ついに医学部「バブル」崩壊か!?入試差別、過酷な勤務でイメージ悪化…〈週刊朝日〉
https://dot.asahi.com/wa/2020021300067.html
2020/02/16(日) 11:30配信
〔写真〕医学部入試の女性差別に抗議するデモ(c)朝日新聞社
女性差別問題などがいまだ尾を引く医学部入試。医学部人気の過熱は一段落した模様だが、今年の志願動向はどうなっているのか。最新のデータを読み解いていこう。
【図表】医学科の志願者数・倍率などのデータはこちら
* * *
「医学部の人気が下がってきています」
と分析するのは河合塾教育情報部の岩瀬香織チーフだ。今年の国公立大医学科(前期)の志願者数は約1万4千人(6日時点)。昨年の1万6千人から減少しそうだ。私立大は公表しない大学も多いが、公表している大学だけでも、昨年比96%と減少している。
これまで医学部人気はバブルの様相を呈していた。国公立大医学科の志願者は2007年に1万7千人だったのが、12年には2万人まで増加。私大のほうがその傾向は顕著で、志願者数は07年に6万7千人だったのが年々増加し続け、18年には11万人近くに達した。
それに伴い、偏差値も上昇。例えば、東京慈恵会医科大は1985年の偏差値60(河合塾)から今年は70に、順天堂大も50が70になった。国公立大や私立最難関大の医学部は東大理一や理二より難しいと言われる。
人気の背景にあったのは、医師の高い地位と安定した収入だ。08年のリーマンショックで新卒学生の就職が厳しくなると、優秀な生徒やその親の間で医師を目指す動きが強まった。また、文部科学省は、地方において医師不足が深刻化していることから、08年から医学部の定員を増加させてきた。その結果、多くの優秀な生徒が医学部を目指すことにつながった。
しかし、“バブル”状態であれば、それはいつかはじける。グラフをもう一度よくみてみよう。国公立大は15年ごろから右肩下がり。それでも私大は志願者数も倍率も高め安定の状態だったが、昨年は減少。今年の数字は傾向の変化を決定づけるとみられている。
一つの契機となったと思われるのが、18年に発覚した入試差別問題だ。女性や多浪生などが小論文や面接で減点されていたことが判明し、医学部のイメージは悪化。また、勤務医の過酷な労働状況も「働き方改革」を掲げる社会で問題視されている。さらに今後は人口減少などから、医師が余り、高収入が保証されなくなるという指摘もあり、若年層で医学部進学への魅力が薄れてきているのだろう。
「いま理系の優秀な生徒は人工知能(AI)やデータサイエンスなどを学ぶ情報系を目指しています。成長分野での活躍が期待できるからです。大きな流れにはなっていませんが、今後、海外大学への進学も増えるのでは」(岩瀬チーフ)
とはいえ医学部はもともと偏差値が高く、志願者が減っても難関であることには変わりはない。志願動向の詳細を見ていこう。
今年の国公立大医学科の志願者数は大きく減少する見込み。駿台教育研究所進学情報事業部の石原賢一部長は「浪人生が減っており、現役生にとって今年は受かりやすい。しばらくはこうした傾向が続く」と見る。
最難関の東大理三は前年比99・8%(2月6日時点)で、最終的にやや増加となりそうだ。昨年、志願者数を減らしたことに加え、第1段階選抜のラインが低いという予測があるためだ。一方、京都大医学科も志願者を減らした。前年比93・3%で2年連続の減少だ。
「今年は受験生の安全志向が強いが、東大理三は『ここに入りたい』という受験生が多く、その影響が少なかった。反対に京大は安全志向の影響が出ている。今年はセンター試験の平均点が下がったので、2次試験の比率を高く変更した大阪大に挽回できる可能性があると考え、志願者が集まったのでしょう」(石原部長)
安全志向の影響は他の大学でも出ている。北海道大は119・2%、名古屋大は109・2%と大きく志願者数を伸ばした。北海道大は予備校が公表している合格目標ラインが旧帝大の中で最も低く、道外の受験生も合格を狙って出願し、名古屋大は京大や阪大を目指す地元受験生の受け皿になったとみられる。
東北大は志願者が前年比71・2%。医学科の募集人員が昨年の105から77に大きく減ったためだ。
その他の国公立大では、今年も医学科特有の激しい“隔年現象”が起こっている。隔年現象とは、前年に志願者数を減らした大学に志願者が集まる現象のことだ。逆に前年に大きく志願者を増やした大学は次の年に大きく減る。例えば、秋田大が前年比179・5%と大きく増加したが、昨年は前年比50%と志願者を減らしていた。反対に和歌山県立医科大の志願者数は今年、前年比44・2%と大きく減少。昨年は前年比171・2%だった。
石原部長は説明する。
「医師になるには国家試験をパスすればいいので、大学はこだわらない受験生は多く、模試の結果から合格可能性が高い大学を目指す。前年に志願者が増えた大学は判定が厳しくなり、減った大学では良い判定が出る傾向があり、その結果、激しい隔年現象が起こります」
私大も、最近の安全志向の影響が出ている。私大医学部最難関の慶應義塾大は前年比で91%と大きく減少。近年の志願者数は減少傾向で、15年と比較すると約20%も志願者が減った。同大の医学部は東大や京大など旧帝大の医学部との併願が多かったが、安全志向から敬遠されているようだ。
首都圏や関西圏の大学でも減少が目立つ。東海大医学部(神奈川県)も今年は、一般方式が前年比73・8%と大きく減少。昭和大(東京都)も一般方式は前年比74・1%だ。関西圏では近畿大(大阪府)の一般方式が95・4%、兵庫医科大(兵庫県)が前年比91・2%にとどまっている。河合塾の岩瀬チーフは「都市部では企業への就職の選択肢が多く、医学部の志願者が減っている」と見る。
入試差別問題の影響を引きずる大学も目立つ。問題の発端となった東京医科大は一般方式、センター方式ともに前年比約200%で、大きく志願者を伸ばしたように見えるが、これは昨年、不正入試の影響で志願者数を大きく減らしたため。問題が発覚する前の18年の志願者数と比較すると、65%の水準にとどまる。
第三者委員会から不正を指摘された聖マリアンナ医科大も、今年は前年比124%と大きく増加。こちらも昨年、大きく志願者を減らした揺り戻しがあった形で、18年と比較すると70%弱にとどまっている。ある医学部進学塾の経営者は憤る。
「聖マリアンナ医大が第三者委員会の報告書を公開したのは1月17日。この時期は一部の医学部では入試が始まっており、すでに出願を済ませている人が大半です。報告書の日付は12月12日で、タイミングを見計らっていたんでしょう。不適切な入試も認めず、その姿勢は不誠実に映りますね」
医学部卒業生の親族を不当に優遇し、入学させていたことを認めた日大は、今年A方式が前年比89・6%と下げ止まらない。
信頼回復にはまだ時間がかかりそうだが、志の高い学生が一人でも多く合格することを願いたい。
(本誌・吉崎洋夫)
※週刊朝日2020年2月21日号