東京新聞 2013年11月20日
精神的に追い込む「追い出し部屋」など、さまざまな形で正社員のリストラが進められる中、労働相談の窓口には「辞めさせてもらえない」という相談も急増している。リーマン・ショック後の過度なリストラの反動で、会社は残った社員を囲い込み、過酷な労働を強いる。労使の力関係の差は広がるばかりだ。 (小林由比)
「退職させるつもりはない」。神奈川県内の建築士の男性(49)は上司の言葉に恐怖を感じた。「辞めたい」と申し出たために、寝間着姿のまま会社に連れてこられ、長時間怒鳴られていた若い同僚の姿が頭をよぎった。
経営していた設計事務所の資金繰りが悪化し、昨年十一月に閉めた。
所員二人の就職先を探し、自分も一級建築士の資格が生かせる会社に入った。
だが、すぐに「設計をやる会社の雰囲気じゃない」と感じ始めた。工事の遅れなど客からの苦情が多く、営業担当はそのたびに自分たち設計担当のところに「謝って来い」と怒鳴り込んできた。
それでも五十歳を目前に見つけた職場。何とか続けたかった。だが五月、深夜の会社で突然激しい腹痛に襲われトイレで吐いた。持病の腸閉塞(へいそく)を十年ぶりにぶり返した。
入院中、「辞めさせてほしい」と会社に電話した。だが、社長は「辞めないでくれ」「人が足りなくなり困る」の一点張り。退職届を郵送し、保険証も返して離職票の発行を頼んだが、「勝手に保険証返しちゃだめじゃん」「引き継ぎもあるから一度会社に来て」と電話がかかってくるだけだった。
「途方に暮れ、眠れない日々だった」。NPO法人労働相談センター(東京)に間に入ってもらい、十月下旬に会社はようやく退職届を受理した。
センターに寄せられる「辞めさせてくれない」との相談は、二〇〇六年に四十六件だったのが昨年六百七十一件に。今も毎日のようにある。社長が土下座して若い社員の自責の念を誘うなど、やり方はさまざまだ。
矢部明浩副理事長は「過度なリストラの穴埋めとして、残った社員の引き留め工作が出てきた」とみている。「業務量が増え、辞めたいと思うまでに追い詰められた社員を辞めさせないというのは、究極のパワハラだ」
安倍政権下で検討が進む「限定正社員」は、業務や勤務地を限定する代わりに、解雇しやすい正社員をつくることになると懸念されている。
「解雇がしやすくなる一方で、手放したくない、安く従順な労働者を経営者が囲い込む動きがさらに増えてくるはずだ」。矢部さんは「無限定」に働かされる人たちの増加を懸念している。