東京新聞 2012年7月26日 朝刊
長男に先立たれた主婦加藤久恵さん=仮名=は、息子の死後、給与明細を手にして、月二百時間近くも残業していたことを初めて知った。「入社して間もないのに、会社に休ませてなんて言えない」。休養を勧めてもかたくなに拒んだ長男の姿がよみがえった。
法律や労働基準監督署があるのに、こんな長時間労働がなぜ許されるのか−。わが子の死を受け入れることができなかった。
長男は二〇〇七年、プラント保守大手「新興プランテック」(横浜市)に入社し、千葉県市原市でプラント工事の現場監督を任された。うつ病を発症し、翌年十一月に自殺。二十四歳だった。労基署は、過労が原因の労働災害と認めた。
亡くなる三カ月前のことだ。土日も出勤していた長男が急に無断欠勤したと連絡が入った。加藤さんが長男宅を訪れると、久々に再会した息子は別人のようにやせ細っていた。いったん事務職に配置換えとなり、二カ月余り病院に通う日々が続いた。
現場復帰が決まり、実家に戻ってきた長男は「また休みがなくなるな」とこぼした。心配する加藤さんに「人手が足りないから」と気丈に答えた二日後、命を絶った。
遺族は長時間労働を課した会社の違法性を訴訟で訴えるだけでなく、適正な指導を怠ったとして国も相手取り東京地裁で争っている。
国は「監督する義務はなく責任はない」と主張している。新興プランテックのような建設業は労基法の長時間労働規制の対象外とする「例外規定」があるからだ。
トラックやタクシーの運転手も同様で、労使の合意があれば何時間でも働かせることが可能だ。そのせいか過労が原因とされる脳・心臓疾患の労災認定数は、運輸業と建設業が毎年上位を占める。
例外規定を設けている理由を厚生労働省は「納期前などに仕事が急増する可能性がある業種だから」と説明する。遺族代理人の川人博弁護士は「どんな仕事にも繁忙期はあり、一部の業種のみ特別扱いする理由はない」と反論する。
業種による例外だけではない。
そもそも労基法は残業を認めていない。だが労使合意に基づく協定を結べば、月四十五時間までの残業が認められる。さらに、特別な事情があれば半年間は残業を無制限に延長できる「特別条項」も存在する。
この協定に関する本紙の調査では、国内の大手百社のうち、いわゆる過労死ラインとされる月八十時間以上の残業を認めている企業は七割に上った。例外に例外を重ねた制度が当たり前となり、「残業は例外」という意識は薄れている。
新興プランテックも裁判で「法律で残業の上限規制を除外されており、月二百時間の協定を結んでも違法ではない」と主張している。
加藤さんは制度の不備を問う。「月二百時間残業しないと回らない仕事なんて、『死んでもいい』と言われているようなものです」
業種による残業規制の適用除外 厚労省は残業について、労使協定を結んでも原則として上限は月45時間、年360時間との基準を定めている。しかし、(1)建設業(2)運輸業務(3)研究開発業務(4)季節的要因などで業務量の変動が著しい業種−については、上限の規制はないとする例外を設けている。
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