第70回 臥床断想② Amazonでの労働組合結成のニュースを聞いて(上)

 私が3月末、入院し手術を受けていた時期に、アメリカから、労働運動をめぐる新たな動きが報道されました。アマゾンのニューヨーク・スタテン島にある大型倉庫で、初めて「労働組合が結成された」というニュースです。ニュースは、アメリカ国内だけでなく、欧州諸国、韓国、そして日本でも大きく報道されました。アマゾン(Amazon)は、グローバル化した世界で、Google、Facebook、Apple、Microsoftなどと並んで、「GAFAM」と呼ばれる世界的大企業ですが、共通して、労働組合に否定的です。とくに、アマゾンは「無労組政策」で有名であったので「初めての労働組合結成」ということで注目を浴びることになったのです。

 私は、外国では、大学院の頃からイタリア、そして、20年前から韓国に関心を持ち、最近ではスペインに関心をもって、それぞれの国の言語を学んでいます。知人には、「何故、半島の国ばかりに関心を持つのか」と皮肉られていますが、それぞれの国に独自の労働運動があり、労働法の研究者としても興味深いことが多いからです。

 労働法では、英米独仏を対象にする研究者が多く、それぞれの国については豊富な研究成果があり、それらを通じて勉強することができます。アメリカ労働法については、道幸哲也教授や中窪裕也教授らの優れた先行研究がありますので、それらを学ぶことになります。ただ、GAFAM、とくにアマゾンをめぐる最近の動きについては、新たな働き方の変化に深く関連していますので、是非、その内容や背景を知りたいのですが、まだまとまった研究成果は出ていません。

 そこで、乏しい英語力やアメリカについての知識不足といった限界はありますが、自分自身で原文のニュースや資料をWebを通じて探して調べるしかありません。以下は、アマゾンの巨大倉庫や配送における労働をめぐる問題を(上)で取り上げ、これまで、何故、労働組合がなかったのか、労働組合結成が困難なアメリカの労働法の問題を(下)で取り上げることにします。

アマゾンの巨大倉庫 JFK8ーNYスタテン島

 アマゾンは、世界各地に配送の拠点となる大型倉庫を持っていますが、ニューヨークでは、同市のスタテン島にある巨大倉庫で多くの従業員が働いています。この巨大倉庫は、通常、JFK8と呼ばれ、サッカー場15面分と言われる、8000平方メートル近い面積の巨大フィルフルメント(配送仕分け)施設です。この倉庫で働く労働者の正確な数は不明ですが、論者によって6,000人から9,600人までの数字が挙げられています。ニューヨーク都市圏では毎日240万個以上の荷物が配達されていますが、JFK8倉庫は、この大量の荷物を捌くためのほぼ唯一の中心施設となっています。*

*詳しくは、Amazonの世界最大級フルフィルメントセンターのロボット軍団を見た techcrunch 2019年3月18日 by Brian Heater (@bheater)参照。フルフィルメントは、英語では、order fulfillment。最も一般的な意味で、販売に関する問い合わせから顧客への製品の引き渡しまでの全過程のことで、流通や物流という狭い意味合いで使われることもあるが、広義には、企業が顧客の注文に対応する方法を指す。(Wikipedia

アマゾン労働組合(ALU ー the Amazon Labor Union)

 このスタテン島のアマゾン倉庫で働く現従業員と、以前、そこで働いていた元従業員が草の根組織(a grassroots organization)としてアマゾン労働組合(ALU ー the Amazon Labor Union)が結成されました。同労組は、臨時委員長(the Interim President)を務めるクリス・スモールズ(Chris Smalls)さんたちが中心となって組織したものです。外部の大規模な労働組合が支援するのではなく、アマゾンの従業員と元従業員だけで結成された独立組織という特徴があります。

 スモールズさんは、アマゾンに2015年から勤務し、最初は、ニュージャージー州カータレットにある倉庫(EWR9)で、2017年コネチカット州ウィンザーに倉庫(BDL2)が開設されたときに、そこに移りました。そこで働いていたとき、「1年に2分間の社用時間を盗んだ」という理由で解雇されました。6週間後に、それが間違いであったとして復職できましたが、希望部署への配置転換は拒否されました。そして、ステタン島の倉庫(JFK8)が開設するというので応募したということです。

 ところが、パンデミック初期に、会社がコロナ(Covid-19)から従業員を感染から防ぐために必要な措置をとらなかったことに抗議しました。会社は、マスクも配布せず、同僚に陽性反応が出たのに他の同僚には、それを秘密にしたのです。スモールズさんは他の労働者らと一緒に、施設内でのコロナ対策を求めて仕事を拒否(walk out)しました。すると逆に、会社から、2020年3月30日、解雇されたのです。

 こうしたアマゾン社の「人間よりも利益を優先する」態度に対抗するために、スモールズさんたちは、外部労組に頼らず、現・元従業員らだけを組織する「アマゾン労働組合(ALU)」を結成したということです。*

クリス・スモールズ委員長のメッセージ(ALUホームページ)。以下は、ALUのホームページにある、スモールズ委員長の動画です。

アマゾン社の労働環境 ー 年間離職率150%の理由は?

 アマゾン社の労働環境については、多くの問題点が指摘され、社会的批判が高まっていました。とくに、物流施設の業務では、作業中のねんざや転倒、反復作業に伴う身体への負担などが指摘され、会社自身、安全性を高め、負傷率を削減する必要を指摘しています(日経流通新聞2022年4月22日)。

 そうした中で、2021年7月、ニューヨークタイムズは、「使用者であるアマゾンを調査する(Investigating Amazon, the Employer)」という、アマゾン従業員から数ヶ月にわたる取材と、数百のインタビューを通じたマリア・クレイマー(Maria Cramer)記者の調査記事*を掲載しました。

 この記事では、ステタン島の倉庫JFK8で商品仕分け作業に従事する従業員も対象となっていました。調査を始めるきっかけになったのは、アマゾン社の従業員数が100万人を超え、アメリカで最大の民間使用者になろうとしており、賃金は他企業よりも高く、福利厚生も充実しているのに、従業員の入れ替わりが激しく、年間の離職率が150%と非常に高いのは何故か、という疑問でした。新入社員が給料に感謝しながらも、数週間で辞めてしまうことがよくあることも分かりました。

 この記事は、従来、アマゾン社が「雇用の創出に大きく貢献している」と自慢する一方、倉庫で働く従業員の年間離職率が約150%にも達することを初めて明らかにしました。年間離職率150%というのは、「8ヵ月ごとに倉庫の従業員全員を入れ替える」という信じがたい、異常な数値です。また、アマゾン全体の労働者の大部分は黒人とラテン系ですが、ALUのスモールズ委員長の事例のように、JFK8では黒人労働者が不当に解雇される比率が高いと指摘されています。

使用者であるアマゾンを調査する(Investigating Amazon, the Employer)、New York Times 2021年7月4日

タイム・オフ・タスク(T.O.T.)ー 高離職率と小便ボトル

 その疑問を解く、一つの鍵は、「タイム・オフ・タスク(time off task – T.O.T.)」という、労働時間の秒単位での記録による労務管理で、信頼性の低い、機械による管理方式がとられていたのです。このT.O.T.システムでは、従業員が作業の手を止めたり、休憩をとった時間を記録するということです。そのために、従業員は、トイレ休憩を取れないほどにプレッシャーを感じさせることになっていました。

 上記記事の中では、アマゾンのこの「倉庫人事システム」の設計者が、「この高い離職率は多かれ少なかれ意図的なものである」と語ったことが紹介され、その背景には、アマゾン社の創業者であったジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)が、怠惰(lazines)と平凡への行進(march to mediocrity)を恐れて、労働力の固定化を避けようとしていたことが指摘されています。こうした考え方から、倉庫で働く従業員の昇進や昇給は制限されていた、といいます。そして、インタビューをした記者の、「人よりも荷物の方がはるかに正確に扱われているように見える」会社の姿が浮かび上がってきた、という感想を紹介しています。*

 アマゾン社の、この「タイム・オフ・タスク(T.O.T.)」については、「システムが自動的に従業員を解雇? アマゾン倉庫の記録システム」(Business Insider 2019年5月7日)参照。この記事では、T.O.T.が生産性の劣る従業員を自動的に解雇しているのではないかという疑問が示されています。

 また、高い生産性を求める、このメカニズムによって、それが同社のオペレーション全体に広がっており、アマゾンの配送を担当するドライバーは、強いプレッシャーに晒され、住宅地でスピードを上げて走ったり、信号を無視したり、さらにはトラックの中や外でビンに小便をしていることが紹介されています。この「アマゾン従業員の小便ボトル」の問題は、あちこちで指摘され、社会的な批判が高まりました。*

*関連した記事としては、「アマゾンは、ドライバーがボトルで排尿する必要があることを誤って否定したことをお詫びする(Amazon apologises for wrongly denying drivers need to urinate in bottles)」(BBC 2019年4月4日)など参照。
以下は、「アマゾンのドライバーは、ボトルでのおしっこに加え、バッグでのウンチ、生理用ナプキンの交換に苦労したと言っている(Amazon drivers say they had to poop in bags and struggled to change menstrual pads in addition to peeing in bottles)」(business insider2021年3月7日)という記事の画像です。

Amazon drivers say they had to poop in bags and struggled to change menstrual pads in addition to peeing in bottles(business insider 2021.3.7)

アマゾンのパノプティコン(panopticon)

 以上のニューヨーク・タイムズの調査より前、2021年7月、スイスに本拠を置く、労働組合の国際組織「ユニ・グローバル・ユニオン(Uni Global Union)」は、アマゾン社の労務管理について「アマゾンのパノプティコン(The Amazon Panopticon)」という、労働者、組織者、政策立案者のためのガイドという冊子を公表しました。

 この冊子で使われる「パノプティコン(panopticon)」は、18世紀後半、社会改良主義者のジェレミー・ベンサムが設計した、中央の塔を中心に独房を配置した円形の牢獄のことを指しています。この牢獄「パノプティコン」は、一人の警備員が塔からいつでも全房を監視できる一方、受刑者は自分が監視されているかどうかを知ることができない設計となっているのです。
 哲学者のミシェル・フーコーは、パノプティコンの囚人は、この監視システムの中で、自分が常に監視されていると考えるしかなく、見られているが、見ていないことになります。情報の対象であっても、決してコミュニケーションの主体ではないことになります。
 つまり、アマゾンの労務管理が「パノプティコン」と例えられていることになります。(同冊子p.3)

この冊子の構成は以下の通りです。
はじめに 3
 なぜamazonはパノプティコンなのか?3
倉庫の中で 6
 生産性の監視:スキャナーとアダプト 6
 イデオロギー的統制:コネクション 7
 社会的距離の自動化。距離アシスタント 8
 監視を売る:パノラマ 9
移動中 10
 監視をナビゲートする:デリバリー・アプリ 10
 道路を見る目。ドライバーアイカメラ 11
支配の拡大 12
 労働者の組織化をマッピングする。SPOC 12
 職場を超えたパノプティコン:再認識、リング 13
 職場監視の未来を形作る:特許から見えるアマゾンの未来 14
結論 15

 「約200の巨大なフルフィルメントセンターと、小規模な倉庫のグローバルネットワークを持つアマゾンは、世界で2番目に大きな民間雇用主です。世界全体で約130万人の労働者がアマゾンに直接雇用されており、そのうち10万人以上が欧州連合(EU)に勤務している。しかし、この数字には、人材派遣会社(staffing agencies)を通じて雇用されたり、独立契約請負者(independent contractors)として誤分類されたりしている何十万人もの従業員は含まれていない。すべてがアマゾンの監視網に引っかかっているのである。」*

「アマゾンの倉庫(または「フルフィルメント・センター」)で働く労働者や荷物を配送する労働者は、アルゴリズムによって管理・指示される労働形態を経験し、「率を上げる」こと、たとえば倉庫の棚から1時間に100個の商品を取り出すことやベルリンやバルセロナの街角で1時間に30個の荷物を配送することなどに対する激しいプレッシャーにさらされることになる。」

*Uni Global Union(2021), andUni Global Union, andTHE AMAZON PANOPTICON A GUIDE FOR WORKERS, ORGANIZERS & POLICYMAKERS, p.3

アマゾン倉庫の中で

 この「アマゾンのパノプティコン」は、とくに、アマゾンの倉庫の中で、作業員のパフォーマンスが常に監視されており、迅速かつスムーズな配送という約束を果たすため、同社は監視を利用して従業員に迅速かつハードな労働を強いていることを強調しています。その特徴は、以下のようなものです。

(1)倉庫管理システム

  • パソコンとバーコードによって従業員と経営陣の間で監視インターフェイスとして機能する管理システムが導入されている。
  • ほとんどの従業員は、毎シフト開始時に携帯型バーコードスキャナか、ワークステーションに置かれたコンピュータを使ってアマゾンのアルゴリズム・システムにログインする。
  • 作業員一人ひとりが特定のデバイスからシステムにログインするため、アマゾンの経営陣は作業員の生産性を把握することができる。
  • スキャナーは、作業員にタスク(通路Xに行き、商品Yをピッキングする)を割り当て、アマゾンが販売する商品のバーコードにコード化された情報を読み取り、倉庫内の従業員のすべての動きを監視するために使用される。
  • 収納やピッキングのラインが(画面に)表示され、そのラインに隙間があれば、作業者がトイレに行ったか、休憩を取ったかがわかります。また、彼が1時間に何個やっているか、どの時間帯が早かったかもわかる。

(2)ADAPT(Associate Development and Performance Tracker)

  • バーコードスキャナーは、ADAPTというソフトウェアにデータを送る。
  • このソフトウェアは、作業員の生産性を追跡し、位置確認やスキャン、梱包など、割り当てられたタスクをどれだけ速くこなしたかを特定する。
  • 作業員が1時間あたりにこなすべきタスクの数である「ノルマ」を達成できるか否かを追跡する。

(3)Time off Task(T.O.T.)

  • 昼食やトイレ休憩のためにデバイスからログオフしている時間(=T.O.T.)が一定の基準を超えると「ToTポイント」が発生する。
  • このポイントが貯まりすぎた労働者は警告を受け、契約不更新となる場合もある。
  • このシステムは、バーコードスキャナーを通して送信されるメッセージにより、労働者を自動的に解雇するために使用されている。

(4)アマゾンペース

  •  ADAPTなどのシステムによって生成されたデータは、作業員の速度を上げるよう働きかけるために利用されている。
  •  いわゆる「アマゾンペース」、つまり、できるだけ速く歩いて、より多くの商品を取り出したり、保管したりするような現象の原動力になっている。
  •  これらの不合理な労働リズムは、業界平均をはるかに上回る負傷率の一因となっている。 女性や妊娠中の人々は、トイレ休憩をToTにカウントするシステムによって不釣り合いに影響を受けている。
  •  人材派遣会社を通じて雇われた季節労働者は、この種の監視に対して特に弱い立場にある。
  •  経営者が倉庫全体が見られるようにToTスコアを掲示することがあり、その結果、労働者を特別視し、早く仕事をこなすよう圧力をかけている。

人間らしい労働(Decent Work)に反するアマゾンの働かせ方

 米国で、初めて労働組合結成に至ったアマゾン社の巨大倉庫職場をめぐって、Webから関連情報を集めてみました。

アマゾンの創業者ジェフ・ベソス氏は、所得世界一という大富豪として知られています。コロナ禍で外出が困難な状況の中で、アマゾンは市民にとってもとても便利な宅配業で、私自身、頻繁に利用する、とても便利なサービス業者です。しかし、その便利さの背後には、「パンノムティコン」とyばれる、非人間的な労務管理システムがあることを知りました。コンピュータによる時間管理で、わずかな休憩をも許さない、非情なT.O.T.システムがあり、最先端企業で働く労働者が「小便ボトル」を必要とする異常な実態に驚かされました。
 アマゾンの働かせ方は、ILOが求める「人間らしい労働(Decent Work)」の対極にあることを確信しました。これに抗議した労働者たちの組合を作ろうとする動きは、きわめて正当な行動だと思います。人間らしく働く権利を求める、労働者たちの行動こそ、労働法の原点だと思います。巨大な世界的企業を相手に、個々人は余りにも無力です。一人では対抗することができません。労働者の統一、連帯によって対抗するしかないと思います。

 アメリカは、自由で民主的な国とされ、人権を重視する国とされています。労働法を勉強する者として、なぜ、そのアメリカでアマゾンのような働かせ方が許されるのか、労働者自身の団結=労働組合を作ることが困難なのか?こうした疑問が一層強くなりました。そこで、続編として、アメリカにおける労働組合の状況と、労働組合をめぐる法的問題を考えてみたいと思います。


【追記】 NY州議会に「倉庫労働者保護法」上程

 上のエッセイを書いた後、ニューヨーク州議会のジェシカ・ラモス議員のTWで、倉庫労働者保護法案が、上程されていることを知りました。この法案は、昨年、カリフォルニア州で制定された「倉庫労働者保護法」に続く法案ということです。これら州法の内容についても調べていきたいと思います。(2022.4.30)

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