西日本新聞 2018年02月16日
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/394663/
安倍晋三首相がおとといの衆院予算委員会で、自らの答弁を撤回して陳謝した。首相の国会答弁撤回は極めて異例の事態である。
しかも首相が今通常国会で最重要法案と位置付ける「働き方改革関連法案」に盛り込まれる裁量労働制の拡大を巡る答弁だ。月内にも閣議決定する予定という法案の正当性にも疑問が生じかねない。
裁量労働制は仕事の進め方や出退勤を労働者の裁量に委ね、労使で定めた「みなし労働時間」分だけ賃金を払う。それ以上働いても追加の残業代は支払われない。
現在はシステムエンジニアなど一部専門職と企画業務型事務職に適用する。人件費削減につながる経済界には対象拡大の要望が強い。他方で、長時間労働を強いられる労働者が増える懸念もある。それでは働き方改革に逆行する。
首相は先月29日の衆院予算委で「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」と述べ、長時間労働の是正に効果があると主張した。
首相が挙げたのは厚生労働省の2013年度「労働時間等総合実態調査」のデータだ。1日当たりの労働時間は一般労働者の9時間37分に対し企画業務型裁量労働制だと9時間16分だったという。
このデータに野党から「一般と裁量制で算出方法が異なり、比較はできない」との疑義が指摘されて精査が必要になったという。
確かにずさんな比較だ。裁量制は1日の労働時間を調べたが、一般は事業所内の「平均的な人」1人の残業時間を調べて法定労働の8時間を加えただけである。
首相は「このデータだけで法案を作ったわけではない」と弁明したが、加藤勝信厚労相や塩崎恭久前厚労相も国会答弁で多用してきた。政権に「都合のいい数字」に飛び付いた側面はなかったか。
長時間労働を助長しかねない側面から国民の視線をそらす思惑があったとしたら、発言撤回だけでは済まない。データ精査にとどまらず、本当に働く人のためになる法案なのか再検討が必要だ。
=2018/02/16付 西日本新聞朝刊=