韓国の労働法律家団体が共同声明「労働基本権の否定が国憲の乱れ、内乱の試みの出発点だ」

 韓国で2024年12月3日、尹錫悦大統領が「非常戒厳」を宣布しました。韓国国内だけでなく、日本を含め世界を驚かせるニュースでした。
 その後、動画で同時的に状況が伝えられました。日本のメディアの報道はほとんどなかったので、youtubeで韓国のメディアや市民団体が配信する動画を聞きました。私は、韓国に滞在していたときに国会には何度か行きました。普段は、きわめてオープンな場所で厳しいチェックもなく入構でき、会議室、議員室、食堂、図書館などを訪問しました。あるときは議事堂前の広場で、国会職員ための保育所と思われましたが、多くの子どもたちが楽しく遊んでいました。のどかで、ほほえましい風景が印象に残っています。
 動画では、その国会構内で、いかめしく武装した兵士らが国会議事堂に突入しようとしていました。国会議員・職員、市民らが対峙して押しとどめる中、緊急に開かれた国会の全体会議で「非常戒厳」令の解除が決定されました。宣布から2時間後に解除され、4日の未明に大統領がこれを受け入れ、宣布後6時間で突然の「非常戒厳」事態は収拾されることになりました。
                   2024年12月10日  SWakita

 戒厳司令部布告令(第1号)


 尹錫悦大統領が、TVを通じて発表した「非常戒厳」の内容を文書化した「戒厳司令部布告令(第1号)」は、日本語訳すると、次の通りです。

 戒厳司令部布告令(第1号)
  自由大韓民国内部に暗躍している反国家勢力の大韓民国体制転覆の脅威から自由民主主義を守り、国民の安全を守るために2024年12月3日23:00をもって大韓民国全域に次の事項を布告します。
 1. 国会と地方議会、政党の活動と政治的結社、集会、デモなど一切の政治活動を禁じる。
 2. 自由民主主義体制を否定し、転覆を企てる一切の行為を禁じ、偽ニュース、世論操作、虚偽扇動を禁じる。
 3. すべてのメディアと出版は戒厳司の統制を受ける。
 4. 社会の混乱を助長するストライキ、怠業、集会行為を禁じる。
 5. 専攻医をはじめ、ストライキ中や医療現場を離脱したすべての医療関係者は、48時間以内に本業に復帰して忠実に勤務する。違反時には戒厳法によって処断する。
 6. 反国家勢力など体制転覆勢力を除く善良な一般国民は日常生活における不便を最小化し得るように措置する。
 以上の布告令違反者に対しては、大韓民国戒厳法第9条(戒厳司令官特別措置権)により令状なしに逮捕、拘禁、押収捜索ができ、戒厳法第14条(罰則)により処断する。
 2024年12月3日(火)戒厳司令官陸軍大将 朴安洙

 労働法律団体の共同声明 (2024.12.9)

  この「非常戒厳」をめぐっては、韓国国会で尹大統領の「弾劾訴追案」をめぐる審議、弾劾を求める市民の大集会などの緊迫した動向が日本でも伝えられています。そうした動向の一つとして、昨日(2024年12月9日)、これまで交流のある韓国の労働法律団体が共同声明を発表しました。以下、その全文を日本語訳しました。

労働法律団体の声明
労働基本権の否定が国憲の乱れ、内乱の試みの出発点だ
2024.12.9.
第76回世界人権宣言の日を控えて
労働人権実現のための労務士の会
民主社会のための弁護士の会 労働委員会
民主主義法学研究会
法律院(民主労総・金属労組・公共運輸労組・サービス連盟)
全国不安定労働撤廃連帯法律委員会

労働法律団体 声明
労働基本権の否定が国憲の乱れ、内乱の試みの出発点だ

 12月3日夜10時23分、尹錫悦(ユン・ソンニョル)は違憲・違法である戒厳令を宣言した。それから30分後に発表された「戒厳司令部布告令(第1号)」は「自由大韓民国内部に暗躍している反国家勢力の大韓民国体制転覆の威嚇から自由民主主義を守護」するために国会、地方議会、政党活動と一切の政治活動禁止、すべての言論・出版の統制、ストライキ・怠業・集会行為の禁止などを布告した。直ちに全国民が特殊部隊が国会に乱入して活動を封鎖しようとする作戦を遂行する姿をリアルタイムで見守りながら大きな衝撃を受けた。

 三権分立を通じて大統領・政府を牽制し、主権者を代表する国会活動を停止させようとしたことは明白な違憲行為だ。「戒厳布告令」を通じて憲法が保障する集会、結社、デモ、言論、出版の自由を全面禁止するとしたこともそれ自体が違憲行為だ。それだけでなく労働者のストライキ、怠業、集会行為を禁止しようとしたことも明白な違憲行為だ。

 今回の戒厳事態以前にも、尹錫悦政権は憲法上の基本権を無視する行動を繰り返してきた。代表的労働組合総連合団体である民主労総を対話相手として認めず、大統領と長官らが直接「組織暴力団」、「北朝鮮核の脅威と同じ」、「法治主義に対する深刻な脅威」とし、労働組合に対する嫌悪を助長する発言を浴びせてきた。現政権になって瀕死状態の国家人権委員会まで2月、国家機関などとして労働組合と労働組合活動に否定的影響を与えかねない発言をしないよう予防措置を用意する必要があるという意見を表明するに至ったのだろうか。

 現政権の労働基本権蹂躙は言動にとどまらなかった。2022年に政府が約束した安全運賃制維持・拡大を要求して行った公共運輸労組貨物連帯本部ストライキに対して史上初の業務開始命令を発動し、特殊雇用労働者の結社の自由を侵害し強制労働に追い込んだ。建設労組が雇用のための団体交渉を要求し団体行動をしたことが「恐喝・脅迫罪」に該当するとし、組合員2千人余りを捜査し全国の数十ヶ労組事務室と住居地を押収捜索し41人を拘束させた。今回、尹錫悦が国会、中央選挙管理委員会に軍兵力を投入して憲法機関の活動を封鎖しようとした内乱行為を、非正規職労働者と民主労組はこれより先の数十年間にわたりやられてきた。国際労働機構(ILO)と国連人権理事会が労働者に対する人権蹂躙を批判し、司法的いじめを中断することを相次いで発表するに至った。

 これだけではない。「実質的使用者」を相手に団体交渉権を保障し、憲法上基本権である団体行動権を行使したという理由で「損賠爆弾」を受けることを制限するために国会が2度も議決した労組法改正案を全て拒否した。労組法改正案が通過したからといって直ちに政府に予算や法令上の負担を追加させるわけでもないのに、何の実際的根拠もなしに漠然と産業現場に不安をもたらす「違憲的要素」があるとし大統領拒否権を行使した。しかし私たちは今、誰が本当の国家と経済・社会に危険をもたらしたのかをはっきりと見ている。

 秋美愛(チュ・ミエ)国会議員が公開した国軍防諜司令部があらかじめ作成しておいた「戒厳文書」によれば、今回の尹錫悦の「戒厳布告令」は1980年5月17日光州虐殺を翌日に控えて発表された戒厳布告令10号を参考にして準備されたという。1979年8月、朴正煕軍事政権の恐ろしい独裁下でもストライキと座り込みを継続したYH労働組合を殴り殺す過程で労働者キム・ギョンスクが死亡し、10月釜馬抗争が勃発し、結局以後権力内部闘争で朴正煕(パク・チョンヒ)が暗殺された後、全斗煥(チョン・ドファン)・盧泰愚(ノ・テウ)がクーデターを起こし権力を握り光州虐殺を命令した一連の歴史的時間が私たち国民にはまだ生々しい傷痕として残っている。

 私たちの労働法律家たちは憲法上の基本権である労働基本権の蹂躙はまもなく独裁の復活と民衆虐殺につながる前兆であることを学んだので、尹錫悦とその追随者たちのこのような基本権剥奪行為もまた審判を受けなければならないと主張する。尹錫悦だけでなく、これまで労働者と労働組合に対する内乱を行ってきた政府、国会、政党の人士もやはり国憲を乱すようにし、民主主義と人権を無視した法的責任を負わなければならないと要求する。

2024.12.9.
第76回世界人権宣言の日を控えて

労働法律団体(以下連名)
労働人権実現のための労務士の会
民主社会のための弁護士会労働委員会
民主主義法学研究会
法律院(民主労総・金属労組・公共運輸労組・サービス連盟)
全国不安定労働撤廃連帯法律委員会

 労働人権を徹底的に否定する姿勢を取り続けた尹錫悦大統領が、憲法を無視して内乱罪に問われるまでになった事実はきわめて示唆的です。日本政府は、どうでしょうか?非正規雇用を拡大し続け、さらに現在、経済界の要望に応えて労働基準関係法制の大改悪を企図している点で韓国の尹政権と共通した点が少なくありません。
 韓国の労働者、労働法律団体の皆さんは、過酷な権力的抑圧に屈せず、「非正規職撤廃」をはじめ労働人権の実現のために努力し続けています。今後も、日本と類似した状況にある韓国における労働人権実現をめざす果敢な取り組みに注目していきたいと思います。

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