過労死NHK記者の軌跡、出版へ (2019/04/27)

 過労死NHK記者の軌跡、出版へ 長時間労働放置…職場の実態にも迫る

毎日新聞2019年4月27日 08時00分(最終更新 4月27日 08時00分)
 
〔写真〕過労死したNHK記者・佐戸未和さんについて話す両親の守さん(左)と恵美子さん=東京都内で2019年3月29日午後2時12分、宮本明登撮影
 
 2013年に過労死したNHK記者の佐戸未和さん(当時31歳)が生きた軌跡をまとめた本が、5月に出版される。利発で明るい人柄で、社会的弱者への温かいまなざしを持つ記者だったことを紹介。両親の未和さんへの愛情や、過労死を巡るNHKの対応への不信感がつづられ、長時間労働が放置された職場の実態にも迫っている。
 
〔写真〕2013年に過労死したNHK記者の佐戸未和さんについてまとめた本の表紙=岩波書店提供
 
〇友人や関係者ら109人を取材
 本は「未和 NHK記者はなぜ過労死したのか」(岩波書店、2052円)で、5月8日に出版される。著者は映像制作者で写真家の尾崎孝史さん(53)。NHKの番組制作に27年前から携わり、17年10月の未和さんの過労死公表に驚いて両親と連絡を取るようになった。以後1年半にわたり、両親をはじめ、未和さんの友人やNHK関係者ら109人を取材してまとめた。
 
 未和さんは、13年7月にNHKの東京都庁クラブの記者として、都議選と参院選をほとんど休みなく取材した直後に自宅で急死。14年に労災認定された。しかし、過労死の事実は局内で周知されず、両親が疑問を投げかけたことを契機に、NHKは17年に公表した。母恵美子さん(69)は「NHKの中で未和のことを風化させたくない。生きてきた証しを残したい。遺族にとってはつらい生き地獄で、二度と繰り返されないようにしたい」と、本に託した過労死根絶などへの思いを語る。
 
〔写真〕佐戸未和さん=遺族提供
 
 本では、未和さんが幼少期を経て「みんなから愛されるすてきな女性」(尾崎さん)に成長していった過程をたどる。05年にNHKに入局後は、北朝鮮による拉致被害者の家族や、低所得世帯の子ども向けの無料の塾について伝えるなど、弱者に寄り添う記者だったことが書かれている。
 
〇「NHKの人が職場の在り方見直すきっかけに」
 過労死公表などを巡る両親とNHK側のやり取りも記され、両親が不信感を募らせたことが分かる。父守さん(68)は「NHK側は、記者の当時の勤務制度のせいにして片付けようとする姿勢だった」と振り返る。その上で、当時の未和さんの職場の人間関係など、長時間労働が放置された背景について、NHK側に検証を求めても回答がなく、「NHKは『働き方改革』を進めていると言うが、誰一人責任を取らず、検証もないままで本当に浸透するのか」と憤る。
 著者の尾崎さんも、両親の思いを受け、未和さんと上司ら職場の実態に迫った。遺体で発見される直前の2日間、未和さんと連絡がつかないことへの同僚らの対応が不明瞭なままであることへの疑問や、新たな関連情報も記している。また、未和さんの死後の17年と18年に、NHKでの長時間労働や明け方までの勤務後、脳出血で倒れて重い後遺症が残ったスタッフが2人いたことも紹介している。尾崎さんは「本を読んでもらい、NHK内で働く人が職場の在り方を見つめ直すきっかけになれば」と話す。【犬飼直幸】
 
【関連資料】
□未和 NHK記者はなぜ過労死したのか(岩波書店HP)
 
未和 NHK記者はなぜ過労死したのか(岩波書店HP)
2013年7月,31歳のNHK記者が自宅でひとり亡くなった――佐戸未和さんの生きた証と巨大メディアの人間模様
 
未和 NHK記者はなぜ過労死したのか
立ち読みPDF
著者 尾崎孝史 著
ジャンル 書籍 > 単行本 > 社会
刊行日 2019/05/08    ISBN 9784000248884
Cコード 0036    体裁 四六・並製・カバー
定価 本体1,900円+税  在庫 未刊・予約受付中
〇目次
 はじめに
 1 はい.都庁クラブ,佐戸です
 二〇一三年六月,新宿/選挙取材って何?/渋谷,NHK放送センター/試練の街頭調査/これが私の企画です/やっと決まった候補者/東京都議選,投票日
 2 佐戸記者誕生物語
 赤坂,TBS/二〇〇五年,NHK入局/鹿児島で始まった記者人生/愉快な仲間に囲まれて/志布志事件で知った社会の裏側/拉致被害者家族と向き合った五カ月
 3 光るものを持っていた少女
 コロンビアで宿った命/長崎から東京へ/はじめての挫折/ノートに書いた夢/
 4 酷暑の中の参院選取材
 誕生日に送ったSOS/「この暑さおかしい」ブラジルに届いた「ニュース7」/異動の内示は横浜局/投票日へのカウントダウン/息詰まる開票速報/取材票の実態/すべてはその一瞬のために
 5 「未和さんが亡くなりました」
 選挙二日後の送別会/都庁キャップからの電話/第一発見者は婚約者/目黒,正覚寺/結婚指輪と報道局長特賞
 6 明らかになった二〇九時間の時間外労働
 「それ,過労死じゃないか」/事業場外みなし労働時間制の罠/二〇一四年五月,労災認定/「これは,とんでもないことですよ」過労死家族会との出会い
 7 遅れた周知
 知らなかった解説委員/「あさイチ」,働き方特集の衝撃/引き継がれなかった約束/NHK理事,報道局長との面会/7 6 5 
 8 突然の公表
 「我々プロに任せてください」/一〇月四日,「ニュースウオッチ9」/NHKから届いた警告/抗議の記者会見/なぜ「公表を望まない」とされたのか/改編された「プロフェッショナル」
 9 ふるさと,長崎での誓い
 娘の遺影を抱いて/「数の力ですね」/母としての想い/消えた日放労「佐戸ファイル」/空白の二日間をめぐる謎
 10 未和さん,さどちん,そして未和へ
 死後に届いた受診指導/“働き方改革”に怯える管理職/次々と倒れる外部スタッフ/ある記者の質問状/後輩,取材相手,同僚,友人からのメッセージ
 あとがき――同期記者のYさんへ
 主な参考資料
〇著者略歴
尾崎孝史(おざき たかし)
映像制作者,写真家
NHKでドキュメンタリー番組の映像制作に携わる.「クローズアップ現代+」,「ETV特集」などの番組に写真提供.「おはよう日本」で写真展紹介.著書に『汐凪を捜して原発の町 大熊の3・11』(かもがわ出版).組作品『厳冬 警戒区域』で視点賞.写真集『SEALDs untitled stories 未来へつなぐ27の物語』(canal+)で日隅一雄賞奨励賞.JRP年度賞.
 

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