過労死責任、経営者に問う 労務管理「経営理念が影響」 残業把握「社内体制に不備」

朝日デジタル 2014年3月25日

写真・図版:渡辺美樹氏らを相手取った裁判の第1回弁論を終え、支援者への報告集会を開く森豪さんと祐子さん。亡くなった美菜さんの遺影を挟んで着席=2月、東京都内
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 長時間労働が原因で過労死や過労自殺に追い込まれた働き手。その遺族が経営者そのものを訴える動きが広がっている。長時間労働を生んだ体制をつくり、放置した責任を問うものだ。

 「娘を死に至らしめた責任がワタミにあることが明らかとなり、ワタミという会社と、そのシステムをつくり出し、運営した者に損害賠償を求めるために提訴いたしました」

 2月17日、東京地裁の631号法廷。森豪さん(65)は陳述書を読みあげた。妻の祐子さん(59)も続いた。

 娘の美菜さん(当時26)は2008年6月、神奈川県内の社宅に近いマンションから投身自殺した。ワタミの子会社で居酒屋「和民」を運営するワタミフードサービスに入社してまだ2カ月だった。

 12年2月、月141時間の残業があったとして、美菜さんの死は労働災害に認定された。夫妻はその後、原因はワタミグループの労務管理にあると考え、改善を会社に求めて交渉を申し込んだが、断られた。

 過労死や過労自殺が起きた場合、労災とは別に、会社に損害賠償を求めることは珍しくない。今回の訴えの特徴は、ワタミの代表取締役だった渡辺美樹氏ら個人にも安全配慮義務違反があったとしている点だ。

 訴状では、ワタミグループの労務管理の背景に、渡辺氏の経営理念があると主張。問題視しているのは、渡辺氏の言葉を集めた理念集や、理念集を暗記したかどうかを試すテストだ。経営者の渡辺氏が、働き手の健康を配慮することなく、ずさんな労務管理を推しすすめたと主張している。

 渡辺氏はワタミグループの経営を離れ、いまは自民党の参議院議員。夫妻の訴えに争う姿勢で、「道義的責任を感じており、おわびをしたい。事実関係について整理したうえで、安全配慮義務違反については、裁判所の判断に委ねたい」とコメントしている。

 ワタミだけではない。過労で自殺したJR西日本の男性社員(当時28)の遺族は昨年12月、真鍋精志社長ら取締役4人を含む幹部や上司計9人に対して計1億9千万円の損害賠償を求める裁判を、大阪地裁に起こした。

 訴状によると、男性はJR西日本に入社した3年半後の12年10月、兵庫県内の勤務先近くのマンションの14階から投身自殺をした。鉄道の保安設備の管理業務を行っていたが、会社が調べた結果、毎月100時間を超える残業をしていたことが判明。尼崎労働基準監督署は13年8月、男性の自殺を労災と認めた。

 訴状は、「真鍋社長ら取締役が適正に労働時間を把握するための社内体制を整備しなかったため、長時間労働が放置された」と指摘している。

 JR西日本広報部の担当者は「長期にわたって休日出勤や長時間残業があったことは事実であり、労働時間管理が適切に行われていなかったことを強く反省している。係争中のため、これ以上のコメントは差し控える」としている。

 ■ずさんな体制、根源をただす

 中小企業では、経営者が従業員に直接指示することが多い。過労死が起きた場合、経営者の責任は比較的認められやすい。

 大企業では、経営者が従業員の働き方まで把握しづらい。しかし大企業でも、経営者に責任があると認める判決が出たケースがある。居酒屋チェーン「日本海庄や」を展開する大庄で起きた過労死事件だ。

 この事件では、80時間の残業があることを前提にした給与体系が焦点になった。遺族は、直接店舗を管理していない社長や役員の責任も追及。根拠になったのが、会社法429条1項だ。取締役など役員が、期待されている役割を果たさず会社が第三者に損害を与えた場合、取締役にも責任があると定めている。

 京都地裁、大阪高裁はいずれも、「取締役には、会社が労働者の命や健康を損なわないように注意する義務がある」などとして、経営者責任を認めた。経営者側は、会社法の適用に誤りがあると主張して上告したが、最高裁は昨年9月に棄却。判決が確定した。

 過労死事件で経営者の責任を問う意味は何か。

 大庄の事件で遺族側代理人を務めた松丸正弁護士によると、会社そのものに対して損害賠償を求めるだけでは明らかにならない点を追及するためだ。松丸弁護士は「経営者の責任を争うことで、なぜ労働時間が正しく把握されていなかったのか、誰がずさんな体制をつくり、放置してきたのかが明らかになる。それが、再発防止のヒントを見いだすことにもつながる」と説明する。 (牧内昇平、編集委員・沢路毅彦)

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