毎日社説: 自殺・うつ対策 心の健康を守るために

 毎日新聞 2010年9月8日

 自殺やうつ病による経済的損失が推計2.7兆円に上るという調査結果を厚生労働省が発表した。うつ病による医療費や生活保護費などの負担は以前から指摘されていたが、この調査によれば自殺やうつ病がなくなった場合には国内総生産を約1.7兆円引き上げるという。経済的損失ばかりではなく、この時代に生きる人々のかけがえのない命や生活を守るために、官民挙げての取り組みが必要だ。

 日本の自殺者は12年連続で年間3万人を超えており、先進国の中で突出して多い。06年に自殺対策基本法が制定されたが、その後の世界同時不況の影響などもあって改善の兆しは見られない。今回、政府は「自殺対策タスクフォース」を設置し、総合的な対策の立案や予算を包括管理する。年内の緊急対策として、全国のハローワークで心の健康相談や中小企業経営者、多重債務者向けの相談窓口の強化などを実施する。

 一方、民間でも地域できめ細かく自殺対策に取り組んでいるNPOは増えている。しかし、活動費の確保や公的機関との連携に苦労しているところが多い。官民や民間同士のネットワークを強化して効果的な取り組みを後押しする必要がある。

 経済的困窮と並んで自殺の大きな要因であるうつ病対策では、精神医療全体の改革を視野に入れて取り組むことが必要だ。精神科受診者は70年代には年間約75万人だったが、08年には323万人で、4倍以上に増えたことになる。医師も増えているが急激な患者増に追いつかないのは明らかだ。また、戦後間もないころから、精神科病院は特例で病床に基づく医師数が一般病院の3分の1でよいとされてきた。少ない医療スタッフで多数の患者を管理する入院中心医療の温床とも指摘される。

 最近は精神科医だけでなく看護師や作業療法士、精神保健福祉士など多職種の専門家によるチーム医療を導入し、地域で暮らす患者を訪問する「アウトリーチ医療」の重要性が認識されてきた。人手も時間もかかるが、効果のある治療を普及させていくためには、劣悪な医療環境を生んできた特例を廃止し、入院から地域生活の支援へと医療資源の転換を図るべきだ。

 また、うつ病の治療や再発防止のためには職場の理解が欠かせない。誤解や偏見から精神的に追いつめられて病状を悪化させたり、職を失い生活の基盤が崩れる人も多い。中長期間にわたって治療を受けながら働き続けられるための支援策、患者の家族に対する支援についても重点を置くべきではないか。

 うつ病の患者数は現在約70万4000人という。心の健康を守るために総合的な取り組みが必要だ。

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