毎日新聞2018年02月23日
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/mainichi/politics/mainichi-20180224k0000m010053000c
政府が提出を目指す働き方改革関連法案で、安倍晋三首相は裁量労働制を巡る答弁を撤回した。厚生労働省のデータ集計の誤りと説明しているが、首相官邸の主導で裁量労働制の拡大を推し進めてきたことに無理はなかったのか。【佐藤丈一】
問題の答弁は1月29日の衆院予算委員会だった。長妻昭氏(立憲民主)が裁量労働制について「確実に過労死が増える。労働法制は岩盤規制で、ドリルで穴を開けるという考え方は改めてもらいたい」と要求。首相は「考え方を変えるつもりはない。厚労省の調査によれば、裁量労働制の労働時間は一般よりも短いというデータもあるということは紹介したい」と強調した。
しかし、問題のデータは裁量労働制の人に「1日の労働時間」、一般の人に「1カ月で最も長く働いた日の残業時間」を聞いた結果を並べており、適切な比較ではない。法案の前提には大きな疑念が生じている。
首相は今月20日の予算委で問題のデータに言及した理由を「労働政策研究・研修機構の調査があるが、一般よりも短いというデータもあるとの答弁が厚労省からあがってきた」と説明。同機構の調査では裁量労働制の1カ月の平均労働は194時間で一般労働者(186時間)より長い。首相は先月の答弁では、このデータに言及しなかった。
「首相が先頭に立たなければ岩盤規制には穴が開かない」。こう語る首相にとって雇用改革は宿願だ。第2次政権発足直後の2013年1月に始まった首相が議長を務める「産業競争力会議」で、経済界は裁量労働制を巡って「導入が容易な制度への移行」を要望。6月の「日本再興戦略」で拡大方針が盛り込まれた。労働政策審議会(労政審)が適用拡大を答申したのは15年2月。連合の神津里季生会長は「裁量労働制と一般の数字を並べた議論は全く行っていない」と語る。
関西大の森岡孝二名誉教授(企業社会論)は「財界が求めた対象拡大路線を官邸が一方的に押しつけたとみることもできる。一連のお粗末の責任が第一に問われるのは首相ではないか」と話す。
今回の改定では、裁量労働制の適用対象に「課題解決型の開発提案業務」など一部の営業職が追加される。厚労省は顧客のニーズに合わせて商品を提案するような仕事と例示。説明資料には対象者は「ごく少数」と明記されている。
現状の対象は「企業の中枢で企画立案を担う人」に限定されている。しかし実際には、是正勧告を受けた野村不動産など、対象外の社員に裁量労働制を不当に適用する例も起きている。
日本労働弁護団の岡田俊宏事務局長は政府案に対し「定義が抽象的で、既製品の単純販売を除くほぼ全ての営業が対象になりかねない。裁量労働制は使用者の労働管理が不十分になりやすい。過労死しても長時間働いたという客観的な資料がほとんどなく、責任追及が難しい実態がある」と警鐘を鳴らした。