貧困層の「新型肺炎」温床化リスクに対応できない福祉の落とし穴
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みわよしこ:フリーランス・ライター Diamond Online 2020.2.21 4:25
ライフ・社会 生活保護のリアル〜私たちの明日は? みわよしこ
(写真)新型肺炎の温床になりやすい貧困層。生活保護世帯では高齢化率が日本全体の1.8倍にも上る(写真はイメージです) Photo:PIXTA
新型肺炎リスクが高い
生活保護で暮らす人々
コロナウイルスが引き起こす新型肺炎によって、感染と社会的混乱は拡大する一方だ。しかもこれから入試シーズン、年度末、そして新年度がやってくる。受験生やその家族、学校教育関係者は、ただでさえ負荷の重い状況の中、さらに新型肺炎のストレスにさらされる。生活保護で暮らす人々に、新型肺炎は何をもたらすであろうか。
一般的に、高齢者および基礎疾患を持つ人は、肺炎をはじめとする感染症のリスクが高く、今回の新型肺炎も例外ではない。生活保護で暮らす人々の中に、リスクの高い人々はどの程度の比率で含まれているだろうか。
整備された最新のデータが揃っている2017年、65歳以上の高齢者は、生活保護で暮らす約210万人のうち49%を占めていた。2人に1人が「ハイリスク」ということになる。同年、日本全体の高齢化率は28%であった。生活保護での高齢化率は日本全体の1.8倍ということである。
世帯に注目すると、「世帯主が高齢者」という生活保護世帯は全体の54%に達する。高齢者世帯は「世帯全員がハイリスク」というわけではないが、発症しやすい人が世帯に1人含まれていると、その世帯の感染リスクと発症リスクが高くなる。
傷病者に関しては、「世帯主が傷病者」という生活保護世帯が全体の14%である。「世帯主が障害者」という世帯は同じく11%、内臓や免疫系の疾患を持つ障害者が、内部障害を持つ身体障害者として含まれている可能性を考えると、新型肺炎に関して「ハイリスク」となる傷病者を含む世帯は、生活保護世帯の20%程度には達しそうだ。高齢者と合わせると、おおむね70%ということになる。
「貧」や「困」は、健康に関するリスクを高める。当然といえば当然の結果であろう。次にすべきことは、その人々をリスクから遠ざけることである。さらに、万一の感染や発症が起こった場合は、適切な医療が受けられるようにすることである。
ところが、生活保護で暮らす人々は、医療機関を受診する前に、福祉事務所に医療券を受け取りに行く必要がある。このことは、「もしも新型肺炎に罹患していたら、福祉事務所の職員や他の来所者に感染を拡大させるかもしれない」ということだ。
医療からも感染症対策からも
忘れられた人々の「行く先」
「医療が無料だから、無用な診察や検査や処方を求める生活保護の人々」という“迷信”は根深いが、当事者から聞く話で圧倒的に多いのは、医療の受け控えだ。
福祉事務所に行き、生活保護の医療扶助を申請して医療券の交付を受けるにあたって、担当ケースワーカーに嫌味を言われるかもしれない。男性ケースワーカーが、婦人科の疾患についての症状の説明を求めてくるかもしれない。ついで医療機関に行って診察や処置を受け、調剤薬局に行って処方を受けるのだが、窓口で露骨な生活保護差別を受けたりするかもしれない――。
そのような経験は、以後数年間にわたって、「なるべく医療を受けない」という選択の原因になり得る。悪化してどうしようもなくなり、なんとか福祉事務所や医療機関に行けば、「なぜ、こんなになるまで放っておいたのですか」という叱責も覚悟しなくてはならない。そして、医療が必要でも医療に近寄れない状況にある人々は、他にもいる。
国民健康保険料の滞納が続くと無保険状態となり、保険証ではなく「資格証」を発行される。医療機関を受診することは可能だが、全額自費負担となる。滞納している保険料を支払えば、自費負担分以外の7割は返還されるわけだが、低収入・無収入によって国民健康保険料を滞納する人々にとって、医療機関の窓口で全額を自費負担することに現実味はない。
このような場合、自治体の国民健康保険担当部署の窓口に申し出れば、「短期保険証」の交付を受けることができ、自費負担は3割となる。子どものいる世帯に対しては、申し出がなくとも「短期保険証」が発行される。
しかし問題は、「警戒されている感染症のリスクが高まっている場面で、患者かもしれない人や、患者になる可能性が高い人が、自治体の窓口を訪れる」ということそのものだ。子どものいる世帯に対しても、短期保険証を郵送せず、窓口に取りに来るように求める自治体が多い。
2009年、新型インフルエンザが脅威となっていた時期、厚労省は通知を発行し、資格証を短期保険証とみなすこととした。この通知に加えて、柔軟に独自判断を行った自治体もある。
たとえば堺市は、資格証世帯に対し一律に短期保険証を郵送した。また町田市は、「事前に連絡があれば3割負担」という対応を行っていたが、感染が拡大したため、資格証世帯に対して一律に1年間有効の短期保険証を交付した。
「貧困自己責任論」を
唱えている場合か
このような取り扱いは、通常時であれば「健康保険料を納めている私と、納めていない人たちが、同じ条件で医療を受けられるなんて不公平だ」という不満の声につながるだろう。常態化すれば、「健康保険料は納めなくても損しないから、納めないのがトク」という“ライフハック”が流行し、公的保険そのものが崩壊するかもしれない。
しかし、多くの人々に怖れられる感染症が流行している時期には、そのような意見は表面化しにくい。出現しても、広く支持されることは少ない。
自分の住む自治体が、「緊急事態につき、健康保険料を納めていない人も、同様に医療にアクセスできるようにします」という方針を取ると、多くの人の心の中に、「私が律儀に納めた健康保険料は、もしかすると払い損かもしれない」という感情が湧き上がるだろう。しかし、それはたいてい一瞬のことだ。恐るべき感染症が流行し、治療されないままの状態でいる人々が、同じ自治体の中のどこかにいると、自分や家族や同僚が感染するリスクは高くなる。
健康保険料を滞納せざるを得ない状況にある見知らぬ“ご近所さん“たちが、必要なら医療を受けられる状況があれば、自分や身近な人々の感染リスク増大を恐れる必要性を減らすことができる。単純な損得勘定として、健康保険料を納めている人にとっても、自治体全体にとっても「トク」になる可能性が高い。
今回の新型肺炎では、2月20日現在、厚労省はまだ2009年と同様の通知を発行していない。しかし感染が拡大すれば、いずれは、すべての人々に医療保障を行う判断を迫られるであろう。
ここで、筆者は疑問を感じてしまう。非常事態への対応は、自治体の柔軟な行政判断や、住民の「まあ、仕方ないな」という納得によって成り立つ。しかし、非常事態を受けて特別な判断が必要になる「通常モード」は、それ自体が問題を含んでいるのではないだろうか。
新型肺炎に襲われる以前から
「非常事態」だった日本
いざというときに医療にアクセスできることは、すべての人に必要だ。そのことによって、社会の健康が維持される。だから、生活保護には「医療扶助」がある。無保険状態になっても、いざ非常事態の際には、国民健康保険証があるのと同じ扱いを受けられる行政判断が行われてきている。
今、新型肺炎という非常事態に際して、まずは「健康保険証を持って医療機関へ」という通常の受診の手順を踏むことができない人々に対する何らかの考慮が必要であろう。「福祉事務所で医療券を受け取る」「役所の窓口で短期保険証を受け取る」など、より多くの手順を踏む必要がある人々は、そのことによって症状を悪化させ、より多くの人々と接触し、社会の感染リスクを高めることになる。
さらに長期的には、「通常の医療から弾き出される人々がいる」という状況そのものを解決すべきであろう。「国民健康保険料を滞納する」という事態は、低所得・無所得の人々に対する減額や免除が拡大されれば、発生しなくなる。
低所得の人々に対する所得税や社会保険料が、「支払ったら暮らせない」という水準であるとすれば、「通常モード」がすでに非常事態なのではないだろうか。生活保護の場合も、「福祉事務所で医療券を受け取る」という手順を見直し、医療の受け控えを減らす必要があるのではないだろうか。
人類が経験したことのない
感染症との闘いに向かう心得
2000年代に入って、感染症との闘いは新たな局面を迎えている。1900年代、抗生物質が出現し、かつて不治の病だった病気の数々は、治せる病気となった。しかし抗生物質は、無敵の「多剤耐性菌」を生み出した。
現在の科学界で広く共有されている認識は、「2000年以後の感染症との闘いは、これまでの人類史になかった状況の連続になる」というものだ。人智を振り絞り、国境を越えて、あらゆる立場の人々が協力して立ち向かう必要がある。
日本には、「国民皆保険制度」という強力な盾がある。まず、この盾は死守すべきだ。誰かを対象外とすることで盾を守るのではなく、誰もを守ることによって、より強い盾にすべきであろう。
生活保護の医療扶助を含め、誰もが生きられる日本のためにできることは、たくさんありそうだ。
(フリーランス・ライター みわよしこ)