上野千鶴子らも危機感 「介護保険の後退」と現場の大きな失望 (02/04)

上野千鶴子らも危機感 「介護保険の後退」と現場の大きな失望
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山内リカ2020.2.4 07:00週刊朝日

「介護保険制度」が始まって20年。制度はよくなるどころか、むしろ利用者の負担増や介護人材の不足などの問題をより深刻にしている。そんな状況に危機感を抱いた医療・福祉関係者約270人が東京・永田町に集い、「介護保険の後退を絶対に許さない!」と声を上げた。

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〔写真〕集会で「介護保険、20年目がんばろう!」などと呼びかけた(左から)ジャーナリストの大熊由紀子さん、評論家の樋口恵子さん、上野千鶴子さん (撮影/山内リカ)

〔写真〕介護保険制度の変遷 (週刊朝日2020年2月7日号より)

〔写真〕高額介護サービス費の自己負担額の上限(月額) (週刊朝日2020年2月7日号より)

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集会が開かれたのは、1月14日。主催団体の一つ、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長で社会学者の上野千鶴子さんらの司会で、20以上の団体、個人が制度の問題点を訴えた。

 参加者が口々に訴える「介護保険の後退」とは、どのようなものなのか──。

 家族介護から社会でみる介護へ。そんな理念のもと2000年にスタートした介護保険制度。40歳以上になると被保険者として介護保険料を支払い、一方で、介護が必要との認定を受ければ、利用する側として介護サービスを一定の自己負担だけで使うことができる。厚生労働省老健局によると、65歳以上の介護保険料の全国平均は20年間で2911円から5869円になった。25年には8165円になる見込みだ。

 超高齢化社会を迎えているなか、介護が必要になった人たちの暮らしを支える介護保険は必要不可欠な制度だ。しかし、3年をめどに行われる制度改正では、

「そのたびに利用者の負担は増え、使えるサービスが外され、使いづらくなっている」(服部メディカル研究所所長・服部万里子さん)

 という。

 これまでの介護保険制度の歩みをみると、05年の改正では要支援1と2が介護給付ではなく予防給付に。14年の改正で一部が自治体の介護予防・日常生活支援総合事業(総合事業)に移された(総合事業の問題については後述)。それまで要介護の認定を受けていれば入れていた特別養護老人ホームは、要介護3以上に限定された。

 サービスを利用する際に支払う負担額も増えている。05年の改正では、介護保険施設の食事と居住費は介護給付の対象外となり、14年の改正では、一定以上の所得がある65歳以上の負担額が、1割から2割に増えた。

 改正のたびにやり玉に挙がるのが、病気などで家事をすることが不自由になった利用者の代わりに、ヘルパーが食事や掃除、洗濯などを行う「生活援助」だ。

 05年の改正で2時間が1時間半に短縮され、11年の改正では1時間に削られた。

 医師の由利佳代さんは、認知症のケースについて、

「初期の方は要介護度が1、2と低く認定されることが多く、家族の介護やケアの負担が軽くはない。感情労働(肉体労働とは違い、感情の抑制や、緊張、忍耐などを必要とする労働)を24時間強いられている」

 と話す。また、NPO法人アビリティクラブたすけあい理事の山木きょう子さんも、

「国は要介護1、2を“軽度”としていますが、決してそうではない。要介護1、2の認知症の方は生活援助がなければ暮らせない」

 と語る。

 20年は6回目の改正の年にあたる。

 昨年、社会保障審議会(厚労相の諮問機関)で審議されていたのは、「ケアプラン(居宅介護支援費)の有料化」や「要介護1、2の生活援助の地域支援事業への移行」「2割負担、3割負担の対象者の拡大」「補足給付の見直し」「高額介護サービス費の自己負担額の上限引き上げ」などだ。

 このうち、世論の反発を予期した審議会の委員からの反発があり、ケアプランの有料化などは今回見送られた。だが、補足給付の見直しと高額介護サービス費の自己負担額の上限引き上げは、実施される可能性が高いという。

 補足給付とは、低所得者が施設を利用したときにその負担を介護保険から補てんするもので、05年の改正で作られた。その対象者が今回狭まり、年金月額10万円超の人では給付が減る。そのため、該当する施設入居者は食費を2万2千円多く自己負担しなければならなくなる。

 一方、高額介護サービス費は、医療保険の高額療養費と同じで、自己負担額が一定以上になったときにそれを超えた分のお金が戻ってくるシステム。この世帯上限額がこれまでは現役並みの所得(年収約383万円以上)で4万4400円だったのが、4万4400〜14万100円になる。

 度重なる改正で利用者負担が増えただけではない。介護サービスを担うヘルパーの人材不足が深刻化しているのも、改正が影響していると参加者は口を揃える。なぜなら介護報酬が一向に上がらないためだ。

 ジャーナリストの大熊由紀子さんは、

「海外ではヘルパーの給料が勤務医の8割のところがある。しかし、日本は2割でしかない」

 と指摘し、京都のヘルパー連絡会は「生活が苦しいからレジ打ちをする」といって辞めていったヘルパーを大勢見ていると話した。

 また、NPO法人ソーシャルケア清和会理事長の辻本きく夫さんは、

「生活援助をあたかも家事代行のようにいう審議会の委員も多い。訪問介護のヘルパーは高齢者を支えているという強い自負を持って仕事をしている。法改正のたびに仕事の価値を否定され、現場では失望感が走った」

 と現場の声を伝える。実際、時間が足りない中、無報酬で家事援助を続けざるを得ないケースも出ている。「訪問介護のヘルパーは、利用者さんの家に訪問して、生活史を知り、状態の悪化や病状の把握など、いろいろ気づきの視点を持って仕事をしている。そのやりがいが(生活援助の切り捨てによって)奪われている」(京都のヘルパー連絡会)

 報酬は増えず、やりがいは失われる。それでは介護職員が増えるわけはない。実際、東京都のヘルパーの有効求人倍率は13倍、一般的な介護職員は8倍。人材が足りないため、多くの訪問介護事業所では新しい仕事を受けられない状況が続く。先の辻本さんは、

「求人広告を出しても電話も鳴らない。しかも、介護職の多くは60、70代」

 と、窮状を訴える。

 今回の集会で多くの人がもっとも問題視していたのが、「総合事業」だ。

 総合事業とは、

「市町村が中心となって、地域の実情に応じて、住民等の多様な主体が参画し、多様なサービスを充実することで、地域の支え合い体制づくりを推進し、要支援者等の方に対する効果的かつ効率的な支援等を可能とすることを目指すもの」

 だと厚労省は説明している。

 現在は、要支援1、2に認定された人たちと65歳以上の高齢者が対象だ。ところが、その実態は、

「地域という実体のないところに丸投げするだけで、実際は介護給付を抑制するためのアリバイ」(上野さん)

 という。

 総合事業の財源は介護保険。だが、国が定めた全国一律の基準で提供するサービスと違い、市町村が独自の事業として行う。そのため、地域格差が大きく、関係者によると、きちんと機能しているところはゼロに近い。

 というのも、総合事業で行っているデイサービスや訪問介護は、介護保険での利用料より単価が安いため、これまで担っていた事業者の多くが敬遠したり、撤退したりしているからだ。そのため、地域の保健師が家庭を訪問したり、体操教室などを公民館で行ったりしているが、事業の担い手となる住民は限られ、行政側もほとほと困惑しているというのが、現状だ。

「国はボランティアでやりなさいと言っていますが、そもそも地域活動はボランティアでやるものでしょうか。実際、ボランティアの人も疲弊していますし、認知症の方に対して、素人がどこまでケアできるのか、という話です」(フリーライターの中澤まゆみさん)

 集会は、およそ3時間続いた。最後に参加者一同が賛同した声明を紹介する。

<政府から出される介護保険改定案は、つねに財源ありき。もちろん、そこから目をそらすことはできませんが、現場の利用者、働く人々の声を政策過程に適切に反映させているかを、見直す必要があります>

(本誌・山内リカ)

※週刊朝日  2020年2月7日号
 

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