告発の原発作業員、朝日新聞に語る

朝日新聞 2012年11月03日
 
●「被曝労働の実態 改善して」

 福島第一原発事故の収束作業で被曝(ひばく)させられたと、東京電力の責任を問い、元請け会社の関電工を告発した作業員(46)=いわき市在住=が、朝日新聞の取材に応じた。作業員は「被曝労働の実態を明らかにして、今後の作業環境を改善してほしい」と訴えた。支援する弁護団は「何次にもわたる下請け構造が無責任体制の根源にある」と批判している。

 ●湯気立つ水面「あり得ない」

 階段下の地下室をヘッドライトが照らした。うっすら湯気の立つ水面が見えた。「あり得ない」。たまり水は、高濃度の放射性物質で汚染された水だ。家で待つ子どもの顔が脳裏に浮かび、身体が震えた――。

 原発事故からまもない昨年3月24日午前のことだった。福島第一原発3号機。原子炉タービン建屋に関電工社員らと6人で入った。地下室の電源盤にケーブルをつなぐ作業にとりかかった。

 作業を開始して数分後、線量計の警告音が次々と鳴りだした。設定は毎時20ミリシーベルト。動揺する作業員に、関電工の社員は「故障もあるし、誤作動もある」となだめた。

 地下への階段に身を乗り出すと、線量が高くなり、コンクリートの壁に隠れると低くなった。 

 茨城県内の高校を中退し、さまざまな職業を経験。6年前から原発の電気設備会社の従業員として働いていた。 

 「線量も確認せず、たまり水に触れてはならない」。常識のはずが、同僚作業員は水深15センチほどの水に足をつけて作業していた。くるぶしまでつかった水は「生温かかった」という。 

 階段を地下まで降りて、ケーブルを手すりに縛り付けるよう指示されたが、断った。それでも小一時間の作業で、線量計の値は11ミリシーベルト。たまり水に入った関電工の社員2人は173〜180ミリシーベルトを浴びて、福島市の県立医大に緊急搬送された。 

 その後、広野火力発電所や新潟県の柏崎刈羽原発、青森県六ケ所村の施設など、被曝量の低い仕事にまわされた。だが、今年3月16日以降、仕事が来なくなった。事実上の解雇状態だ。今は土木作業や除染作業で妻子を養う。

 「被曝事故は起きたのではなく、起こされた。我々は高線量を浴びさせられて使い捨てか」。そう悔しがる。 

 原発収束作業にたずさわる末端作業員の立場は不安定だ。被曝線量の上限に達すれば、作業員として働くことができなくなる。 

 「あのときは長靴も履いていなかった。指示に従って地下に降り、そのまま作業を続けていたら死んでいたかもしれない。これから何年後かに自分の健康がどうなるかも分からない」。あの体験で生じた不安はいまも消えない。 

 ●背景に下請け多重構造 

 作業員の告発に、東電は「現場作業者の作業環境と放射線の安全管理については引き続き徹底していきたい」とコメントした。 

 しかし、原発作業員の被曝線量のずさんな管理や被曝事故時の無責任な体制などが、次々と明るみに出ているのはなぜか。

 背景にあるのは複雑な下請け関係だ。今回の事故では現場にいた東電の作業チームは毎時400ミリシーベルトの放射線量を知ってすぐに撤収。一方、作業員のチームはそのまま作業を継続していた。 

 下請けの多重構造が、末端作業員の労働安全や健康管理の責任をあいまいにしている――。日本労働弁護団の水口洋介弁護士らはそう指摘する。 

 労働安全衛生法31条は、直接の雇用関係がなくても、特定事業で発注者が労働者の災害防止措置をとるよう義務づける。ただ、法令の指定は建設業や造船業などに限られ、原発事業の位置づけは明確ではない。これが「責任追及の壁」になっているとし、弁護団は法の不備の是正も求める。 

 「私はたまたま、いろんな人の助けがあって訴えることができたけれど、ほとんどの労働者は職を失うから口を閉ざすしかない」。作業員はそう語った。 

 今後は事故収束だけでなく廃炉作業でも、高線量下で働く原発作業員の力が必要だ。それも廃炉まで何十年と続く。「こんなことをやっていたら、作業に従事する人が本当に集まらなくなる」。予期せぬ被曝をさせられてしまった作業員の警告だ。(本田雅和)

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