雇用身分社会 労災休業補償

 私は職場の安全衛生委員会の委員です。
 昨年11月の会議では派遣職員の労災が報告されました。その案件は、休業を要するものではありませんでしたが、私は派遣労働者が休業補償を受ける際の取扱が気になり、質問しました。

 労働者が仕事上の怪我や病気で仕事ができなくなった場合、労災保険の休業補償給付を受けることができます。労災保険は国の制度です。労災保険の休業補償は、直近3ヵ月の平均賃金の60%が日割り計算で支払われます。基本的に残業代もすべて含みますが、一時金まではカバーしません。

 休業補償が適用されることになった場合、たいていの職場は労災保険がカバーしない分を補填し、多くの労働者は事故に遭わなければ受け取る事ができた賃金の100%相当が支払われます。私の職場でも直接雇用の職員は、雇用形態にかかわらず休業中の賃金は100%補償されます。

 私の職場の関西大学では、多くの派遣労働者がいます。私の質問に対して関西大学が15社もの派遣会社と契約しているということを説明されました。派遣職員の休業補償の取り扱いについて2社を除いた13社から回答があり、そのすべてが「労災保険の休業補償以上の補償をしない」と回答があったということでした。

 例えば、仕事中に同じ場所で被災した2人の労働者のうち、ひとりが直接雇用の職員、もう一方が派遣職員である場合に、直接雇用の職員にはボーナスを含めて100%の賃金が支払われ、派遣職員には月給の60%しか支払われないということが起こりうるということです。健康と生命の価値に差が付けているのです。ひどい話だと率直に驚きました。

 学校は、生命の価値が平等であることを学生・生徒に教えるべきところです。そこで、生命の価値の差別を前提とする派遣業者依存の経営が行われているのです。私はその問題について、安全衛生委員会の場で指摘しました。関西大学が、派遣業者利用における労災休業補償の取扱に差別的な問題があることを、私の指摘以前に気がついていたかどうかは問題ではありません。

 労災事故が発生したときに、労働者が収入を維持するために、自身の労災事故を職場に報告しないケースが生じます。また、事故を報告したとしても、労働者自身が労災として扱わないことを希望する事態さえ招きかねません。このように派遣労働者による自発的労災隠しが、関西大学に限らず社会的に蔓延している恐れがあると感じました。

 労災隠しは犯罪だと言われています。一方で現状は、先にあげたように被災した派遣労働者が自発的に労災隠しを求める仕組みを内在しています。

 1986年以前には、中間搾取として違法だった派遣業の業種が拡大され、いまでは168万人が派遣社員として働いています(2020年厚労省調べ)。この間、多くの派遣労働者が自発的労災隠しの犠牲者になっている可能性があります。

 今も労働基準法は、何人も、法律に基づいて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない(6条)としています。これは「中間搾取の排除」といい、「ピンハネ」を排除する原則です。しかし、現在、派遣労働者は事業所が業者に支払う金のうち、7割程度しか賃金として受け取っていません。

 関西大学名誉教授の故森岡孝二先生はこのようなありさまを雇用身分社会と呼びました。労働者派遣業には他にも人間の尊厳を踏みにじる多くの問題があります。1986年以前のように労働者派遣業を違法とする社会に戻さなければ、生命の価値の差別はなくなりません。

森川泰明(働き方ASU-NET幹事・関西大学第一高等学校・第一中学校教諭)

この記事を書いた人

森川泰明