激務で集まらない外食バイト事情 すき家は「牛すき鍋定食」がとどめ刺した?

SankeiBiz 2014.8.17 (PRESIDENT Online)

 減少する若年労働力人口、増える人件費、閉まる店舗……アベノミクスによって売り上げは上がったものの、どこにもいないアルバイト。外食産業にとって死活的な問題をどう乗り越えるべきか。

 「去年ぐらいからどんどん人手が足りなくなるのを実感した」

 そう語るのは東京都内の牛丼チェーン「すき家」で8年間働いた青年だ。彼は2014年1月にバイトを辞めた。彼が働き始めた06年の秋、店舗によっては抱えるバイトが多く、思うように働けない場合もあったという。仕事に慣れてくると近隣の店にもヘルプとして出向くようになり、多くの店で夜勤を経験した。

 「静かな住宅街だと、夜中に店に来るお客さんも少なかった。そういう店であっても初めのうちは複数の店員が配置されていたんですけど、いつの間にか夜勤は1人で入ることが当たり前になっていましたね。僕は22時から翌朝の9時まで働くことが多かったけど、すき家はよく強盗被害に遭っていたから怖かったし、話をする相手もいないから寂しかったな」

 いわゆるワンオペ(ワン・オペレーション)と呼ばれる、店舗を1人だけで回さなければいけない状態だ。一バイトにすぎない彼も異変に気付く。状況はさらに悪化していく。

 「特に希望を出していないのにシフトに入れられるようになりました。最初のうちは稼げるからいいかなと思っていたんですけど、それがどんどんひどくなっていったんです。例えば、本来なら夜勤が終わるはずの時間になっても次のバイトが来ないんです。おかしいなと思って数店舗を統括するエリアマネジャーに電話しました。そしたら一言、『やってくれ』と言われた。よくよくシフト表を見ると、僕のあとが空欄になっていた」

 なぜ自分がこんな目に遭うのかはわからない。それでも出勤を要請されると、疲れた体にむち打って店に出た。バイトが終わって家に帰って眠る。目が覚めればすぐに出勤。よくよくカレンダーを見れば、1カ月で休みがたったの1日しかない。

 「最悪の思い出は大晦日から元日までぶっ通しで働いたことかな。大晦日の18時に働き始めて、最終的に店を出たのは1月1日の15時。このときほど労務を管理しているエリアマネジャーを呪ったことはないですよ。管理できてないじゃないかって。すき家の席には店員を呼ぶベルがあります。僕みたいに無理な働き方をしていた友達は勤務中に一瞬意識がなくなって、あの音を聞いて飛び起きたことがあるらしいです」

 そんな状態で正常な業務が遂行できるのだろうか。

 「もちろんマニュアルはありますから、それに従おうと最初のうちは思っていました。でもマニュアルどおりにやっていたら、仕事が回らないケースがあるのです。自己流のまま新人を教育してしまうと、味も盛り付けもサービスもばらばらになりがちです」

 そしてついには体を壊した。このまま働き続ければ恐ろしいことになると思い、退職。いまだに次の仕事に就けずにいる。

 「すき家に残っている友達もいます。彼らがむちゃをして体調を崩さないかだけが気がかりです。僕が辞めた直後に始まった牛すき鍋が話題になりました。あれは仕込みが本当に大変らしい。友人たちも牛すき鍋定食だけは勘弁してほしいと音を上げていました」

 折からの人手不足にとどめを刺したのは牛すき鍋なのか。すき家を運営するゼンショー広報に確認を取ると「そもそも3月は卒業や進学で学生バイトの入れ替わりの激しい時期ですから、そのタイミングでの投入というのは判断ミスだったかもしれない。そのことに関してはゼンショーHD会長・小川賢太郎も一部のバイトの負担が増えてしまったとして謝罪を行っています」との回答を得た。

 すき家は3月、全国約2000店舗のうち約200店舗を一時休業させた。「パワーアップ改装中」という貼り紙が掲示された電気の消えたすき家を、多くの人々が異様な光景として記憶していることだろう。

 「パワーアップ改装では厨房機器のチューンアップを中軸に据えています。われわれのようなチェーンでは技術革新によって新しい機器を導入すれば、それだけでクオリティが上がったり、作業が効率化されますので」と広報は語る。しかし前出の元店員は「友達は『何が変わったのかよくわからない』と言ってます。店がちょっときれいになったかな、という程度。本部の人たちが本気で変えようと思わない限り、きっと何も変わらないと思います」とため息をついた。

 人手不足は外食産業だけの問題ではない。都内で訪問介護、居宅介護支援を行うケアリッツ・アンド・パートナーズの宮本剛宏社長は介護業界の構造が人手不足を加速させていると指摘する。

 「介護業界に人が集まらない理由ははっきりしています。体力的にきついこともありますが、それ以上に業界全体の給料が安すぎる。全産業平均を8万円(年間100万円)も下回る月給約20万円ですから、たとえ志を持った人でも心が折れてしまう」

 一体なぜそのようなことになっているのか。

 「規模の小さな会社が多くて、利益を出せないまますぐに潰れる。しかもほとんどの場合、キャリアパスが用意されていない。安い給与のまま使い潰されていくんです」

 黒いカレーをたいらげ

 では人手不足に直面する業界では今、どのような動きがあるのか。ワタミの広報・矢野正太郎は険しい顔で語り始めた。

 「去年は本当に地獄でしたよ。事実をもとにいくら丁寧に説明をしても『ワタミはブラック企業だ』と言って叩かれる。特に週刊誌はひどかった。渡邉美樹会長(当時)がカレーを食べているところを週刊誌フライデーが取材をしていたのです。取材自体は穏やかな雰囲気だったのに、記事を読んで驚きました。『(渡邉会長が)黒いカレーをたいらげ』という見出しを打たれたんです」

 渡邉が食べていたのは、チェーン店・ゴーゴーカレーの普通のカレーだった。写真はモノクロだったので、記事では“ブラックカレー”を食べているとされてしまったと、矢野は嘆く。

 「他にも週刊文春が10週連続でワタミを叩き続けました。さらにはその記事を悪意で編集したとしか思えないネットの記事が出回る始末で、もうむちゃくちゃ。ご指摘のすべてが間違っているとは申しませんが、ワタミの3年離職率は業界水準よりも低い。私たちがどれだけまじめに食の問題を考え、また労働環境の改善に腐心しているか、そんなことにマスコミもネットの人々も興味はないんです。ただ叩きやすいから叩いている」

 ブラック企業というイメージが先行し、バイト集めも苦しい状況が続く。

 「外食産業の平均時給も、募集単価も、短期間で随分上がってしまった。募集単価というのは1人のバイトを雇うためにかかった金額ですが、これが1万円に迫ろうという勢いです」

 シュリンクしていく居酒屋業界、人手不足、「ワタミは悪」というイメージ。これでもかといわんばかりの逆風にさらされ、ワタミは既存店の大幅な整理と多業態への切り替えを始めた。総合居酒屋である「和民」と「わたみん家」を今期中に60店舗閉店し、一方で高単価の店づくりを狙う。

 桑原豊ワタミ社長は、「これをリストラという人がいるが、実情は全く逆。1店舗当たりの社員数を増加させ、より高品質なサービスを提供すると同時に労働環境改善も行える。異動を伴わないエリア限定社員制度もより充実したものにしようとしています。社員が働きやすい環境であればバイトも集めやすくなるはずです」という。(ジャーナリスト 唐仁原俊博=文 村上庄吾、原 貴彦、市瀬真以、奥谷 仁=撮影)(PRESIDENT Online)

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