JBpress2013年11月29日(金)
日本の一部企業で社員や店員の過重労働が社会問題化しているが、実は近年、米国企業の中にも過酷な労働環境が批判される会社が少なくない。
その1社として名前が挙がっているのがネット通販最大手のアマゾン・ドット・コム(本社ワシントン州)である。問題視されてからしばらく経つが、最近は訴訟問題も浮上している。世界的大企業に成長した裏に、社員・従業員の多大な犠牲があるとの指摘もある。
欧米大手メディアが「奴隷収容所」と報道
ドイツにあるアマゾン・ドット・コムの流通センター〔AFPBB News〕
世界中で事業展開しているアマゾンは書籍やDVDはもちろん、近年は紙おむつから紳士靴まで小売りの総合デパートと呼べるほど商品の多様化が進み、世界の至る所に巨大倉庫を置いている。
そこでの労働環境が欧米メディアの批判の的になっており、「スレイブキャンプ(奴隷収容所)」と形容するメディアもあるほどだ。今月も英BBCの記者がオトリ取材で従業員として潜入し、その実態を報道した。
アダム・リッター記者(23)はウェールズ南部スウォンジ市にあるアマゾンの倉庫で、夜間のシフトに入って「ピッカー(棚から荷物を出す係)」として働いた。
80万平方フィート(約7万4000平方メートル)という広大な敷地で、33秒間に1個というスピードで商品を拾い上げていく。常に時間との闘いで回収が遅いとブザーが鳴る仕組みだ。
「従業員はまるで機械。スキャナーをオンの状態にしたまま歩き続け、ロボットのように作業をしなくてはいけない」
夜間シフトでリッター記者は約17キロを歩いたという。番組に登場した大学教授は「この労働環境では精神的、または肉体的に体調を崩す可能性がある」と述べている。
また英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙も過去に同様の突撃リポートを掲載しており、従業員は広大な倉庫内を多い日で24キロも歩かされたと記している。さらに「3ストライク」というルールがあり、作業規則を3回破ると解雇される非情さがあると書いた。
作業効率向上のルールとして理解できるが、解雇が日常茶飯事の欧米であっても冷酷であると結論づけている。
今年9月には、米ペンシルベニア州で従業員がアマゾンを相手どって集団訴訟を起こした。というのも、従業員が昼休みに倉庫外に出る時、商品を持ち出していないかを調べる探知機を通過する必要があるからだ。長蛇の列に並ぶと、休み時間が大幅に短縮されてしまう。
ペンシルベニア州だけでなく、ケンタッキー州、テネシー州、ワシントン州でも同様の訴訟が起こされている。終業後に帰宅する時も同じで、会社側は列に並ぶ時間の対価も支払うべきだとの訴えだ。
実は昨年、1人の従業員が16万ドル(約1600万円)相当の商品を棚から盗み出したため、会社側はやむなく探知機を設置したという経緯がある。
日本の居酒屋チェーンの方が明らかに異常
ただ、アマゾンの労働環境が本当に「奴隷収容所」と呼べるほど過酷なのかは疑問が残る。多くの従業員が辛い仕事であると認めているが、そこに違法性はほとんど見出せない。
というのも、従業員の労働時間は8時間から10時間ほどで、日本のようなサービス残業が問題になっているわけではない。しかも日本の居酒屋チェーン店のように、残業100時間という過酷さがついて回るわけでもない。
日本のサービス残業は、欧米ではほとんど理解できない世界であり、その強要があれば即刻訴訟へと発展するが、そうではない。アマゾンの労働問題は主に探知機の設置と支払いの有無に向いている。
昨年、米誌「マザー・ジョーンズ」も労働問題を指摘した記事を掲載した。アマゾン従業員に課せられた仕事のスピードと目標は、到底到達できるものではないと述べる。
「とにかく急ぐしかない。顧客が荷物を待っている。クリスマスシーズンが始まると1週間に270万個をさばく必要がある。こちらのペースで作業をする限り、すべてをさばけない。自分たちのペースではクリスマス休暇が終わってしまう」
従業員の休みはクリスマスシーズンが終わるまで取得できないという。それは職種を考慮すれば当然のことであり、日本ではこれくらいの作業現場はいくらでもあるだろう。
確かに欧米の労働倫理に照らし合わせると、33秒で1個を棚から探し出してくるペースは若い従業員でも過酷かもしれない。その点については賛否が別れる。
「一晩で17キロを歩くくらい、大した距離ではない。人間は普通のペースでも1時間に約4キロ歩ける。慣れもある。しかも時給14ドル50セント(約1450円)という賃金は全く悪くない。仕事があるだけいいと思った方がいい」
さらに別の書き込みもBBCの記者に批判的だ。
ネットでは大手メディアの報道に批判的
「一流メディアの記者だから肉体労働などしたことがないのだろう。肉体労働は慣れていない人にとっては苦痛だが、効率よく動けるようになると、アマゾンの倉庫での仕事はそれほど過酷ではない。ましてや奴隷収容所などと言われるほどの環境ではない」
このBBCの報道に賛同し、「確かに奴隷的な扱いだ」とする意見もあるが、ネットでの反応は、8割が報道内容に否定的だった。
「10時間の労働時間で17キロは緩いくらいだ。私は別会社で勤務する60歳の女性だけれども、7時間半で倉庫内を24キロ歩くこともある。全く問題はない。スキャナーがあるだけましだと思った方がいい」
アップルなどはすでにトヨタ自動車のカンバン方式にならって、自社倉庫に在庫を置かないサプライチェーンに転換している。つまり、組み立て工場から直接、商品を消費者に配送するシステムだ。
アマゾンも今秋から「ベンダーフレックス」というシステムを始めた。
プロクター&ギャンブル(P&G)と提携した同システムは、アマゾンの従業員がP&Gの倉庫に出向いて梱包・配送するため、新たな倉庫を必要としない。在庫管理コストを削減できるばかりか、スピードアップにもつながる。
しかもアマゾンはウォルマートのように小売店舗を展開する必要がないため、「ベンダーフレックス」は批判の的になっていた「奴隷収容所」からも解放されるかもしれない。
まだ始まったばかりだが、アマゾンだけでなくP&Gにとってもネット通販を利用して売り上げ増を期待できる。消費者はこれまで、ドラッグストアやコンビニで手にしていた日用必需品を、今後は通販で取り寄せることが日常になるかもしれない。
欧米メディアのアマゾン批判は一理あるが、「奴隷収容所」は過剰報道と言えないだろうか。むしろ日本のブラック企業の方がはるかに奴隷収容所という言葉が当たっているはずだ。