大手小町<変わる主婦パート>1 「ありのままで」企業が歓迎
Yomiuri Online 2014年09月03日
リラクゼーション施術の研修を受ける南さん(右)。「技術を身につけて長く働きたい」(東京都港区で)=藤原健撮影(写真省略)
景気回復に伴う人手不足が深刻化する中、パートで働く主婦に注目が集まっている。採用要件の緩和や正社員登用制度の新設など、労働条件を見直す企業が増えている。女性の活躍を推進する国の方針も、彼女らには追い風だ。主婦パートを巡る「変化」を探った。
「週2日、1日6時間から。主婦歓迎」――。東京都北区の主婦、南千亮ちあきさん(40)は今年、求人誌のこんな文言に目を留めた。首都圏でリラクゼーション施設を約120店舗展開する、リラク(東京)の施術スタッフ募集だった。
飲食店や高齢者施設でのパート経験はあったが、「人を癒やす仕事がしたかった。この条件なら、娘の小学校のPTA役員とも両立できる」と応募を決めた。
同社の施術スタッフは週5日勤務が原則で、若いフリーターらが活躍する。だが、若者確保の競争が激化し、昨秋から育児中の女性の採用を本格化。勤務日数を減らすなど応募要件を緩め、研修制度も強化して、主婦を呼び込む。「女性らしいきめ細かさが、店のサービス向上につながる」と同社は期待する。
飲食店を約280店運営するプロントコーポレーション(東京)も昨秋、「土日祝日勤務なし」「急な欠勤可」など、子育て中の主婦でも働きやすい条件を打ち出し、主婦の応募が殺到したという。
条件緩和 研修を強化
要件を緩和してまで企業が主婦採用を積極化するのは、その能力への評価が高まっているからだ。
リクルートジョブズ(東京)は昨年12月、「ありのママ採用」の勧めを企業に提唱した。今の主婦は正社員経験がある人が多く、家事や育児をこなす能力も高いので、特別な資格がなくても「ありのままで」十分、即戦力になるという。
実際、主婦の働きぶりは好評を博している。
カジュアルウェア店約840店を展開するポイント(東京)は、販売員の主力である学生バイトの確保に苦慮し、半年前から主婦のパート雇用を強化した。「ファミリー向けの商品は、主婦の方が具体的な提案ができる」と同社は評価する。「主婦は気遣いができ、コミュニケーション力も高い」と見る企業も多い。
それでも、雇用情勢が厳しい時期には、「平日の日中しか働けない」「子どもの病気で急に休む」などとして、子育て中の主婦の採用は敬遠されがちだった。
だが、昨今は人手不足が顕著になっている。厚生労働省が毎月発表するパートの有効求人倍率はここ3年、上昇傾向が続き、今年6月には1・40倍と、7年ぶりに高い水準になった。
リクルートジョブズ執行役員の小安美和さんは「景気が良くなると新規出店が増え、求人ニーズが高まる。だが、最近の大学生は早くから就職活動に忙しく、若いフリーターも減少傾向」と指摘する。それが主婦の注目度アップの一因となっている。
「労働力が減る中、主婦への期待感はますます高まっていく。ブランクの長さを気にして働きに出ることをためらう主婦は多いが、ぜひ自信を持って一歩を踏み出してみてほしい。チャンスは広がっている」と小安さんは話している。
大手小町<変わる主婦パート>2 広がる正社員への道
Yomiuri Online 2014年09月04日
商品をきれいに並べる間瀬さん。「正社員になったことで責任感が増し、若い人の面倒も積極的に見るようになった」(東京都渋谷区内で)=小林佳代撮影(写真省略)
「ハーフパンツがお買い得ですよ。いかがですか」 東京都内の「ユニクロ新宿高島屋店」で働く間瀬千鶴子さん(35)は今年6月、店長の勧めを受けてパートから「地域正社員」に転換した。幼稚園児の長女(5)がおり、週4日間、午前9時から午後3時までの勤務だ。
「正社員なんて無理だと思っていたが、これなら両立できる」。パートの時と勤務時間はほぼ同じだが、月収は約1割増え、交通費や賞与も支給されるようになった。半年に1度あった契約更新手続きも今はない。「長く働いていい店にしたい」と意気込む。
ユニクロを運営するファーストリテイリング(山口市)は今年、約850店舗で計約3万人いるパートなどから1万6000人を「地域正社員」に登用する方針を発表した。優秀な人材を早めに確保するのが狙いで、週20時間以上働ける人が対象。これまでに約500人を登用した。
和食レストランなど約280店舗を抱えるサトレストランシステムズ(大阪)も、店舗数増に伴う人材確保をにらみ、今年度中にパート約300人を正社員にするという。
パートに正社員の道を開く企業は増えている。人材情報会社アイデム(東京)の「パートタイマー白書」(2011年)によると、パートを活用する約1450社のうち、正社員登用制度を持つ企業は46・8%。04年調査時(29・9%)の1・5倍になった。
働く側にもメリットは大きい。正社員になれば、雇用期間を定めない無期雇用となり、育児休暇などが取りやすくなるほか、賞与や退職金などでの収入増も期待できる。
地域、時間限定で無理なく
ただ、フルタイムや転勤などを前提にした正社員への転換では、育児中の主婦にはハードルが高い。そこで最近、広がっているのが「限定正社員」だ。給料を通常の正社員より低く抑える分、働く場所や時間などを限定したもので、ユニクロの「地域正社員」もこれにあたる。
実はユニクロは、07年にもパートの正社員化を打ち出したが、フルタイム勤務を条件にしたため、希望者が集まらなかった。「当時のことを教訓にし、今回は主婦層も対象となる制度に改めた」と同社。
限定正社員については解雇条件や賃金水準が不明確な場合も多く、「解雇しやすい正社員制度を作る狙いでは」との懸念が労働界などにある。厚生労働省の有識者懇談会は7月、企業が限定正社員制度を導入する際の指針を作成。勤務地の事業所や職務がなくなっても、ただちに解雇が有効になるわけではないとの考えを示した。
パート労働に詳しい、働きかた研究所(東京)所長の平田未緒さんは「子どもの手が離れたら正社員を目指したいが、いきなりフルタイムは無理というパートの主婦もいる。限定正社員など、正社員としての働き方の選択肢が増えることは歓迎できる」と評価する。
そのうえで「正社員を希望する場合は、業務内容や責任、会社に拘束される度合いなどがどう変わるのかをチェックしてほしい。正社員になった人に話を聞くなどし、妥当な処遇がされているか確認することも大事だ」と助言する。
大手小町<変わる主婦パート>3 待遇改善へ労組加入増
Yomiuri Online 2014年09月05日
同僚女性との雑談を楽しみながら、労組行事の企画を検討する上村さん(左)(兵庫県明石市で)(写真省略)
兵庫県明石市の総合スーパー「イオン明石店」の休憩室。「パートの仕事は立ちっぱなしが多いでしょ。労働組合が腰痛予防の講座を開いたら、来てくれる?」。勤続10年目で家電売り場を担当する「コミュニティ社員」、上村京子さん(51)が同僚の女性に尋ねた。
コミュニティ社員は、有期契約で転居を伴う転勤がないという雇用形態の、イオン独自の勤務制度。フルタイムで働く人もいるが、大半はパートタイマーだ。上村さんは3年半前から、イオン各店の従業員が加入する労組「イオンリテールワーカーズユニオン」(千葉)の組合活動に関わる。約2年前からは同労組の明石支部副支部長も務める。
上村さんは主に、職場の声を拾ったり、パートが参加しやすい組合行事を練ったりする。今年6月には美容講座を開催、女性従業員13人が化粧品を選ぶコツなどを学んだ。「組合活動は職場の交流や仲間の笑顔を生み出せる」と喜ぶ。
同労組は元々、正社員だけの組織だったが、職場の大半をパートが占めていたことから、従業員全体の労働条件を底上げしようと、2004年からコミュニティ社員の組織化を進めた。今ではコミュニティ社員が組合員約10万人の8割を占め、支部役員も全体の3割を担う存在になった。
コミュニティ社員が加入することで、その処遇改善も労使の重要な交渉事項となった。これまでに時間外賃金割増率のアップや、慶弔休暇が有給になるなど、正社員と同じ待遇を得た。
食品スーパー大手、ライフコーポレーション(東京)の「ライフ労働組合」(大阪)も2年前、パート従業員に原則、組合加入を義務づけるユニオンショップ制を適用した。現在は組合員約1万7000人の7割を占める。
昨年は、病気やけがを理由に30〜60日間取得できるパート向けの休職制度を新設した。労組幹部は「働き方に対する前向きな提案がパートから増え、働く意欲や会社への帰属意識がさらに高まった」と語る。
厚生労働省の13年の労働組合実態調査によると、パートにも加入資格がある労組の割合は32・6%。08年の前回調査より9・6ポイント上昇した。パート労働者の増加とともに、組織化も着実に進みつつある。
不満訴えられる環境へ
パートは雇用が不安定で立場が弱く、社員教育を受ける機会も少ない。セクハラや妊娠・出産を理由とするマタニティー・ハラスメント(マタハラ)の標的にもなりやすい。
だが、問題が起きても、パート自身は声をあげにくいのが現状だ。労働政策研究・研修機構(東京)が12年夏に行った調査によると、仕事や会社に「不満がある」とした短時間労働者のうち、事業主らに不満を相談したことがない人が7割もいた。「相談してもきっと状況は改善しないから」との理由が目立った。
京都大教授(労働経済学)の久本憲夫さんは「パートが正社員と対等な立場で声をあげられる環境を整えていくためにも、労働組合が果たす役割は大きい」と指摘している。
勤め先などに組合がない人向けには、個人でも加入できる労働組合がある。「連合ユニオン東京」などが代表的で、どの都道府県にもある。
大手小町 <変わる主婦パート>4 「103万」「130万」の壁を越え
Yomiuri Online 2014年09月06日
パートの主婦を多く抱えるカインズ。長時間働けるパートを増やすなどの取り組みを始めている(埼玉県本庄市で)写真省略
ホームセンター約200店舗を展開するカインズ(埼玉)では、約3000人のパートが働く。その一人、埼玉県本庄市の主婦(34)は毎月、給与明細を手に計算機をたたく。年収を103万円以下に抑えるため、どんなペースで働けばいいかを確認するためだ。
「残業して月収が増えるとうれしいけれど、そのせいで103万円を超えるのは困る。複雑です」と打ち明ける。
この主婦と同じように考えるパートは多く、年末近くになると出勤を抑える人が増える。「現場に支障が出ることもある」と同社は対応を練る。
サラリーマンの妻が働く場合、二つの「壁」があると言われる。一つは「103万円の壁」。妻の年収が103万円以下なら、自分は所得税を払わずに済み、夫も配偶者控除を受けられて税負担が減る。さらに、夫の勤め先から月々、配偶者手当が出る場合もあり、年収を103万円以下に抑える働き方は、長らく「主婦の知恵」とされてきた。
もう一つが「130万円の壁」。妻の年収が130万円以上になると、夫の扶養から外れ、健康保険や国民年金などの社会保険料を払わねばならなくなり、手取り額が減る。
大和総研研究員の是枝俊悟さんによると、家計により影響が大きいのは130万円の壁だ。年収が129万円から130万円に増えるだけで、手取りは約16万円も減る。129万円の時と同程度の手取りを得るには年収を155万円にまで増やさなくてはならないが、「容易ではない」と是枝さんは指摘する。
しかし、こうした「壁」を越える人も出てきた。
都内の人材派遣会社のパート、A子さん(30)は、長女(4)を保育園に預け、週4、5日、1日8時間と、ほぼフルタイムで働く。年収は200万円弱だ。「子どもの手が離れたら、出産前と同じように正社員で働きたい。パートだからといって仕事のペースを落とすと、働く意欲や体力が低下しそうで怖くて」
年収約400万円の不動産会社勤務の夫(30)の扶養下に入ることもできるが、A子さんは「家計に余裕があるわけではなく、自分で厚生年金に加入する方が将来、年金を多くもらえる」と話す。
厚生労働省のパートタイム労働者総合実態調査でも、パートの女性のうち、年収を一定額に抑えるような就業調整をしている人は、2011年で17・5%。06年の前回調査(22・4%)より減っている。
社会保険料負担補助する企業も
壁を越える働き方を支援する企業も出てきた。
フィルムメーカーのクリロン化成(大阪)は「130万円の壁補助制度」を設けている。年収が130万円以上になったパートの主婦に対し、社会保険料負担で手取りが減った分を、時給に上乗せする形で会社が負担する。現在の利用者は4人。「パートも重要な戦力。壁を気にせず、力を発揮してほしい」と同社。
政府も、女性がより活躍できるようにと、二つの壁の見直しについて検討中だ。
主婦パートを取り巻く状況は刻々と変化している。課題も多いが、働きたいと望む主婦が思う存分、力を発揮できる社会は、決して遠くはない。(おわり)(板東玲子、辻阪光平が担当しました)