『わたしを離さないで』/この世の未練

★原作はイギリス作家カズオ・イシグロの同名小説、監督はマーク・ロマネク。作品はSF映画であり、映画史上初めて描かれる物語と喧伝されているけれども、それは配給会社が観客を動員したいがための宣伝文句であろう。しかし、映画は単なるSFではない。もっと深い、主人公のキャッシー(キャリー・マリガン)の語りを通して(原作もそうだった)、「生命」とはなにかを語りかける。作品はSFでミステリー調なのであまり多くは語れない。

★1960年代後半から1990年代前半にかけての物語である。映画の冒頭、科学の発達によって人類は100歳まで生きられるようになった、と字幕が出る。これが1つ目のキィーワード。そして、世間から隔絶されている寄宿学校「ヘールシャム」で学ぶこどもたちが映し出される。緑濃いイギリスの田舎の光景と、古くて威厳のある石造りの校舎が。10歳代前半の、キャシー、ルース(成人してからキーラ・ナイトレイ)、トミー(成人してからアンドリュー・ガーフィールド)を軸に物語は進んでいく。学校では絵や詩の創作を重視する。これが2つ目のキィーワード。そして、この学校のありかたに疑問を持つ女性教師が授業中に子どもたちの前で、子どもたちの運命を明かす。あなたがたは20歳ぐらいまでしか生きられないのよ、と。これが3つ目のキィーワードになるだろうか。やがて18歳になった3人はコテージに移り住み、青春を謳歌し、恋もするが……。

★原作者の話に移ろう。カズオ・イシグロは5歳のときに両親とともにイギリスに渡った。イギリスの大学を出て、同国に帰化している。日本語はあまり話せないらしい。『日の名残り』でイギリス最高の文学賞、ブッカー賞を受賞する。この作品も映画化された。主演はアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソン、監督は『眺めのいい部屋』のジェイムス・アイボリー。味のある作品だ。DVDが出ている。お勧めする。それはともかく、当初、イシグロは、『わたしを離さないで』を、「核の問題」をテーマに書こうとしたが、2度中断している。しかし、1995年、イギリスでクローン牛が誕生したのを機に、それをテーマに本作品を完成させる。これが最後のキィーワードということにしておこう。

★ともすれば、たとえばハリウッド映画なら、みずからの運命に逆らい、叛乱を起こす「若者譚」となってしまうけれど、小津安二郎が好きだというカズオ・イシグロは、限られたみずからの「生命」を受容する若者たちを描き、何事もなかったかのように物語を終わらせてしまう。その静謐(せいひつ)さが、かえって、私たちに、「科学のありよう」とはなにかを突きつける。先進国の文明は、多くの犠牲と、一歩まちがえば人類が絶滅の危機に瀕する上になり立っている。その「危うさ」をこの映画に感じてしまった。それは、ぼくだけだろうか。                      2011.4.11 月藻照之進

この記事を書いた人