朝日新聞 過労で脳内出血…うつ病、自殺 復職後の処遇、妻は問う 【大阪】

過労で脳内出血…うつ病、自殺 復職後の処遇、妻は問う 【大阪】
2012/02/16  朝日新聞 朝刊

 過労が原因で脳内出血を起こし、リハビリを経て復職した男性(当時52)が7年前に自殺した。残された妻は「退職勧奨を受けてうつ病を発症した」とし、慰謝料などを求める訴訟を起こした。病気で倒れた社員に対する復職後のケアのあり方が問われる訴訟は異例で、司法の判断が企業経営者に影響を与える可能性がある。

 妻の代理人の生越照幸弁護士(大阪弁護士会)によると、男性は神奈川県中部にある電気設備点検会社の業務推進部長だった2004年2月、脳内出血で倒れた。倒れるまでの半年間の時間外労働は月平均80時間20分で、国が「2カ月以上にわたって月平均80時間以上」とした労災認定基準を超えていた。

 男性は入院とリハビリを経て、つえをつけば歩けるまで回復。右半身にまひは残ったものの、約7カ月後の9月に復職した。だが、会社側は「管理職を続けられない」として嘱託社員への降格を命じ、退職金の見積書も渡したという。翌春までの退職勧奨と受け止めた男性は、復職から約3カ月後の12月に自宅でポリ袋を頭にかぶって自殺した。

 妻は県内の労基署に労災を申請し、10年9月に脳内出血とうつ病、自殺のいずれについても業務との因果関係が認められた。妻は11年10月に「夫は部長としての仕事を続けられた。限界まで働かせ、倒れたらクビという使い捨ての姿勢を問いたい」とし、慰謝料や生きていれば得られたはずの利益など計約8千万円の支払いを求めて横浜地裁に提訴した。

 生越弁護士は「従業員が倒れた場合、企業は降格や退職勧奨ではなく、業務量の軽減やサポート体制の構築に取り組むべきだ」と指摘している。

 ●退職勧奨、否定
これに対し、会社側は昨年12月の第1回口頭弁論で妻の請求を棄却するよう求めた。会社の担当者は朝日新聞の取材に「男性の脳内出血は持病や生活習慣が影響している。退職金の見積書は本人に『今後どうするか』を考えてもらうための参考として示した」とし、退職勧奨を否定している。

 ●退職金見積書、消えた笑顔
「病気で会社に迷惑をかけた分、しっかり働かないとね」。男性は04年9月の復職直後、妻に明るい表情で話していたという。

 男性は1999年、社員が約50人の会社の人事や経理、営業部門を統括する業務推進部長に就任。倒れるまでの約5年間、採用面接を担当したり、取引先との交渉・接待の窓口を務めたりしていた。早朝・休日出勤もたびたびあったという。

 後遺症で利き手の右手が不自由になり、文字を書く練習を兼ねて左手で日記をつけ始めた。「(右)手が少しききはじめた ねおき注意」「常務殿 私のことをかなり心配してくれていた」……。見舞いに来た上司から聞いた仕事の進行状況も書き留めていた。

 復職後も書き続け、たどたどしい文字が読み取れるようになっていった。しかし、会社から退職金の見積書を示された11月ごろから書かなくなった。次第に笑顔も消え、妻との会話もなくなっていったという。

 自殺後、妻が日記を開くと、余白に「ほんとおにありがとう。少しはやさしくしないといけないね」という妻へのメッセージが書き込まれていた。子どもがおらず、一人きりになった妻は「夫は社会復帰への希望だけを支えにしていた。仕事が原因で病気になった人が安心して復職できる社会になるよう、法廷で訴えたい」と提訴の理由を話す。

 労働基準法は「従業員が業務上のけがや病気で休んだ期間とその後の30日間は解雇できない」と定めているが、復帰して一定期間が過ぎた後は企業側の判断に委ねられる部分が大きい。

 森岡孝二・関西大教授(企業社会論)は「労基法には04年の改正で、社会通念上相当といえない場合の解雇を無効とする規定が入ったが、仕事で障害を負った人の雇用継続責任は明確でない。新たな法整備の必要性を議論する上でも今回の訴訟には意義がある」と話す。(阪本輝昭)

 【写真説明】(画像省略)
男性が利き手とは逆の左手でつけていた日記。復職に向け、上司から聞いた仕事の状況も書かれていた=1月上旬、神奈川県内(一部画像を加工しています)

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