小林美希さん「4月から土曜保育がなくなる? 保育所が直面する「深刻すぎる問題」」(1/25)

4月から土曜保育がなくなる? 保育所が直面する「深刻すぎる問題」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70003
小林美希 2020/01/25(土) 7:01配信 現代ビジネス

写真:現代ビジネス

■土曜保育がなくなる?

 「え? そんなことしたら、土曜保育がなくなるのでは?」

 私立の認可保育所の園長たちが口を揃えた。それというのも、近く開催される内閣府の子ども・子育て会議で土曜保育の運営費用の変更が了承される見通しで、今年の4月から土曜保育が縮小される方向にあるからだ。

役所があえて教えない、申請すれば「もらえるお金・戻ってくるお金」

 関係者によれば、「保育士が足りないなかでこれ以上の利用者が増えれば共倒れになる」と、少なくとも半年ほど前から土曜保育の縮小に向けた根回しが行われていたという。

 2015年度に子ども・子育て支援新制度が始まって5年。保育所の運営費用の算出根拠となる「公定価格」の見直しが検討されており、2020年4月から改訂される。

 現在、公定価格のなかには土曜保育分も費用が含まれており、「常態的に土曜を閉所する場合」は「減算」され収入が減る一方で、土曜保育が月1回でも全て実施しても同じ運営費用が保育所に支払われている。

 現在、土曜の利用希望があるのにもかかわらず閉所している場合は市町村からの指導が入る。保育所の都合で半日しか開所しない、隔週で開所する場合は減額調整が行われる。利用希望ニーズに応じて必要な時間で開所する場合や他の保育所と合同保育を実施している場合、減額調整は行われない。

 国の調査では、2018年3月時点で土曜保育をせず減算されている認可保育所は全国で73ヵ所。認定こども園で175ヵ所、家庭的保育で572ヵ所、小規模保育で180ヵ所。実施回数が違うのに同じ収入が入るのでは不公平が生じるため、国は実施回数に比例した公定価格の算定に変更しようとしている。

 そうなった場合、懸念されるのは月に少ない回数で土曜保育を実施している保育所が「だったらいっそ土曜はやめてしまおう」となることだ。

 現在、保育士の求人情報を見れば「土日祝日は休み」「完全週休二日制」という言葉が並ぶ。いかに条件をよく見せるか、保育士争奪戦のなかでは、休みが多く見えるほうが経営側にとって都合がいい。

■“保護者いじめ”も起きている

 ある保育経営コンサルタントは、「この数年、国も自治体も世論としても保育士の処遇改善をしなければならず、経営側は保育士の賃金を上げてきた。保育士不足も重なり、大手が保育士の初任給を25万円に設定するなど、初任給合戦にもなった。一方の経営者の本音はいかにして人件費などのコストを削って利益を残すか。土曜保育を行わないことで労働日数を短くし、その分を賃下げするという良い口実にしたいのではないか」と見ている。

 そして、北関東のある地域では「土曜に保育をやらないと“保護者の質”が上がる」と囁かれている。

 子育てに理解があり余裕のある企業であれば、土日の勤務は免除され、育児短時間勤務を導入していることが多い。いわゆる平日の9時から17時で働くことができるのは大企業や公務員など比較的恵まれた職場環境にある保護者というわけだ。

 ある保育士は「土曜に勤務がない子育てに理解がある会社の多くは給与も高い。保護者は教育に熱心で習い事に目が向いているからか、保育所には割り切って預けてお迎え時間も早く、クレームも少ない。保育士としても楽だ」と語る。

 保護者にとっても保育士にとってもワークライフバランスは大事だが、それを盾にしてまるで“保護者いじめ”のような実態もある。

 東京近郊のある地域では、農家も多く3世代同居も多い。その地域にある私立の認可保育所に子どもを預ける女性(30代半ば)は、通勤に1時間以上かかるため、入園前に延長保育を実施している保育園を調べたうえで希望した。

 育休明け直後は短時間勤務もできたが、半年もすると「残業できないならパートになるか子育てに専念したら」と会社から宣告された。

 預け先の保育所では母親がパート勤務というケースが多く、夕方17時頃にはお迎えラッシュが始まる。

 延長保育になるギリギリ前の18時に女性がお迎えにいくと園内の電気は消され、子どもがポツンと一人。保育士たちは帰り支度を始めている。

 女性は、「本当は延長保育を使いたいが、実際に使おうとすると園からは『他のご家庭にはご理解とご協力をお願いしているので、1家庭のためだけに保育士を置いて特別扱いはできない』と言われて延長保育ですら使えない。土曜はなおさら。このままではクビになる」と困惑している。

■土日祝日の保育ニーズ

 都内のある保育園でも、ある時期から土曜保育を利用するには両親ともに都度、就労証明を出すよう求められるようになり、“水際作戦”が図られた。

 すると、ネグレクトの傾向が強い保護者が勤務日でない日に預けることができず、子どもは家から追い出されて近隣の家に朝から晩まで入り浸るようになった。

 別の私立保育所では、近隣の公立保育所に子どもを預けているにもかかわらず、土曜の一時保育の利用者がいる。

 園長が預けに来た母親に理由を聞くと、「親が高熱を出しても会社に行っていなければダメ。私が仕事で夫が休みでも、夫は子どもを1人だけならみることができるが、子ども2人を同時に任せるとパニックになって虐待が心配。でも、うちの保育園では『お父さんが休みなら預かれない』と言われる。だったら他に預けるしかない」と話したという。

 これまでの取材からも、こうした例は決して珍しくはなく、実際には現場の運用面で意図的に「利用させない」ように園側が保護者に圧力をかけていることも少なくないが、国は「土日は平日より利用者が少ない」と、縮小を図ろうとしている。

 現在、雇用の受け皿はどこにあるのかを見れば、土日祝日に保育ニーズがあるのは明らかだ。

 文部科学省の「学校基本調査」の大卒の就職状況を見ると、2019年3月卒業では、男性の就職先で多い産業の1位が卸売・小売業(15/9%)、2位が製造業(14.7%)、3位が情報通信業(12.2%)となる。女性は1位が医療・福祉(19.3%)、2位が卸売・小売業(14.7%)、3位が製造業(9.5%)だ。

 この10年、20年と就職状況は似た傾向にあり、いずれも、土日祝日や早朝・夜間にニーズのある仕事だ。

 こうしたなかで、土曜保育が3人に1人という利用状況は過少で、水際作戦のほか、土日に働けないのであれば出産を機にやめざるを得なかった、正社員から非正規にならざるを得なかったなどの事情も影響しているはずだ。

■土曜も女性が“ワンオペ育児”

 そして、従前より公的な保育所ではなく認可外の保育所が土日祝日をカバーしている現実があることを忘れてはならない。

 厚生労働省「認可外保育施設の現状とりまとめ」(2017年度)によれば、ベビーホテルの21%が24時間保育を実施。20時から22時の夜間保育を23%が行い、7%は宿泊も行っている。

 認可外保育となる企業主導型保育所では、2017年3月30日時点で、7時以前の早朝保育の実施率が22.7%、22時以降の夜間保育を10.6%が、日曜開所を29.4%が実施している。本来は、認可保育所が柔軟な運営をすべきだ。

 内閣府は、「公定価格に関する検討事項について」(2019年11月12日)という資料のなかで、総務省の「社会生活基本調査」では、平日や土日に何をしているか尋ねており、同調査から土曜日に仕事をする人の割合を2016年度で32.0%としている。

 しかし、この調査を年齢階級別に細かく見ると、子育て世代に当たる30〜40代の男性が土曜に仕事をしている率は他の年齢層より高く約5割となる。女性の場合は30〜40代で仕事の率が減少し、育児をしている率が高くなる。ここに、男女の性役割分担の慣習が現れており、女性が土曜も“ワンオペ育児”状態である可能性が窺える。

 保育所に2人子どもを預けている、ある共働き夫婦は「平日は子どもを預けてお迎えにいき、夕食、風呂、寝貸し付けだけで精いっぱい。延長保育を頼んでも終わらない仕事は持ち帰って夜中にこなし、常に睡眠不足。土日は溜まった洗濯や買い出しで、ゆっくり子どもと遊んであげるような状況ではない。疲れ切った状態できょうだい喧嘩が始まると、もう、にっちもさっちもいかない。土日にどちらかが仕事だと、子どもにテレビやDVDを見せておとなしくさせて家事をこなすしかない」と嘆く。

 毎日が必死。子どもに「早く、早く」と急かして怒ってしまい、手が出てしまうこともあった。

 そうした姿を目にして心配した園長から、「休みの日でも土曜に預けたっていいんだから、用事を済ませてリフレッシュして子どもと向き合ったほうがいい」と提案されて救われたという。

 夫婦は「虐待は他人事でないと思った。頼れる保育園があってよかった」と心境を語る。

■保育所の重要な役割

 土曜保育で見落としていけないのは、保育所には虐待の早期発見と予防という役割が位置付けられていることだ。ただ子どもを預かるだけ、ただ保育を実施するだけが保育所ではない。

 2018年4月から施行された改訂「保育所保育指針」では、保護者支援を強くうたっている。指針には、以下のようなことが盛り込まれている。

———-
「保護者の気持ちを受け止め、相互の信頼関係を基本に、保護者の自己決定を尊重すること」
「保護者の就労と子育ての両立等を支援するため、保護者の多様化した保育の需要に応じ、病児保育事業など多様な事業を実施する場合には、保護者の状況に配慮するとともに、子どもの福祉が尊重されるよう努め、子どもの生活の連続性を考慮すること」
「保護者に育児不安等が見られる場合には、保護者の希望に応じて個別の支援を行うよう努めること」
———-

 総務省の行政評価局が2012年1月に「児童虐待の防止等に関する政策評価」を公表しており、土日の体制作りの重要性を指摘している。

 児童虐待防止法により、児童相談所と市町村は児童虐待について通告を受けた時は、児童の安全確認を行わなければならず、通告をうけてから48時間以内に実施することが望ましいとされている。

 総務省が2007年度から2009年度の間の通告受付日から安全確認までに要した日数について、40児童相談所と39市町村を抽出調査した結果、9割は2日以内に安全確認が実施されていた。

 しかし、安全確認に3日以上かかったのは、受付日が月曜から木曜までは10%未満であるのに対して、金曜で13.9%、土曜で18.1%、日曜で11.8%と高くなっていたことから、土日の体制確保が必要だとしている。これは、保育所にも通じるものがあるのではないか。

■土曜に働きたい人もいる

 子育て真っ最中や介護中の保育士であれば、土曜勤務は避けたいところだろうが、保育士が必ずしも全員が土曜勤務を嫌っているわけではない。

 保育士に取材をしていくと、「土曜のほうがゆったりとした保育ができる」「土曜は異年齢保育になるので面白い」「土曜は子どもの数が少ないため、普段できない書類業務を片付けることができる」という声もある。

 20代で独身の保育士は「土日はどこも混むから平日に代休をもらって遊びにでかけたほうが得する」、60代の保育士にいたっては「定年退職した夫といつも一緒にいるのも息が詰まるから土曜に働いているほうがいい」と話した。

 幅広い年齢層、家庭状況の保育士が勤められるよう、むしろ、土曜保育に加算をつけるなどして、土曜出勤のインセンティブがつけ人手を確保することが求められるのではないか。

 経験の浅い保育士からすると、社会全体を見る余裕がなく、保護者が休みの日に子どもを預かることを単純に「ズルい」と思えてしまうケースもあるかもしれない。しかし、長く親子を支援してきたような60〜70代の園長や親子関係や社会問題に敏感な保育者は気づく。

 「その子にとって何が最善かを考えた時、必ずしも親と一緒にいることではない。せめて保育園で楽しく過ごし、生活リズムを整えてあげるのが私たちの役割。親が遊んでいるように見えたとしても、保育園に子どもを預けること自体がSOSのサイン。それを受け止めて、一緒に何ができるか考えていくのが保育者だ」

 そもそも保育は、2015年度に子ども子育て新制度になってから「保育の必要性」によって預けることができるようになった。そして、新たに「虐待やDVのおそれがあること」も「保育を必要とする事由」に加えられたのだ。

 具体的な運営・利用の優先順位・制限を付ける権限は市町村に権限があるものの、例えば東京都では、「保育は1年を通じて提供するもの。土曜だけ、あるいは保護者の休みの日だけ切り取って、その日は預からないというものではない」としている。

 土曜保育の公定価格の変更は、財源が違うとはいえ無償化にかかる予算の帳尻合わせの一つになってはいないか。保育所側が安易に土曜保育から親子を締め出さすことが起こらないよう、公定価格の変更や運用には配慮が必要だ。
小林 美希(ジャーナリスト)

 

この記事を書いた人