朝日新聞 2014年8月8日
写真・図版: 旭化成ホームズ「妻の家事ハラ白書」サイト(省略)
共働き夫婦の妻だけが家事育児に奮闘して夫の姿がなかったり、家事をする夫への妻の「ダメだし」が否定的に描かれたり。企業の広告で表現される男女の役割分担をめぐり、議論が起きている。何が問題なのか。
■皿洗いめぐり、夫にダメだし
「お皿洗いありがとう。一応もう一度洗っとくね」。家事をする夫に妻が発した「ダメだし」だ。「その一言が、俺を『食器洗い』から遠ざけた」という夫のセリフが続く。
東京都心を走るJR車両のうち2編成が、7月半ばからこんな広告で埋め尽くされた。旭化成ホームズが同社の共働き家族研究所の調査をもとに展開した。
調査はフルタイムの共働き夫婦が対象で、「夫の家事協力に対する妻のダメ出し行為」を「妻の家事ハラ」と定義。「家事を手伝ったことがある」夫は9割を超え、その約7割が妻の家事ハラを経験したとしている。同社は妻の家事ハラを再現した動画も制作した。
これに対し、「共働きなのに夫が家事を『手伝う』というのはおかしい」「夫が家事をしないのは妻のせいになってしまう」などの批判がわき起こった。
■「誤解招いた」、広告とりやめ
「家事ハラ」は竹信三恵子・和光大教授が著書「家事労働ハラスメント」で使った造語。竹信教授は「家事やその担い手に対する蔑視や排除を問題視した言葉なのに、本来の意図を破壊しかねない誤用」と同社に抗議した。同研究所の入澤敦子所長は「夫の家事参加を促す狙いだったが、誤解を招く表現があった」。7月末までの予定だった車内広告を27日で取りやめた。
論議を呼んだ広告はほかにもある。7月末まで放送された味の素のCMでは、坂井真紀さん演じる女性が仕事も家事もこなすが、夫は朝食を取る子どもの後ろでパソコンをたたいている。同社には賛否両方の意見が届いた。天羽賢次広告部長は「背景の設定が保守的だったかもしれない」。
大塚食品が動画配信している「ボンカレー」の「ねえ、お母さん」編では、仕事と家事育児で疲れた女性が自分の母親を思い浮かべて「私はちゃんと、できてるかな」とつぶやく。「専業主婦だった昭和の母親と比べるのはおかしい」という声もあるが、広報室は「大多数の方には共感頂いたと分析している」。
花王の洗剤「ウルトラアタックNeo広がっています篇(へん)」には「育休明けママ」「幼稚園ママ」など母親ばかりが登場する。労働・子育てジャーナリスト吉田大樹さんは「一人でもパパが登場していれば印象は違ったのに残念だ」。花王広報部は「週末編では父親が洗濯をしている。今後も男性にフォーカスしたCMを計画中」という。
■「頑張る印象、疲弊させる」
谷岡理香・東海大教授は「人種で描き方を分けたら人権問題なのに、男女だと鈍感になりがち。CMの制作現場に女性が少ないことも影響している」と話す。
「私作る人、ぼく食べる人」という即席麺のCMが批判されたのは1975年。今では西島秀俊さんが柔軟剤のCMで「主夫」を演じるが、竹信教授は指摘する。「男性の長時間労働は野放しで家事参加も進まない。仕事も家事育児も担わされる女性に『がんばる』イメージを押しつければ、女性は疲弊するばかりだ」 (編集委員・林美子)