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西日本新聞 2015年07月30日
受験の知識や経験を生かせて給料も高い。福岡市の大学4年、美咲さん(22)=仮名=は、塾講師のアルバイトにそんなイメージを抱いていた。
中学生のころから通っていた個別指導塾の塾長に声を掛けられ、大学入学直後から働き始めた。教師を目指していたし、恩返ししたかったからだ。講師1人が2〜3人の生徒に教えるスタイルで、給料は1コマ90分1400円。最初に聞いたときは、「悪くないな」と思った。
働きだして間もなく、割に合わないと気付いた。担当する生徒が毎回異なるため、少なくとも30分の準備時間が必要。慣れるまでは2時間かかった。授業後は、生徒からの質問に答え、報告書を書くうちに1時間が過ぎてしまう。
だが、準備や残業に対して給料は一切支払われない。夏休みは6コマの授業を持たされ、午前8時から午後10時まで拘束されたが、支払われたのはコマ数分の給料だけだ。
福岡県の最低賃金は727円。実際の労働時間で計算すると、美咲さんの時給は500〜600円台でしかない。「本音は辞めたい。でも、常に講師が足りないし、生徒が困るだろうなと思うと…」。責任感から辞められず、配膳のバイトを掛け持ちして生活費を賄う。
昨年8月に結成された大学生らの労働組合「ブラックバイトユニオン」(東京)によると、相談の3割以上が教育業界からで、ほとんどが個別指導塾という。「試験期間でも休ませてもらえない」「後任が決まらず辞められない」といった声のほか、圧倒的に多いのが美咲さんのような、授業単位で賃金を支払う「コマ給」という仕組みに対する相談だという。
若者の労働・貧困問題に取り組むNPO法人「POSSE」(東京)メンバーで、同ユニオン事務局長の坂倉昇平さん(31)は「『コマ給』は業界慣習のように扱われているが、学生の責任感につけこんで、際限なく働かせる違法な仕組みだ」と指摘する。
厚生労働省も今年3月、全国学習塾協会など七つの業界団体に対し、適正に賃金を支払うよう異例の要請文を送付した。その中では、授業20分前に出勤させ会議をしたのに賃金を支払わない▽報告書やカリキュラム作成を授業前後にさせたのに労働時間として認めない−などの例を、労働基準監督署が実際に指導した違法な例として示した。同省は6月には大学生から座談会形式で聞き取りを行ったほか、本年度中に実態調査を行い、対策を講じていくという。
学生たち自身も立ち上がり、行動の輪が広がっている。塾講師として働く学生たちは6月、ブラックバイトユニオンを母体に「個別指導塾ユニオン」を結成。2カ月で200件もの相談が寄せられているという。
中には、無理な勤務を強いられて授業の単位を落としたり、長時間勤務でうつになり休学に追い込まれたりしたという相談も。雇用契約書に「遅刻した授業の給与は無給」「後任者が決まる前の退職は、損害賠償を請求する」と記す塾もあった。
こうした事態を受け、同ユニオンは塾の運営会社に対し、労働条件の改善を求めて団体交渉を始めた。「コマ給」の是正や、講師に配慮したシフトの決め方などを求めていくという。
学生による労組結成の動きは、関西、札幌、仙台など各地で相次いでいる。2月には、大学単位では全国初となる学生ユニオンが都留文科大(山梨県都留市)で作られ、活動を始めている。
個別指導塾ユニオン代表の大学院生、渡辺寛人さん(27)は「私たちが声を上げ、ちゃんとした労働環境をつくっていくことで、会社や業界を健全化していくことを目指したい」と力を込める。
◇ブラックバイトユニオンは全国から相談可。電話=03(6804)7245(午前8時〜午後10時)。