第95回 韓国・参与連帯の公益通報者支援活動

 
 今回のエッセイでは、前回(第94回)に続いて、3月27日に行われるAsu-netのつどいのテーマである公益通報者保護をめぐる問題を取り上げます。今回は、前回調べた韓国で関連制度改善に大きな役割を果たしてきた市民団体による通報者支援活動に焦点を当てました。
 日本では当局や企業の不正に対して声を上げた内部告発者や公益通報者は、ほとんどが孤立して巨大な相手と個人で闘ってきました。韓国でも当初は全く同様でした。しかし、1990年代から「正義の声を上げた公益通報者を保護・支援する市民団体の活動」が広がりました。その特徴は、個人を孤立させないための多様で粘り強い支援活動です。とりわけ、支援活動の中心になったのは「参与連帯」という市民団体です。参与連帯は、通報者を支援するだけでなく、前回調べた「腐敗防止法」、「公益申告者保護法」などの立法制定でも中心になりました。
 今回のエッセイでは、参与連帯が設立当初から現在まで30年以上にわたって先頭にたって進めてきた公益通報者支援活動の一端を紹介します。参与連帯全体の組織や活動を概観した後、「義人基金」や「義人賞」などの取り組み、これまで多様な分野に広がる事件、さらに最近、大きな注目を集めている「ソウル市中学校教師事件」を調べて見ました。 なお、詳細な参考記事・図表は本文とは別に「Click Here]の部分に折りたたんでいますのでクリックしてご覧ください。
  2026年3月23日 S.Wakita

韓国の進歩的市民団体・参与連帯

参与連帯とは ー 組織の特徴

 韓国社会の民主的変革の歴史を語る上で欠かせないのは「参与連帯(참여연대:チャミョヨンデ)」という市民団体の存在です。参与連帯は、1994年9月に設立され、現在も韓国を代表する代表的な進歩的市民団体です。
 1987年の民主化抗争によって約25年もの長きにわたる軍事独裁政権が終わりを告げました。しかし、盧泰愚政権で多くの「民主的な制度」が形成されましたが、これは形式的な民主主義にすぎず、開発独裁と財閥中心の成長が生んだ弊害、政経癒着、政治と官僚の腐敗と官僚主義が蔓延することになりました。
 一方、韓国全土に「声を上げる権利」という市民意識が広がりました。民主化後、1989年7月、市民運動団体として「経済正義実践連合(経実連)」が結成されました。しかし、経実連は民衆運動や労働運動の政治的な方向と一線を画しました。それに対して、新たな市民団体結成の動きが現れ、民主化運動を経験した趙喜昀(チョ・ヒヨン)氏らの進歩的学者、人権弁護士、学生運動出身活動家らが中心となった市民らが、「市民の力で世界を変える」という旗印のもとに結集し、1994年9月10日、10人の常勤スタッフと300余名の会員で「参与連帯」を設立したのです。創設メンバーの中心の中では、人権弁護士出身の朴元淳(パク・ウォンスン)氏が事務局長を務めました。同氏は、後に(2011年から2020年まで)ソウル市長を務めています。
 参与連帯が韓国の市民社会から高い信頼を得ている最大の理由は、その徹底した「財政的独立性」です。政府や行政機関、政党、企業を厳しく監視することを目的とするために、参与連帯は、政府などからの補助金を一切受け取らないという姿勢を貫いています。運営資金のほぼ100%が約1万5,000人の会員からの会費と市民の寄付によって賄われています。

参与連帯の独創的市民活動

 参与連帯は、設立直後の1990年代後半から社会安全網確保のための「国民生活最低線運動」を展開し、国民基礎生活保障法制定に大きく寄与しました。さらに、司法監視センター・公益訴訟センター・内部告発者支援センター・人権センターの活動を開始しました。
 さらに、1996年6月から「腐敗防止法制定のための100万人街頭署名」を開始し、1996年11月に「立法請願」を行い、長年の活動の末2001年7月に同法を国会を通過させました。1999年5月に「情報公開事業団」を発足させ、行政の透明化を推進し、ソウル市24区庁長の機密費情報公開拒否処分取消訴訟でも勝訴しました。
 また、大株主の横暴に対抗して小口株主運動を展開するなど多くの役割を果たしました。1997年には第一銀行(現SC第一銀行)を対象に韓国最初の株主代表訴訟を提起しました。2000年1月には、参与連帯を含む全国421の市民社会団体が参加して、2000年4月の第16代総選挙において、議員として相応しくない候補者を落選させる落選運動を展開しました。この落選運動は、日本をはじめ外国でも報道されて大きな注目を浴びました。
 また、2001年3月からっは、携帯電話の料金引き下げキャンペーンを開始し、100万人が参加した消費者運動として大きな成果を挙げました。
 李明博・朴槿恵の保守政権時代には、国家情報院の選挙介入や民間人違法査察といった国家権力の濫用に対し、真っ向から告発・情報公開運動を展開したため、政権との間に激しい対立関係を生みました。

〔一覧表〕 参与連帯の活動の歴史:監視と参与の30年 詳細は、ここをクリック。 Click Here
参与連帯の活動の歴史:監視と参与の30年
時期区分 参与連帯の組織的展開 独自の特徴的活動
創設期
(1994年 – 1997年)
権力監視と市民の権利擁護の活動開始
  • 1994年9月10日、進歩的な学者、弁護士、活動家ら約300人が集まり、「参与と人権」を掲げて参与連帯が結成。
  • 従来の市民運動は、独裁政権とのマクロな政治課題に集中していたが、参与連帯は「日常的な権力監視」と「市民の具体的権利の擁護」の新モデルを提示。
初期の象徴的な活動は、1997年に始まった「少数株主運動」。財閥企業の不透明な経営を正すため、経営陣の背任や不法行為を告発。サムスン電子などの巨大企業を相手に勝訴。韓国社会に「経済民主化」の概念を定着させた。
発展・制度化期
(1998年 – 2007年)
進歩派政権下での活動拡大と権力との距離問題
  • 進歩系の金大中、盧武鉉政権の誕生に伴い、参与連帯の活動は急激に拡大。制度的な面での改革成果が数多く生まれた。
  • この時期、多くの参与連帯出身者が政府入りしたことで「権力との距離」が議論されたが、同時に市民社会の意見を国政に反映させるパイプラインとしての役割も果たした。
  • 社会安全網の構築では、1999年に政府に「国民基礎生活保障法」制定を求め、福祉が「国民の権利」であることを確立。
  • 2000年の総選挙で腐敗した政治家に対する「落選運動」を展開。市民の支持を背景に選挙文化を根底から変えた。
  • 検察、警察、国家情報院などの権力機関を独立して監視する活動を強化し、「腐敗防止法」の制定にも寄与した。
抵抗と試練の時期
(2008年 – 2016年)
保守政権下で「広場の政治」を訴え
  • 李明博・朴槿恵の保守政権誕生により、再び「批判・抵抗の主軸」へと戻った。
  • 2008年の「米国産牛肉輸入反対キャンドルデモ」では、市民の声を組織化し、広場での直接民主主義を支えた。
  • 政府や保守メディアから激しい攻撃(いわゆる「従北」批判)を受け、団体の存立を脅かされる局面もあった。
  • 2010年の哨戒艦「天安」沈没事件の調査結果に科学的疑問を呈し、国連に書簡を送った。
  • 2014年のセウォル号沈没事故の真相究明。
  • 2016年末の「キャンドル革命」(朴大統領弾劾)で数千の市民団体を束ねる事務局的な役割を担い、政権交代の決定的な原動力となった。
省察と新たな挑戦
(2017年 – 現在)
文在寅政権から尹錫悦政権、12.3非常戒厳へ
  • 文在寅政権下では、検察改革などの主要課題で政府と歩調を合わせる一方、「曹国(チョ・グク)事態」をめぐり、団体内部で亀裂が生じた。
  • 「権力に近い」イメージによる信頼低下に直面。
  • 2026年現在、デジタル時代の「参加型民主主義」を再定義し、権力の独走を監視する防波堤としての役割を続けている。
  • 2021年にLH(韓国土地住宅公社)職員の土地投機疑惑を暴露し、「権力監視者」としての存在感を取り戻した。
  • 2024年12月3日の尹錫悦大統領「非常戒厳」宣言に対し、戒厳解除と大統領退陣を求める運動の最前線に立った。
  • 2024年の創設30周年で気候危機やデジタル資本主義への対応を新たな議案に据えた。

参与連帯の活動機構

11の独立センター

 参与連帯は「参与・連帯・監視・対案」の4大活動原則に基づき運営されています。国会を監視する「議政監視センター」、検察や裁判所を監視する「司法監視センター」、財閥を監視する「経済金融センター」など、11の専門的な活動機構を有しています。
 これらの11の独立センターの活動開始時期と主な活動内容・目標は右の表のとおりです。

  • 議政監視センター◎1994年~ 理念:国会議員を選んだ国民が監視する)
  • 司法監視センター◎1994年~ 検察・裁判所/弁護士を監視。司法改革。)
  • 行政監視センター◎1994年~ 公職社会(行政)の腐敗と権力濫用を監視する)
  • 民生希望本部(★2000年代以降~ 庶民が幸福な社会のために民生の対案を提示)
  • 社会福祉委員会◎1994年~ 権利としての福祉。月刊「福祉動向」刊行 1998年~)
  • 労働社会委員会(★2000年代以降~ 差別のない労働のために、労働政策の代案を提示)
  • 経済金融センター◎1994年~公正で民主的な経済秩序のために活動。財閥監視)
  • 租税財政改革センター(★2000年代以降~ 租税正義の実現のために活動)
  • 平和軍縮センター(★2003年5月~ 国家の市民統制最小化、安保領域を民主化)
  • 国際連帯委員会★2000年代~ 国境を越えて人権と民主主義のために共に活動。2004年のUN-ECOSOC特別協議地位取得)
  • 公益提報支援センター◎1994年~ 当初「内部告発者支援センター」として設置。2013年2月に独立センターとして分離・解消)

付設機関

参与連帯は、11の独立センター以外に、右の4つの付設機関を設置しています。とくに、公益法センターは、100件以上の多様な公益訴訟を進め、数十件以上で勝訴してきました。弁護士が中心となり、各活動機構と連携して訴訟・法律支援を行っています。

  • 公益法センター◇1990年代~ 公益訴訟で人権と民主主義を守る)
  • 参与社会研究所(◇2002年創立 対案政策の生産と公論化。『市民と世界』を刊行)
  • アカデミーヌクナム(◇2009年3月再開 市民教育空間。広い木陰を作る木の名前から)
  • 青年参与連帯(◇2010年代~ 青年部門。理念は、持続可能な世界のために青年が楽しい変化を作る。)

労働問題と参与連帯

 参与連帯は、当初、既存の強大な労働組合(民主労総、韓国労総など)が存在する「労働運動」とは一線を画し、直接的な対象から労働問題を外していました。 しかし、1997年のアジア通貨危機(IMF危機)以降、整理解雇の合法化に伴い、正規職、すなわち、「標準的雇用関係」(長期、フルタイム、直接雇用を特徴とする「正社員」など)の多くが失職し、正規職とは大きく異なる「非正規職」(日本の非正規雇用に当たる)になりました。 非正規職は、日本とも類似して「有期雇用」や「派遣労働」、さらに個人請負形式の労働などが広がりました。これらは、正規職(標準的雇用)とは異なり、①不安定、②差別的待遇、③無権利(特別な保護の欠如)、④孤立・未組織(労組の組織対象外)という重大な問題がありました。
 そのために、2000年代になって、参与連帯はこれら非正規職の問題を「社会的弱者の人権問題」として捉え直し、「労働社会委員会」を設置しました。そして、現在では、非正規職問題以外に、過労死問題、賃金不払い問題など、弱い立場の労働者層をめぐる深刻な労働人権問題に積極的に取り組んでいます。

参与連帯の公益通報者支援活動の取り組み概観

 参与連帯が韓国社会にもたらした最も大きな功績の一つが、「公益申告者(内部告発者)保護制度」の確立とその発展です。参与連帯は、設立直後から、組織内部の不正などを告発する公益通報者を支援する活動を展開してきました。こうした活動が大きな推進力となって、前回のエッセイで取り扱った腐敗防止法と公益申告者保護法が制定されました。韓国における公益申告者制度の道のりは、まさに参与連帯の活動の歴史そのものと言えるものです。

「密告」から「正義の行い」へ概念の転換

  1990年代初頭の韓国において、内部告発は「組織への裏切り」や「密告」とみなされ、通報者は、解雇・配転やいじめ・パワハラ、損害賠償請求といった過酷な報復によって社会から抹殺されるのが常でした。
 参与連帯は、1994年の設立と同時に「内部不正通報者支援センター(現在の公益通報支援センター)」を発足させました。同年、警察官の組織的な収賄を内部告発して罷免された警察官キム・ソクウォン氏を全面的に支援し、行政争訟に取り組みました。この支援活動が、韓国における組織的告発者支援の原点となったのです。
 参与連帯はこうした活動を通じて、内部告発を「社会の健全性を保つ正義の行い(公益申告)」へと再定義する強力な社会運動を展開しました。

 *注 図の下2行目の「生疎だった」は、韓国語(생소)からの直訳。「聞き慣れなかった」の意味。

「腐敗防止法」から民間対象の「公益申告者保護法」へ

  そして、個別の支援に限界を感じた参与連帯は、法制化運動に乗り出します。1996年には他の市民団体と連帯して「腐敗防止法」制定のための100万人署名運動を展開し、独自の法案を国会に提出しました。5年にわたる熱心なロビー活動の末、金大中政権時代の2001年に公職者の不正を対象とする「腐敗防止法」が成立し、韓国で初めて内部告発者保護が明文化されました。
 しかし、民間企業の不法行為が国民の命を脅かす深刻な問題が続発しました。「企業の内部にいる労働者が声を上げなければ市民の安全は守れない」という世論を背景に、参与連帯は民間部門も包括する「公益申告者保護法」の制定運動を再開します。10年近い運動の末、2011年に同法が国会を通過し、韓国は官民双方をカバーする世界最高水準の通報者保護の基盤を手に入れました。

法制定後の絶え間ない制度改善の主導

  法律ができた後も、参与連帯は立ち止まりませんでした。法制化当初は、通報に対する金銭的インセンティブがなく、保護対象となる法律も極めて限定的(列挙主義)でした。参与連帯は、通報者が直面する現実的な報復の実態を調査し、継続的に法改正を迫りました。 その結果、2016年には通報によって国に利益をもたらした場合に最大30億ウォン(後に上限撤廃へ)を支給する「褒賞金制度」の導入を実現、2017年には報復を行った企業への「懲罰的損害賠償(3倍)」の導入、2021年の大改正では、弁護士を通じて匿名で通報できる「非実名代理申告制度」の新設や、企業による報復的な逆提訴(SLAPP訴訟)の禁止、さらには「通報者を探ろうとする行為」自体を不利益措置とみなす「立証責任の転換(推定規定の拡大)」など、画期的な保護強化を次々と勝ち取ってきました。現在も、指定された法律以外の重大な経済犯罪(横領など)も保護対象に含める「包括主義」への転換を求め、立法請願を続けています。

公益通報者支援活動の実際

国家の制度を補完する「義人賞」と「義人基金」

  参与連帯の支援活動において特筆すべきは、国家の法制度を補完する独自の支援システムを持っている点です。 公益申告者が最も恐れるのは、経済的な破綻と社会的な孤立です。1990年代初頭の韓国では、軍や政府内部の不正を告発する勇気ある市民が相次いで現れました。しかし、彼らを待っていたのは賞賛ではなく、「組織の裏切り者」という烙印と、即座の解雇、そして法的な報復でした。
 参与連帯は1994年に市民からの寄付に基づく「義人基金」を設立し、告発によって解雇され困窮した通報者に対し、生活費や訴訟費用、医療費などを迅速に支援してきました。これは国の救済金が下りるまでの空白期間を埋める「命綱」として機能しています。
 この「義人基金」が設立されるきっかけとなった代表的事件の一つは、参与連帯が設立される直前に起きたイ・ムノク監査官事件(1990年)でした。イ・ムノク氏は、監査院の職員でしたが、1989年8月に23社の財閥企業の非業務用不動産取得に関する課税実態監査をしていたところ、政治的圧力で監査が中断されました。
 イ・ムノク氏は、この事実を1990年5月11日と12日、ハンギョレ新聞に告発したところ、監査院はイ・ムノク氏に辞表を提出するよう促しました。さらに、大検察庁中央捜査部は5月14日、イ・ムノク氏が実際の内容と大きく異なる資料を報道機関に流出し、政府の公信力を損なったとして、「刑法」の公務上の秘密漏洩の容疑で同氏を拘束しました。イ・ムノク氏は、公務員を罷免され、不当に拘束され、6年にわたる長い法廷闘争の末、1996年5月10日に大法院で無罪判決を受けました。正義の訴えをしたのに、逆にきわめて過酷な弾圧を受けたのです。〔経実連「イ・ムノク監査官の良心宣言」〕
 また、イ・ジムン少尉事件(1992年では、部隊では第14代国会議員選挙に際し、中隊ごとに実施された軍人不在者投票を控え、「与党の支持率を80%以上に引き上げよ」という上級部隊からの指示に基づき、中隊長らが兵士たちに与党を支持するよう指導していました。イ・ジムン少尉は、こうした軍内部の不在者投票における不正を告発したところ、即座に「離脱(脱走)」扱いとなり、軍籍を剥奪されました。
 これらの事例を見た韓国の市民社会は、「正義を貫いた人が破滅する社会であってはならない」と痛感しました。そして、1994年に参与連帯が創設されると同時に「義人基金」の準備が始まったのです。
 さらに1999年には「義人賞(現在の『今年の公益通報者賞』)」を創設しました。国政介入事件や国家機関の選挙介入などを暴いた告発者たちを「社会の英雄」として表彰することで、彼らの名誉を回復し、社会からの強力な連帯と支持を示してきました。「国の法律」と「市民の支援」という車の両輪によって、韓国の公益申告者は守られているのです。

公益通報事例

 以下は、約40年近くの公益通報をめぐる事例を集めた参与連帯のWebサイト「2024年良心の笛を吹く人々」(リンク集)です。そこに挙げられた事例の表題(リンク集)を日本語訳し、さらに、訳注や他のリンクなどの情報を追加しました。(未完・作業中)

公共機関による権限の濫用・不正な請託     Click Here
公共機関の予算・会計不正     Click Here
教育機関の不正・不祥事     Click Here
人権侵害     Click Here
環境・健康・安全     Click Here

最近の公益通報者支援事例 ソウル市中学教師事件

 これまで、韓国の公益申告者保護制度がいかにして作られ、参与連帯などの市民団体がどのように支援してきたかを見てきました。しかし、どれほど立派な法律や制度が存在していても、現実の社会でそれらが常に正しく機能するわけではありません。ここでは、近年韓国社会で大きな波紋を呼んだ「ソウル市中学教師事件」を取り上げ、公益通報者が直面する過酷な現実と、それに立ち向かう市民の連帯について具体的に見ていきます。

ソウル中学校(チ・ヘボク教師)事件 関連年表

時期 概要 詳細内容
2023年5月 発端 チ・ヘボク教師(61歳)、相談部長としてA中学校女子生徒から性暴力被害(約2年継続)を把握。女子生徒31人中29人が被害経験と回答するアンケート実施。校長に専門家緊急対策と被害者保護措置を要請→拒否。
2023年5〜12月 申告 学校の対応不十分・二次被害発生を受け、中部教育支援庁・ソウル市教育庁に民願提起。ソウル市教育庁学生人権擁護官が調査着手。
2023年12月 勧告 ソウル市教育庁学生人権擁護官、学校に対し①人権感受性向上策②校長の保護者謝罪③性教育研修④被害学生回復プログラム⑤再発防止の5項目を勧告。教育庁は加害学生の書面謝罪で事件を終結。
2024年1月
(2024年3月
正式通知)
不利益処分 学校側、チ教師に他校への転任を通知。「教師定員削減・先着順転出の原則」と説明。チ教師は「公益申告への報復」として出勤拒否・ソウル市教育庁前1人デモ開始。
2024年5月2日 支援 「A中学校性暴力事案・公益提報教師不当転任撤回共対委」結成。ソウル市教育庁前で記者会見。MBCなど主要メディアが報道。
2024年6月 行政措置 ソウル市教育庁、勧告事項未履行を理由に学校当局に機関警告処分。
2024年8月14日 支援 弁護士77名が「チ教師は公益申告者・教育庁の判断は誤り」との法律意見書を提出。
2024年9月27日 解任 ソウル市教育庁、134日間の無断欠勤を理由にチ教師を解任。3年間の公職任用制限。チ教師は解任処分取消訴訟を提起。
2024年12月 捜査結果 チ教師が学校管理者・教育支援庁を児童福祉法違反・職務遺棄・公益申告者保護法違反で告訴した件、警察が嫌疑なしで終結。
2025年2月19日〜 抗議行動 共対委とともにソウル市教育庁前で天幕籠城・占拠闘争開始(260日超継続)。教育庁は建物出入口を施錠・職員にテレワーク指示。
2025年2月28日 連行 チ教師ほか23名が公務執行妨害・退去不応の疑いで警察に連行。チ教師の拘束令状は検察段階で棄却。5月2日、23名が不拘束送致。
2025年11月6日 抗議行動 チ教師、ソウル行政法院前で公正な判決を求める1人ピケ。
2026年1月29日 勝訴 ソウル行政法院行政2部、転任無効確認訴訟で原告(チ教師)全面勝訴判決。「チ教師の申告は公益申告に該当し、転任処分は公益申告者保護法に反する不利益処分」。転任処分取消。
2026年2月5日 後続要求 共対委が教育庁前で鄭教育監の公開謝罪と再発防止策を要求する記者会見。教育庁政策局長に決議文を提出。
2026年
(3月現在)
継続中 解任処分取消訴訟は別途進行。転任取消確定によりチ教師に有利な見通し。中部教育支援庁の刑事告発(職務遺棄)も捜査継続。

相談室で明かされた衝撃の事実と「二次被害」

   2023年5月、ソウル市内のA中学校で相談指導部長(カウンセリング担当)を務めていた社会科担当教師のチ・ヘボクさんは、女子生徒たちとの面談の中で衝撃的な話を耳にします。多数の女子生徒が、男子生徒たちから日常的にセクハラや性暴力を受けているというのです。背後から突然抱きつかれたり、耳元で卑猥な言葉を囁かれたり、生理用ナプキンを盗まれたりといった行為が常態化していました。 事態を重く見たチ先生が、2年生の女子生徒全員(31名)を対象に無記名アンケートを実施したところ、なんと29名が被害や目撃を経験していることが分かりました。
 チ先生は直ちに校長に対し、専門家による緊急対策会議の開催と被害生徒の保護を要請しました。しかし、学校側はこれを拒否しただけでなく、杜撰(ずさん)な対応によって取り返しのつかない事態を引き起こします。
 生活安全指導部長が調査を行う過程で、誰が被害を訴えたのかという身元情報が加害生徒側に漏れてしまったのです。 その結果、加害生徒たちは被害生徒の教室に押しかけて威嚇したり、机や椅子を蹴り倒したり、SNSで中傷したりするなど、深刻な「二次加害(二次被害)」が発生しました。被害に遭った生徒たちは恐怖に震え、「先生、言わなきゃよかった」と後悔するまでに追い詰められてしまいました。

教育庁への「公益通報」と冷たい対応

  学校内での解決は不可能であり、このままでは生徒たちが危険だと判断したチ先生は、2023年6月、ソウル市教育庁の学生人権教育センターに対して「学生人権侵害救済申請」を提出しました。これが法的な「公益通報」の始まりです。 教育庁の調査の結果、生徒への人権侵害の事実は認められ、学校に対して再発防止策や謝罪を求める勧告が出されました(後に学校へは事案縮小・隠蔽を理由に機関警告処分も下されます)。
 ところが、教育庁は問題を告発したチ先生を守ろうとはしませんでした。チ先生が「公益申告者保護法」に基づく保護を求めたにもかかわらず、教育庁は「申告書に身元漏洩を裏付ける直接的な証拠が添付されていない」という形式的な理由を盾に、彼女を公益申告者として認めることを拒否したのです。

報復人事(不当な異動)と解任・刑事告発

  教育庁がチ先生を保護しないと見るや、学校側は露骨な排除に動きます。2023年末、学校は「生徒数減少に伴う教員定数の削減」を名目に、「先入先出(その学校に早く赴任した者を先に出す)」という突如作られた不自然な人事基準を適用し、チ先生を他校へ異動させることを決定しました。
 当時、A中学校には社会科教師が2名、歴史科教師が3名おり、社会科のチ先生を転出させると歴史科の教師が社会を教えなければならないという、生徒の学習権を無視した不合理な状況が生じるにもかかわらず、人事案は強行されました。しかもチ先生は定年を間近に控えたベテランであり、異動させることはこれまでの人事慣行にも反するものでした。
 チ先生はこれを「公益通報に対する明白な報復人事(不利益措置)」だとして異動命令に従わず、教育庁の前でアスファルトの上に座り込み、転任撤回を求める1人デモを開始しました。 すると教育庁は、彼女の出勤拒否を「無断欠勤」とみなし、2024年9月に「解任」という極めて重い懲戒処分を下しました。
 解任は教員を公職から排除する重懲戒であり、3年間は公職への任用が制限されます。さらに、管轄の中部教育支援庁は彼女を「職務怠慢(職務遺棄)」の疑いで刑事告発までするという、徹底的な弾圧を行いました。生徒を守ろうとした教師が、逆に犯罪者扱いされ、職場から追放されてしまったのです。

教育界の限界と市民社会の連帯

  孤立無援に思えたチ先生の闘いでしたが、やがて韓国社会の良心が動きます。参与連帯をはじめ、民主社会のための弁護士会(民弁)、「政治をするママたち」など、数多くの市民団体が2024年5月2日、「共同対策委員会」を結成しました。特に民弁を中心とする77名もの弁護士が、「チ先生の行動は明らかに公益申告であり、教育庁の判断は法理を捏造した誤りである」という法律意見書を連名で提出し、強力に支援しました。

2024年10月4日 民弁(民主社会のための弁護士会)労働委員会・女性人権委員会連盟意見書   Click Here

[共同声明] 性暴力に関する公益通報を行ったチ・ヘボク先生に対する解任決定を強く糾弾する!
2024年10月4日
民弁労働委員会 ・ 女性人権委員会

性暴力に関する公益通報を行ったチ・ヘボク先生に対する解任決定を強く糾弾する!

 私たちの社会は、ここ数年、学校内における性暴力問題の深刻さを認識し、これを根絶するために努力してきた。しかし、ソウル市教育庁は去る9月27日、A校の性暴力事件を公益通報したチ・ヘボク教員に対し、解任を決定することで、こうした努力に逆行する措置を強行した。今回の決定は、教員の基本的な労働権を著しく侵害するだけでなく、教育現場の民主主義と透明性を大きく後退させる措置である。当委員会は、今回の解任決定を強く糾弾し、直ちに取り消すよう要求する。

  1. 公益通報者保護法違反による労働権の侵害

 チ・ヘボク先生の行為は、明らかに「公益申告者保護法」上の公益申告に該当する。同法第2条によれば、「公益侵害行為」とは、国民の健康と安全、環境、消費者の利益、公正な競争およびこれに準ずる公共の利益を侵害する行為をいい、「学校暴力予防および対策に関する法律」および「児童・青少年の性保護に関する法律」の違反行為を含む。チ・ヘボク教諭は、A学校で発生した性暴力事件と、これに対する学校側の不適切な対応を管轄の教育庁に通報した。これは明らかに公益申告に該当し、したがってチ・ヘボク教諭は法的に保護されるべき公益申告者の地位を有する。

 公益申告者保護法第15条は、公益申告者に対する不利益措置を禁止している。同法第2条第6号は、「不利益措置」の類型として「罷免、解任、解雇」を明示している。したがって、チ・ヘボク教員に対する解任決定は、公益申告者保護法に正面から違反するものであり、これはすなわち教員の労働権に対する重大な侵害である。特に注目すべき点は、同法第23条が「公益申告等があった後2年以内に公益申告者等に対して不利益措置を行った場合」、当該不利益措置が公益申告等を理由としたものと推定すると規定していることである。これは立証責任を転換し、労働者の権利を保護しようとする趣旨であり、ソウル市教育庁には、この解任が公益申告と無関係であることを立証する責任がある。それにもかかわらず、ソウル市教育庁は公益申告から2年も経っていない時点で、チ・ヘボク教師の解任を決定した。これは「公益申告者保護法」第23条に明らかに違反するものである。

  1. 不当解雇および懲戒権の濫用

 チ・ヘボク教師に対する解任決定は、教育公務員の身分保障を規定した「教育公務員法」に違反した。大法院は、教育公務員の任用および配置が自由裁量行為ではないことを明確に判示している(大法院2007年9月6日宣告2007ドゥ5233判決)。教育公務員の任用は、その資格、再教育成績、勤務成績、その他の能力の実証に基づいて行われなければならず、能力に応じて均等な機会が保障されなければならない。また、職務配置の際には、当該教育公務員の資格、専攻分野、研修経歴、勤務経歴および適性などを考慮しなければならない。しかし、今回の解任決定の過程において、これらの要素が適切に考慮されたという証拠はない。これは、教育公務員の公正な人事管理の原則を阻害する重大な違法行為である。

  1. 学校暴力および性暴力の根絶に向けた取り組みの後退

今回の解任決定は、学校内での暴力や性暴力を根絶しようとする社会全体の取り組みに深刻な後退をもたらすだろう。公益通報者に対するこのような扱いは、今後、同様の事件に関する通報を萎縮させ、結果として生徒たちの安全と人権を脅かすことになるだろう。特に、最近ではデジタル性犯罪など、新たな形態の学校内暴力が増加している状況において、このような決定は極めて憂慮すべきものである。教育省の資料によると、過去5年間に小・中・高校で発生したデジタル性犯罪は1,860件に達し、そのうち30%以上が不法撮影であった。

A校の性暴力事件の処理過程において、被害を受けた生徒の身元が露見し、二次被害が発生したことは、極めて深刻な問題である。「学校暴力予防及び対策に関する法律」および「児童・青少年の性保護に関する法律」は、被害を受けた生徒の身元保護と秘密保持を厳格に規定している。

それにもかかわらず、A校および関連する教育当局は、こうした義務を適切に履行しなかった。むしろ、問題を提起したチ・ヘボク教員を懲戒処分にすることで、責任を回避しようとしている。これは、被害を受けた生徒を保護するという最も基本的な義務を放棄したことに他ならない。このような状況下で、性暴力の根絶に努めた教員を懲戒処分にすることは、学校暴力および性暴力の根絶に向けた取り組みを後退させる行為である。

今回の解任決定は、教育現場における民主主義と労働権の保障に対する深刻な挑戦である。したがって、ソウル市教育庁に対し、チ・ヘボク先生に対する解任決定を直ちに撤回するよう強く求める。チ・ヘボク先生が学校現場に戻るまで、私たちは連帯して闘い続ける。

2024年10月4日 (金

民主社会のための弁護士会 労働委員会 ・ 女性人権委員会


 この事件は韓国の「進歩的な教育界」が抱える深い矛盾と限界を露呈させました。人権を重視するはずの進歩派教育監(チョ・ヒヨン前教育監、チョン・グンシク現教育監)が率いる教育庁は、自らの行政手続きの無謬性に固執し、強硬な姿勢を崩しませんでした。
 2025年2月には、教育庁内で座り込みを行っていたチ先生と支援者23名が警察に連行されるという事態まで発生しました。 さらに衝撃的だったのは、チ先生が所属していた「全国教職員労働組合(全教組)」のソウル支部さえも、チ先生が出勤拒否を行うと「不当な異動ではない」と立場を翻し、彼女を孤立させる一因を作ったことです。官僚主義と組織防衛の論理の前に、一人の通報者の人権は容易に踏みにじられてしまう現実が浮き彫りになりました。

740日の闘いと歴史的勝訴判決

  教育庁前のアスファルトの上でのチ・ヘボク先生と支援者の抗議が700日を超えた2026年1月29日、ついに歴史的な判決が下されました。ソウル行政裁判所は、チ先生が提起した「異動処分無効確認訴訟」において、彼女の全面勝訴を言い渡したのです。
 裁判所は、チ先生の行動を「公益申告」と明確に認定し、学校側の異動命令を「通報に対する報復的な不利益処分」であると断じました。判決で特に重要だったのは、「通報内容を裏付ける完璧な客観的証拠がなくても、通報当時に『信じるに足る合理的な理由』があれば、公益申告者として保護されるべきだ」という画期的な法理を示した点です。これにより、密室で行われがちな人権侵害や二次被害の告発に対するハードルが大きく下がりました。 この判決を受け、ソウル市教育庁はついに控訴を断念し、チョ・ヒヨン前教育監も「全責任は私にある」とSNSで公開謝罪しました。
 2026年3月現在、チ先生は連鎖的に行われた「解任処分」の取り消し訴訟を続けており、まだ教壇への完全な復職には至っていません。しかし、この事件が社会に投げかけたメッセージは強烈です。
 「私が追い出されれば、子どもたちは二度と被害を申告しなくなるでしょう。私が学校に戻ることは、『生徒たちが正しい』『あなたが言ったことは間違っていなかった』と伝えることなのです」
 法廷の最終陳述でチ先生が涙ながらに語ったのが、この言葉でした。
 この言葉は、内部告発者の保護が単なる大人の労働問題ではなく、未来の世代の安全と民主主義の根幹に関わる問題であることを示しています。どんなに立派な「公益申告者保護法」が存在していても、それを運用する行政機関が保身に走れば、法律はいとも簡単に無力化されてしまいます。そして、その巨大な壁を打ち破ることができるのは、決して諦めない個人の勇気と、それに寄り添い支え続ける「参与連帯」のような市民社会の連帯の力なのだということを、チ・ヘボク先生の闘いが示しています。

「チ・ヘボク事件」の当事者の主張・争点と裁判所の判決比較表

争点 チ・ヘボク教員
・市民団体の主張
学校・ソウル市
教育庁側の主張
ソウル行政裁判所判決
(2026年1月29日)
公益通報者の地位(該当性) 学内性暴力の隠蔽および調査過程での被害生徒の身元暴露(秘密漏洩)を通報した行為は、明白な「公益申告」である。証拠が完璧でなくても保護されるべきである。 申告内容を裏付ける直接的な証拠(身元漏洩の証拠等)が提出されておらず、公益申告の要件を満たしていないため、公益申告者とは認められない。 チ教員を公益申告者と認定
通報当時に公益侵害行為が発生したと信じるに足る「合理的な理由」があれば、証拠提出は調査の便宜を図るものに過ぎず、公益申告者として保護される。
転任(異動)処分の性質 公益通報に対する報復的な人事(不利益措置)である。定員削減を口実に、社会科と歴史科を恣意的に統合してチ教員を標的にした不当な処分である。 生徒数減少に伴う正当な教員削減人事であり、「先入先出(長く勤務した者を先に出す)」の原則に従ったもの。通報とは全く無関係である。 転任処分を取り消し(違法と認定)
当該学校には定員削減に伴う明確な内部規定がなく、チ教員の申告後に基準が定められたと指摘。教育庁側が「通報による不利益処分ではない」ことを証明できておらず、因果関係の推定は覆らないと判断した。
学校側の対応と秘密漏洩(二次被害) 学校側は被害生徒の身元を不注意に露出させ、加害生徒が教室に押しかけて威圧するなどの深刻な二次被害を引き起こした。 被害生徒の身元を暴露したという事実はない。適法な手続きに従って処理し、二次被害は確認されていない。 秘密漏洩を認定
生活安全指導部長が加害生徒たちに被害生徒の名前を知らせたことは秘密漏洩であり、「公益侵害行為」に該当すると判断した。
社会科・歴史科の統合人事の妥当性 社会科と歴史科は独立した教科であり、これを統合して異動対象者を選定し、社会科のチ教員を異動させたのは不当である(生徒の学習権の侵害)。 2009年以降、ソウル市の中学校教員の人事異動については、社会科と理科(歴史科等)を統合して処理しており、通常の原則に従ったまでである。 学校側の手続きの瑕疵を指摘
教育庁による人権侵害状況の調査が続いている最中に学校側で基準が定められ、教育庁に苦情を申し立てたにもかかわらず考慮されなかった点を指摘。
出勤拒否・解任・刑事告発の正当性 不当な転任命令に対する正当な抗議としての出勤拒否であり、これを理由とした解任や職務怠慢による刑事告発は、公益通報者に対する二重の弾圧・報復である。 正当な理由なき勤務命令違反および134日間の無断欠勤であり、解任は適法。また、職務怠慢に該当するため関連法令に基づき刑事告発した。 直接の判断対象外(ただし前提が崩壊)
本判決は転任の無効を確認したもの。解任処分については別途訴訟中だが、転任の違法性が確認されたことで、異動先への出勤義務違反を問う解任の根拠が崩れる可能性が高い。

小括

この動画は、2026年3月11日夕方、 ソウル市教育庁前での「共同対策委員会」の集会を実況したものです。チ・ヘボクさんが裁判所で異動無効の勝訴判決を得たにもかかわらず、ソウル市教育庁が復職を拒み続けている事態を受け、教育庁前で「解任取消と即刻復職」を求める決議大会が開催されました。動画は集会の全編を収録しており、教育庁との交渉経過報告のほか、労働組合、女性人権団体、障害者団体、学生人権団体など、社会のあらゆる分野で闘う市民からの熱い連帯発言と当事者の決意表明が収められています。集会の最後にチ・ヘボクさん自身が決意を述べています。

  この集会で発言されたクォン・ヨングク氏(弁護士、現・正義党代表)は、裁判所の勝訴判決後も教育庁がチ・ヘボク教師の復職を拒んでいる現状に対し、「教育監が自ら控訴を断念した以上、速やかに不当な処分を取り消すのが法的な常識である」と強い疑問を呈しました。クォン氏は、不当な配置転換命令が出された直後にチ・ヘボクさんが相談に訪れた当時のエピソードを振り返ります。通常、弁護士という立場では「ひとまず異動を受け入れた上で、内部から不当性を争うべきだ」という防衛的なアドバイスをせざるを得ません。しかしチヘボクさんnは、自らの信念に基づき「異動命令そのものを拒否して外で闘う」という、極めて困難で茨の道となる決断を下したことを紹介しました。
 巨大な行政組織を相手にするだけでなく、彼女が所属する労働組合(全教組)にすら背を向けられ、孤立無援の中で闘い続けるには、超人的な忍耐力が必要だったはずだと指摘します。労働組合の支援さえ得られない絶望的な状況下で、一人の人間が理不尽に耐え抜いた姿に「人間としての勝利のような印象を受ける」と深く感銘を受けたことを語りました。
 そして、彼女が最後まで耐え抜くことができたのは、猛暑や極寒のアスファルトの上で共に闘い続けた市民や連帯する同志たちの存在があったからだと称賛し、自身も過去に2度の解雇経験を持つクォン氏は、孤立して闘うことの計り知れない苦痛を痛いほど理解していると共感を示しました。
 最後に、クォン氏は、完全な勝利(復職)は目前に迫っており、残すは終止符を打つだけだと参加者を力強く鼓舞しました。 

  日本でも韓国とほぼ同時期に「公益通報者保護法」が制定され、施行されてきました。しかし、日本では、最近まで改正がほとんどありませんでした。これに対して韓国では改正が毎年のように繰り返されました。とくに、2021年に大きな改正がありました。相次ぐ改正は参与連帯が支援に取り組む公益通報者をめぐる事件が背景になっています。日本でも個別の事件では弁護士や支援者の熱心な取り組みがあります。韓国では、それが個別の問題でなく、参与連帯などの支援を通じて集団化・社会化し、さらに司法・行政・立法をめぐる政治問題になってきたと言えます。


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