どう防ぐ「持ち帰り残業」

NHKニュースWEB特集 2014年11月27日19時30分

「持ち帰り残業」。
その名のとおり、職場で終わらない仕事を自宅に持ち帰って行う残業です。
3年前、金沢市で就職したばかりの女性がみずから命を絶ちました。
労働基準監督署は、「持ち帰り残業」に追い込まれていたことが大きな原因だとして、“過労自殺”と認定しました。
「持ち帰り残業」はどこまで広がっているのか。
また、防ぐためには何が必要なのか。
金沢放送局の池端玲佳記者が解説します。

22歳女性“追い込まれて過労自殺”

3年前、金沢市の英会話学校で講師を務めていた22歳の女性が、入社からおよそ2か月後にみずから命を絶ちました。
女性にとって英語の先生になるのは子どもの頃からの夢でした。
労働基準監督署が自殺の大きな原因としたのは長時間労働です。
当時の記録では、出社は午前11時ごろ、退社は午後9時前後で、休憩を挟んで毎日9時間の勤務となっていました。
ところが、“見えないところ”で残業が行われていました。
自宅に帰っても仕事を続ける「持ち帰り残業」です。
労基署の調査によりますと、女性の「持ち帰り残業」は、ひと月で82時間に上るとされました。
職場での残業を合わせると、過労自殺と認定される目安の1つである月100時間を大きく超えていました。
女性は入社して1か月後の大型連休に帰省していましたが、このとき、両親は「持ち帰り残業」の実態を目の当たりにしたと言います。
女性の父親は「大きなスーツケースを持って帰り、中に大量の単語カードが入っていて、びっくりした。『学校が始まるまでに教材を作らないといけないから手伝って』と言われた」と話しています。
女性が持ち帰ってきた英単語のカードは、子どもたちに分かりやすく単語の意味を伝えるための手作りの教材。
授業に特色を出そうという学校の方針で使われていました。
労基署は、女性が2か月余りに自宅で製作したカードは2385枚に上るとしています。
父親は「膨大な仕事を持って帰らされること自体がちょっと信じられなかった。なぜそのような働かせ方をするのかと思った」と話しています。
女性が亡くなる前、友人に送ったメールには、次第に追い詰められていく心境がつづられていました。
『毎日3時間睡眠くらいで戦ってる』、『家帰っても全力で仕事せないかんの辛い、でもそうせなおわらんよな』。
このメールを送った2日後、女性は自宅のマンションから飛び降りました。
一方、英会話学校はNHKの取材に対し、「女性が亡くなったことについて極めて重く受け止めている。ただ、単語カードの作成も、持ち帰り残業も命じたことはなく、女性が自宅で残業していたことは把握していなかった。彼女が作ったとされるカードの中にはほかの講師が作ったものもあり、労基署の調査には事実誤認がある」としています。

「認識されない」残業広がる

「持ち帰り残業」はすでに多くの職場に広がっていると考えられています。
例えば、取引先との飲み会。
会社から指示を受けた資格取得のための試験勉強。
さらに、教師の場合はテストの問題づくりや採点。
こうしたことの中に、「持ち帰り残業」と見なされるケースがあります。
東京都が平成20年に都内の事業所で働くおよそ1000人を対象に行った調査では、21%が「持ち帰り残業をしたことがある」と答えました。
過労死問題に詳しい松丸正弁護士は、実際にはさらに多くの人が“残業”と認識せずに働いていると指摘しています。
松丸弁護士は「会社でやる仕事と、外でする仕事の時間の境目がはっきりしなくなっている現場が多い。いわばグレーな労働時間と言える。『持ち帰り残業』も含めた仕事時間に注目し、過労死防止の対策を進めていくことが大事だと思う」と話しています。

「持ち帰り残業」防ぐには

どうすれば「持ち帰り残業」をなくすことができるのか。
そのヒントを探るため、東京のIT関連企業を取材しました。
この会社では、かつては「持ち帰り残業」が珍しくなかったといいます。
そこで、社員が多くの仕事を抱え込んでいないか、チェックする仕組みを取り入れました。
社員は毎朝、業務の開始直後に1日の予定を上司と同僚にメールします。
そして、夕方、業務終了直前に、その日の業務の達成度を知らせるメールを再び送信します。
翌朝、上司は前日の朝と夜のメールを比較して、社員がやり残した業務を部署全体で把握します。
一人一人の仕事の進捗(しんちょく)状況を毎日把握し、業務量が過剰であれば調整することで、「持ち帰り残業」を防いでいます。
新入社員の男性は「自分ができないことを周りに分かってもらい、じゃあ、次はどのように仕事をしたらいいのか、アドバイスやフォローもしてもらえる」と話していました。
会社が去年からこの取り組みを始めたところ、残業時間が半分に減っただけでなく、売り上げも14%伸びたといいます。
社内でワークライフバランスを担当する一之瀬幸生さんは「『持ち帰り残業』をすれば仕事は進むが、社員からしてみれば休んでいる感じはしないし、『何のために生活しているんだろう』と、モチベーションが下がっていく。仕事のパフォーマンスを上げ、会社と社員が相乗効果を出していけるのが理想の形だ」と話しています。

「持ち帰り」していませんか?

「持ち帰り残業」は表面化しにくいため、気付かないうちに深刻な事態に陥ってしまう危険性があります。
今月、「過労死防止法」という新たな法律が施行され、国は、過労死や過労自殺を防ぐ対策を講じていく方針です。
「持ち帰り残業」の実態を深く調査して、実効性のある対策を社会に打ち出していくことが求められます。
今回、取材に応じてくださった、亡くなった女性の父親は「命を失うともう戻ってこられない。もし、娘のように苦しい思いをしている人がいたら、頑張り過ぎず、必要なときは、後ろを向いて逃げてもらいたい」と話していました。
仕事を抱え込んでいる社員がいれば、会社全体で目配りすること、そして、働いている本人も無理を続けず、声を上げることが何より大切だと感じました。

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