新刊書『ドキュメント 「働き方改革」』(旬報社)

 ドキュメント 「働き方改革」(旬報社)

 平成最後の大「改革」の内幕を暴く!
 
著者 澤路毅彦 著 千葉卓朗 著 贄川俊 著
ジャンル 単行本
出版年月日 2019/06/01
ISBN 9784845115952
Cコード 0036
判型・ページ数 4-6・280ページ
定価 本体1,500円+税
 
目次
プロローグ 2015年12月
【第1章】 将軍
【第2章】 首相裁定
【第3章】 電通事件
【第4章】 苦悩する連合
【第5章】 国会審議
あとがき
エピローグ
 
順次施行が始まった“働き方改革関連法”、朝日新聞記者が紙面に書けなかった“法案可決”の舞台裏。
 
8つもの法案を抱き合わせにして、可決・成立した法律は、どうやって成立したのか。
 
2018年、8つもの法案を“抱き合わせ”にした、
働き方改革関連法案(「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案」)の成立の過程では、政府・経団連・連合との間でのやりとりや「データ改ざん問題」などさまざまな展開がみられた。
本書は、法律成立までの政策決定の舞台裏を取材した朝日新聞記者によるドキュメント!
 実現会議を取り仕切ったのが、内閣官房の働き方改革実現推進室の事実上のトップとなった新原である。
 実現推進室のスタッフは、常駐、非常駐合わせて約四〇人体制。このうち厚生労働省が一五人ほどを占めたが、経済産業省、文部科学省、内閣府、法務省、財務省、総務省と霞が関の様々な省庁が人を出した。
 新原は、実現室の職員に恐れられていた。
 有無を言わせない部下への命令と厳しい叱責は日常茶飯事。新原に意見を言おうものなら、「ボロカスにおとしめられる」(経験者)。すべての情報が新原に集まり、そのほかのメンバーには一部の情報しか伝えられないという、「分断統治」が敷かれた。
 こうした状況で働くメンバーの一人が、あるとき「新原さんに従わないと銃殺されますから」と周囲に漏らすと、「笑えない話」として霞が関に瞬く間に広がった。
 新原は次第にこう呼ばれるようになった。
 
 「将軍」
 
 当時、多くの官僚が新原のことを「将軍」と呼び、取材でも「将軍」と言えば通じた。「新原さんがいないとき、新原さんのことを『将軍』というのは自然になっていた」(実現室スタッフ)という。
 新原は、東京大学経済学部卒。一九八四年、旧通商産業省(現経済産業省)入省。途中、米国ミシガン大学大学院への留学をへて、情報経済課長や紙業生活文化用品課長などを歴任。二〇〇三年には、『日本の優秀企業研究』(日本経済新聞社)を出版している。同書によると、専門分野は「組織の経済学、企業論」。二〇〇六年、米国ハーバード大学経済学部客員研究員を一年した後、産業組織課長などを務め、二〇一〇年には、民主党の菅直人首相の首相秘書官。ただこれは、七か月という短期間で交代となっている。
 その後、資源エネルギー庁エネルギー・新エネルギー部長時代に、「再生可能エネルギー固定価格買い取り制度」(FIT)を手がける。この制度はその後、買い取り価格などを巡って業者を混乱に巻き込んだ。
 新原はその後、厚生労働省に出向し、健康医療戦略と職業能力開発を担当する大臣官房審議官に就任。経産省内では「もう経産省には戻ってこない」と思われた。
 二〇一四年には内閣府に移り、経済財政の審議官などを務め、局長級の政策統括官に昇進。内閣官房の一億総活躍推進室次長の兼任となり、二〇一六年九月に働き方改革実現推進室長代候補の兼任もついた。
 新原と仕事をした官僚や有識者、政治家らの「新原評」は真二つに分かれる。
 「あんなパワハラ体質の人物が、働き方改革を担当していること自体が、ブラックジョーク」(実現室スタッフ)「全ての行動原理は、自分のポイントが稼げるかどうか。他人を自分のポイント稼ぎのための『駒』としてかみていない」(経産省官僚)など、多くは新原の強引な手法を批判する。
 反対に「官僚では珍しく、自分の意見を主張する。議論をしたいと思わせるタイプ」(経済学者)「あの交渉力なくして経済界との話はまとめられなかった」(厚労省官僚)などの評価もある。
 恩讐が入り交じったこんな声もあった。
 「たしかに厳しく叱責されるのだが、時折、ねぎらいの言葉をかけられる。そういう『人心掌握術』にも実はたけている」
 働き方改革実現会議は毎回約一時間。メンバーの発言時間は事前に約二分と決められ、発言も事前に用意した内容を読み上げるケースが多い。メンバー同士のやりとりや議論は皆無。安倍首相ら居並ぶ閣僚を前に、各メンバーは自分の発言時間以外は黙って、他人の発言を聞くだけだった。さらに、会議当日の席順も「新原が決めていた」(経済省庁の官僚)。
 政府が開くこうした会議を官僚が事前に調整するのは、霞が関の常識ではある。しかし、メンバー同士の議論も封じて、あらゆることを事前に決める新原の手法は際立っていた。次第に実現会議は「御前会議」と揶揄されるようになった。
 報道対応も新原が仕切った。会議の前は事後に毎回開かれる記者向けのブリーフは、基本的に新原が一人で行った。記者ブリーフィングには、実現会議に関わる各省庁の官僚がずらりと出席しているが、新原が自分以外の官僚に発言させることはめったになかった。
 会議後には毎回、働き方改革担当相である加藤も記者会見を開くが、内容は手元の資料を読み上げるだけ。その後に新原のブリーフィングがあるため、記者も加藤にはほとんど質問をしない。
 ある官僚は、実現会議の状況をこう皮肉った。
 
 「新原による、新原のための、新原絶賛劇場」
(本文「将軍と呼ばれた男」より抜粋)
 

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