<参院選>隠れ住む「貸倉庫難民」 非正規労働者「ここは底辺」
東京新聞 2019年7月18日 朝刊
〔写真〕雑居ビル内の貸倉庫。ドアの向こうは2畳ほどのスペースで、人が寝泊まりしている=一部画像処理
階段を上り、二階のフロアに通じるドアを開けると、狭い通路の両側にドアがずらり。二畳ほどのスペースが薄い板で仕切られている。「グオーン」と空調の鈍い音が響き、踊り場にある共用のトイレや洗い場からはカビの臭いが漂う。
ここは東京二十三区内にある三階建て雑居ビル。にぎやかな商店街にひっそりたたずみ、「レンタルルーム」や「レンタルスペース」と呼ばれる貸倉庫となっている。
「非正規労働者が増え、貸倉庫にまで住むようになった」。生活困窮者の支援者からそんな話を聞いた。窓がない、仕切りの素材が燃えやすいなど住居としての建築基準を満たさないが、利用料金の安さから住み着く人が出てきたという。
夕方、仕事終わりとみられる作業着姿の人や、弁当を手にする人がビルの鍵付きの玄関に吸い込まれていく。運営会社から住むのを禁じられており、利用者の口は一様に重いが、「絶対内緒ですよ」と、二十代の利用者が鍵を開けてくれた。
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午後六時すぎ。幾つかの部屋から物音が聞こえる。Tシャツ、短パン姿の中年の男性はリラックスした様子で用を足しに出てきた。
招き入れてくれた男性によると二十四時間出入りが可能でほとんどの部屋に人が住んでいるという。部屋の中を見ることは拒まれたが、ホームページによると約百室あり、窓がない部屋もある。一部屋の契約額は月三万円程度だ。
運営会社は「物置」や「休憩室」としての用途を示し、住むことは禁じている。だが利用者にとってはアパートより月の支払いが安く、敷金や礼金もない。毎日、入退室手続きが必要なインターネットカフェに比べても、月単位で借りられ、荷物を置いて仕事に行けるため便利。職場の口コミなどで広がり、住む人が増えているという。
男性は道路整備のアルバイトで日銭を稼いでいる。「住んで一カ月ぐらいだが、ここは底辺。狭いし、汚いし、早く抜け出したい」と吐き捨てるように言った。
後日、都内で同じ会社が運営する同種の雑居ビルを訪ね、一階のコインシャワーから出てきた四十代男性に話を聞いた。定職がないため不動産屋からアパート契約を拒まれ、一年前から住んでいるという。今は知り合いの親方の下で建築現場で働き、月の収入は二十数万円。「親方からの仕事がなくなれば、働く場所もなくなる」と、髪を拭いていたタオルで顔を覆った。
雇い止めされた非正規労働者らが寮などを追われ、インターネットカフェで寝泊まりする「ネットカフェ難民」が、世間に知られるようになって十年以上がたつ。生活困窮者を支援してきた立教大大学院特任准教授の稲葉剛さん(50)は「今はネットカフェだけでなく、貸倉庫やサウナ、二十四時間営業のファストフード店などに居住が広がり、実態が見えづらくなっている」と指摘する。
安倍晋三首相は、完全失業率が民主党政権下の4%台から2%台に改善したことを「アベノミクス」の成果だと強調しているが、昨年の国の調査では、雇用者のうち四割が非正規だ。
「団塊世代の大量退職で働き口はあるけれど、労働者は相変わらず低賃金で、雇用も不安定」と稲葉さん。「狭い部屋で寝泊まりすれば体を壊すし、孤立感からうつっぽくなる。生活保護に至る前に、低家賃の公営住宅や家賃補助制度を設けるなどの住居対策が選挙のもっと大きな争点にならないと」と訴えた。
コインシャワーで出会った四十代男性は「頭が悪いから政治はわからない」と投げやりだが、将来は不安だ。最近、同じ現場で働く高齢者に自分の未来が重なる。「物覚えが悪く、作業も遅い。それでもうちで働けなくなればホームレスになると親方も分かっているから、クビにできない」
「俺はそうはなりたくないけど、酒や遊びを控えても金はたまらないし、体もきつくなってきた。どうやってこの生活から抜け出せばいいのか」。力なく話し、倉庫への階段を上っていった。 (原田遼)
<生活困窮者の住居> 「オフィス」「倉庫」などとして貸し出され、実際には多人数が寝起きしている建物を、国土交通省は、住居の建築基準を満たさない「違法貸しルーム」と定義。昨年は防火や採光の設備が足りていないとして、全国の都道府県などが1458件の貸主に是正指導した。一方、東京都は2016年度にネットカフェやサウナなど夜通し営業する店舗で実態調査し、住居を失い寝泊まりしている利用者が都内に1日4000人いると推計を出した。