北海道新聞 2014年7月28日
ホワイトカラー・エグゼンプションをめぐる労使の溝は深い。経団連の榊原定征会長(左)と連合の古賀伸明会長 ホワイトカラー・エグゼンプションをめぐる労使の溝は深い。
経団連の榊原定征会長(左)と連合の古賀伸明会長(写真省略)
「年収1千万円を超えていたら、過労死してもいいのか」。今月中旬、東京で開かれた「残業代ゼロ制度」に反対する集会。全国過労死を考える家族の会・東京代表の中原のり子さん(58)は問いかけた。
小児科医だった夫は1999年、勤務先の病院の屋上から飛び降り自殺した。44歳だった。当時、年収が1千万円を超す一方、月8回もの当直や30時間以上の連続勤務をこなしていた。職場にタイムカードはなく、残業代はほとんど支払われていなかった。2007年、過労によるうつ病が原因と労災が認められた。
■経営者側の立場
「残業代ゼロ制度」は、時間ではなく仕事の成果に応じて賃金を払う「ホワイトカラー・エグゼンプション」のこと。政府が6月下旬に閣議決定した新成長戦略に「新たな労働時間制度」として盛り込まれた。《1》労働者の年収が少なくとも1千万円以上《2》職務の範囲が明確《3》高度な職業能力を有する―場合、使用者は残業代を支払わなくてもいい仕組みだ。政府は来年の通常国会への関連法案提出を目指す。
導入は経済界の悲願で、第1次安倍晋三政権でも検討されたが、労働界の反発を受けて断念した経緯がある。6月中旬の衆院の委員会。安倍首相は「日本人の創造性を解き放って付加価値を高めるには、残業代の概念がないような時間で働く人々が成果を挙げることが大切だ」と強調し、新たな労働時間制度の導入に強い意欲を示した。
ホワイトカラー・エグゼンプションについて、労働側は「長時間労働が合法的な形で助長される」「過労死防止に逆行する」などと批判するが、政権は経営側のスタンスで現行の賃金制度に切り込む。
■崩れる労働規制
対象者の年収要件が焦点となっていたころ、ある政府高官はこんなことを言った。「(年収)1千万円から2千万円以上とか(対象者が)はっきりすれば、自分は関係ないんだとなって、もっと議論は進むと思う」。
一方、安倍首相は衆院の委員会で「経済は生き物だ。将来の賃金や物価水準は分からない」と述べ、年収要件を将来的に引き下げる可能性に含みを持たせている。労働側は「制度を小さく生んで、大きく育てる狙いではないか」と警戒する。
労働時間とは何なのか、あらためて考えてみる必要もありそうだ。日本労働弁護団常任幹事の中野麻美弁護士は指摘する。「残業代は、労働者の自由な時間を侵して働かせた使用者に対する経済的制裁だ。その概念がなくなり、代替の労働時間抑制策もなければ、労働時間規制が根本から崩れることになる」。ホワイトカラー・エグゼンプションの行き着く先に労働者のどんな姿が浮かび上がるのか、私たちひとりひとりが目を凝らしたい。
(片岡麻衣子)<北海道新聞7月28日朝刊掲載>