非正規雇用労働をめぐる闘いの方向(3)
「労働者分断」を乗り越えてきた韓国労働運動(上)
注目ニュース 非正規職の大規模ストライキ
最近、韓国で非正規労働運動をめぐって注目されるニュースがありました。公共部門の一つである「学校非正規職」(「非正規職」は非正規雇用労働者のこと)たちが、7.3.〜7.5.の3日間にわたって全国で10万人が参加するストライキを実施したことです。〔注1〕
〔注1〕 「学校非正規職」とは、全国の小中学校で働く給食調理員、学童指導員、司書、栄養士、売店管理、教務実務士、専門相談士、スポーツ講師など多様な業務で働く非正規職。毎日労働News2019年7月4日 https://hatarakikata.net/modules/hotnews/details.php?bid=873
従来、ストライキどころか労組活動も難しかった公共部門非正規職たちが労働運動の前面に出てくるようになりました。多くの困難を乗り越えて団結し、自らの雇用安定と労働条件改善のためにストライキ権を行使できるまでになったのです。ストライキが多い韓国ですが、非正規職がこれほど大規模なストライキを実施したのは初めてです。
近年、日本ではストライキそのものが少なくなり、ほぼ皆無に近い状況です。第二次大戦前の争議日数より少ないと指摘され、いつの間にか日本は「ストライキのない国」になっています。〔注2〕
〔注2〕日本の労働争議については、JIL「労働争議件数の推移 1946年〜2017年」参照。 https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0702_01.html
韓国でも使用者は労組を嫌ってストライキには解雇、損害賠償など民事責任を厳しく追及しますが、政府・警察も、ストライキに伴い労組役員を逮捕・拘禁する刑事弾圧が頻繁に生じています。そうした韓国で、何故、最も弱い立場にある非正規職たちが大規模なストライキを実行できるまでになったのか、今回エッセイでは、その背景を調べて見ました。
企業別「縦断」的労使関係で深刻化する非正規雇用 共通する日本と韓国
日本では、非正規雇用と正規雇用との間には大きな格差があります。この「常識」は、欧州では通用しません。日本と欧州の状況は大きく違っており、非正規雇用といっても日本ほどの格差はありません。ドイツ、フランスでは、産業別全国労組と使用者団体が、個々の企業を「横断」して団体交渉を行い、全国規模で労働協約を締結します。この協約は、組合員以外の労働者にも拡張適用されるという慣行が確立しています。
これによって企業を超えて仕事(職務)別に賃金をはじめとする労働条件が最低基準として決まり、正規・非正規の区別なく同一労働同一賃金原則が貫徹されます。そして、こうした各国内の慣行を前提に、EUはパート、有期、派遣の3指令で、非典型雇用(atypical employment)への「非差別原則」を明示し、この指令に対応して加盟諸国の国内法が改正・適用されています。〔注3〕
〔注3〕 エッセイ – 第12回 正規・非正規雇用の平等を求める外国の労働法制 https://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=14〕
これとは違って日本と韓国では、非正規雇用の弊害がきわめて深刻です。なぜなら、両国は共通して欧州とは逆に、労使関係・労働条件が企業別に「縦断」されているからです。そのために、非正規雇用が「雇用身分」と言える程に不合理で差別的な待遇を受けることになっています。日韓両国では、経済成長期に?企業ごとに違う「縦断」的労働条件、?男性片働きモデルの雇用慣行として、?期間を定めない契約で?年功賃金を特徴とする「正規雇用」(韓国では「正規職」と呼ぶ)が通常の雇用モデルとなりました。
ところが、日本では1980年代から、韓国では1997-8年の為替危機による経済成長の急激鈍化の中で、正規とは対照的な「非正規雇用」(韓国では「非正規職」)が広がりました。その特徴は、①低劣な労働条件(パート賃金などは、企業横断的に共通・類似している)、②女性が多い(なお、韓国では男性の比率が日本より多い)、③期間を定めた契約、④同一労働差別賃金という点です。
ただ、日本では、非正規雇用の中で、(a)パート・アルバイトと、(b)フルタイムの派遣・契約社員の間で大きな違いがあります。(a)は「家計補助型」という点で、夫や親の「被扶養者」として税制や社会保険制度の枠(年収100〜130万円上限)の中で一定の「優遇」を受けるタイプです。なお、韓国の場合、(a)のような制度的年収上限内で働くタイプはありませんが、朴槿恵政権の際に、日本的パート導入を求める経営者団体の要望が強まり、「時給制」で働く「時間勤労」が増加しました。現在、若者の間で、この時間勤労の形態(韓国では「アルバ」と呼ばれる)が広がっています。〔注4〕
〔注4〕 脇田滋「韓国における雇用社会の危機と労働・社会保障の再生」『雇用社会の危機と労働・社会保障の展望』(日本評論社、2017年2月)
非正規職の実態 規模と推移
韓国で注目できるのは、非正規職の実態について調査や分析が日本よりも詳細であり、また、多くの研究者がこのテーマで議論を行っていることです。日本と違って韓国では「統計庁」が設置され、「統計」を重視しています。この統計庁が毎年、「経済活動人口調査」を行い、その「付加調査」で雇用形態にかかわる調査結果を発表します。これを基に、政府機関の雇用労働部や、政府系研究機関の労働研究院だけでなく、民間研究機関である「非正規労働センター」や「労働社会研究所」が独自の分析を行っています。
〔図1〕は、非正規労働が増加した2000年代初めのものですが、政府系分析では、有期雇用(韓国では「限時労働」という)のうち、期間1年を超えて就労するものを除外するので非正規職の数・比率が少なくなっています。これに対して、民間研究機関では、1年を超えて就労しても有期の場合は雇用不安定だと解釈して非正規職に含まれるので非正規職に分類される数・比率が多くなります。この非正規職の比率の違いは約20%もありました。
その後、非正規職の無期転換が進んで最近は状況が大きく変わってきました。政府統計では、2018年下半期では、非正規職は661万4千人、33.0%です。これに対して韓国労働社会研究所のキム・ユソン理事長が、上記の政府統計を独自に分析して毎年発表されており、これは実態をよく示している分析として広く注目されています。
〔表1〕は、キム理事長が分析した、最新(2018年8月)の非正規職規模・比率です。それによれば非正規職は2018年8月で820万7千人、40.9%で、政府統計より159万3千人、7.9%も多い数字です。これには、有期雇用(限時勤労、期間制)やパート・アルバイト(時間制)だけでなく、派遣と用役(事業場内下請)の間接雇用も含まれるだけでなく、さらに、個人請負形式就業者である「特殊雇用」も広く「非正規職」に含まれています。同博士の分析は、非正規労働センターが独自に分析する結果にも近いもので、非正規職の実態をより正確に表すものとして、労働組合だけでなく多くの研究者からも支持されています。
キム・ユソン博士らの分析によれば、正規職・非正規職は、盧武鉉政権時代に「非正規職保護法」が制定される直前には非正規職が全体の56%と過半数を超えるまでに拡大していました(〔図1〕)。それが、〔図2〕が示すように、同法制定以降、徐々に縮小し始め、朴元淳市長が就任して2年目の2012年以降、ソウル市が大規模な正規職転換を行った時期から大きく低下しています。現在では、非正規職は全体の過半数を大きく下回り、近い将来40%をも下回る趨勢です。とくに最近2年間は、文在寅政府が、ソウル市に倣って公共部門非正規職の正規職転換政策を先頭に立って推進しており、それが統計でも非正規職減少として現れていると考えられるのです。