毎日新聞 2014年11月04日 東京朝刊
安倍政権は成長戦略の柱に「女性の活躍」を掲げている。しかし、今も多くの女性が結婚、出産を機に退職する。再び働きたくともいったん辞めると復帰は容易でなく、とりわけ小さな子どものいる主婦が再就職し、より高い専門能力を身につけるのは極めて困難だ。現状を改めるには長時間労働の是正など「男性の意識改革」が必要なのに、政府方針はそうした点に乏しい。【細川貴代、中島和哉】
◇変わらぬ「家事は妻…」
「女性の活躍」を実現する手立てとして、政府は子育てと仕事の両立を可能とする職場環境の整備や、一度退職した主婦の社会復帰への後押しを挙げる。10月10日、首相官邸で開かれた「すべての女性が輝く社会づくり本部」の初会合。安倍晋三首相は「女性が輝く社会をつくるのは政権の最重要課題の一つだ」と強調し、子育てや再就職の支援から、パートの正社員化、在宅勤務の推進まで半年で進める35項目が並ぶ「すべての女性が輝く政策パッケージ」を決定した。
だが、「パッケージ」を巡ってはその8日前、自民党内から批判が出たばかりだった。
「女性の活躍は、男性の(家事や育児への)協力なしにできない。男性の意識改革が必要」「男性を働かせている企業の風土改革も書くべきだ」
10月2日、同党本部であった女性活躍推進本部の設立会合で、政府案が示されると、森雅子前少子化担当相ら複数の議員から不満が噴き出した。家事を妻任せにしがちな夫の現状や、企業が強いる長時間労働に甘い政府の姿勢がやり玉に挙がった格好だ。
島根県出雲市の主婦(35)は、6歳の長女、3歳の次女と実母のいる実家で暮らす。夫は単身赴任中。主婦は結婚後も働いていたが妊娠し、「身重の女性は退職だよね」という男性中心の社内の空気に逆らえずに辞めた。重なる夫の転勤に仕事の再開もままならず、「一度辞めると働く場は本当にない」とこぼす。
滋賀県甲賀市に住む主婦(41)も、再就職の壁にぶつかっている。何度面接を受けても夫に転勤があると伝えると、面接官は表情を曇らせた。3人の子どもが小さいころは、夫は朝7時に出社、帰宅は午前0時を回った。「とても自分も働ける状況ではなかった」
男性社員の育児休業なども「ポジティブ・オフ(前向きな休暇)」とする、情報システム開発「日立ソリューションズ」(東京)のような企業も出始めてはいる。しかし、2013年度の男性の育休取得率は2・03%。総務省の11年調査によると、夫婦共に正社員の平日の家事・育児の平均時間は妻が3時間29分なのに対し、夫は27分にとどまる。
政府は年内に、成果だけで賃金を決める制度を具体化する。「労働時間の長さで評価せず、仕事が効率化する」として、男性の意識改革にもつながるという。だが、連合は「『成果』を達成するまで、残業代ゼロで長時間労働を強いられる」と真っ向から食い違う。
他に政府が掲げる、「103万円の壁」「130万円の壁」の見直しも不透明だ。何度も俎上(そじょう)に載っては、「内助の功」を主張する人たちの声に押し戻されてきた。社会保険料は労使で払う。小売り、外食産業などパートを多く雇う業界は負担増を嫌い、抵抗している。人手不足から、首都圏の中堅スーパーのように、優秀な人材の引き留め策として、人事政策に「パートへの社会保険の適用」を導入したところもあるものの、まだ少数派だ。
◇復帰支援でまず「実習」
もっとも、政府の取り組みが奏功している局面もある。東京都練馬区で夫、小学生の子ども2人と暮らす一条美帆さん(39)は今年2月から週4日、新宿区にある中小企業の経理代行業「I&Rビジネスアシスト」のオフィスでパソコンに向かう。午前10時から午後4時までのパート勤務。「前の会社は男性ばかりで、子育てで休むとは言いづらかった。ここは同じ立場の人が多く、気持ちに余裕を持って働ける」と話す。
栄養士の専門学校を卒業し、都内の食品会社で5年間、正社員として働いた。2000年の結婚と同時に夫の実家、宮城県に移った後、12年に夫の転職で東京へ戻った。働きたい気持ちは強く、子育ての合間に仕事を探し回った。だが、「午後4時退社」を認めてくれる企業はそうはない。ようやく見つけたIT企業の事務職も、「長時間働いてくれる人がほしい」と、1年で契約を切られた。
そんな時に知ったのが、安倍政権の肝いりで、経済産業省が音頭を取る「主婦インターンシップ」だ。仕事への復帰を望む主婦に中小企業で実習をしてもらう。人材紹介業者が主婦の勤務条件を聞いて中小企業に引き合わせ、支援もする。最長3カ月の実習費は国がもつ。13年度は延べ3252人が実習に参加し、5割近くが再就職を果たした。
一条さんが紹介されたのは今の会社だった。本格的な経理の仕事は初めて。それでも懸命に取り組むうち、直接雇用に結びついた。I&R社の北川三亜希取締役は「働いた経験のある人ならカンを取り戻す。実習なら適性も判断しやすい」と同制度を評価する。
とはいえ、男女の賃金格差、依然2万人台にのぼる保育所待機児童など、女性を取り巻く課題は多い。また、「本当に首相は女性の社会進出を望んでいるのか」(ある女性官僚)との疑念も出ている。首相は昨年、女性の子育て支援策に関連し「3年間だっこし放題」と発言して批判を浴びた。「女性は家庭で育児に専念すべきだ」と言わんばかりだったからだ。
女性が経済分野で能力を生かすことが成長戦略−−。そんな政府の路線に違和感を感じるというこの女性官僚は「女も企業のために身をささげ、経済成長に貢献しろと言われているように聞こえるかも」と懸念する。