毎日新聞 2011年8月31日 東京夕刊
◇常識的な判決−−森岡孝二・関西大教授(企業社会論)の話
1審の事実認定があまりにずさんだったので、ようやく常識的な判決が出たと いう印象だ。日本の企業内通報制度は十分に機能していないどころか、企業に よって本来の趣旨と逆の目的で利用されるケースもあるのが現状。この判決は企 業の不当な制度運用に一定の歯止めをかけることになるだろう。
<オリンパス訴訟>社員側逆転勝訴「配置転換は人事権乱用」
上司による取引先社員の引き抜き行為を社内のコンプライアンス窓口に通報 したところ、不当な配置転換を命じられたとして、精密機器メーカー「オリンパ ス」(東京都新宿区)社員の浜田正晴さん(50)が、同社側に配転先で働く義 務のないことの確認などを求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は31日、浜田さん側逆転勝訴の判決を言い渡した。鈴木健太裁判長は「配転は業務上の必要性と無関係で、人事権の乱用」と述べ、事実上の報復人事にあたると判断した。
1審・東京地裁(10年1月)は、浜田さんの通報について「異動による浜田 さんの不利益はわずかで配転命令は報復目的ではない」と指摘。コンプライアン ス窓口の担当者が上司に連絡したことも「浜田さんの承諾があり、社内規定に反 しない」などとして、浜田さん側の主張を全面的に退けた。
これに対し、高裁は「浜田さんの承諾はなかった」として社内窓口の守秘義務 違反を認定。さらに配転について「上司が内部通報に反感を抱いて行ったもの」 と指摘し、通報者に不利益となる扱いを禁じた社内規定に反すると判断した。
さらに配転後の勤務状況について、「達成が難しい業務目標を設定し、(浜田 さんが)できないことをもって極めて低い評価をした」と指摘。2度目の配転以降、新入社員同様の学習とテストを受けるだけの状態に置いた点も「50歳と なった原告への嫌がらせにあたり、違法だ」と批判した。こうした点から、会社 と上司に対し、配転による賞与減額分と慰謝料など220万円の支払いを命じた。
判決によると、浜田さんは07年6月、「上司の行為は信頼失墜を招く」とし て社内の窓口に通報したが、窓口担当者は浜田さんの氏名と通報内容を問題の上 司を含む複数の同社幹部に連絡。その後、浜田さんは別部署に異動となり、1審判決を控えた昨年1月以降も2度の配転を命じられた。【和田武士】
◇企業の報復に警鐘
上司の行動を問題視し、社内のコンプライアンス窓口に通報した社員の配転の 是非が問われた訴訟で、31日の東京高裁判決は社内窓口の守秘義務違反を指摘 し、配転後の勤務実態などをふまえて通報と配転の因果関係を認めた。不当な目的のない「善意」の内部通報者に対する企業側の報復や制裁を戒めたと言える。
昨年10月の消費者庁の調査では、同種の社内通報制度を持つ2604事業者のうち過去1年間の通報がゼロだった事業者は約44%に上った。また、労働者3000人の約43%が会社の不法行為を知っても「通報しない」とし、このうち約30%が「不利益な扱いを受ける恐れがある」との理由を挙げた。労働者側が萎縮している実態が浮かぶ。
内部通報した労働者を守る公益通報者保護法(06年4月施行)の要件が厳しすぎるという問題も横たわる。同法は保護の対象となる通報を400余りの法違反に限定しており、労働者個人に難しい法解釈を求めているに等しい。違反企業に罰則もなく、実効性を疑問視する意見が強いが、運用実態の調査が不十分であ
ることを理由に見直しの検討は先送りされている。
一方で匿名性の高いインターネット上の告発サイトも存在し、企業は内部情報 流出の危険にさらされている。流出を防ぐためにも労働者側からみた内部通報制度の信頼度を高める必要があるといえ、判決もそれを後押しする内容となった。 【和田武士】