岡田 広行 :東洋経済 記者
「東京キャリアデザイン室」が置かれているソニー旧本社ビル(撮影:今井康一)
東京・品川のソニー旧本社ビル──。現在、「御殿山テクノロジーセンター NSビル」と改称された8階建てのビルの最上階に、問題とされる部署はある。
「東京キャリアデザイン室」。かつて大賀典雄名誉会長が執務室を構え、役員室が置かれていた由緒正しきフロアは今、社内で「戦力外」とされた中高年の社員を集めてスキルアップや求職活動を行わせることを目的とした部署に衣替えしている。
Aさん(50代前半)も東京キャリアデザイン室への異動を命じられた一人だ。午前9時前に出勤すると、自身に割り当てられた席に着き、パソコンを起動させる。ここまでは普通の職場と変わりない。
違っているのが“仕事”の中身だ。会社から与えられた仕事はなく、やることを自分で決めなければならない。「スキルアップにつながるものであれば、何をやってもいい」(Aさん)とされているものの、多くの社員が取り組んでいるのは、市販のCD−ROMの教材を用いての英会話学習やパソコンソフトの習熟、ビジネス書を読むことだ。
Aさんも英会話に励んでいるが、「自分が置かれている境遇のことで頭がいっぱいになる。いくら勉強しても身にならない」と打ち明ける。
「隣の人との会話はなく、電話もかかってこない。まるで図書館のような静けさ。時々、孤立感や言いようのない焦燥感にさいなまれることがある」ともAさんは言う。
社内で「キャリア」と略して呼ばれる同室は、品川のほかに神奈川県厚木市の「ソニー厚木第二テクノロジーセンター」、宮城県多賀城市の「ソニー仙台テクノロジーセンター」内にも設けられている。関係者によれば、3カ所合計で250人前後が配属されているとされ、人数自体も増加傾向にあるという。
ノルマも残業もなく人事評価は最低レベル
ソニーは2012年3月期まで4期連続の最終赤字となっており、業績回復が急務だ。12年度にグループで1万人の人員を削減する計画で、昨年5月、9月、そして今年2月末を期限として「勤続10年以上かつ満40歳以上」の社員を対象に3度にわたり早期退職者の募集が行われた。
キャリアデザイン室が人員削減のための部署であることは、社員ならば誰もが知っている。この部署がほかと大きく異なる点は、配属された社員の人事評価が、多くの場合に「最低レベル」となり、在籍期間が長くなるほど、給与がダウンする仕組みになっていることだ。というのも、仕事の内容がソニーの業績に直接貢献するものではなく、他社への転職を含めて本人の「スキルアップ」を目的としているためだ。
同じくキャリアデザイン室に所属するBさん(40代)によれば、「ノルマや課題もなく、残業もない」という。「何をやっていてもいい」とはいうものの、「社外で英会話を学ぶ場合には自分で授業料を払わなければならず、近場での無料の講習会に参加する際に交通費が出る程度。社内の仕事を斡旋してくれることも皆無に等しく、自分で探し出さなければならない」(Bさん)。
しかし、大規模な人員削減が続く社内では新たな仕事を見つけることは困難で、必然的に転職のための活動を余儀なくされる。「上司」に当たる人事担当者とは1〜2週間に1度の個別面談があり、その際に「他社への就職活動はきちんとやっているか」などと説明を求められる。
もし社内に踏みとどまろうとすれば、誰でもできる単調な仕事しか与えられない。「仕事が見つからずにキャリアデザイン室に在籍して2年が過ぎると、子会社への異動を命じられ、そこでは紙文書のPDFファイル化など、ひたすら単純作業をやらされる」(ソニー関係者)。
キャリアデザイン室に送り込まれる前の段階であっても、早期退職の勧奨が熾烈さを増している。
ソニーから生産子会社に出向中のCさん(50代前半)も度重なる早期退職の勧奨を受けた一人だ。
Cさんへの退職勧奨は、昨年11月、部長による面談から始まった。
電子メールで呼び出しがあり、指定された会議室に入ると、上司から開口一番、次のように告げられた。
「来年も今の仕事を続けるのは厳しい。社内か社外で仕事を探してください。期限は13年3月末です」
そして3度目に当たる3週間後の面談で、「13年3月いっぱいであなたの仕事はなくなります」と言われた。
「今の仕事は本当になくなるのですか」と問い返すCさんに、上司は「ほかの人がやる」と返答。納得がいかなかったCさんがさらに尋ねると、「事業規模に見合った人数にするためです。近隣の事業所に異動先はないので、社内募集に手を挙げてください」と促された。
Cさんはやむなく社内募集のエントリーシートに必要事項を記入して提出したものの、12月末には「書類審査で通らなかった」との回答があった。年をまたいだ1月の5回目の面談では、「2月末が早期退職募集の期限だから、早く社内の仕事を見つけてください」と言われた。
だが、Cさんは仕事を見つけることができなかった。会社が指定した再就職支援会社の面接も受けたが、求人内容は年収が大幅にダウンするものばかりで、これまでの経験を生かすことができる仕事はなかった。
そうした中、6回目に当たる2月の面談で、前出の上司から来年度の事業計画での戦力外を通告される。そのうえで「身の振り方を決めていないのはあなただけです」と暗に退職を求められた。その翌日の人事担当者との面談でも「あなたに合う社内募集はない。2月末が早期退職の期限なので、急いで経歴書を作ってください」と催促された。
結局、会社にとどまることを希望して早期退職を拒否したCさんは、3月に入っても次の異動先が提示されないままだ。Cさんは「不安な日々が続いている」と言う。
縮小する一途のソニー 巧妙なリストラ話法
Dさん(50代前半)も昨年11月に上司から「あなたの仕事はなくなる。キャリアを生かせる場所をほかで探してほしい」と告げられた。
その後も上司との面談が続けられたが、今年1月の面談では「(辞めないのなら)下請け会社での清掃業務や九州など遠隔地の子会社への異動もありうる」との説明があった。
CさんやDさんは「退職を強要されている」と受け止めている。だが、ソニー広報センターは本誌に「退職強要の事実はない」と説明。少数組合のソニー労働組合が問題視しているキャリアデザイン室についても、「異動先が未定の社員が次のキャリアを速やかに見つけるための調整部署。(「追い出し部屋」との)指摘のような事実はない」としている。
CさんやDさんによれば、上司は「仕事がない」と繰り返す一方で、「辞めてください」とは決して言わないという。また、「早期退職という方法がある」と話すものの、「申し込んだらどうか、とも言わない」ともいう。Cさんが「退職を勧奨しているのですか」と聞いたところ、上司は「違います。あくまでキャリアについての面談です」と返答。それでもCさんは「退職を強く促されている」と感じている。
そして退職勧奨されている社員が最も恐れているのが、キャリアデザイン室への異動だ。Cさん、Dさんとも、「絶対に行きたくない」と口をそろえる。
Cさんは、面談を受けた再就職支援会社の担当者から、次のようにアドバイスされた。
「あそこ(=キャリアデザイン室)にいると働こうとする気持ちが失せてしまい、グループ外の企業に応募しても合格しなくなる。在籍するにしても、せいぜい半年にとどめておいたほうがいいと思います」
11年当時にキャリアデザイン室に在籍していた同僚からも、「何もしないというよどんだ空気が嫌だ。今回は退職勧奨を受けたので会社を辞める。あの部屋にだけは絶対に戻りたくない」という言葉を聞いた。
ソニーの生産子会社の期間社員として勤務した後、雇い止め撤回のための団体交渉で再就職となり、ソニーの孫会社の正社員となった3人の社員も、疎外感を抱いている。
3人は昨年7月に孫会社への就職が実現した。しかし、「キャリア育成グループ」に配属されて7カ月が経った現在も、「仕事ではほかの社員と区別され、朝のミーティングへの参加も認められていない」(3人の一人のEさん)という。
疎外感を抱く孫会社の社員たち
Eさんによれば、「担当する清掃業務に必要ない」という理由でパソコンは支給されていない。そのため、紙の勤務記録表に手書きで出退勤時間を書き込んでいる。
また、パソコンがないために社内のホームページを見ることができず、「監督者」としてソニー本社から派遣されている上司から情報を得るしかない。ところが、この上司がしばしば情報伝達を失念するために、締め切り直前まで健康診断や予防接種の連絡がなかったという。
3人の社員は今年2月、上司に処遇の是正を求めたが、上司は「仕事の内容が違うのだから、ミーティングをほかの社員と一緒にやる必要はない。パソコンも支給しない」との考えを変えなかった。
ソニー広報センターは「雇用確保のために外部委託していた仕事を取り込むことで採用したため、(孫会社の)事務職の社員とは職場環境が異なる。同社では首都圏でも直接雇用の清掃職が存在しているが、(3人と)就業条件には差がない」と説明している。3人が具体例を挙げて嫌がらせや差別を受けていると語っていることについては、「指摘のような事実は確認していない」と本誌に回答している。
労働法が専門の西谷敏・大阪市立大学名誉教授は、「嫌がらせの有無や程度にもよる」としたうえで、「退職勧奨やキャリアデザイン室への異動、孫会社での処遇が、嫌気が差して辞めるようにしむけることが目的であるならば、法的に許された域を超えてくる」と指摘する。
企業のメンタルヘルス問題に詳しい生越照幸弁護士は、「度重なる退職勧奨によって、社員本人が精神疾患を発症した場合、企業が労働契約法に基づく安全配慮義務違反を問われる可能性がある」と分析する。
企業のリストラ策にはさまざまな手法がある。中には、ある日突然、職場への出入りを禁止する「ロックアウト型」の解雇や本人に過大なノルマを課して辞めさせる手法など、ソニーのやり方をはるかにしのぐものもある。
ソニーだけでなく日本企業の多くが、中高年世代の余剰人員を抱えている。企業からすれば人員スリム化は理由のあることかもしれない。だが、企業業績の悪化→中高年への退職勧奨を続けるかぎり、ビジネスパーソンはつねに不安を抱えながら働くことになる。