「アベノミクス」は低所得層の暮らしをどう変えたか

生活保護1254世帯調査でわかった残酷な実態 ――政策ウォッチ編・第88回

みわよしこ [フリーランス・ライター]

DAIMOND online 2014年12月5日

12月14日の衆議院選挙を前に、国防問題・原発問題を争点とした議論が盛んになっている。しかし真の争点は、社会保障と雇用ではないだろうか?

今回は、2012年12月の第二次安倍政権成立後に行われた生活扶助削減・消費税増税が生活保護世帯にもたらした影響を中心に、この約2年間で社会保障がどのように変化したかを見てみたい。

車の故障によって失業した
元タクシー運転手の悲痛な訴え

生活保護を利用している1254世帯のうち86

が、「物価はとても上がった」「物価は上がった」と回答している。「アベノミクス」によるインフレ誘導が成功したことがもたらす、当然の結果であろう (引用元:院内集会「下げるな!生活保護の住宅扶助基準と冬季加算 上げろ!生活扶助基準」)
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 はじめに、一人の生活保護利用者・Aさんのメッセージを紹介したい。2014年11月5日に衆議院第一議員会館で開催された院内集会「下げるな!生活保護の住宅扶助基準と冬季加算 上げろ!生活扶助基準」に寄せられた、生活保護利用者たちからのメッセージの一つである。

 Aさんは60歳になる単身者で、北海道札幌市に在住している。長年の間、タクシー会社に勤務するタクシー運転手であったAさんは、会社までの通勤に使用していた自動車の故障をきっかけとして失業した。折悪しく不況期であったため、修理も買い替えもできなかったのである。おそらくは、リースを利用することも不可能だったのであろう。

 収入を失ったAさんは公共料金を滞納し、ガスも電気も止められてしまった。兄が辛うじて家賃だけは払っていたため住まいを失うことはなかったが、冬季の札幌で暖房を使用することができないまま、「寝袋にくるまって」生き延びていたという。しかしAさんは厳寒期の2月、手元に残っていたテレホンカードで支援団体に連絡をとって生活保護の利用を開始し、生きて春を迎えることができた。

 現在のAさんは、うつ病を患いながらも障害者施設に勤務している。フルタイム勤務は困難なため、一日6時間のパートタイム勤務である。収入は生活保護基準以下なので、「補足性の原理」により、生活保護基準との差額を生活扶助費として受け取っている。

 Aさんの2013年からの暮らしぶりを、本人の言葉そのままで紹介しよう。

「昨年(筆者注:2013年)からの保護費切り下げに続いて、年末に支給される一時扶助や冬季加算の削減の中で冬期間の命を保つ灯油代が1リットル100円を超えました。物価も上がり、いつも近くにあるスーパーの弁当やおかず類が値引きされるのを待って、午後8時過ぎに買いに行き、倹約をしながら暮らしています。お昼は施設の昼食250円も助かっています」

「ストーブも買うことができず、借り物を使っています。それでも3年に1回は、掃除をしてもらわなければなりません。その費用も冬季加算で賄うことになります」

「2013年度の冬に支給される冬季加算は、10月から3月まで11万5500円でした。ひと月、2万3160円です。このすべてが灯油代に消えてしまうのです。昨年1年間での灯油代は、11万6227円でした。それだけではありません。電気代も月約2000円、ガス代も約1000円は高くなります。ですから冬期間の生活はより倹約しなければならなくなります」

 もしも「冷暖房は灯油のみでまかない、電気・ガスは使用しない」としても、冬季の電気代・ガス代は夏季より増加する。水温が低くなっているので、炊事・入浴・シャワーに用いる水の温度を上げるために必要な熱量が増加するからだ。「炊飯を行うとき、最高温度は夏季は100℃、冬季は80℃にする」「入浴やシャワーに使用するお湯は、夏季は40℃だが冬季は20℃にする」といった「やりくり」は考えられないだろう。

「それでも自分の場合は、日中7時間は施設で過ごしていますから何とか灯油代は間に合っていますが、高齢者の方のように自宅で過ごさなければならない人たちは本当に爪に火をともすように倹約していると聞きました」

 Aさんは、空調のある自宅以外の場所で日中を過ごすことができるため、灯油代は概ね20〜30%程度は節約できているはずだ。それでも、必要な灯油代は冬季加算と同額程度。終日を自宅で過ごさざるを得ない人々の場合、他の条件が変わらないのであれば、「現在の冬季加算の1.3倍程度の灯油代が必要」ということになる。

 冬季に必要なのは、灯油代だけではない。防寒着・毛布・カイロ・隙間風など住居の防寒対策・暖房器具のメンテナンス費用や修理費用・除雪など雪対策の人件費と多岐にわたる。現在の冬季加算でさえ全く足りていないのは明らかだ。

 Aさんは、

「冬季加算が引き下げられるかもしれないと聞いて、『本当にどうしよう』と悩んでしまいます。なぜ、安倍首相は、こんなにむごいことをするのでしょうか」

 と、メッセージを結んでいる。

 では、第二次安倍内閣の2年間は、生活保護制度にとってはどのような時期であったのだろうか。概略を振り返ってみよう。

国連勧告も無視して進められてきた
生活保護制度の改悪

 第二次安倍内閣が誕生したのは、約2年前の2012年12月であった。

 この時期の厚労省は、貧困問題に関わる二つの部会を開催していた。現在も開催が続いている社保審・生活保護基準部会と、同じく社保審・生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会(以下「特別部会」)である。

白井康彦氏(本連載第52回参照)は、2014年10月9日、著書「生活保護削減のための物価偽装を糾す! ―ここまでするのか! 厚労省」(あけび書房)を刊行した。森永卓郎氏との対談も収録されている

 2013年の年明けとともに、二つの部会は慌ただしく開催され、それぞれが結論を報告書に取りまとめた(2013年1月に公開された基準部会報告書・特別部会報告書)。その数日後、厚労省は資料「生活保護制度の見直しについて」を公開した。

 この時、生活扶助を平均6.5%引き下げる方針が示され、「激変緩和措置」として三段階での実行が既に行われている(2013年8月・2014年4月・2015年4月(予定))。引き下げの理由は、厚労省が独自に考案した「生活扶助相当CPI」という指標に示された物価下落であった。この指標の妥当性については、ジャーナリストの白井康彦氏(中日新聞社)(本連載第52回参照)を中心として、統計学・社会福祉学の専門家たちが検討を続けており、「物価下落の過大偽装」と言っても差し支えない内実が明らかにされている。

 2013年5月17日、国連・社会権規約委員会は日本に対して勧告を行った。この勧告には、日本の生活保護制度を利用しやすく改善し、利用者が屈辱を感じないように社会教育を行うことが含まれていた(日本語訳)。しかし奇しくも同日、内閣は全く逆行する「改悪」を内容とする生活保護法改正案を、衆議院に提出した。この改正案は6月の国会会期終了とともに廃案となったが、7月の参院選を経た後の9月に再度国会に提出され、12月に成立した。すでに本年2014年7月1日より施行されている。

 この間、「アベノミクス」によって、景気には一定の改善が見られる一方で、円安と物価上昇が進行している。また2014年4月からは、消費税もそれまでの5%から8%となっている。2014年4月1日、生活保護世帯すべてに対して行われた生活扶助費改定では、消費増税の影響を織り込んだ増額・2013年1月に決定された方針による減額・物価変動の影響を考慮した変額が同時に行われており、「世帯によっては若干の増額となる」など、極めて分かりづらい結果となっている。なお、物価下落が大きく・物価上昇が小さく出る傾向を持つ「生活扶助相当CPI」を用いた計算でも、この指標が物価下落を導き出すのに使用された2011年に比べ、2014年は5.13%の物価上昇が見られる(久留米大学准教授・上原紀美子氏(社会保障論)が作成した2014年11月5日の院内集会資料(前述)による)。

 また、本連載でもたびたび取り上げている住宅扶助・冬季加算の削減に関する検討に加え、11月には生活保護利用者に後発医薬品の使用を事実上義務付ける財務省方針が発表されるなど、生活保護利用者の生活の質を悪化させる方向の動きばかりが慌ただしく続いている。

 では、第二次安倍政権成立後の2年間で、生活保護利用者たちの生活はどのように変化したのだろうか?

「アベノミクス」の2年間は
生活保護利用者の生活をどう変えたのか?

 前述した2014年11月5日の院内集会を主催した「『STOP! 生活保護基準引き下げ』アクション」は、院内集会に先立ち、生活保護利用世帯に対して緊急アンケートを行った。寄せられたアンケートは1254通であった。本記事では、アンケート結果から一部を紹介する。なお、アンケートの集計結果をより詳細に見たい方は、生活保護問題対策全国会議のブログに掲載されている集計結果をご参照いただきたい。

「生活保護費減額で、暮らしはどう変化したか」という質問に対しては、全体の60%が「思っていたより苦しくなった」と回答している。「(苦しくなったが)思っていたほど苦しくはなかった」と回答した19%とあわせ、約80%が「生活は苦しくなった」と回答している。

 では、いくらの減額によって生活が苦しくなっているのだろうか? その世帯の生活保護費が2013年8月以後どれだけ減額されたかに関する質問に対しては、47%が「0〜1000円」、41%が「1001円〜5000円」と回答している。あわせて88%は、5000円以下の減額を経験している。「たった5000円で、そんなに不満を?」と思われる方は、そもそも「最低生活費」として設定されていた金額からの減額であることを考えていただきたい。100万円が99万5000円になる場合と、10万円が9万5000円になる場合では、そもそも変化率も影響の大きさも全く違う。

 さらに、2014年4月からは消費税増税の影響が加わっている。前述のとおり、厚労省は消費税増税を考慮して生活扶助費を若干増加させている。もしその増加分が十分であれば、消費税増税の前後で、生活保護利用者の生活実感は大きく変わらないはずだ。しかし、消費税増税の前後の生活実感に関する質問の回答は、「とても苦しくなった」が22%、「やや苦しくなった」が48%。あわせて70%が「苦しくなった」と認識している。「たった3%で? 大げさな!」と思われる方は、その「たった3%」の消費増税の影響が、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障したことが過去に一度もなかった生活保護費での生活に対して及ぶことを考えていただきたい。

食費や水道光熱費を節約、“ふつうの生活”を犠牲に

 裕福ではないが貧困ではないレベルの生活を送れている世帯にとっては「じわじわとだけど、苦しくなってきた、かな?」程度の影響で済む場合もある3%の消費増税は、生活保護世帯に対しては「ものすごく苦しくなった」という影響となりうる。もちろん、生活保護以下の生活だが生活保護は利用していない漏給状態の人々にとっては、さらに深刻な打撃であろう。

 なお、繰り返しになるが、冬季加算は現状でさえ冬季に必要な費用より不足しているということ、また本連載で繰り返し取り上げてきたとおり、住宅扶助も「健康で文化的な最低限度」の住環境の保障にはまったく不足していることを述べておきたい。冬季加算・住宅扶助・その他の扶助の不足分は、結局は生活扶助からの「持ち出し」で埋めるしかないのである。その結果、「しわ寄せ」はどこで起こるだろうか?

「特に何を節約していますか?」という質問に対して、生活保護利用者たちの35%が「食費」、15%が「水道光熱費」、17%が「衣服・履物費」と回答した。どのような人々が何を節約しているのかまでは判断できないが、筆者が接してきた生活保護利用者たちの傾向から推測すると、おそらくは「子どもの健全な生育と将来のことを考えると、社会生活は犠牲にできない」と判断する人々が食費や水道光熱費を節約し、「『ふつう』の社会生活を断念して生活せざるを得ない」と判断する人々が衣服・履物費を節約する傾向があるのではないだろうか?

 生活保護利用者たちのギリギリのやりくりには、

「その人にとって譲れない何か・守りたい何かに対して『一点豪華主義』的に費用を割り当てることによって、その他が『最低限度以下』にならざるを得ないことや『生活保護だから』という不自由や被差別に何とか耐えている」

 という傾向が多く見られる。その、自分を支えるための必死の「一点豪華主義」に対して「生活保護なのに!」という非難がさらに突き刺さる、という救いのない構造もあるのだが。

 衆院選の2日前となる次回は、社会保障と雇用に関する各党の公約を比較する予定である。また、「アベノミクス」が経済状況に何をもたらし、雇用の状況にどのような影響を与えたかについても検討したい。何が起こっていたのかをつぶさに見て、評価すべき点・評価すべきでない点を明確にし、投票に臨みたいものである。

<お知らせ>
本連載に大幅な加筆を加えて再編集した書籍『生活保護リアル』(日本評論社)が、2013年7月5日より、全国の書店で好評発売中です。

本田由紀氏推薦文
「この本が差し出す様々な『リアル』は、生活保護への憎悪という濃霧を吹き払う一陣の風となるだろう」

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