政当局によって、その労働者性を肯定する判断が出されるようになってきました。(〔表2〕)

 〔表〕プラットフォーム労働をめぐる主な法的争訟・立法一労働法適用問題

 (出所)脇田滋「『雇用関係によらない働き方』をどうすべきか−安倍政権のねらいとあるべき方向」月刊全労連254号(2018年04月)14頁

 イギリスでは、ウーバー社がロンドン市の交通局から営業許可を得て民間タクシーの3分の1を占め、運転手が4万人にまで増えていましたが、運転手らの裁判やストライキ、デモなどが相次ぐようになりました。そして、2016年10月、ロンドンの雇用審判所が、ウーバー社の運転手を「労働者」と認め、最低賃金適用や有給休暇の権利を認める判決を下しました。同判決では、ウーバー社からの「単なるアプリの提供者」という主張を退け、配車サービス提供で中心的役割をしている使用者と認め、運転手・乗客間の「契約」や、運転手を「顧客」とする表現に疑問を示し、労働時間の範囲も運転手側の主張を認めて広く解する判断を示しています。〔注16〕
〔注16〕 JIL-HP「国別トピック英国2016年11月」 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2016/11/uk_02.html

 そして、その控訴審も2017年11月、原審判決を支持しました。他方、ロンドンの交通局は、ウーバー社の営業許可を2017年9月末で更新しない決定を下しています。〔注17〕
〔注17〕 2017年ll月4日_朝日新聞デジタル(特派員リ ポート@ロンドン)ウーバー問題が投げかける働 き方改革
また、欧州連合(EU)司法裁判所は、2017年12月20日、米ウーバー・テクノロジーズについて、客と運転手を仲介しているだけという同社の主張を退け、ウーバーが「仲介サービス以上のものを提供している」として、運転手の管理など厳しい規制を受けているタクシー業者と同じ厳格な規制を適用すべきだという判決を下しました。〔注18〕
〔注18〕 朝日新聞2017年12月22日
アメリカでも、ウーバー社とタクシー運転手や、物流サービス大手のフェデックス社とトラック運転手の間の契約関係が雇用関係か、請負関係をめぐって訴訟を含む争いがされています。そして、カリフオルニア州の労働委員会は、2015年6月3日、タクシー運転手とウーバー社との間に雇用関係があったとする判断を下し、ウーバー社に、運転手が負担した2ヵ月分の走行距離に応じた経費と高速道路通行料、4152ドルの支払いを命じました。2015年6月、フェデックス社が、同様な状況でカリフォルニア州のトラック運転手2300人を雇用労働者と認定して、2億2800万ドルの和解金を支払っています。〔注19〕
〔注19〕 JIL海外労働事情2015年8月 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2015/08/usa_01.html
また、ニューヨーク州労働省の行政審判官(Anadministrativelaw judge)は、2017年6月9日、ウーバー社側による労働提供者が「請負労働者」であるという主張を退け、元運転手3人に失業保険の受給資格を認める判定を下しました。〔注20〕
〔注20〕 JIL「国別トピック2017年8月」 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2017/08/usa_01.html
こうした動きの中で、アメリカでは連邦議会でも、労働省労働統計局(BLS)の労働調査などを受けて、「独立請負労働者(Independent Contractor)」を保護するためのギグ(GIG法)立案に向けた議論が盛んになっているということです。〔注21〕
〔注21〕 「国別トピック2018年8月」 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2018/08/usa_02.html

 ここ数年間、アメリカでは多くの州で同様な問題で訴訟や立法の動きが見られます。ニューヨークでは、ウーバーなどの登場で交通渋滞は増えるととも、タクシー運転手が生活苦に陥って8人のタクシー運転手が自殺をするなど悲惨なニュースが流れました。そして、自動車共有事業を行うプラットフォームの「規制のない成長」に反対する運動が盛り上がり、タクシー運転手たちは、1万4000台余りに制限されたイエローキャブに比べて、ウーバーとリフト(Lyft)などの車両が8万台を超えタクシー業界は枯死する直前だと訴えたのです。そして、2018年年8月、ニューヨーク市はウーバーとリフトなどに対する新規免許発行を1年間中断すると発表しました。ただ、これに対して、ウーバーなどが、新規免許発行停止をめぐって、ウーバーがニューヨーク市を相手に明確な証拠なしに営業を妨害しえちるとして訴訟を提起しています。〔注22〕
〔注22〕 MoneyToday2019年2月25日 [MTリポート]「ウーバー→カープール→タダ」タクシーはなぜ反対するのか http://m.news.zum.com/articles/50794659(原文は韓国語)

 他方、フランスでは、2016年8月、労働・社会的対話の現代化、職業の安定化に関する法律(Loi relative au travail. a la modernisation du dialogue social et a la securisation des parcours professionnels)が改正され、デジタル・プラットホームを利用する労務提供者などの権利を定める規定を追加して、かれらに労働3権を付与したということです。つまり、改正法は、労務提供者を自営業者とするが、その職業活動遂行のために一つ以上のプラットフォームを利用するときに、そのプラットフォームに社会的責任があることを規定したということです。主な内容は、 箆災保障)自営業者が任意で労災保険加入するとき、一定範囲でプラットフォームが保険料を負担する。◆平Χ閥軌蕁墨働法典が保障する自営業者の職業教育も、自営業者が通常、自己負担する拠出金をプラットフオームが負担する。(団体結成・団体行動への対応)プラットフォーム労働者の労組結成権、スト権などの集団的権利を付与し、自営業者に、組合設立、組合加入、組合を通じて集団的に自らの利益を主張できることが明記され、自らの要求を実現のために労務提供を集団的拒否したとき、それが濫用的でない限り、自営業者に契約上の責任が発生せず、プラットフォームとの関係断絶や制裁措置が不当とされる、ということです〔注23〕
〔注23〕 笠木映理「Uber型労働と労働法改正」日本労働協会雑誌No.687(2017年10月)89-90頁

 (2)カリフォルニア州法(AB5法)制定

 こうした世界の流れの中で、注目されるのが、カリフォルニア州議会(上院)で、2019年9月、可決成立した「ギグ法(AB5法)」(カリフォルニア州議会法案5(2019)=正式名は、「労働法第3351項を改正し、第2750.3項を労働法に追加し、失業保険法第606.5号および621号を雇用、および歳出に関連して改正する法律」)です。2018年12月3日に州議会に上程され、下院で2019年9月11日、下院で2019年5月30日に53対11で可決、上院で9月10日、29対11で可決され、ギャビン・ニューサム知事が、同9月18日に署名して成立しました。来年(2020年1月)施行予定です。

 この法律は、レベッカ・スミス氏(NELP 全国雇用法プロジェクト)によれば、ウーバードライバーなど、ギグ労働者の労働者(employee)の権利を保護する「ランドマーク法」と評価される画期的な法律と指摘されています。〔注24〕
〔注24〕 NELP_ CALIFORNIA PASSES LANDMARK LAW PROTECTING EMPLOYEE RIGHTS OF UBER DRIVERS, GIG WORKERS, OTHERS (2019年9月11日) https://www.nelp.org/news-releases/california-passes-landmark-law-protecting-employee-rights-of-uberdrivers-gig-workers-many-others/

 その指摘によれば、AB5法は、明確で公正な「ABCテスト」を提示し、労働者を独立した請負業者として扱おうとする企業は、労働提供者が次の三つのテストにパスすることが必要とされます。
 (A)労働提供者が、企業による支配や指揮命令から自由であること(free from control and direction by the hiring company)
(B)労働提供者が、企業の通常の業務過程とは別に仕事を完成すること(perform work outside the usual course of business of the hiring entity)
(C)労働提供者が、取引、職業または業務において独立していること(independently established in that trade, occupation, or business)

この三つのテストをパスすることができなければ、会社が、契約を形式的に請負として、労働提供者を独立事業者(indipendent contractor)としても、労働者(employee)とみなされ、企業が労働者について課せられた責任(納税、労働法・社会保障法に基づく責任)を負う必要があることになります。要するに、労働法などの適用を受ける「労働者性」については労働側に立証責任が課せられているのを、逆に使用者に立証責任を負わせることにしたのです(立証責任の転換)。

 この「ギグ法(AB5法)」の対象は、管理人、ネイルサロン労働者、建設労働者、造園業者、乳母、在宅介護労働者、乗用車とトラックの運転手、配達労働者など、相当に広範囲の多くの職種に及ぶことになります。

 レベッカ・スミス氏によれば、
「カリフォルニア州でのAB5の通過は、その州および全国の労働者と責任ある企業にとって大きな勝利です。カリフォルニア州は、他州が労働提供者が必要とするに値する従業員としての権利と福利厚生から切り離されないようにする道を開きました。」「私たちはAB5の通過を祝い、大企業に立ち向かった労働者、支持者、立法者を称えます。新しい法律と既存の法律の両方の施行で、賃金引上げ、労働者の補償、安全な職場、有給の病欠と有給休暇、および差別と嫌がらせに対する保護をすべての労働者が利用できるように協力しなければなりません。」
「重要なことは、すべての労働者が、会社側とより高い基準で団体交渉できるようにすることです。それを実現する革新的な新しい戦略への道は開かれたのです。次はニューヨーク州です。」

 カリフォルニア州法が定める「ABCテスト」は、同法が初めて導入したものではありません。
すでに、労働提供者の地位を判断するために、全国の裁判所や政府機関で広く使用されているものです。カリフォルニア州の最高裁裁判所が、「トラック輸送を営むダイナメックスオペレーションウェスト社が、個人請負労働者として活用していたトラック運転主が実質的には同社に雇用されている状態にあるかどうかを争う訴訟をきっかけとする」もので、この訴訟で、州最高裁が判断に用いたもんで、「ダイナメックス・テスト」とも呼ばれてるとのことです。〔注25〕
〔注25〕 山崎憲「アメリカ カリフォルニア州ギグ法が下院議会を通過―プラットフォームビジネスに雇用を求める」Business Labor Trend 2019.7 https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2019/07/062-068.pdf

 現在、カリフォルニア州に加えて、マサチューセッツ州、ニュージャージー州、バーモント州の3つの州で、すべての賃金および時間に関する法律の雇用関係を決定するためにABCテストが使用されています。さらに9つの州が一部のセクター(通常は建設業)でテストを使用し、半数以上の州が失業保険法でテストを使用しています。

 とくに、この「ABCテスト」については、日本ではあまり議論されませんが、アメリカでは、税収や社会保障財源の確保という視点から重視されています。つまり、プラットフォーム関連事業だけでなく、事業主が、経費削減を目的として、労働者(employee)にすれば必要な負担が請負労働者とする誤分類(Misclassification)によって、負担回避が横行していることが以前から問題になってきました。つまり、国や自治体による税収や社会保障費用確保という要請から、企業による意図的な労働提供者の「誤分類」を防ぐ必要が議論されているのです。つまり、「カリフォルニア州に限らず、米国では本来は雇用労働者であるにもかかわらず、この傾向は、スマートフォンのアプリケーションで利用者と個人請負労働者をつなぎ合わせるプラットフォームビジネスの躍進により拡大の途上にある」ことが問題ということになります。つまり、「政府としては税収の低下を招くことになる。人件費に関連した税は人件費総額にかけられる。これは労働者一人ひとりにかけられる日本と異なる。事業主からすれば人件費総額を圧縮すればそれだけ税負担が減ることを意味する。加えて、誤分類によって請負とされた労働者は低収入であることが多いため、こうした労働者が、生活保護が必要になるといった場合に必要な経費を政府が負担しなければならないことになる」〔注26〕という指摘に注目する必要があると思います。
〔注26〕 山崎憲「アメリカ カリフォルニア州ギグ法が下院議会を通過」前掲論文。

 6 ILOと「雇用によらない働き方」

 (1)2006年勧告

 ILOは、通常の雇用に基づく労働関係とは異なる請負や委託による働き方が世界的に広がることについて問題だと考え、2006年のILO総会に向けて議論を行いました。そして、条約には至りませんでしたが、「雇用関係に関する勧告(198号)」を採択することになりました。この勧告は、現在の「雇用によらない働き方」問題を考える際に、必ずや踏まえるべき重要な視点を提示していると思います。以下、既に私自身が書いた論文に基づいて、ILO勧告の意義を要約的に述べたいと思います。〔注27〕
〔注27〕 脇田滋「個人請負労働者の保護をめぐる解釈・立法の課題_2006年ILO雇用関係勧告を手がかりに」龍谷法学43巻3号(2011年3月)1024頁以下〔https://bit.ly/2NhMart〕、脇田滋「『雇用関係によらない働き方』をどうすべきか −安倍政権のねらいとあるべき方向」月刊全労連254号(2018年4月)11頁以下〔http://www.zenroren.gr.jp/jp/koukoku/2018/data/254_02.pdf

 そこでは、雇用関係を特徴づける典型的な要素がはっきりしない「暖昧な雇用関係(ambiguous employment relationship)」にある人々に対する保護が必要となっていること、そういう保護は労働における基本的な原則と権利に関するILO宣言(the ILO Declaration on Fundamental Principles and Rights at Work 、1998) に明示された原則に基づかなければならないとしています。

 この2006年勧告は、エッセイ(上)で指摘した、末弘厳太郎博士の考え方とも共通する、「広い労働者概念」を再確認している点が特徴です。同勧告は前文で、次の6点を指摘しています。)[疆による労働者保護の必要性、◆峙響雇用(disguise the employment relationship)」慣行の問題性(権利・義務が不分明、雇用関係偽装の試み、法解釈・適用上の限界と雇用関係存在確認の困難、労働者が当然受けるべき保護剥奪)、「偽装雇用」に対する加盟国の責務(特にぜい弱労働者への有効かつ効果的保護)、だ労使協議による政策の必要性、ハ働者の国際移動と保護の必要性、μ簑蠅亮匆饒澗里悗旅がり、です。

 勧告は、「機仝柩儡愀犬砲△誅働者を保護するための国内政策」、「供仝柩儡愀犬梁減澆侶萃蝓廖◆岫掘ヾ道覽擇喙損棔廚了鮎呂嚢柔され、気鉢兇任蓮各国の事情に適合して、労働者である者と労働者でない者を区分する基準を法律で定めることなどを求めています。その要点は、ー営業者と労働者を区分する指針の提示、偽装雇用の克服と労働者保護、B真当事者契約(間接雇用)において保護責任者を確認する基準の確保、づ切、迅速、簡易、公正、有効な救済制度、ナ響莢魴莎ヾ悄丙枷十蝓∀働監督機関など)関係者への国際労働基準教育実施です。
私は、この雇用関係勧告は、個人請負形式による使用者の法的責任回避に対抗するために、労働法上の保護を受ける労働者の範囲を広げようとした、現在のプラットフォーム労働についても問題を考えるときに重要な意味をもっていると考えています。

 具体的には、次の三つの原則を提示した点に大きな意義があります。

 (1)事実優先の原則(primacy of the facts)

 雇用関係が存在するか否かについての決定は、合意された契約の名称や形式にかかわらず、ゞ般海凌觜圓函↓∀働者の報酬に関する事実(the facts)を第一義的に(primarily)判断することを求めていることです。つまり、雇用関係の存在は、当事者の合意によって関連法令の適用を排除できないという点で、労働・社会法の強行法規性を確認するものであり、同勧告の中で最も核心的な内容です。

 (2)雇用関係存在判定の指標(criteria foridentifying an employment relationship)

 勧告13項は、「加盟国は、雇用関係が存在することについての明確な指標を国内法令又は他の方法によって定義する可能性を考慮すべきである」とし、その指標として、下記の〔表〕の事実が含まれ得る、としています。


表  ILO雇用関係勧告が示す指標
(a)
他人の指示と統制により労働が行われること、
労働者が企業組織に統合されていること、
専らまたは主に、他人の利益のために労働が行われること、
労働者自身によって(personally)労働が行われること、
契約の相手方が求めた、特定の労働時間または特定の場所で労働が行われること、
特定の期間また一定の期間、継続して労働が行われること、
А柄蠎衒が)労働者に待機(worker's availability)を求めること、
労働を求める相手方が、道具、材料、機械を提供すること、
(b)
労働者に対する報酬が定期的に支給されていること、
この報酬が労働者の唯一の、あるいは主な収入の源泉となっていること、
食事代、住居、交通手段、あるいはそれらのための費用を支払うこと、
週休や年休などの権利が保障されること、
労働を求める相手方が交通費を支払うこと、
労務提供者が財政的危険(financial risk)を負担しないこと


 (3)「法的推定(legal presumption)」と「みなし(deeming)」

 勧告11項は、一定の労働者性についての指標に該当する場合には、一般的に「法的推定」を与えること、一般的又は特定の部門の特定の労働者については、「みなし」制度も導入できるとしています。

 日本政府は、この2006年勧告の採択には賛成しました。しかし、その後13年間、この勧告を踏まえた立法措置はもちろん、従来の行政解釈の見直しも行っていません。現在の「雇用関係によらない働き方」論議では、まず第一にこの2006年勧告の意義を再確認し、それに基づく労働者性判定や積極的労働者保護について具体的検討を行うことが必要です。

 (2)労働統計会議

 最後に、Iきわめて重要なLOの動きがあることを指摘したいと思います。
それは、ジュネーブのILO本部で2018年10月10日から開かれていた第20回国際労働統計家会議です。同会議は、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)及び労働に関する統計の拡大と大幅な改定に合意していることです。〔注28〕
〔注28〕 第20回国際労働統計家会議閉幕:統計に表れていない新しい労働形態を測定する基準を設定 記者発表 2018/10/19 https://www.ilo.org/tokyo/information/pr/WCMS_647806/lang--ja/index.htm

 とくに、重要だと思うの次の点です。

 〔プラットフォーム等による新たな形態を考慮にいれた分類〕
「主として労働事項担当省と統計局を代表する政府側専門家、労使団体専門家、国際・地域機関の代表約360人が世界中から参加した会議で採択された労働関係統計に関する新たな決議は、単一の使用者との間で結ばれる伝統的な雇用関係の下にある従属労働と自営業の境が曖昧になってきたこと、より個別的な労働形態、そしてオンライン・プラットフォームを介しての労働や要求に応じてその都度提供される労働、クラウドワーク、臨時雇用、派遣労働などのような新しい就労形態を考慮に入れた新たな職分類を示すものとなっています。」

 〔ボランティアや無償家事労働など、非公式(インフォーマル)性の検討〕
「会議ではまた、非公式(インフォーマル)性の問題や関連する政策に助言を提供するより良い方法についても詳しい検討が行われました。家事労働の役割と家事労働者を新しい労働関係分類の中にどのように含むかについての検討も行われました。」
「新しい定義では初めて労働を、賃金または利潤のために行う就労という狭い概念を越えて自家消費のための生産や無償労働、ボランティア労働を含むものと定めていますが、発表されたツールは各国がこの新しい概念を労働力調査に用いるのを手助けすることによって、より良い情報を得た上で政策決定に至る基盤になることが期待されます。会議では無償労働に経済価値を付与する問題や、例えば、地域社会の奉仕員・ケア労働者などのボランティアや無償の家事労働を行っている女性など、これまで統計に表れてこなかった労働者を可視化する方法についても掘り下げた議論が行われました。」

 この動きについて、厚生労働省の官野千尋さんの短い論考があります。

 それによれば、ILOは、従来の「従業上の地位の国際分類(ICSE-93)」がおおまかであったものを、より詳細な分類に分けて統計調査することを提案しています。〔注29〕
〔注29〕 官野千尋「第20回ILO国際労働統計家会議の概要」厚生の指標第66巻第4号(2019.04)p.48-50

 〔表〕従来の「従業上の地位の国際分類(ICSE-93)」

 〔表〕新たな「ICSE-18」による分類

 まだ、研究者や労働運動内での検討はほとんど見られません。このエッセイ(中)で指摘した、韓国労働研究院の調査は、こうしたILOの労働統計の変化を意識して「特殊雇用」労働者を把握しようとするものです。日本でも、こうした動きに対応した研究や議論が必要だと思います。

 【関連記事】
第25回 「雇用によらない働き方」についての考察(上)
http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=27
第26回 「雇用によらない働き方」についての考察(中)
http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=28
第27回 「雇用によらない働き方」についての考察(下)
http://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=29

韓国_非正規労働者87万人急増…「見えざる50万人」おもてに (11/3)
http://hatarakikata.net/modules/hotnews/details.php?bid=1463 (ハンギョレ新聞 2019/11/3(日) 10:52配信)

 

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