なぜ札幌の新人看護師は“自殺“したのか?

北海道文化放送 2017年 2月3日(金)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170203-00010001-hokkaibunv-hok&p=1

遺影を持ち裁判所に入る杉本さんの母親=2017年2月3日午後、札幌地裁
“労災“か否か 国は争う姿勢 初弁論 札幌地裁 (写真省略)

 札幌市の新人看護師の女性が自殺したのは、長時間労働などで、うつ病を発症したことが原因だとして、母親が国に、労災認定を求めた裁判の初弁論が2月3日開かれ、国側は争う構えを示しました。

 訴えを起こしているのは、2012年12月、当時23歳で自殺した札幌市の新人看護師、杉本綾さん(当時23)の母親です。

 訴状によりますと、杉本さんは、2012年4月からKKR札幌医療センターに勤めていましたが、月に65時間から91時間の時間外労働など、肉体的、精神的に追い詰められ、うつ病を発症して自殺したとして、杉本さんの母親が、国に労災認定を求めています。

 札幌地方裁判所で3日に開かれた初弁論で、原告の母親は、「帰宅後の、娘の自宅での仕事は一切、時間外として考慮されていない」「離職率の高い看護職だからこそ、働き方を改善してほしい」と意見陳述しました。

 これに対し国側は、答弁書で請求を退けるよう求め、争う姿勢を示しました。

 杉本さんが勤務していた、KKR札幌医療センターは、今回の裁判や、当時の勤務状況について「コメントできない」としています。

 杉本さんの母親(53):「生きていたら27歳で、とても頼もしい先輩看護師になっていただろう。残念ながらかなわなかった。あの子みたいな子をつくっちゃいけない、という思いで闘っています」

なぜ札幌の新人看護師は“自殺“したのか?

友人の結婚パーティーで
「睡眠は2、3時間」母親が気づいた“異変“

 「杉本さんです。いえい!」

 友人の結婚パーティーで、笑顔でカメラに写る杉本綾さん。自ら命を絶ったのはこの3年後。看護師になってわずか8か月。23歳でした。

 綾さんの時間外勤務の全記録には、働き始めてからの“過酷な状況“が残されています。看護師になって、わずか一か月後の2012年5月の時間外勤務は、91時間に及んでいます。

 証言などをもとに、一日の流れをみると、午前4時30分に起床し、午前6時のJRで出勤。受け持ち患者の記録を見るため、定時の1時間前には出勤していました。

 5人の患者の対応をし、その日のまとめを先輩看護師としたうえで、午前0時ごろ帰宅。足りない知識を補うため勉強し、また出勤するという毎日でした。

 そばで見ていた母親は。

 杉本さんの母親:「睡眠時間は2、3時間になっちゃっていたので、毎日毎日、わたしも働いているかのように、気持ちが安らがなかった」

 なぜ、綾さんは、生きるのをあきらめたのでしょうか…。

 

5歳のころの杉本さん
妹思い 祖父母の病気きっかけで“看護の道“を…

 「腕が見えてきました〜」

 札幌市で生まれ育った綾さんは、5歳離れた妹の面倒をよくみる、心優しいお姉さんだったといいます。

 同居していた祖父母が、認知症や糖尿病を患ったことがきっかけで、高校に入って看護師の道を選んだ綾さん。札幌市内の大学の看護学部に進みました。

 杉本さんの母親:「実習は、つらくないの? と聞くと、『患者さんと向き合えるからすごく楽しい』と」

 大学の卒業アルバムには、こう記しています。

 「Q. どんな看護師になりたい? 心身ともに癒やす看護師」
 「Q. あなたの野望は? いつも“しあわせ“って言える人生」

 しかし、この思いは、打ち砕かれていきました。
なぜ札幌の新人看護師は“自殺“したのか?

杉本さんの時間外勤務の記録
「心身とも癒やす看護師に…」就職後すぐ“時間外“91時間

 綾さんが就職したのは、札幌市豊平区の総合病院。肺がんや肺炎患者が入院する急性期病棟でした。

 母親は5月に入ると、異変を感じたといいます。

 杉本さんの母親:「だんだん血眼になるのが見えてきて、患者さんも受け持ちができて、午前2時、3時に部屋の電気がついているな、うたた寝しているのかな、とのぞくと、勉強していて。なんでそんなに勉強しているの? と聞いたら、『こうしないと、付いていけない』と。その言い方が、すごいつらそうで…」

 2012年5月の時間外は、約91時間。6月以降も“時間外“は続き、6月は85時間、7月は73時間、8月は85時間、9月は70時間、10月は69時間、そして11月は65時間の時間外勤務を重ねました。

 なぜ長時間労働は、続いたのか。仕事が終わってから、作成が毎日義務付けられていた、先輩看護師との記録には…。

 (作業報告記録より)
 「なんでその処置が必要か、根拠について確認してください」「知らない時は調べる」

 作業手順や考え方、知識不足を指摘され、その要求にこたえようと、必死になっていた綾さん。

 しかし、看護師になって3か月後、すでに心は折れていました。

杉本さんは、友人にメッセージを発信し続けていた
「どうやったら病院に来なくていいか 存在消せるか…」

 

 (友人とのLINEより)
 「5月13日。この前の初めての夜勤で、事故起こしたんだよね。全盲の患者さんの麻薬の量、間違ったんだ。それがもう、とどめって感じで。

 「7月23日。ここ最近絶不調です。本気でどうやったら病院に来なくていいか、存在消せるか。死ぬか? とか考えました」

 8月の夏休み。楽しみにしていたという、富良野へのドライブも…。

 杉本さんの母親:「ドライブ行ったの? と聞くと、『気力がなかった』と言った。それ以上どうして? と聞かなかったが、もう、いっぱいいっぱいなんだと思った」

 夜勤明けだった2012年11月30日。綾さんは、号泣して帰宅。その夜…

 (綾さんのSNSより)
 「11月30日。看護師向いてないのかもー。あー自分消えればいいのに、なんてねー」

 この2日後、一人暮らしのアパートで、遺体で発見された綾さん。遺書には、こう記されていました。

 「自分が大嫌いで、何を考えて、何をしたいのか、何ができるのかわからなくて。苦しくて、誰に助けを求めればいいのか、助けてもらえるのか、全然わからなくて。考えなくていいと思ったら、幸せになりました。甘ったれでごめんなさい」

 杉本さんの母親:「一生懸命、温めたら起きてくれるんじゃないかと思って、足をさすって温めようとしたが、結局、目を開けてくれなかった。気付いていた人は、いたはずなのに、どうして何とかできなかったのか」

 母親は、綾さんは、過労により、うつ病を発症したとして、労災認定を求めましたが、労働基準監督署は認めませんでした。その判断基準を聞くと…。

 北海道労働局 労働基準部 信田薫弘課長「(精神障害発症までの)6か月間を基本的に評価する。ひとつの目安として100時間、できごとの前後に、100時間くらいの時間外労働があれば、(精神的な)負荷を強める、という判断もしています」

 綾さんの精神障害は、仕事が理由なのか、判断は司法に委ねられます。しかし、この綾さんのケースは、新人看護師にとって特別なことではないといいます。

 

 北海道医労連 鈴木緑さん:「急性期の病院では、若い看護師のメンタル不全は結構いて、精神的、身体的な負担が大きいのが、一年目の看護師の特徴」

 新人看護師がどれだけ過酷なのか。札幌市内の総合病院に勤める、1年目の看護師を待っているのは、勉強に追われる日々です。

 1年目の看護師:「自分が入ったところは専門分野なので新しく学ぶことの方が多い。2〜3時間くらいは自分が勉強して理解するのと、病院に行ったときに見てわかるようなメモを作るので、結構時間がかかります。勉強は、いまも続いています」

 1年目は、すべてが初めての経験で、勉強に終わりはありません。作業に余裕がないため、ミスもつきまといます。

 1年目の看護師:「名前が似た患者さんが同じ部屋にいて、違う人に、点滴をつなごうとして、直前で気づいたこともある。決められた時間があったり、担当する量も多いので、自分でスケジュールを組んでいるが、それを超えたら焦る。勤務終わったら、くたくたです。とにかく座りたい、帰りたい」

 日本医労連の調査では、慢性疲労があるという看護師は、全体の7割に達します。特に、重い責任と判断力が求められる、月に4回ほどの夜勤が、新人看護師にとって大きな負担になっています。

 1年目の看護師:「患者さんに、思いやりをもって関われているか、と言われると、自信がない。正しく技術をすることに必死すぎて、余裕がないです…」

 高齢化に伴う重症化や、認知症の増加も、忙しさに拍車をかけているといいます。

 北海道医労連 鈴木緑さん:「高齢化している分、看護の手が必要な時代になっているのが、昔とは本当に違う。看護師がまったく足りていない。『先輩に聞いちゃいけないかな』と、新人が気を使ってしまう。ものを言いやすい職場づくりも、非常に大事だと思う」

 誰にも相談できず、孤立化する新人看護師。杉本さんの母親は、娘の思いを訴えます。

 杉本さんの母親:「(看護師たちが)自分も、ひょっとしたら1か月後、うつになって亡くなるかもしれない。だから、“こんな働き方でいいのか?“ と考える機会になれば…。それで綾は、ようやく、ほっとしてくれるんじゃないかと思う」

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