朝日 DIGITAL 2016年11月24日
http://digital.asahi.com/articles/ASJCL521RJCLUTIL03M.html
国立大学で教員の人件費を削減する動きが加速している。40歳未満の若手教員のうち、5年程度の「任期つき」教員が6割を超えたことも明らかになった。国からの運営費交付金が減る中、教員の雇用や昇任も脅かされつつあり、特に、地方の大学からは悲鳴が上がる。
国立大の若手教員、任期つき雇用が急増 今年度は63%
法律変わったのに「雇い止め」? 東北大、上限5年に
「北大でこの惨状」「博士号取得者の受け入れ先がなくなり、日本から優秀な人材が逃げる」……。
9月、ツイッター上で、あるブログを引用したつぶやきが拡散された。北海道大学教職員組合執行委員会が「激震! 教授205名分の人件費削減を提案」と伝えたブログだ。8月下旬の学内の会議で、大学側が教授205人分に当たる人件費削減案を示した内容だという。
北大は「案を示したのは事実だが、検討段階なので答えられない」とする。だが、学内資料や複数の教員によると、当初の削減案では2017年度から5年間で人件費を14・4%、総額55億円削減するとされ、削減幅は17年度が最大の9・9%。
北大は各部局に配分された「人件費ポイント」に基づき、教授(1・0ポイント)や准教授(0・8ポイント)などの教員を雇用する。当初の削減案では、大学は「205・5ポイント」を削減予定で、本来は雇えるのに雇用していない未使用分を除くと、教授120人分以上に相当する削減が必要になる。11月には「186・2ポイント」に縮小する修正案を示した。
人件費にあてることができる、国から北大への一般運営費交付金は04年度の346億7千万円から15年度は311億円に減少。共済年金から厚生年金への移行に伴う制度改革もあり、財政が悪化した。
農学部の教授は「人件費に手をつけるのが一番楽なのだろうが、もっと早く収支改善の手を打つべきだった。経営陣は何をやっていたのか」と憤る。文学部教授は、削減案を受けて「教授への昇進を含めて人事を凍結した」と打ち明ける。当初案に対し、大学の25部局は「最大限の収支改善策を検討した跡がない」「負担に不公平感がある」などとする意見を表明。組合は撤回を求めている。
大学側は退職者を補充せず、「任期つき」教員の任期を延長しないことなどで達成すると説明。だが修正案にしても大学の根幹である教員への影響は大きい。
同じように財政難に苦しむ高知大も16、17年度の2年間、採用や昇任などの人事を凍結する。教授が定年退職しても准教授の昇任はなく、新規採用はしない。教員がいなくなる講座では、退職後の教授がシニアとして教え続けたり、他の教員が兼任したり、カリキュラムを見直したりする予定だ。それでも財務状況が改善する見通しはなく、さらに教授25人分の人員削減が必要という。高知大教職員組合の原崎道彦教授は「昇任もなければ、若手の士気も下がる」と心配する。
高知大では、15年度以降、学部を大幅に改組。29人を新規採用した。そのための補助金で、14年度はいったん財政が改善したが、その補助金も5年目でゼロになる。現在、教員1人あたりの自由な研究費も年額11万3千円にとどまっているが、箱田規雄理事は「保護者の所得を考えると学費の値上げもできない」。今でも授業料を払えずに休学する学生が年間で数十人いるからだ。「地方では寄付も集まりにくい。落ち着いた研究や教育のためにも、これ以上の交付金の削減を止めてほしい」と話す。来年度からは、教職員が大学内に駐車する際、駐車料金を取って収入増をめざす。事務職員も減らす。
86の国立大でつくる国立大学協会が15年秋に行った調査では、「定年退職者の補充をしない」など、人件費の削減策を「すでに実施」「今後実施」という大学は33にのぼった。
大学教員をめざす若手も心配する。全国大学院生協議会が6〜9月に行った調査では、回答した563人のうち61・7%が「就職状況」を懸念していた。議長の博士後期課程2年土肥有理さん(28)は来年以降、就職口が見つかるかどうか不安がある。「高校の非常勤講師などで食いつなぎ、大学教員や研究者への就職をあきらめる人も多い。国は大学の予算を抜本的に増やして欲しい」と話す。
■改革求める国、耐える現場
だが、国立大を見る目は厳しい。今月11日、税金の使い方を検証する政府の行政事業レビューでは、国立大をめぐる厳しい言葉が飛び交った。
事業を検証する有識者「追加で補助金をもらえなければ、若手のポストを確保できないというのは説明がつかない。何をやってきたのか」
文部科学省「組織改革は大幅に進んでいる」
山本幸三・行政改革相「学長は教授をクビにできるのか。企業経営的な運営ができていない」
国の財政難の中で運営費交付金が削られる半面、文科省は「改革に積極的に取り組む大学を強力に支援することによって、大学教育の充実を図っていく」として、改革を進める大学には別の補助金を出し、メリハリをつけようとしている。千葉大の徳久剛史学長は「交付金の減額に耐えられるかどうか、各国立大は試されている」とみる。
千葉大は07年度から海外拠点作りを進め、今年4月には国際教養学部を新設するなどの改革を行う一方、11年度からは退職者が出ても1年間補充せず、民間などの外部資金を確保し、5年ほどの「任期つき」で若手を雇ってきた。任期つき教員は04年度のゼロから16年度は242人(全体の18・1%)に増えた。40歳未満の「任期なし」教員は16年度は168人となり、この6年で71人減った。
今年度からは教員採用の仕組みを変えた。退職者のポストを原則3年間、補充せず、各学部は学長をトップとする教員人事調整委員会に申請し、「機能強化に意味がある」と判断されれば雇用できる。徳久学長は「今後、淘汰(とうた)される大学も出るかもしれない。交付金削減を逆手に取って変わっていきたい」と話す。(松本理恵子、杉原里美、水沢健一)
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《東京大名誉教授で東京理科大学長の藤嶋昭さんの話》 日本の高等教育への公費負担はOECD(経済協力開発機構)諸国の中でも最低水準で、国の経済規模に比べて著しく低い。国の財政が厳しいのはわかるが、この状況を改善しない限り、日本の科学技術の進歩や発展は望めないと思う。近年、定年退職者の再雇用や任期延長が増え、若手の雇用を奪っている面もある。大学が若手教員を雇い、研究や教育に専念できる環境も整えるべきだ。